Episode27 冷たいキモチ
夢を見ていた。私は明美と星空を見上げていて、綺麗だねなんて笑い合う。向こうでは楓がアキや理恵と花火をしていて、鈴音はそれを少し離れた場所で楽しげに眺めている。
私がどこかで間違えなければ、あり得たかもしれないそんな光景。
今はもう絶対に叶えることができない、そんな光景。
「…………子……佳子!」
「……ねがい……目を開けて……!」
幻聴だろうか。現実と夢の狭間の中、明美と楓の声が聞こえる。
私にはもう、聞こえるはずがないのに。
「佳子! 目を覚ませ!」
「しっかりして! 佳子!」
今度はよりはっきりと聞こえてきた。やめてよ。私に変な期待を抱かせないでよ。私はずっと眠っていたいの。そうすれば優しい夢に浸っていられるから。
両手に温もりを感じる。身体を抱きしめられているような感覚。次第に意識が目覚めていき、優しい夢はゆっくりと溶け出していく。
そして暗闇が訪れた。今まで瞼を閉じていたことに気がつき、うっすらと開く。
「佳子!? 大丈夫!?」
「…………あけ……み?」
今度は幻だろうか。それともまだ夢の中にいるの? 私は明美に抱き起こされて、その肩に顔をうずめていた。拘束を解かれた両手は楓の手に包まれている。少し離れた場所にはひしゃげた手錠と鉄パイプが転がっていた。
「佳子! 私のことが分かるか!?」
「……か……えで」
名前を呼ぶと、楓はいきなり泣き始めてしまった。私の手をぎゅうっと握りしめながら。痛いって。怪我してるんだから。
でも痛みを感じるということは、これは夢じゃないってこと?
やっぱり、夢じゃない。だってこの優しい匂いは、温もりは、他でもない明美のものだから。
明美がくれたペットボトルの紅茶を飲んだ私は、ようやく冷静になることができた。
次第に状況もはっきりしてくる。今の時刻は午前七時。私が鈴音によって監禁されてから、まだ半日ちょっとしか経っていないらしい。失われていた時間感覚を取り戻して、景色も現実味を帯びる。
明美はまだひどく困惑している様子だ。それも当たり前。だって鈴音がどうして私を監禁したのかも、明美には分からないだろうから。
楓は怒りを堪えるように拳を握っていた。楓がいったいどこまで知っているのか、私には分からない。二人が今まで何をしてくれていたのかも。私には、なにも。
ううん。細かいことは後にしよう。
取り敢えずここを離れないと。鈴音がここに戻ってきたら、大変なことになってしまう。
「二人とも。今すぐここを離れよう」
「……そうだね。まずは家に戻って、それから」
途切れる明美の言葉。
恐怖するように身を縮めた明美が、ゆっくりと部屋の入口を向く。
私もその視線を追って、戦慄する。
鈴音がそこに立っていた。
「これは、どういうことですか?」
珍しく動揺している様子の鈴音。どうして二人がここにいるのか、本気で分かっていないようだ。楓はポケットから携帯を取り出すと、それを鈴音に突きつける。
「ここの地図を私たちに送ったのは鈴音だろ? 鈴音こそ、どういうつもりなんだ?」
「地図? 私、そんなこと……それに、玄関にも地下室にも鍵が……」
そこでハッとしたように鈴音は目を見開く。そして苦しげに表情を歪めた。
「……まさか」
まったく話が読めないけど、ようするに誰かが明美と楓にこの場所を教え、玄関と地下室の鍵を開けておいたということだろうか。でも、誰がなんのために? 謎は深まるばかりで、鈴音の表情から次第に動揺が抜けて無表情に切り替わっていく。
「……やられましたね。やっぱり、先輩以外の人間なんて信用できません」
一歩踏み出す鈴音。明美と楓が私を守るように前に出る。
鈴音は薄ら笑いを浮かべながら。
「佳子先輩を裏切り、捨てられたお二人が、こんな場所で何をしているんです? 大人しく家に帰って、存分にいちゃついててくださいよ」
裏切りという言葉に、二人が動揺するのが分かった。
違う。二人は何も悪くない。二人を裏切ったのは私の方なのに。
悪いのは弱くて愚かな私なのに。
「……鈴音ちゃん、どうしてこんなことしたの?」
明美が怖いくらいに冷静な声で尋ねる。しかし鈴音は冷たい笑みを口元に貼付けたまま。
「そうですね……私が佳子先輩を監禁したのは、明美先輩のせいでもあるんですよ?」
「私の……せい?」
「やめろ鈴音。それ以上は言うな!」
楓が大声で呼びかける。
鈴音が何を言おうとしているのか。気づいてしまった瞬間に喉の奥が詰まる。
止めなくちゃいけないと分かっているのに、身体は言うことを聞いてくれない。動いてよ。ねえ。
じゃないと、もう、取り返しがつかなくなってしまう。
「佳子先輩を傷つけていたのは、私でも楓先輩でもありません。貴女なんですよ、明美先輩」
流れ出る言葉は止まらない。もう後がないと分かっているから、鈴音自身にも止められないのだろう。ダムが決壊してしまったように、溜め込んでいた思いが冷たい空気を満たしていく。
明美はなにも言えない。ただ、唇をしっかり結んで鈴音の言葉を受け止めていた。
「本当はもう、どこかで気づいていたんじゃないですか?」
「やめろ!!」
楓が鈴音に掴み掛かろうとする。でも明美が「楓」と小さく呼んで、それを制した。楓は堪えるように唸ってから、鈴音を思い切り睨みつける。
「明美……! 鈴音の言うことなんて信じちゃだめだ!」
「私の言うことを信じて、佳子先輩を殴った人の言葉とは思えませんね」
言葉を失ってしまう楓。
そうなんだ。やっぱり、楓が私を叩いたのは鈴音が何かを吹き込んだからだったんだ。
でも今更知ったところで、もう遅すぎるよ。
明美はずっと無表情を保っていた。でも本当は怖がっているのに、私や楓に心配をかけまいと気丈に振る舞っていることなんて、私にはお見通しだ。
やっぱり、明美は優しすぎる。
「いいですか明美先輩……全部、教えてあげますよ」
唇の端を歪める鈴音。
私も楓も動けないままで、ただその光景を見ていることしかできなかった。
鈴音はひとつひとつの言葉に冷たい感情を乗せて、言い放つ。
「佳子先輩は、明美先輩のことが好きだったんですよ?」




