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別の世界で生きていく条件  作者: 招きダンボー
勇者とストーカー数名
24/25

第21話 勝利の女神にアイアンクロー②

どうも遅くなりました。

ちなみに前回の話も大幅修正しました。今後の展開が修正前よりは分かりやすくなっているものと思います。

 眩い光が窓から差し込み、未だ眠りこける人間の瞼の裏に僅かな熱を伝え始める。

 

 まだ日が昇ってから大した時間は経っていないというのに、夏の日差しは容赦なく地面を焦がす役目を十二分に果たしていた。


「ぬ、あああああ……」


 奇妙な呻き声を上げ、ベッドに包まる住人は枕元の時計に一瞬だけ目を向けた。


 時刻は午前7時30分。健康的な人間ならば、起床する時間と言って差し支えない。

 しかし、惰眠を貪りたいという欲求は誰の心にも巣くう魔物である。例に漏れずベッドの住人もそうした魔物の囁きに耳を傾け、二度寝という心地良い感覚に身を委ね始める。同時に、支度を急げばあと30分は寝る時間が稼げるよと、自分に言い訳することも忘れない。

 

 ここで魔物の声を振り払い起きることができないのは、やはり駄目な人間に入ってしまうのだろうか。

 

 身体が宙に浮かんでいるかのような奇妙な感覚。フワフワと暖かなベッドから感じる温もりと差し込んだ日差しのコンボが、何とも言えない気持ちを感じさせてくれる。

 

 だが、そこで住人はあることを疑問に感じてしまった。なぜ自分はあと30分寝れると考えたのだろう。今日の学校は、平日ながらも特別に自分だけ休みの措置のはず。ならばもっと寝ても良いだろうに。

 

 なぜその措置が取られたのだろう。自分だけが。そう、確か大切な行事があったはずだ。確か今日は英知収奪だとかなんとか……。


「は!?」


 意識が一瞬で覚醒する。


「いや、まだ寝れる……のか?」


 言って、それはないと結論に至る。謁見は夜であるが、もう眠りに戻ることはできない。完全に目が覚めてしまったからだ。


「くそっ……サボれねえかな」


 頭をポリポリと掻けば、寝癖だらけの髪であることが見ずとも分かる。全身から漂う汗と酒の混じりあった臭いも、抜けきっていない。自分で臭いが分かるのだから、周囲にもそれなりに臭っていることは間違いないだろう。

 

 ひとまず体を洗わなければ。少年は立ち上がり、着替えを探し始める。

 今日は彼、クルト・ヤシロの16回目の誕生日。

 そして、旅立ちの命令が下る日でもあった。









 王に会うのだから、それなりの身嗜みは必要だろう。だが、まだ学生の身分であるクルトにはあまり高価なものは用意できない。

 

 しかし、クルトの在籍するロフィエスト学園は学生服といえどかなり高価な繊維で出来ているらしく、値段的価値はそれなりに高い。なので学生服でいいだろうと考えていたら、1か月前に実家からかなり高そうな防具がいつの間にか届いていた。

 

 どうやら、この送られてきた格好で会うのが、この場合は正しいらしい。

 正直クルトの中ではあまり正しいとは思えないが、あまり口を出すようなことでもないだろう。貴族様が正しいと言っているのだから正しいのだ。

 自分がその貴族様のご子息様であることを棚に上げ、心の中で悪態を吐く。


 クルトが体の汚れを洗い流し、学生服に着替えたあたりで、講義の始まりの鐘が鳴る。この時間に学生寮に残っているのは、寝坊組かやる気のないサボり組のどちらかである。

 

 1か月前に実家から送られてきた防具と自分の荷物は、父や祖父の古い友人と聞くクロス・エルニクトの屋敷に届けてしまい、現在クルトに必要な持ち物は財布くらいだ。

 城に行くのは夜であるが、朝に目が覚めてしまい暇を潰すような遊びも無い。既に学園に居る意味は完全に無くなっていた。


「はぁ、今日でこことはお別れか」


 校門の手前、クルトは学園を振り返る。


(しかし見送りもなんも無いとはなぁ……)


