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嵐の前の静けさ。

「そこ! それちょいどけてー! これおくから!」

「あれ、ここの台詞なんだったっけ?」


 クラスメイトの喧騒で溢れる教室。それはうちのクラスだけでなく、どこのクラスも同じである。それもそのはず。文化祭の日付が徐々に近付いており、その準備が段々と忙しくなってきたのだ。ほとんどのクラスメイトが積極的に自分の役割をこなそうとしており、俺も含めた役者達も劇の練習に真面目に取り組んでいる。本番を控え、練習も一層と熱を帯びており、脚本兼監督の一佳からは割とシビアな演技指導が入るので、中々気が抜けない。ガチ勢ですよ彼女は……。


 何ていうかあれですな。この感じは中学生の合唱祭を思い出しますな。最初はそんな恥ずかしいことできるかっと言わんばかりに真面目に取り組まない男子。それを『ちょっと男子ー! 真面目にやってよ!』と注意する女子指揮者。しかし、一向に真面目に取り組まない男子の態度に女子指揮者は思わず涙してしまう……。そんな姿を見た男子は本番が近いこともあり、ある日から急に真面目に取り組み始める――という一連の流れを……!

 まぁうちのクラスは最初から真面目に取り組んでたんだけどね! もし仮にうちのクラスの男子が不真面目だったとしても、女子は言うこと聞かないやつらに物理的もしくは精神的に追い詰めてやらせそうな気がする……。まぁ俺は最初から真面目に練習してるよ、うん。消して怒られるのが怖いとかじゃない。そんなんじゃないんだからねっ!


 それにしても、白雪姫ってどちらかと言えば、ロマンチックっていうか女の子が憧れるような話だったと思うが、今俺の目の前で行われている練習風景だけを見ると、俺の記憶は間違いだったように思えてくる。

 なぜかというと、陸哉を含めた小人役と王妃の手先役に分かれて、剣に見立てた丸めた新聞紙を振り回しながらアクロバチックな動きをしているからだ。何やら最後の山場で王女の配下と白雪姫と王子が指揮する小人達とで戦いを予定しているらしい……。

 このらしいっていう曖昧な言葉になってしまうのも、何やら一佳が相当悩んでいるらしく、まだ脚本が完成していない部分があるからだ。脚本を見ると確かに空白のページがある。まぁそこを除けばほぼ完成しているため、現状はそこを棚上げした練習をしている状態だ。この時期に未定って大丈夫かなとか、折角台詞覚えたのに変更とかあるのかなーっていう不安はあるが、一佳ならきっちりやってくれるだろうきっと! とにかく俺は確定してる部分を頑張るしかない……。


 腕を組み、普段の眠そうな表情ではなく、真剣なそれでじっと練習を見ている一佳。そんな緊張感溢れる風景をバックに俺と王妃役の栞奈さんは読み合わせを行っていた。


『まぁ! 美味しそうなリンゴ! 本当にいただいてもよろしいのですか?』

『えぇ、えぇ、どうぞ召し上がれ』


 目の前の栞奈さんからジェスチャーで差し出されたリンゴを受け取りつつ、棒読みにならないように気を付けながら演技をする俺です。最初は演技とは言え、女言葉が気持ち悪くて鳥肌が立ったが今は慣れたものだ。いや、慣れていいのか?

 しかし、栞奈さんの王妃役ははまってる気がする。違和感がないというか、意地悪な所がそっくり――じゃなくて、演技が上手いんだなきっと!

 そんな失礼なことを考えていて俺が集中していないことに気付いた栞奈さんの目がスッと細められる。あ、これあかんやつや。


「優奈さん、何か変なこと考えてません? 集中して練習しないと一佳に怒られますよ?」

「はい! すんませんした!」

「次からは気を付けてくださいね? ま、切りも良かったですし、私との練習はこれで切り上げましょうか。実は衣装の方がもう完成しそうなので、そちらを仕上げたくて。できたら試着してくださいね?」

「はっ! 了解です!」


 衣装も作りながら、劇の練習もする栞奈さんぱねぇ。いや、すごすぎて何も言えない。特に衣装製作なんて俺には絶対に無理だし……。

 栞奈さんが衣装の仕上げに取り掛かるためにその場を離れるのを見送りつつ、気を取り直して俺は手にした脚本に目を落とすのだった――。


 ふと脚本から顔を上げると、いつの間にか日は落ちており、下校時間も近付いてきていた。まだ覚えきれていない部分の台詞を覚えるのにかなり集中していたようだ。あー、首が痛い。

 そろそろ帰ろうかなと思いつつ、座ったままの姿勢で凝り固まった首や肩をほぐしていると教室のドアがガラッと大きな音を立てて開け放たれた。何事かとそちらへと視線を向けると、何かを探すように視線をさまよわせている栞奈さんの姿があった。何かあったのかな?

