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別の世界で生きていく条件  作者: 招きダンボー
勇者とストーカー数名
22/25

第19話 油断慢心この道曲げず

時間のズレとかは後程修正します

展開の急さから雑になった感があるのでそれも後程加筆して修正します

……これ以上間を空けるのはマズイと感じたので

「貴方が呼ばれた理由は、もう分かっているのでしょう?」


第三王女、シーラ・エル・ミュソレイは、テーブルに積まれた数十枚の資料を眺めながら、対面に座らせた男を見つめていた。

本来であれば侍女や護衛が付いているはずの立場にも関わらず、周りには誰もいない。

他ならぬシーラの命令により、彼女の私室兼執務室から追い出された面々は、扉の向こうでなんとも言えない表情のまま待機していた。

つまり、ここにはシーラと呼び出された男の2人しかいない。

王女の私室というだけあり、部屋はそこそこの大きさだ。別室にはキングサイズのベッドに加えて簡単なキッチン、浴室も完備されている。

そしてリビングにしては少々大きな広間のやや窓際寄りの中央では、問い詰められた男が楽しげな表情を浮かべていた。

その一場面を見た者ならば、痴情の縺れか何かと推測を立てそうなものだが、生憎と男は白髪に染まり切った老齢の男性。

そして平民が着るような服装だ。身分の差から考えても、まず間違いなく恋仲のような考えには至らない。

男が、ため息を一つ吐いてカップへと口を付ける。

対面するシーラも、そんな男の様子をどこかおかしそうに眺めながら、退出させる前に侍女が淹れた紅茶へと口を付ける。

男がカップを置いた時、両者に挟まれたテーブルがどこか緊迫感を持った音色をたてた。


「…………報告書によると、ホーリードラゴンとのことですが、それは間違いでしょう」

「冒険者の中でもかなり腕が立つ者からの報告が信用できないと?」

「信用云々の話ではありません。確実に違います」


断言する男性。あまりにも自信を持った断言の仕方に、さすがのシーラも訝しげな視線を送る。


「おそらく、ホーリードラゴンとしか言えなかったのでしょう。白い、という意味では同じですから」


その場にホーリードラゴンと証言した本人が居れば、まず間違いなく激怒したに違いない。

何せ男性は、報告書にロクに目を通してすらいない。男性が聞いた事と言えば、現在騒ぎの中心になっているであろう人物の名前とその風貌、その人物が乗っていたとされるホーリードラゴンの事だけだ。

それなのに実際に目で見た人物の証言を全否定する。モンスターとの戦闘ではプロである冒険者という人間に対し、その血と汗の積み重ねの知識を嗤うかのような言動である。


「あら、ドラゴンの正体を知っているかのような口ぶりね。それにまるで、その人物のこともよく知っているみたいに」

「からかうのは止めて頂きたいですな。そのことが聞きたいのでしょう?」


王女は微笑を絶やさない。男性も楽しげな表情のまま。それなのに、両者の空気の温度は更に下がり始める。

閉め切ったはずの部屋であるというのに、紅茶の湯気が風に流されるように傾く。

一流の交渉人であろうと、この空気には恐らく唾を飲み込むに違いない。


「そのドラゴンはアカシック。神龍に名を連ねるドラゴンでしょう」


ピタリ。王女の微笑を浮かべた顔が、そのままの形で固まった。


「冗談にしては笑えないわね」


微笑は変わらない。だが、その表情は先ほどまでの暖かなものではなく、明らかに異質な、殺気を含んだものへと変貌を遂げていた。

少しでも虚言や誇張が混ざれば、即座にその首を刎ねんといわんばかりに。


「間違いありません。彼は『我々』の最後の人物です」

「では、このクロス・ベルガーという名は……」

「偽名……いやこの場合は本名というべきでしょうね。そもそも私のクロスという名も、彼の話の中から受け継いだ物ですから」


場の雰囲気を完全に掌握した男性……もといクロス・エルニクトは無表情のまま、されど柔らかな空気を纏ってソファに深く座り直す。


「随分と自信があるようだけど、貴方の意中の人物とは限らないのでは?」

「名前と風貌で充分な確証が持てます。……一番は勘ですがね」

「では、話に聞く災いが起こる可能性は?」

「その点については分かりませんとしか言えないですね。人格がどちらに傾くのか、それは当人の問題ですので」

「でも、あなたはその人物をよく知っているのでしょう? ある程度の予測はついていないのかしら?」


肝心な部分を明かさない。聞きたいことは全て話さない。どこか知っているような匂いを漂わせながらも、物事を傍観し楽しむ姿勢を見せるのは、クロス・エルニクトの悪い癖だ。