 見送りは行われていた。昨夜にクルト送別会という名の学園全寮生の飲み会が。

 しかし、旅立つ当日に誰もいないというのは、やっぱり寂しいものである。


(普通は前日に飲み会やって、当日になんか盛大な見送りとかじゃないのかよ)


 そんなことを考えるが、不満を表しても仕方がないことだ。前日までさんざん学園長が主催でパーティをやっていたのだから。

 もう行くか、と学園の敷居を跨ごうとした時だった。


「よう!挨拶忘れてんぞ!」


 クルトの肩を掴む者が居た。

 

 そこにあったのは、クルトがこの学園に入学した時から一緒に居た、親友の姿だ。

 どうやら昨日の飲み会の格好のままらしく、制服はヨレヨレで、いたるところに酒や食べ物の汚れが付着している。


「お、お前……」

「餞別だ、持ってけ」


 クルトに、一枚のコインが手渡される。それは奇怪な絵と数字が描かれた、銅色の薄汚いコインだ。


「お前、これ先祖代々のお守りだって……」

「だからだよ、まだまだ平穏な俺なんかより、旅立つお前の方がよっぽど危険だろ? そいつの効果は抜群だからよ、きっと助けてくれるさ」

「んなっ……!」


 クルトの目頭が、思わず熱くなった。慌てて顔を背けるが、目の前の親友にはバレバレである。しかし親友は、いつものようにからかうのではなく、黙ってクルトを見て笑っていた。


「またな、親友」

「おう、またな親友」


 2人は再開を約束する。恐らく今までの人生の中で、トップクラスに位置する笑い顔を浮かべて。








*








「さて、何をするか」


 せっかくの感動的な別れの場面であったが、出発まではまだまだ時間がある。故にクルトは暇つぶしの手段を考えて歩き続けていた。

 

 学園の敷地を抜け、何もない舗装路を歩き、家と家の隙間をぬうように歩き、さらに歩き、都市の中心に近い市場へと入る。

 

 クルトの財布の手持ちはそれなりに多いが、あまり買い食いという気分ではない。今日で生まれ育った故郷からオサラバする身であるせいか、どことなく達観した視点で道行く人の風景を眺める。

 

 大通りを抜け、細い路地を通り、公園へと入る。それは子供の頃に見つけたショートカットだ。

 

 路地を抜けた事により急に広がった視界の先の公園は、幼いころから変わらないままだった。手入れが行き届いた芝生、小さないくつものベンチ。近くには大きな水路もある。

 

 そこでは、子供が時々遊んでいるのを見かける。噂によるとこの水路、そのまま目を洗っても大丈夫らしい。試す勇気は無いが、よくよく思い出すと自分が幼いころは泳いだこともあった。 

 その時の記憶から、少なくともそういう話が出るくらいには、綺麗だと評判なのだろう

 クルトは朝食にと、市場で買ったパンを片手に、近くのベンチを探して腰掛けようとする。

 一息ついたところで、クルトは見慣れた制服の少女が近くで立ち尽くしていることに気が付いた。


「お、リレア?」


 リレアと呼ばれた少女は、声のした方向に振り向く。黄金の美しい髪が、太陽に照らされ光り輝き、更に美しさを増していた。


「あれ、クルトさん。なんで……ああ、そういえば今日でしたね」

「そうだけどよ……リレアはなにしてんだよ、今日は講義あるだろ?」

「ふふ……秘密です」

「なんだそりゃ……」

「ですけどヒントだけなら……そうですね、一言で言えば、懐かしい人に会いました」

「懐かしい人だぁ?」

「ええ、兄さんです」


(答え言ってるじゃん)


 突っ込みを入れようとしたクルトだが、リレアの様子がどこかおかしいことに気づき、口を開きかけたところで中断する。

 

 リレアは話し相手のクルトではなく、どこか遠くを見つめるような、焦点の合わない目をしていたからだ。

 