 そんな栞奈さんを見つめていると、視線に気付いた栞奈さんは探し物を見つけたと言わんばかりに目を輝かせて俺の元へと走って近付いてきた。少し嫌な予感がします。


「優奈さーん! そこにいましたか! ちょっといいですか! いいですね?! さぁ来てください!」

「え、ちょ、ちょっと?!」


 栞奈さんは俺の手を取り、無理矢理立たせるとそのままぐいぐいと引っ張り始める。何か前にもこんなことがあったようなと思いつつ、何だかテンションの高い栞奈さんにされるがままに俺は教室を後にした――。

 そして、やってきました女子更衣室。もう何度目かの筈だが、未だにいけないことをしている気になるからここは苦手だ。


「さぁ、準備はいいですか?」

「準備って何の?」

「先程言ったじゃないですか! 衣装の試着ですよ!」

「おぉ! 完成したんだ!」

「そうです! 一佳! 優奈さんを連れてきましたよ! ドアを開けてください!」

「りょーかい」


 栞奈さんが声を掛けると、中で待機していた一佳によって目の前のドアがスライドされていく。それと同時に俺の目に飛び込んできたのは色鮮やかな二つの衣装だった――。

 白雪姫の方は綺麗な青のワンピースがベースにされており、肩には白のフリル、胸元には服の生地よりも少し薄い青の特徴的な大きなリボンがあしらわれている。また、足元には黒のローファーっぽいハイヒールが用意されていた。対する王子の衣装は濃紺のシャツと真っ白なズボン。特に目を引くのは首元。そこには中世の貴族が身に付けていたような襞の付いたスカーフがあり、こちらもズボンと同じく真っ白だ。そして背中には深紅のマント、足には茶色のブーツと、何だか白雪姫の衣装よりも魅力的に見える。もちろん、白雪姫の衣装もいい感じだけどね!

 丁寧に仕上げてあり、よくできたそれをしばらくぼーと見つめていると、背後の栞奈さんから声が掛かる。


「ふふ、衣装の出来栄えに感動してもらえるのはありがたいですが、下校時間も近付いてますので、早速試着してもらってもいいですか? 着てみて問題があれば直さないといけないので」

「うん。何か素直にすごいって言うしかないな。了解、試着すればいいんだな?」

「ちょっと、私がいること忘れてない? 私はこいつが着替えた後にするわ。外で待ってるから終わったら言って」


 試着しようと動こうとした瞬間にいつもの鋭い声が掛かる。衣装のことで気をとられて忘れてたが相場さんもいたんだったな……。え、俺への態度? 遊びに行った後もこんな感じですよ? ははっ。

 相場さんが出て行ったのを確認した俺は衣装が汚れないように、破れないようにそっと手にした。えっと、これどうやって着るんですかねぇ? 栞奈さんに聞くしかないと思い、更衣室の外側に振り返ると、にやっと笑っている栞奈さんと一佳がそこにいた。え、いつの間に?!


「なっ! さっき出て行かなかったっけ!?」

「いつから錯覚していたんですか? 私達は最初からここにいましたよ? それに折角、優奈さんの裸体に触れるチャンス――じゃなくて、純粋にお手伝いしようと思っただけですよ?」

「優奈のことだから一人じゃ着れないと思って待ってた。それにもし、無理矢理着て破れてしまったら大変なことになる。だから、しょうがない。例え介助している時に胸に触れてしまっても仕方がない。不可抗力」

「考えが純粋じゃなくて邪まだし、不可抗力じゃなくて明らかに故意がありそうなんだけど?! ただ、衣装のことを言われると強く言えないという……」

「ま、諦めてくださいってことですね」

「着替えの時間だー」


 その後、滅茶苦茶揉まれた……。二人の悪ふざけは待ってた相場さんから怒られるまで続いたのだった。もうお嫁にいけないっ。いや、行く気は微塵もないけどね?


「どう……かな?」

「自画自賛するようですが、すごく良いと思います……。本当にお姫様みたいですよ」

「うん。よく似合ってる優奈」

「ふん、栞奈が作った衣装が良いのよ。衣装が」


 二人に手伝って貰い無事衣装を身に着けた俺。自分の姿を鏡で確認してみて驚く。何だか自分じゃないみたいだ……。少し恥ずかしいけど、すごくわくわくしてる。本当に御伽噺の主人公になったかのような気分になってしまう。コスプレする人達もこんな感覚なのかな?