そしてその癖は、知略を得意とするシーラが非常に嫌っている物だった。

冗談ではない。これは下手をすれば、世界的規模の戦争に発展するかもしれないのだ。たかだか老人の娯楽ごときで対応を遅らせてなるものか。

微笑は睨みに変わり、並の人間ならば即座に頭を下げるであろう藍色の眼光が、クロスを貫く。

だが、クロスの態度は変わらない。むしろその変化を好ましく受け取り、機嫌が良さそうに自分の白くなった顎鬚を撫でる。


「そういえばご存知ですかな? あの家無しの子……名はなんと言いましたか」

「……セリュレイアのことね」


クロスが思い出すのは、セリュレイア・ラ・ミュソレイという名の空色の少女の事。

突然変わる話の内容に、シーラの目が鋭く光る。


「ああ、そうです。その彼女が『クロス』に助けられたことはご存知ですか?」

「どういうことかしら?」

「おや、その様子だと『開拓』に送り出されたのも知らないようですね」

「っ!?」


今度こそシーラの表情は崩れた。

行き場のない怒りにソファから腰を浮かすも、すぐに表情を無へと作り直し、その場に座り直す。


「…………詳しく聞かせてもらうわよ」

「別にあなたの失態ではありません。あなたの私兵は大陸全土を見渡しても片手の指に収まる優秀さです。……ですが、さすがに今回は相手が多すぎた。レリウス公爵家が寝返ったのは痛手ですな」

「…………」


シーラは片眉をピクリと動かすも、それ以上に驚きはしなかった。クロスの記憶が正しければ、レリウスが寝返ったというのはシーラにとって寝耳に水の出来事であるはず。

更にシーラが最も信頼していた貴族がレリウスであり、公爵家というだけあって力は絶大なものであった。

先ほどの醜態の反省か、動じる様子をおくびにも出さないこの姿勢は、感服に値するだろう。

声を漏らさず、クロスは感心したようにシーラを見る。


(あるいは、彼女の中の線引きにレリウス公爵は入っていなかったと言うべきか。大事なのは妹であり、レリウスは切り捨てるのも可能な存在として数えられていたと)


どちらでもいいことだ。少なくとも、クロスにとっては。


「おかしいわね、そんな情報はこちらには入ってきていないわ」

「それもそうでしょう。何せ、貴方の私兵の情報を止めたのは私ですし。ちなみにセリュレイアが出されたのは王の独断ですから」

「…………」


頭が痛いとばかりに、シーラは顔を両手で覆った。


「クロス……お前は一体何をしてくれたのかしら」


ついに「お前」呼ばわりである。

その言葉に込められた苛立ちは、計り知れないほど高い。


「少々情緒が不安定と見えますね。もしや『重たい』のですかな? ですがシーラ殿の周期ですと、今月は些か早いように感じますね」

「ほう、どうやらお前は余程死にたいようね」

「そんな態度ですから、22にもなって浮ついた話の一つも無いのです。婚約すら無いとは……ああ嘆かわしい」

「っ! 今日こそそのふざけた顔に穴を開けてやるわよ、この色ボケ爺がっ!!」


仮どころか正真正銘の王族……それも第三王女に対して、あろうことかセクハラ発言だ。

大義名分を得たとばかりに、シーラは懐に隠し持っていたナイフをクロスの額目掛けて力の限り投げつける。

だが、クロスはそれを首を捻るだけで難なく躱す。目標を見失ったナイフは、遥か後方の机、その上に鎮座していた彼女のストレス解消の道具であるオーラシェル国王人形の額を貫いた。

