Episode18 決めたキモチ
「佳子……楓……」
うわ言のように呟く二人の名前。
意味は違えど、二人とも私の大切な人。その筈だったのに。
佳子は私の事を親友だなんて、思ってなかったんだね。
ポールハンガーに掛けられた二本のマフラーを眺めて、私は何度目かも分からない溜息をつく。
一つは誕生日に楓がくれたマフラー。そしてもう一つはクリスマスイブのあの日、佳子が私に巻いてくれたあのマフラー。結局、返す事も出来ないままに持って帰って来てしまった。
佳子は本当に優しい人だ。私は佳子みたいになりたくて、周りの色んな人に優しくしようとしてきた。
でもきっと、私は佳子にだけは甘えていたんだ。いつだって、楓に対する恋心を打ち明けた時だって。心の奥底で、何とかしてもらおうって、期待してた。
それは多分、気付かないうちに彼女の負担になっていたのだろう。
私はきっと、佳子といつまでも親友でいられるという根拠のない自信を持っていた。でもそれは違くて、佳子はきっと私を……面倒くさい子だと思ってたのかな。本当は女の子を好きになるなんて普通じゃないって、思ってたのかな。
でも私はたった一人で佳子を親友だって言い張って、楓と喧嘩して、
私、何やってるんだろう。
これから、どうなるんだろう。
窓の外では太陽が沈もうとしていて、私は机の椅子に座ったまま、ただそれをぼうっと眺めていた。
すぐに佳子の家まで行って謝らなくちゃいけないのに、また拒まれるんじゃないかって不安が拭え切れない。
あの時の佳子の冷たい目線が、脳裏に焼きついて離れない。
「ごめんね、ごめんね……」
こんな私に親友だって思われるのは、迷惑だったよね。
こんな部屋で一人謝ったってどうにもならないのに、繰り返し呟いてしまう。
その時ふと、聴きなれたメロディーが部屋に響いた。
「えっ……」
そのメロディーが発せられたベッドの上に振り返る。そこではここ数日間鳴らなかった携帯電話が震えながら鳴っていた。
そしてこのメロディーは、楓が好きな曲だ。
だから着信の相手は、
「……」
椅子から立ち上がり、ベッドの隣に立って携帯を拾い上げる。それを握ったまま、迷ってしまう。
楓とはあの日以来会っていない。電話もメールもしていない。
佳子が私達の前を去ってから、楓は佳子に怒りの矛先を向けるのをやめた。それくらい、佳子のあの言葉は私達の胸に深く突き刺さったのだ。私の主張も楓の主張も「佳子が私の親友である」という前提を失って、何の意味も持たなくなってしまった。
あの後私達はお互いに小さく謝って、けど何も言えないままで、それぞれの家まで帰って来てしまったのだ。
「……!」
勇気を振り絞り、震える指で通話ボタンを押す。
このまま、逃げているわけにはいかない。
「……もしもし」
『……明美?』
「……うん」
聴き慣れた声に、無意識のうちに安心してしまう。すこしやつれているようにも聞こえるけど、ちゃんと楓の声だ。
気まずい空気が電話越しに流れる。
『え、えっと……元気かなぁって……』
「……元気だよ」
本当はちっとも元気じゃないけどね。
『……ごめん』
突然、楓が謝る。ハッとして、すぐに謝り返そうとしたけど、遮って楓が言葉を続ける。
『私が全部悪いんだ。私が佳子のこと、あんな風に言ったから……』
「そんな、私だって……」
『……私がどうかしてた。ほんとに、ごめん』
ぎゅっと、自分の胸元を掴む。
私だって、楓に辛い思いをさせちゃってごめん。楓の気持ち分かってあげる事、出来なかった。
喉元まで出かかった言葉が、また押し戻されてしまう。
『……佳子に、謝りたいんだ』
どきり、と心臓が嫌な音を立てる。
私だって佳子に謝らなくちゃいけない。でも、佳子はきっと私の顔なんて見たくない筈だ。今度突き放されたら、きっと私はもう二度と立ち直れない。
「私は……」
『……ちゃんと謝って、話をしたいんだ』
楓は強い子だ。私なんかより、ずっと。
私はまた私が佳子にとっての親友じゃないという事実を突き付けられる事を怖れて、何も出来ずにいるのに。
でも、
「……分かった」
覚悟を決めて、頷く。
「一緒に行こう」
窓の外に目線を向ける。
もう日は沈んでいて、街はすっかり闇に包まれている。
もう、佳子に迷惑をかけるような弱い自分でいるのは嫌だった。
謝りたい。怖いけどちゃんと佳子と話をして、佳子の本当の気持ちを聞きたい。
もう逃げたくない。