 そんな彼女に対し、どう反応すればいいのか分からないクルトであったが、よく考えればクルトはリレアのことを名前以外は知らない。慰めようにも言葉が見つからないのだ。

 だから無難に、なるべく無難に返答する。


「へぇ、そうかよ。いつ会えるか分からんが、またな。講義にはちゃんと出ろよ」

「もう行ってしまうのですか?」

「幸せそうな思いに耽っている人間の邪魔はしねぇんだよ」

「えっと、私そんなに……そうですか」


 クルトに指摘されて何のことか思い立ったリレアは、幸せそうに微笑んだ。

 それはまさに天使と呼んでも差し支えない微笑で、思わずクルトの顔が赤くなった。

 しかし、それは表には出さず、あくまで自然にクルトは別れを告げた。


「おう、じゃあな」

「ええ、またすぐに……」


 手に持ったパンを食べながら、クルトはベンチから立ち上がり、再び歩き出した。

 数歩進んだところで、ちょっとした疑問がクルトの頭に浮かぶ。


(ん? 「またすぐに」……?)


 その含みのある言い方にクルトが気付くのは、この会話より数時間後のことになる。


「さーて、どうすっか」


 歩く道のりでパンが口の中へと消えていく。

 いつも食べる量よりは少ないが、胃を満たすには十分な量を食べた。しかし、ただただ歩いているだけで目的と言った物は何もない。

 

 いっそ酒でも飲もうかと考えるが、酒の臭いを体に染みこませて城に行くのはマズイだろう。だとすれば、時間を潰すにはちょっとした娯楽施設が適切だ。

 

 クルトは娯楽施設にといくつかの候補を頭の中で挙げるが、いずれも夜の男のアレな店。時間を考えれば、既に閉店しているだろう。開店を待っていたらそれこそ謁見に間に合わない。


「そうだ、カジノがある」


 そこまで考えて出てきたのが、ギャンブルと言う名の娯楽だ。

 

 クルトの頭には、24時間営業の侯爵の経営する店がいくつか思いつく。そしていくつか目を付けていた所の場所を思い出し、手持ちの金を全てつぎ込もうと算段を立て始めた。

 

 一般的な発想としては駄目な部類であるが、クルトには勝利を見込めるだけの実戦経験と実績がある。ついでに言えば運も、である。

 丁度いい小遣い稼ぎになるだろう。軽い気持ちで、クルトの足は進む。


 軽い足運びのまま、公園から先ほどの道をなぞる様に引き返す。

 市場へ戻り、サービスと言う名の試食の匂いを華麗に流し、貴族の住まう特権地区の門近くまで緩やかな坂を上っていく。

 

 そして、雰囲気がガラリと変わった。商人が活気づき、客に安くて新鮮な食物の取引をしようとする暖かな空気は無く、娼婦や、押しの強そうな客引きが目立つ暴力の臭いが立ち込めてくる。


「そこの坊や、私と遊ばない?」

「いやいや、また今度ね」


 色っぽいお姉さんのお誘いを、余裕を見せた様子で断る。

 

 しかし、彼もまだ思春期の少年。どこかぎこちなさを感じさせる素っ気ない返事は、場数を踏むお姉さんに言わせてみれば可愛いとしか見られなかった。

 

 実際はそこそこ女慣れしていると自称するクルトだが、お姉さんとの違いを挙げるなら、それはやはり場数というものだろう。


「とっとと歩けやオラァ!」

「……っ」


 煌びやかな建物の裏を少し覗けば、裏の世界が顔を出す。

 女性が裸で集団の男に歩かされているのはいつものこと、新しい男の死体が積まれるのは日常茶飯事だ。


「いやだああああ!やめてえええぇぇ!」

「すいません!娘は娘は勘弁してください!」


 どこからか聞こえてくる助けを呼び叫ぶ声や、懇願の眼差しを無視し、クルトはお目当てのカジノの前に立つ。

 

 建物は13階建て。地下には闘技場もあり、地元の人間のみならず、近隣国家からもわざわざ足を運ぶ者がいるという名店である。

 