本来は柔らかい素材で出来ていたのだろうが、その人形には所々凹みがあった。夜な夜なシーラが国王を模した人形を殴り続けた成果である。

何度も布が破けたのだろう。あらゆる箇所に刺繍の跡がある。そんな痛ましい人形に、今日はついにナイフが刺さった。

無残にもナイフに貫かれたオーラシェル人形は、その投擲の勢いに耐えきれず空中を数回ほど回ると、憐れ無残にもゴミのように床に転がった。

本来なら抱きしめる用途に使われるであろう無残な人形の姿を床に落ちるまで眺めていたクロスは、シーラに向き直ると新たに口を開きかけるが、そこでふと頭をよぎった考えに一瞬だけ苦笑する。


(これだけの騒ぎがあれば扉の向こうの兵士も駆けつけるだろうに……慣れとは恐ろしい)


実はこれと似た騒動は過去幾度となく起こっている。

最初こそ駆けつけ取り押さえられもしたが、数回重ねれば呆れた顔で見られ、数十回となればドアをノックされるだけで終わる様になった。

前回までなら確認の一言ぐらいは扉越しにあったものなのだが、今回はノックすら無い。信用されていると考えれば嬉しさもあるが、クロスが本当に善からぬことを考えていたらどうしたのだろうか。この警戒心の無さが命取りにならないことを願うばかりだ。


「まあまあ、こちらとしても事情はありました。今のあなたは四面楚歌に等しい。レリウスについてはこちらで解決するまで、あなたに余計な心労をかけさせまいとした心遣いです」

「……」

「申し訳ないことと言えば糞餓鬼……失礼、国王の決定に気付くことができなかったくらいですが、まあ妹君もなんとか『クロス』さんが解決してくれました。私たちはとっとと内部分裂を収めることに集中しようではありませんか」

「……」

「ああ、そういえば話していませんでした。妹君もどうやら命を狙われたようで、そこを助けたのが『クロス』さんらしいです。我々が懸念するようなことは起きないでしょう」

「……それは今はまだ、ということかしら?」

「ええ、今はまだ」

「対応の方はどうなっているのかしら?」

「既に手は打っています。いざとなれば私も出るつもりですし、遅れを取ることはないでしょう」








私室にしては、いささか装飾過多と思われる扉を閉じる。

入れ替わる様に入室する侍女たちは、皆一様に苦笑いでクロスを見送った。


「懸念は起きないでしょう、か……」


王女にはああ言ったが、懸念はある。アサシンの集団が殺されていたことだ。

アサシンはその存在自体が秘匿されている。居場所などそう簡単に割れるものではないはずだ。

にも関わらず、セリュレイアとの出会いからそう月日もかからない内に、彼女に危害を加えたであろう人間は皆殺しにされていた。

自分が同じことをしようとしたら、情報を集めるだけで何日掛かることか。

改めて、EXスキルの性能の高さを認識する。

『彼』のEXスキル察知は、索敵に長けるだけではない。知りたい情報を持つ人間がいれば、レーダーの中に青点で表示させることもできるし、簡単なアイテムの位置もある程度補足できる。