「動きにくかったり、きつかったりする部分はないですか?」

「えっと、うん。大丈夫そう」

「安心しました。次は凛花ですね」

「私は一人で大丈夫だからね?」

「はいはい。大丈夫だと思いますけど、気を付けてくださいね?」

「優奈。凛花と並んだ姿が見たいから脱がずにそのままでいて」

「分かった」


 一佳の目が真剣になっていたので素直に返事をする。何か思う所があったのだろうか? 相場さんを除いた俺達は一旦、更衣室の外へ出る。そのまましばらく待っていると、中から声が掛かった。


「もういいわよ」


 その声を聞いた一佳は素早くドアを開ける。その中には、本の世界から飛び出したような、一人の中世的な顔立ちの美男子がいた。

 余りの違和感のなさ、衣装の似合い具合に言葉が出ない俺達。じっと自分を見つめたまま、何も言わない三人に不安を感じたのか、男装のために一つに縛った髪を落ち着きなさげに揺らしている。


「な、なんか言いなさいよね……」

「すっごく似合ってます! かっこいいです!」

「うん……。驚いた……」

「いや、本当にどこの王子様だよって感じだな」

「と、とーぜんよ」


 皆から褒められて顔を赤くする相場さん。いや、本当にかっこいいね……。俺はこの人の相手役でいいのだろうか……。


「優奈と栞奈。ちょっと二人で並んで欲しい」

「そうですね! 私も見たいです!」

「しょーがないわね。ほら、とっとと来なさいよ」

「はいはいっと」


 慣れないヒールをカツカツと鳴らしながら相場さんの隣に並ぶ。とにかく横は見ないようにした。いや、だって見たら何か変な気分になるっていうか、恥ずかしくなるっていうか、とにかく駄目なんだよ!


「二人で並ぶと本当にお似合いですね!」

「――うん。決めた」


 しばらく、俺と相場さんを静かに見つめていた一佳がつぶやく。


「一佳? 何を決めたんですか?」

「脚本。今から帰ってすぐに取り掛かる。ということで、私はお先に失礼する」

「えぇ、ちょっと一佳?!」


 慌てる俺達をそのままに一佳は走り去っていった……。


「行ってしまいましたね……。でも、悩んでたみたいですから、解決したみたいで良かったです。お二人のおかげですね! うーん、でもこの場で一佳にも渡したかったんですけどねぇ」

「ん? 何をだ?」

「まだ何か衣装があるの?」

「あ、いえ、そうではないんですが……。実は衣装を作るついでにこんなものを作ってしまいまして。良かったら貰ってくれませんか?」


 そう言った栞奈さんから俺と相場さんに差し出されたのは様々な色で綺麗に編みこまれた紐だった。何だろう? あやとりでもするのか? それにしては短いが……。


「えっと、これじゃ何もあやとれないんだけど……」

「違います! ミサンガですよ! ミ・サ・ン・ガ!」

「あー、あのサッカー選手がしてるやつか!」

「そう、それです! 私達の劇の成功を願って作ったんですよ!」

「どうやったら、あやとりに行き着くのよ……」


 俺と栞奈さんのやり取りを呆れたように見る相場さん。いや、だってミサンガとか普通は縁ないだろ? サッカー選手ならともかく……。


「えっと、着けてくれますか? 優奈さんも凛花も」

「俺は別に構わないけど」

「折角、栞奈が作ってくれたんだし、こいつと一緒なのは気に食わないけど我慢するわ」

「ありがとうございます! 四人でお揃いですね!」


 嬉しそうに笑う栞奈さん。衣装を一生懸命作ってくれた栞奈さんのためにも頑張らないとなぁ……。豚に真珠とか言われないように……。

 その後、試着が長引き下校時間を過ぎていたこともあり、先生に見つかって注意を受ける前に急いで学校を後にする俺達だった――。



 うーん、今日も一日ご苦労様でした俺。制服を脱いで部屋着に着替えようとした時、手首のミサンガが目に入る。

 まさか俺がこんなの着ける時が来るとはなぁ……。これはもしかして青春というやつではないですか! 俺もリアル充実さんに仲間入りだ!

 なんてしょーもないことを考えてるけど、本当に俺が主役で大丈夫なのかとマジで不安です。でも、とにかくやるしかないよな。皆も最後の文化祭に向けて真剣に取り組んでいるし、きっと成功するはず! うん!



 ただただ、その時の俺はこのまま何事もなく、劇が成功するに違いないと信じていた。今後起こる事件のことも知らずに――。

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