 なんでも創立330年とかいう本当かどうか怪しい噂もあり、さらにはクルトの知り合いであり、エルフの中でも長生きをしているクロス・エルニクトが生まれる前から存在しているとまで言われているが、流石に嘘だろうとツッコミたくなる。


 そんな朝だと言うのに煌びやかに光る建物に、クルトは足を進めた。


「いらっしゃいませ、当店の会員証はお持ちでしょうか?」

「はいよ」


 扉を開くと、迎えたのは屈強な男だった。冗談抜きで身に着けたタキシードがはち切れそうである。

 クルトは慣れた手つきで、会員証である黒いカードを店員に渡す。


「預かります」


 対応する店員一人とっても、清潔感のある見た目や、そこそこ整った顔立ちが客を不快にさせない。

 やはり優良店は行き届いているなと、クルトは胸の内で褒めちぎる。


「続いてボディチェックをさせていただきます」

「…………」


 続いて別の店員が、何やら金属の棒状の物をクルトの身体に向け、全身にくまなく当てていく。

 これは魔法的細工や、イカサマ用途の品が入っていないかチェックするための物だ。賭けることができる額が、この店は他と比べて非常に高いため、不正が無いように徹底的な姿勢を見せる。


「こちらの品はお預かりさせていただきます」

「ああ」


 取り出されたのは、クルトがパンを買った際にポケットに突っこんだままにしていた紙袋と、暇つぶしにはなるかと持ち歩いていたトランプ、そして魔法を使うのに必要な杖だ。

 

 袋はゴミだから捨ててもいいよと言いかけるクルトであるが、余計なことを言ってトラブルの種を作るようなマネは、もうしたくないという思いがある。

 おとなしくクルトは頷く。


「ではごゆっくりとお楽しみください」


 丁寧に頭を下げる店員に視線を向けることも無く、クルトは赤い絨毯の上を進み始める。

 まずはチップが無ければ始まらないと、クルトは厳重な檻と窓で仕切られた換金所に向かい、金貨10枚をチップに交換する。


「確認しました、お受け取りください」


 クルトは受け取ったチップを無造作にポケットに突っ込むと、1階で繰り広げられるゲームには目もくれず、2階へと上っていく。

 クルトの目的は、2階で行われているカードゲームだった。


「おお、相変わらず盛況だなぁ」


 いくつも立ち並ぶ緑のカジノテーブルには、様々な人種が一喜一憂し心を躍らせる。

 しかしながら、やはりというべきか夜より格段に人が少ない。そんな感想を抱きながら、クルトは一つのテーブルに着く。


「ここ、空いてるかい?」

「ああ、大丈夫さ」


 クルトは真面目な好青年のような笑みを浮かべ、目についた中年の座るテーブルへと声を掛け、席に着く。


「おう、ここはガキが遊ぶにゃちと高いぜ?」

「心配すんな、金ならあるぜ」


 嫌味のつもりであろう。太った中年の男性は、下卑た笑いを浮かべながら、クルトを見た。嫌味を軽く流したクルトは、

 これ見よがしにチップをテーブルにばら撒く。


「はっはっは。意気の良いガキじゃねえか! 泣いても許してやんねえぞ」

「それはこっちのセリフだ。お前の腹に溜まった脂肪まで全部絞り出してやるよ。今の内に、裸になった時の良いわけでも考えとけ糞野郎」

「……いい度胸だ。糞ガキ」


 クルトの挑発を受け取った中年の男性は、先ほどとはうってかわり、クルトを睨み付けるような表情に変わる。食うか食われるか、獲物の貪り合いが始まった。







*







「そら、スリーカード」

「ぐっ!?」


 それからどれほどの時間が経ったのだろうか。目の前のテーブルでは、信じられないほどのチップを手にしたクルトが、中年の男性に辛酸を舐めさせ続けていた。

 勝負の流れは、両者の表情を見るだけで明らかである。


「どうしたよ? 餓鬼の遊びに付き合ってくれた割には、随分余裕の無い表情してるじゃねえか」

「……糞が、もう一度だ!」


 男性がテーブルに投げつけたキングの1組とジャックの1組は、普通であれば場を制圧するのに充分な迫力があるのだが、クルトのスリーカードの前では何の意味も為さなかった。