情報の集めやすさで言えば、察知は最高の性能であろう。

情報は重要だ。ゲームでも収集能力の高さは認められていたし、廃人と呼ばれるプレイヤーであればあるほどこの能力は重宝していた。

更には魔法攻撃の先読み能力もある。反射神経の無いプレイヤーには宝の持ち腐れであったが、やり込んだ者にはこれ以上ない武器だった。

そしてもう一つの懸念。

死体を確認したが、あれは相当な進行具合か、はたまた強大な力を手に入れたとこにより、その人物の本質が垣間見えただけなのか。そのどちらかであろう。

だが、セリュレイアを助けたということ、監視者から理性は充分に見受けられるという報告のことを考えると、進行とは考えにくい。「こちら側」と見て問題は無いはずだ。

しかし、乗っ取られていなかろうと、最上級に近い力を手にした人間がこの世界で何を為すかは予測がつかない。

名声か金か、欲望のまま破滅に進んだ人間を、クロス・エルニクトはよく知っている。

かつては、明確な悪となる人物の打倒を目標に纏まることができた。間違いを起こせば、同等の力を持つ人間が間違いを正すこともできた。

だが、もうプレイヤーなどと呼ばれる人物は、自分を除いて存在していない。皆、彼を置いて死んでいった。


「何事も自分を律することが成功の秘訣なんだよ。あなたは僕にそう言いましたよね」


今はもう味わうことができないほどの、心地良い過去の記憶を掘り起こす。

だが、あの頃を望むには、自分は少々罪を背負いすぎた。


「あなたが自分を律し、飲まれないことを祈りますよ、先輩」


いつの間にか片手にぶら下がっていた仮面を片手に、クロス・エルニクトは自らの屋敷へと足を運ぶ。






























「ハァハァ、……どうだぜ。流石にやつらも、この教会までは探せまい」

「つ、疲れた……なんというか精神的に」


小さな教会、その礼拝堂に逃げ込んだ情けない男たちは、額に浮かぶ汗を拭いながら安堵の色を浮かべていた。

数十人が入れるか入れないかの小さな規模であるが、その室内はどこか清らかな……表現するなら神聖な空気が漂っている。

そんな神聖な場所であるが、それを汚すようなフーヴィスの頭に被っていた女物の下着は、逃げる途中に騎士に投げつけたため今は無い。

現在は、変態神父から怪しい神父へとジョブチェンジしていた。


そしてクロスは、変装用にとフーヴィスが教会のどこからか拝借してきた修道服へと既に着替えている。

教会にて黒コート黒スーツなど目立つ上に怪しすぎるため、当然の配慮であると言えるだろう。


「つーか、あんな下着があんのかよ……」

「んおう、知らないのか? あの下着はかのナーベ神が伝えたとされる技術の結晶だぜ」

「偉大だなそのナーベ神は……」


クロスの脳裏に、先ほどまでの光景が浮かぶ。あの下着は、どう考えてもクロスの元の世界の物であった。そもそもブラなどこの時代に存在していたか。

時代の価値観に合わない物が多すぎるこの世界だったが、あの下着を見た今はその違和感が更に大きくなりつつある。

そんなことを考えていたクロスだったが、ふと目に入った光で、その考えは中断させられた。


「……もう朝じゃねえか」


ステンドグラスから差し込む光は、眩い輝きを室内に注ぎ込む。

祝福の光とでも言うのがピッタリな一枚絵の光景になっていた。


「はっはっは!朝だとか夜だとか、俺たちに時間は許されていないぜ! なんたって金がちっとも手に入ってないんだからな!」


なんとも情けないことを自信満々に言うフーヴィスであったが、それには頷くしかない。

騎士団とも自警団ともついでに民衆とも分からない連中に追い回されて、追剥どころか逆に物を投げて減らしてしまう始末。現在の2人は無一文に等しい。

それでも、クロスとフーヴィスには決定的な違いがある。


「悪いな……俺はお前とは違うのだよ」

「そりゃどういうことだ?」


そう言ったクロスは、こちらも自信満々にフーヴィスに向かって手のひらを開いて見せる。

訝しげな視線のフーヴィスであったが、次の瞬間には目の色を変えざるを得なかった。


ジャラジャラジャラジャラ。

「な、なんじゃそりゃあああ!?」


そんな音と共に、クロスの両の手の平から金の財宝や価値ある武器が溢れ出る。

金のゴブレット、白銀の剣、魔力の溢れ出る鎧。湯水のごとく溢れる物の数々は、売れば相当の価値になるものばかりだ。

物の価値に無頓着な人間でも、それらの品々がすさまじい価値を持っているのは一目で分かる。


「ふはははは! 我の前にひれ伏すがいい!」

「うおおおおお! 兄弟! ……いや我がしゅよ! 敬虔にして哀れなる子羊に一滴の恵みを授けたもうれ!」

「だが断る!」

「ああああああ! 金が、金が消えていく! お待ちくだされ! どうかご慈悲を!」


確かに現在の財布の中身は寂しくとも、アイテムボックスにはここ数十年遊んでいけるだけの財はため込んでいるのだ。……さすがに昨日のような、妖精酒をがぶ飲みという散財は避けなければならないが。

