走れ。花が散りゆく前に。
優人を教室に残したままで本当に良かったのかと考えながらも、藤咲さんと片瀬さんの二人と別れた後に俺は職員室へ向かった。先生はちょうど仕事が落ち着いた所だったらしく、快く資材の買出しのために車を出してくれたのだった――。
ホームセンターで追加背景作成のための木材等を購入した俺と先生。買った資材を見ていると、早く皆と文化祭に向けて頑張りたいと感じる。まぁその前に相場さんの問題をどうにかしないといけないんだけどね……。青春ドラマとかだと逆にこれがクラスの皆を一つにするイベントだったりするんだけど、俺達の場合はどうなるだろう? ドラマのように上手くいくか、それとも瓦解してしまうか……。
先行きに不安と期待を覚えながら、買った物を車へと積み込んでいると、少し苦しそうな顔をした先生から声が掛かる。どうしたんだろう? 体調でも悪いのかな?
「菖蒲すまん。ちょっとトイレに行って来るから待っててくれ! ちなみに大きい方だから少し長くなるかもしれん! 別に腹痛とかじゃないぞ! 単純に便意を感じただけだから心配しなくて大丈夫だ!」
「えっと、気にしてないし、気にしないので大丈夫です。ごゆっくりどうぞ」
無駄に事細かに状態を報告した後、俺に向かってサムズアップしながらトイレに走って向かう先生を見送る。そんなに心配そうな顔をしてたかな俺……。
とりあえず、これを終わらせて車の中で待っておこうかな。いや、忙しい中連れてきて貰ったんだからお礼をした方がいいよね……。何か飲み物でいいかな。店内にも売っていた気がするけど、もう一度戻って飲み物だけ買うのもあれだし、駐車場の入り口にある自販機で買おう。荷物を積み終え、バタンとトランクを閉めた後に自販機へと向かう。
「うーん。先生って何が好きなんだろ? ま、無難にコーヒーでいいかな。俺はどうしよう……。この時期の王道であるコーンポタージュにするか、変化球でおしるこにするか……」
駐車場の入り口付近に設置してある自販機の前に立ち、どちらにしようかしばらく悩んだが、やはりここはコーンポタージュにすることにした。王道ゆえに外れなし。硬貨を自販機へと投入。赤いランプの点灯しているボタンを押すと、ガタンガタンと音を立てて缶が吐き出される。屈み込んで二本の缶を取り出し、車の方へと踵を返そうとした瞬間、パサッと視界の先に何かが落ちた。何だろう? それが飛んできた方向、道路を見ると、後ろにドクロのステッカーが貼られた黒いワゴン車の窓から男の手が伸びているのが見えた。どうやらあの男が何かを捨てたらしい。
「はぁ、ゴミのポイ捨ては関心しないなぁ」
ため息をつきながらゴミを回収すべく近付く。そこには色鮮やかな紐が落ちていた。これはミサンガかな? 何か無理矢理引き千切ったかのような不自然な千切れ方をしている。何か嫌なことでもあって込めた願いを諦めてしまったとか? 捨てちゃうくらいだし……。
「うーん、でもこれどこかで見たような……?」
何かが引っ掛かる。つい最近どこかで見た気がする……。そうだ! 昼休みに優人が身に着けていたのに似ているんだ! いや、これじゃなかったか? その考えに行き着いた瞬間、すごく、すごく嫌な予感がした。あれを追いかけるべきだと頭の中で何かが囁き掛ける。
「おーい! 帰るぞー!」
「先生! 早く乗ってください! そして、黒いワゴンを追ってください!」
タイミングよく先生が戻ってきた! 全力で走って車の助手席へ乗り込むと、急な俺の行動に驚いている先生へと声を掛けて運転席へと促す。もう先程の車は見えなくなってしまったが、とにかくすぐに追いかけるべきで、何とかして追いつかないといけない。勘違いならそれでいい。けど、もしあれに優人が乗っていて連れ去られているのなら……!
「お、おい、急に何を言ってるんだ。先生も忙しいんだぞ……」
「優人が、優人が連れ去られたかもしれないんです! お願いですから、とにかく車を出してください!」
「何だって?! 冗談を言ってる感じじゃないな……。あぁもう分かった! とにかく出るぞ!」
先生は運転席に乗り込み、乱暴にシートベルトを着けると、急発進でホームセンターの出口へと向かう。店の出口から道路への進入地点では次々と車が通り過ぎているが、僅かな隙間をぬってその中へ強引に車を滑りこませると、後続の車から抗議するようにクラクションが鳴らされる。だが、それを無視して先生は車を走らせる。
「それで瑠璃原がどうしてさらわれたなんて思ったんだ?」
「優人の着けてたミサンガが走ってた車から捨てられたんです! これは優人が着けてたので間違いありません!」
先生に拾ったミサンガを見せながら必死に説明する。たったこれだけだ。これだけしか証拠はない。もし先生が協力してくれなければ探すことが困難になってしまう……。
「そうか……。正直それが本当に瑠璃原の物かは分からないし、それだけで浚われたと判断するのは難しいと思う。――が、俺は教え子を信じる! そして、教師は教え子を救う義務がある! しばらくはここの道路は直線が続く! ここで追いつくぞ菖蒲ェ!」
先生はチラッとこちらに視線を向けてミサンガを確認すると、更にアクセルを踏んで車を加速させていき、右へ左へと車線を変更しながら前方の車を次々と追い抜いていく。しかし、目的の黒いワゴンは一向に見当たらない。
見失ってしまったのかと焦りを感じ始めていた俺の視界の前方にドクロのステッカーが貼られた黒いワゴンが見えた! 交差点を曲がろうとしている!