「いつまでもまぐれが続くと思うなよ! もう一度だ!」

「はいはい」


 クルトの連勝はこれで14回目だ。ここのカジノがイカサマに対してどれだけ厳しくチェックを入れているのか、それは入場前のボディチェックや、ここのカジノ全体に張られている『魔法感知マジック・アラート』のシステムの存在からも明らかである。

 

 更にここのディーラーは、誰もがカジノ側に徹底的な教育を叩き込まれた人間ばかりであり、親側の不正も考えにくい。

 親側の不正は、「この店は平然とイカサマを行う店です」と宣伝してしまうことに繋がるからだ。

 

 そんなことになれば、この店で遊ぶ客の信用がどうなるのか、簡単に想像できるだろう。

 つまりそれらの理由を考えるに、クルトはボディチェックにも引っかからず、ディーラーにも分からない不正をしている。またはイカサマ無しで勝ち続けているのどちらかであるという結論に繋がるのだ。

 

 その事実に、クルトを覗く3人のプレイヤーとカードを切るディーラー、周りでおもしろがって見ていたはずのギャラリーまで、目の前の少年を異質なものを見る目へと変わっていた。


「おっと今度はフォーカードだ。おっさんはどうなんだ?」

「……スリーカード」

「あちゃーおしかったなおっさん! つくづく俺ってやつはツイてるぜ!」


 人目も憚らず、馬鹿にしたように笑うクルト。だが中年の男性は言い返すことはない。いや、最早する気力も無かった。


「おら、どうしたコラ。元気がねえぞ? 能無しの豚が何諦めたツラしてんだよ」


 既に何回目かも分からない罵倒に、中年の男性の神経は削りつくされようとしていた。

 現にその場でプレイしているのは、クルトと中年の男性だけだった。他のプレイヤーは、既にクルトの口汚さから席を立っている。


「ほらよ、ツーペア」

「……もう、いいだろ」


 クルトの嘲笑を、中年の男性は乾いた笑みで返した。そのまま男性は最後のチップをクルトに払うと、憔悴した様子で席を立とうとした。

 

 だが、その動作を見た瞬間に、クルトの笑い声が急に冷えたものへと変貌を遂げた。


「……おい待てよ。逃げんのか?」

「どう取って貰っても構わない。私の負けだ」

「おいおいふざけてんじゃねえぞ! 喧嘩売ったのはてめえだろうが! 最後まで俺にぶちのめされろよ! まだ俺はてめえの***だって見てねえぞ!」

「では、私はこれで」


 ディーラーに頭を下げた男性は、クルトの静止も意に介さずカジノの出口へと歩いていく。ディーラーも心中を察したように、黙ってその背を見届けた。


「チッ、おもしろくねえ」

「お客様、大変申し訳ありませんが、少々こちらでお待ちいただけますか?」

「あ? なんでだよ?」

「申し訳ありません」


 クルトは仕方がないと言った様子で、店員が用意した椅子に腰を落ち着けた。もちろん、文句を言ってゴネないのにもわけがある。


(やべっ、やりすぎた…………)


 勝負事においては、つい熱くなり我を忘れてしまうという欠点。それが、今回は相手を罵るという形で表われてしまった。

 

 クルトはこのカジノでは比較的常連であり、顔馴染みも多い。普段であれば適当なところで負け、適当な回数を勝つだけで終わらせるのだが、今回はどうも熱が入り過ぎた様だ。


(どうせこのカジノも最後だと思ってハメを外し過ぎた……)


 クルトは冷静に自己分析を下す。既に過ぎてしまったことだが、今回の失敗は大きい。もしかすると、ここのカジノだけでなく、他の賭場まで出入り禁止になる可能性がある。

 