決定的な違いを見せつけ、かつてのフレンドであったモンブランの真似をしながら、クロスは高笑いを続けた。


「くそおおおお! この悪魔が! 教会でお前を異端認定して火炙りにすんぞ!」

「うわ、化けの皮が剥がれた!」

「うるせえ! どうだ、俺のバックには王国騎士団に教会、あとついでに王様がいるぞ! さあ、つべこべ言わずにささっと金を貸して下さいお願いします!」

「返す見込みがまったくないだろ怖いわ!」



土下座から服を掴んだ懇願、はてに掴み合いに発展した口論は、思わぬところで収束を見せた。

バタンと、木製の扉が壊されんばかりの勢いで開く。

突然の出来事ながらも、クロスとフーヴィスは一瞬で絡み合いを止め、どこから取り出したのか、掃除用具を手に窓を拭く動作や掃き掃除をしている動作へと移っていた。

そのため、闖入者の目にも2人は真面目に朝早くから掃除をする聖職者と信者にしか見えない。

実のところ聖職者とは程遠い下着泥棒兼暴力沙汰の犯罪者なのであるが、闖入者は近くのフーヴィスに近寄ると、ボロボロの布きれ差し出したまま頭を必死に下げ始めた。


「神父様! 娘をお助け下さい! 病気なんです!」


いかにも貧民と言った格好をした男性だった。

頬には肉など無く、目は窪み髭は伸び放題。パッと見は30代か40代であるが、まともな食事を食べることができていれば、彼の実年齢である24という歳にも見えただろうか。