「先生! あれです! あの車です!」
「あれか! くそ! タイミングが悪い!」
こちらからではまだ距離が離れていた上に、ワゴン車が交差点を通り抜けた後に信号は非情にも黄色から赤へと変わってしまい、後ろを走っていた俺達は信号に足止めされてしまった。しばらくして信号が変わった後にワゴン車が曲がった方向へと車を走らせるが、その先は曲がり道が多くあり、どこへ向かったのか判断がつかない。ワゴン車を完全に見失ってしまった……。どうすれば見つけられる? 闇雲に探してみるしかないのか? 一体どうすればいい?!
「落ち着け。慌てたところで事態は好転しないし、逆に手遅れになってしまうかもしれない! 恐らく目的は彼女への暴行だ。となれば、闇雲に探し回るよりも犯人の視点に立ち、この付近でそれに適した場所を探して当たっていった方がいい」
「でも! そんな場所がどこに!」
「少し待て! 地図やカーナビを見て探してみる! お前はしばらく風にでも当たって頭を冷やせ!」
そんな俺の姿を見た先生は一旦車を路肩に停車させると、俺へ冷静になるよう指示する。それに従い熱くなっている頭を冷やすために車外へと出たが、一向に落ち着かなかった。冷静になれって言われたってそんなの無理に決まってる! こうしている間にも優人がどうにかなってしまうかもしれないのだから……。
俺は先生に苛立ちをぶつけそうになるのを必死に押さえ、無駄と分かっていながらもワゴン車の姿を探し、忙しくなく当たりを見回す。俺のいる周囲には民家や人通りがある程度あるため、ここで行為を行う訳がない! 他には、他にはどこかないか! 怒りと焦りで思考が行き詰ってしまった俺は思わず空を見上げようとした時、山の隙間から小さく屋根が出ている建物が見えた。あれは……?
「先生! あの建物は?」
「うん? どれだ?」
地図を見ていた先生が顔を上げて、俺が指を指す方向へと目を凝らす。
「あれは……。確か随分前に閉鎖された病院だな……。場所としては最適かもしれん! よし! 菖蒲! 一か八かあそこへ行くぞ!」
「でも、もしあそこにいなかったら……。どうなるんですか……」
「また探すしかない。が、そうなると手遅れになっている可能性が高い。とにかく、悩んでいる暇がない行くぞ!」
「っ分かりました!」
あそこに本当に犯人はいるのだろうか……。だが、他に思い当たる場所もない以上とにかく覚悟を決めて動くしかない。俺と先生はすぐに病院へと車を走らせた――。
先程の場所からしばらく走り、町から少し外れた病院へと続く山道へと入る。長い坂道を登っていくに連れて段々と建物が近付いてきた。それと同時に車内の緊張感も高まっていく。頼む! ここに来ていてくれ!
ようやく坂道を登り切ると、草臥れてはいるが建物としては未だに現役である大きな病院があった。そして、併設されてある駐車場には一台の車が止まっていた。日は落ち、周囲には明かりがなく真っ暗なためここからでは探していた車かどうか確認できない。先生はそれの近くへと車を近付ける。すると、その車の後方にヘッドライドを反射する何かがあった。そうドクロのステッカーが貼られていたのだ。ついに追いついた。ここに優人はいる!
「菖蒲! あれじゃないのか?!」
「はい、ドクロのステッカーです……。間違いありません! あの車です! 優人、今行くから!」
「おい、待て菖蒲! 相手は何人いるか分からないんだぞ!」
優人を連れ去った犯人の車だと確認した俺は先生の制止を振り切って建物内へと走り込んだ。すぐに優人を見つけてみせる! 手遅れになる前に!
病院内に入った俺はがむしゃらに探し回る。しかし、病棟も兼ね備えた病院は広く、真っ黒な廊下はどこまでも続いてるように見えて不気味だ。そのせいか酷く疲れを感じる。息が乱れ、足も痛い。でも、そんなことは関係ない。優人が、親友が言葉にするのも憚れる程に悲惨な目に遭うかもしれないのだから。お願いだから無事でいて欲しい。どこに、どこにいるんだ……!
「優人おおおおおぉぉ!!」
廊下に声が響く。――が、優人からの返事はない。走り回った上に大声を出したことで完全に酸欠になってしまい、思わず立ち止まり肩で息をする。叫び声が鳴り響いた後に訪れた静寂の中、自身の乱れた呼吸音だけがやけに五月蝿い。立ち止まる時間さえ惜しく、未だ息も整わぬまま再び走り始めようとした時、不意に声が聞こえた気がした。女の子の小さな声が。何の根拠も無い。聞き間違いかもしれない。けど、なぜかそれはきっと優人の声だと思った。
何の意識もしていないのに俺の脚は動き出していた。声の聞こえた方へと。走る。――とにかく走る。徐々に聞こえてくる声が大きくなっていく。だが、しばらくしてその声が途端に途切れ聞こえなくなった。不安でどうにかなってしまいそうだ。
この付近にいるのは間違いない。改めて耳を澄ませると、ある部屋から物音と男の声がする。そこか! すぐにその部屋の扉を大きく開け放した俺の目に入ってきたのは――、服は乱れ、大きな声を出しすぎたのか繰り返し咳をしながら涙している優人の姿だった。その姿をみた瞬間、俺は大声を上げながら動き出していた――。