 確かにこれからのクルトは旅に出る。危険も大きく、死ぬ可能性もあるだろう。だが、同時に帰ってくる可能性だってあるのだ。せっかく帰ってきたのに、遊び場無しじゃ悲し過ぎる。


「お待たせしました。お客様はこちらで遊べる金額の上限を遥かに超えてしまいましたので、VIPルームにお連れいたします」


 内心でやべーよと冷や汗を掻くクルトに、新たに来た店員が先行し、道案内を始める。

 店員に連れられ、何やらものものしい重厚な扉を通りクルトが連れて行かれたのは地下の2階であった。

 ここのカジノを知る人がこの話を聞けば、まず疑問に思うだろう。なぜならばこの地下は、1階のみとなっているはずなのだから。

 

 クルトが中に入ると、まず白と黒の空間が目に飛び込む。2つの色で構成された壁は、どうも落ち着いた雰囲気を狙って作られたものらしい。

 

 窓の無い空間に取り付けられたランプは、それなりの数はあるものの申し訳ない程度に黄色の光を漂わせ、全体を明るく照らすだけの力は無い。赤い絨毯も、騒ぐ人間も、煌びやかなシャンデリアも無い。

 

 正直言って、地味もいいところだ。特に一般開放ルームと比べて、この耳に痛いほどの静寂は、クルトにはあまり好ましいものではなかった。


 そんな感想を抱きながらも、クルトは黙って店員に追随する。これがただのVIPルームなわけがない。あれだけの騒ぎを起こしたのだから、ここはそういった輩に対処する場所に違いないのだろう。


 やがて店員は、1つの空いているテーブルの前で立ち止まった。申し訳なさそうな口調で、そのテーブルのディーラーと、そこで遊ぶ客に声をかけた。


「こちらのテーブル、構いませんか?」

「ええもちろん、丁度休憩していたところですし」

「ありがとうございます」


 店員に促され、空いている席に座る。クルトが一息ついたようにため息を吐き、改めて周りのプレイヤーを見る。

 

 そこには、皆が一様に怪しい雰囲気を醸し出していた。

 一人は、自分の右隣の席に座る、先ほど返事をくれた男。服装は紺色のスーツに中折れ帽子……いわゆるソフトハットを被っている。若いが、着ている物を見るからに資産もかなりの物だろう。

 

 二人目は、自分の左隣に座る女性。黒のドレスが、彼女の黒髪と非常にマッチしている。クルトの側からは横顔しか見れないが、かなりの美人であることには間違いない。

 

 三人目は、女性の左に座る真っ白な髪の男。髪色に合わせたかのように白のスーツを身に纏い、所持者自体が非常に少ないサングラスをかけている。

 クルトは確信する。これは店側が用意した刺客であると。


「よろしくな、兄ちゃん」


 サングラスの男が、茶化したように話しかけてくる。普段のクルトならばここで何か一つ言い返す場面であるが、これから始まる勝負が勝負だ。なるべく集中していきたい。……などというのは建前で、王様と会う前に何やってんだ俺、というのが本音である。

 

 しかしながら、黙っているのもまた失礼である。クルトは当たり障りのない返事をする。


「ああ、よろしく」

「では、始めます」


 ディーラーの男の声を皮切りに、カードが配られ始めた。


(さて、俺の手札は……と)


 ゲームは一般的なポーカー。手札交換をすることが2回まで可能で、その後に掛け金を釣り上げていくという進行方法だ。故に最初から役ができているのが最高ではあるが、そんな簡単に事が運ぶなら負けることなど無い。

 

 そう、勝つためには心理戦が必要であり、運は2番目なのだ。だが、クルトの強運はカードを自分の手に舞い込ませる。


(最初からワンペア、まずまずかな)


 周りの表情を伺うが、無表情の男、無表情の女、にやけるグラサンの白髪。どれも何を考えているのかさっぱり読むことが出来ない。


「時に、あんたらは知り合いだったりするのかい?」


 意味のある問いかけではない。ただ単に、クルトの一つの好奇心から来た質問である。

 