そんな男性は、今必死に娘を助けようとフーヴィスとクロスに懇願を繰り返していた。

彼の片手に握られた手作りと思われるボロボロの麻の袋には、彼の働いて手に入る賃金のギリギリまでの銅貨が入っているに違いない。


「お金が足りないのは充分承知です! ですが、3か月待っていただければ必ず返します! ですので、どうかこの通り!」


必死に頭を床に擦りつけられるのは、あまり見ていて気分の良いものではない。

フーヴィスは男に近づき、顔を上げさせる。


「あんたの気持ちはよく分かった。俺も協力したいのは山々なんだが……」


男の肩に置いた手と反対の手で拳を作り、胸の前で握りしめたフーヴィスは、実に悔しそうな表情を作ると、言葉を紡ぎだす。


「生憎、神様は十字架にぶら下がる仕事で忙しいんだ。また今度にしてくれ」

「そ、そんな! お金ならいつか必ず用意します! だから……」

「はいはい悪いね、この通りを真っ直ぐ降りた先の教会に行きな。無償で助けてくれるはずだから」

「あ、あの!っ……」


半ば無理矢理に、フーヴィスは教会から男を追い出すと乱暴に扉を閉じる。

しばらくの間、扉をガンガンと叩く音が響くが、数分後にはその騒音も止む。

恐らく、フーヴィスの言った教会へと足を運び始めたのだろう。


「…………」

「そんな目で見るなよ兄弟。俺はソッチの魔法も知識も何もありゃしないんだぜ?」


一応ヴェルトオンラインでは、聖職者系統の職に就けばそういうのに特化した魔法を覚えることができるはずだが、この神父ときたらどうなのか。

フーヴィスを見る目が蔑んだものに変わるが、ここはゲームでもなんでもないのだ。

魔法を覚えられなくても不思議はないのではないだろうか。

理解しつつもどこか納得できない様子で、クロスは頷いた。


「……まあ、しょうがないのか? ところで俺はいいとして、お前は借金はどうするんだ?」

「ほわ!?」


聞いたことの無い悲鳴を上げるフーヴィス。

下手をすればわざとらしすぎると捉えられかねないほどに仰け反ったフーヴィスは、そのままスライドするようにクロスに頭を下げる。


「貸してください」

「嫌です」

「……俺が襲われた時に雇うって言って渡した金を返して頂いても構わないでしょうか」

「……わかりました」

「ひゃっほう! さあ行くぞ兄弟! チップが俺たちを待っている!」

「え、どこ行くの? おい待て!」




まだ朝も早い時間帯であるが、市場は既に動きを見せている。

安いよとアピールする商人の声に、それらを買い集めようとする人々の熱気が、市場を活気づかせていた。

とにかく安い物をと選ぶ一般人に、長年鍛えてきた鑑定眼を用いて良品質の物を選び抜こうとする使用人や料理人の人々。

そんな市場の先にある公園は、時間帯のせいか人が非常に少ない。

まるで別世界のような静けさを保つ空間で、ベンチに腰かけた神父と修道士……フーヴィスとクロスは、クロスが保存していたパンを口に運びながら虚空を見つめていた。


「……うまいぜこのパン。中には何が入ってるんだ?」

「それはこし餡だったかな。……このジャムパンうめえ」


パンが美味しいのは本当だ。しかし、人生初体験のあんパンを食べるフーヴィスには、暢気に美味しいと言っている心の余裕が無かった。


「どうすりゃいいんだ……まさか門前払いだなんて」

「……」


行きつけの店だとフーヴィスが向かった先で、なぜか怖いお兄さんたちが「あなたは出入り禁止です」と言われたのがよほど心を刺したのか。


「そうだ、妹に借りよう。あいつは確か学生だが冒険者ギルドの仕事もやってたはず。金なら有り余ってるとも聞いた」

「……」

「妹はなぁ、俺に似ず可愛いんだぜ。髪はすんげえ長くて、背と胸がちっこくてな、近くの学校に通ってるんだぜ。何より制服が最高に似合っててな」

「へえ、それはあんな感じの子か? 確かに可愛いだろうな」

「そうそう、あんな感じの……」


クロスの視線の先、フーヴィスは我が目を疑った。亜麻色の髪を腰辺りまで伸ばし、その背丈は小さく、発育はお世辞にも良いとは言えない。しかしあの紺のブレザーの制服はかの名門、ロフィエスト学園の物。

入学時に支給されると言われる、制服の上に羽織られた黒い一級品のローブとその胸の校章も、その人物がエリート学生であることを示している。

「そういや、セラもあんな制服だったなぁ」とクロスが何か呟いているが、フーヴィスの耳には入らない。


「…………俺の妹だ」

「えっ」


フーヴィスの妹なる人物は、手に学校からの支給品と思われる杖を握り、学生の魔法使いには似つかわしくなく、全力と思われる速度で走っていた。

「待てやこら!」「逃げてんじゃねえよ!」

その妹を追いかけているのは、カタギにはとても見えない男の2人組。鬼ごっこにしてはやたらと真剣な表情で追いかけている。


「おい、アレちょっとヤバイんじゃないか? フーヴィス、助けに……」

「……いやいや待て待て、会わす顔が無いというか俺はまだ心の準備が」

「なんで今まで生き別れていた兄弟が偶然再会したけど緊張して声が出ないみたいなこと言ってるんだ。ほら、行くぞ!」

「や、やめろ引っ張るな! 待つんだ兄弟!」


暴れるフーヴィスの首を掴み、ズルズルと引きずるようにクロスは走り回る妹の方へと近づいていく。


妹もこちらへ近づく人物をどう捉えたのかはわからないが、驚いたように目を見開いた。僅かに逡巡するような素振りをみせるものの、それをクロスがブンブンと腕を振り回してこちらへ来るようにとアピールする。

このまま走っていてもラチがあかないと判断したのか、こちらの腕は信用できると判断したのかは分からないが、やがて妹は決心したかのようにこちらへと向かってきた。


「や、やっぱり……兄さんなんですね!」

「お、おう久し振り」


最初の一声は、まずそれであった。妹は何やら再会を喜んでいるようだが、フーヴィスはどこか戸惑ったような態度だ。

不審に見えるが、そこら辺のことを追求するのは野暮であるし、フーヴィスとも出会って1日のクロスが首を突っ込むようなことではないだろう。

それにやるべき問題は、まだクロスの目の前にある。


「おう? なんだてめえらはよぉ」

「どうやらそこのチンチクリンの関係者みたいだが……丁度良いぜ」


相手はスキンヘッドの大男に、細身ながらも鍛え上げられた肉体を持つ男の2人組み。

状況が状況であるため、恐らくクロスが自分は関係者ではないなどと言っても信じられないだろう。今にも殺しにかかってきそうな雰囲気である。


「知り合いというかなんというか……」

「そうかい、関係ねえならそこをどきな。俺たちの目的はそこのチビだけだ」

「俺らの家族の仇は討たせてもらわねえとなぁ」


どうやらただならぬ事情がありそうだ。クロスが聞き耳を立てなくとも「お前、まさかまた盗賊かなんかの連中を……」「違います! 全員牢獄に突き出しました!」などと会話が聞こえる。

