Episode20 強いキモチ
「明美!」
私が追いついた時、明美は公園のブランコに座ってぼんやりと虚空を見つめていた。
声をかけるとこちらに振り向いて、その涙目で私を見つめる。決壊したように泣きそうな顔になると、慌てて地面に視線を戻してゴシゴシとコートの袖で目を擦る。
私は何も言わないまま明美の隣のブランコに腰を下ろす。小学生向けに作られたそれは高校生にはとても低く感じて、座り心地が良いとは言い難い。錆び付いた鎖が嫌な音を立てて、少し肝が冷える。
「えっと」
明美にかける言葉を探そうとするけれど、中々思い浮かばない。
……先を越そうとするように鈴音への怒りばかりが湧いて出てきてしまう。明美にぶつけるわけにもいかないその怒りは行き場を失って、頭の中を彷徨うように駆け回る。
「……私達、もういらないのかな」
「えっ?」
その時、明美がそんな事を呟いた。向けられた赤い目が私を見つめる。
慌てて怒りを頭の端に追いやって、明美の発した言葉の意味を思案する。
明美はキスをした二人を見て、どう思っただろう。きっと佳子が私たちを捨てて鈴音といる道を選んだと思うに違いない。私だって、あの事実さえ知らなければそう思っていただろう。でも私には分かる。佳子はきっと、鈴音のなすがままに唇を受け入れたに違いないから。
私は佳子の親友として、あの事実を明美に伝える事は出来ない。
……親友だなんて、あんな事をした私に今更言えることじゃないかもしれないけどね。
「佳子はきっと私に愛想をつかして……」
「違う」
でも、それははっきりと否定する。佳子が明美に愛想をつかすわけがない。
明美は黙ったまま、光のない目でじっと私を見つめている。相当さっきの光景がショックだったらしい。明美のこんな顔見るのは久しぶりだ。勿論、私だってショックなのに変わりはない。でも事実を知っている分そのショックは怒りへと変化して、今も腹の底で燃えている。
明美はまた地面に目線を落として、
「だって佳子は鈴音ちゃんと付き合ってて、私たちの出る幕なんてもう……」
声をかけようにも何と言えば正解なのかが分からない。直接「本当は、佳子は明美のことを好きなんだよ」なんて言えるはずがない。
それに鈴音が策を巡らせて佳子に近づいたなんて説明したところで、優しい明美はきっと信じようとはしない。
言葉に詰まる。
「……なんて、ね」
「え?」
その時明美が呟いた言葉に驚いて、一瞬で視線が彼女に引き付けられる。
先ほどの生気のない顔から、口元に小さな笑みが戻っていた。
「……本当は、もう逃げないって決めたのに」
その泣きながら笑っているような悲しい笑顔から、目線を外すことが出来ない。
どうして明美は笑っていられるのだろう。本当なら一番ショックを受けているはずなのに。
分からない。
ブランコから立ち上がった明美は私に振り返る。そして、その赤く腫れた目に秘められた強い意志に気付いた。
明美はきっと、あの日からずっと「私達はもういらないんじゃないか」という問いに向き合っていたのだろう。その恐怖と向き合い、逃げないと決めて。
さっきはあの光景を見て逃げ出して、またその恐怖に囚われてしまったけど、今こうして彼女はまた立ち上がろうとしている。
明美は強い。
自分を守るために親友を犠牲にしようとした私なんかよりも。
「もう一回、佳子の気持ちを聞きにいきたい……」
祈るように、明美は私の目をじっと見つめる。
「……私たちに言えないことを、話して欲しい」
その言葉は興味本位のものでも自分のためでもなく、きっと佳子のためだ。明美は佳子が何を隠しているのかは知らない。でも、それのせいで佳子が苦しんでいることは分かったのだろう。彼女を救うため、もう一度元の関係に戻るため、明美はそれに向き合おうとしている。
たとえ、その先に何が待っているとしても。
もし、佳子が自分の気持ちを明美に打ち明けたとする。
その時明美は、佳子に気を遣って、
私に「別れよう」と、言うだろうか?
その可能性が否定出来ない。全てを明美が知ってしまうことで、もう私と明美は恋人でいられないかもしれない。
嫌だ。
そんな気持ちが胸の中で渦巻く。
鈴音への怒りも未だ消えることはない。そして彼女の言葉に騙された自分自身への怒りも。
でも私は、もう自分を見失っていたあの頃の私ではない。
今するべきことははっきりと分かっている。
「うん、もう一度、行こう」
一音一音しっかりと、言葉を紡ぐ。
私と明美は一度頷き合って、もと来た道を見据えて息を吐いた。