「ほう、よく分かりましたね。ベット」


 ハットの男が感心したように答えながら、最初の掛け金を積む。もちろんチップではない。その10倍の価値になるプレートにも似たカードだ。


「まあ僕らのことなんて気にする必要はないよ。イカサマなんてする気も無いしね。……それとも、こういう空気は苦手かい?コール」

「別に、ただ気になっただけだ」


 女性がクルトにくすりと笑いかける。明らかに自分から金を巻き上げる集団であるだろうに、なんと説得力のない意見だろうとクルトは内心呆れていた。


「ははっ、まあ楽しくやろうぜ。この勝負の後にトモダチになれるかもしれないしな。コール」

「……そうだな」


 いちいちクルトの癇に障る白髪の男の物言いであるが、喧嘩を売っているわけでないのは確かだ。怒ることも無く、クルトは淡々とカードを交換する。


(おいおい、なんだよこりゃ)


 クルトの手札は4枚の同じカード。強さにして上から数える方が早いフォーカードだ。

 

 初回からかなり都合の良い展開である。クルト自身に非があるのは事実であるが、それでも黙って毟り取られるつもりは無い。だが、最初の勝負からフォーカードが舞い込むと言うのは、クルトにとってあまりに有利な展開ではないだろうか。疑念と猜疑心が、クルトの胸中を支配する。


「レイズ」

「コール」


 積みあがるカードの山を見、これだけの金額が手に入ったらいったいいつまで遊べるのだろうと、クルトは思わず考えてしまう。手札はフォーカードであるし、勝つ可能性は充分にある。しかし、あれだけ騒いでおいて本当にVIPルームに連れてきたのが目的ではあるまいし、いったいどんな罠が待っているのかと内心はビクビクである。


「ツーペア」


 ハットの男がカード後悔する。中々悪くない手札である。しかし、クルトの敵ではなかった。


「フォーカード」


 勝負の行方を眺めていたギャラリーが、それまでの静寂をぶち壊すようにざわめく。ちなみに最もざわついているのは、クルトの脳内で行われている葛藤である。


(え、何コレ勝っていいの? いやそんなわけないだろ……えーでも……)


 そんなクルトの葛藤を解消するように、隣の女性がカードを開いた。


「ストレートフラッシュ」

「っ!?」


 一色の絵柄に、綺麗に数えられる5から9までの5枚のカード。ロイヤルストレートフラッシュを除けば最強になりうる役が、女性の手から飛び出していた。

 

 クルトが思わず叫び声を上げる前に、白髪のサングラスの男が手札を晒していた。


「フラッシュ」


 クルトは鶏が絞殺される時の様な、間抜けな声が漏れそうになるのを喉元で抑えこむ。

 それもそのはずだ。通常であればワンペアやツーペアの争いが多いカードゲームであるのに、目の前には3人もの人間が強烈な役を揃えている。どれも普通のゲームであれば、そのまま勝利してもおかしくないものばかりだ。

 ここまであからさまにイカサマをしてくるのは、正直予想外であった。


「しかしそりゃねえってよマスター。金は返したんだからちょっとくらい手加減してくれって話だぜ」

「これは酷いですねえ、私ツーペアなんですよ。皆して虐めなんて」


 そうは言うが、ニヤける白髪の男とハットの男には、少しも悔しそうな様子は無い。


「さて、2戦目に行きますか」


 マスターと呼ばれた女性に、チップが傾く。

 負け分を払い終えたハットの男は、女がチップをディーラーに投げるのを確認すると、クルトに対して、暗に次戦をと促した。

 だが、クルトの頭にそんな声は届いていない。むしろ負けた事に安堵していた。


(やっぱこういう展開か……)


 この日、クルトは最も買っていた時の金額を大きく上回る借金を実家に押しつけた。







*







「本日はありがとうございました」


 ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべながら、頭髪の無い男……副店長は、クルトが去ったテーブルで頭を下げていた。先ほどの問題児含め、今のテーブルに着く3人がこれで帰ることに、大きな安堵を抱いている様だ。