学園で上位成績を取るようなレベルの人間は、そのレベル帯で10人ほどのパーティを組めば、50人の組織に匹敵するだけの力があるという。

ならばこれは、壊滅させられた組織の人間の生き残りによる敵討ちといったところだろうか。クロスはどこかで聞いたような知識を思い出し、なんとなく腑に落ちたように顎に手をあてる。

息が整った様子の妹は、杖を取り出して構えようとするが、それをクロスは見もせずに手で制する。


「あー、そういうことなら自業自得だと思ってくれ」

「んだと!? てめえ何様のつも―――」


クロスの背後から突然現れた十数の光の矢、シューティングアローが男たちを包み込むように撃ち込まれた。

手加減された魔法、それにクロスにとっては低レベルの魔法とは言え、こちらの戦場では主力魔法。数を考えても、気絶させるのには充分な威力だろう。


「これで終了っと」


魔力を失ったことによる独特の疲労感が、クロスの全身に響く。体力とも違う慣れない疲れは、未だクロスを不快にさせるのには充分な役目を担っていた。

しかしそんな不快感は一瞬で過ぎ去り、最早男たちには興味がないとばかりにクロスは背を向ける。標的が倒れているのかどうかも確認せずに。


「ダメです! そいつらには魔法が……」


フーヴィスの妹の忠告はあまりに遅すぎた。


「おっ……」


満足に声を上げることもできずに、クロスの体は横殴りに地面に叩きつけられる。


「ったく、こいつも魔法を使いやがるのか」

「ビックリしたぜおい」


ブーストで強化された肉体を活用した大男の拳は、人一人の頭を地面の中へ潜り込ませるには充分な威力だった。

驚くフーヴィスと妹の視線の先には、2人の男がまったくの無傷で立っていた。着ている服にも乱れはない。威力が殺されていたとはいえ、通常であれば人体を貫通する魔法だ。まるで無傷というのは、魔法を知る者にとってあまりに不自然すぎる光景だったことだろう。

そして異常を示すのはそれだけではない。2人の胸にかけられたドクロのネックレスが、口を開閉させながら光の玉を食っているのだ。クチャクチャと、あまりに人間らしく食す貴金属の口の動きは、見る者に嫌悪感を与えた。


「不意打ちたぁ随分卑怯な真似してくれんじゃねえかよ」


憎憎しげに地面にうつ伏せに倒れたままのクロスを見下ろしながら、細身の男は振り上げた右足で、クロスの頭を踏み潰そうとする。


「兄弟!」


フーヴィスと妹が援護しようとするも、とても間に合う距離ではない。死なないにしても相当なダメージを負うであろう細身の男の攻撃が、クロスの後頭部に触れようとしたとき、男の足が突然跳ね返される。


「うおっと!?」


ベッドを踏んで反発するような感触に、男は片足を跳ね返されながらもなんとかその場で持ち返す。


「……そういえば、妹は魔法を使えるのに逃げてたよな」


そんな呟きが聞こえたのは、男たちの足元からだった。


「応戦もせずに逃げ回ってたってことは、それなりの理由があるはずだもんな。魔法が効かないというのは予想外だったけど、俺も魔法を使ったのは対応としてはダメな方だったか」


ゆらりと、クロスが立ち上がる。


「なんで忘れてたかなぁ、あれって7号魔法まで無効化できる微妙アイテムじゃん」


クロスの独り言に反応する余裕など、男たちには無かった。

大男の拳は、通常でも岩に穴を開ける程度のことはできる。ブーストを使えば、鋼のゴーレムだろうと一撃で倒せるだけの威力があるのだ。

そんな攻撃を食らって、まるで何も無いかのように立ち上がる。


「お、お前は……」


驚く暇も無く、呆然と立ち並ぶ男2人の身体は、クロスの蹴りにより宙を舞った。


「凄い……」


静まり返った公園で、最初に口を開いたのはフーヴィスの妹だ。


「あ、あの! 助けて頂いてありがとうございます! 私の名前は……」

「おおーっと! 大変だ兄弟! 怪我痛むだろ!?」

「え、いや別に……」

「なに!? 頭蓋骨骨折骨折及び外傷性くも膜下出血!? それは大変だ俺が治してやる! それじゃあな我が妹よ、学業に励めよ!」

「あの、兄さ……」


唖然とするクロスの首を掴むと、フーヴィスは走り出した。

ダンボーは一人でテントが張れるようになった

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