「いいってことよ、そんじゃ俺たちは失礼するぜ、おい立て兄弟」

「ちょ、ちょっと待ってください。気持ち悪い……うっぷ」

「私どもも手を貸しましょう。外までお連れしますよ」


 そう言って副店長が店員に目配せをすると、店員はハットの男に肩を貸す。

 普段は客をここまで丁寧には扱わない。それもこれもひとえに、彼らが帰ることが嬉しいからである。


 事の起こりは簡単だ。フーヴィスとクロスが借金の返済をするためにこのカジノに到達し、やがて借金の何倍かもわからない額の勝ち金が手に入っていた。

 

 その時にたまたま通りがかったマスターに返済額分を払い、その後は3人でカジノ側が用意した人間をことごとく倒して金を巻き上げていたのだ。

 

 副店長も実力で負けてしまっては、頭を下げて3人に出ていくように懇願するしかなく、次のゲームで最後に、というところで騒ぎを起こした問題児がたまたま同じテーブルに着いたということだ。

 

 ちなみにフーヴィスの白髪は染めた物で、変装する必要があったのは「金髪でヤクをやっている神父に注意」という張り紙が賭場のあちこちで見かけられるようになったからだ。


「おいお前ら! もっと丁寧に扱ってさしあげろ! 一刻も早く外に出すんだ!」


 このゲームを最後に、カジノから金を巻き上げる疫病神どもがようやく去ると考えれば、副店長の言葉にほんの少し本音が混じるのも仕方ないことと言えるだろう。


 なにはともあれ、これで平穏が戻る。副店長がそう安堵したときであった。


「ふむ、中々いい店だった。今後贔屓にさせてもらうよ」


 マスターの妖艶な笑みが、副店長の笑顔を凍らせた。






*






「王手!」

「待った!」


 クロス・エルニクトは孫とボードゲームに勤しむ。齢120を迎えた世間一般では完全なる爺だとしても、クロスにとっては孫という事には変わりない。


「ああ爺さんよ……あんたは最低だ」

「勝負の世界に待ったは無いぞ!黙って負けるんだ!」

「なんて大人気ない爺なん……」

「失礼します!クロス様、こちらへ!」


 そんな家族の交流に水を差すように、クロスの秘書官が、慌てた様子で入室してくる。


「まさか、始まったか!」


 クロスもまた、秘書官の一言だけで察したのだろう。孫とのボードゲームを放り出し、急いで自分の部屋へと歩き出す。

 その後ろを、秘書が慌てて追随していく。


「監視役からの報告によると、同調が始まったのは20分前だそうです」

「安定していたのでは?」

「急に起こったと。向こうもかなり焦っていました」


 何も言わずに急ぐクロスに、秘書は必要な情報を彼の背中に投げ掛ける。


「なるほど、まだ時間は充分あるな。それで、私の武器は?」

「既に玄関前に。転移石の準備も完了し、いつでもいけます」

「分かった。監視役と配置している部下に連絡を繋いでくれ」

「了解しました」


 もはや早口の応酬といっても過言ではないスピードで、クロスと秘書の会話が続く。更にそんな会話の中でも、クロスは自室から必要な物を次から次へと取り出しては、腕に嵌めたりポケットの中に詰め込んでいく。遅刻寸前の会社員でも、ここまで早くは動けないだろう。時間以外の何かに焦る様に、クロスは準備を進めていく。


「クロス様、号令の準備が整いました」


 クロスの準備を遮る様に、秘書官が一本の糸を渡す。クロスは手を止め、それを受け取ると、額に優しく当てた。次の瞬間、糸が弾け、クロスの脳に雑音が混ざったような違和感が現れる。 通話が可能になった証だ。クロスは咳払いを一つすると、遠く離れた部下たちへ、一つの命令を飛ばす。


「では、手筈通りに。クロス・ベルガーを殺してください」


クロスがいっぱいで混乱しそうだ。

間違いについてのご指摘よろしくお願いします。

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