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別の世界で生きていく条件  作者: 招きダンボー
勇者とストーカー数名
19/25

第16話 遭難です

推敲してないです……。

最初から直してたら遅れました……すいません。

後でまたやり直したい…………。

ヤハタによると、現在クロス達の居住地あたりは死の森と呼ばれ、人が入ることは滅多に無いそうだ。

そしてその死の森から、クロスが目指しているミュソレイ王国までの距離は、馬車での移動と仮定すると、約半年だそうだ。ゲームの時より、こちらの距離が長くなっているのは間違いないだろう。ボリュームアップといったところか。

しかし、そんな距離感もなんのその。

クロスは既に2日の移動で、馬車5か月分の距離を進んでいた。走るという方法で。


「ここはどこだ」

『おい』


そんなクロスとヤハタ、雪山にて遭難中である。


「こっちが王都の方角だよな?なんで雪山があるんだ?」

『いつの話をしてるんですかい。この山、かなり前からありますぜ』

「え?」


はて。

たった300年ちょっとで地形が変わるなんて、クロスとしても考えにくいのだが……。

魔法的な何かが働いて、山なんてできてしまったのだろうか。


そこら辺もじっくり訊いてみたいと考えるが、その前にやることがある。


「その話はまた後で訊くとして……。ヤハタ、道案内頼みたい」


そう、ここは雪山。

強化された肉体だ。魔法もある。凍死することはまずないだろう。しかし、クロスは肉体的にではなく、精神的な意味でツライものがあった。


『そうしたいのは山々なもんですが……。ここがどこか分からんですぜ』

「……」


ヤハタが言う意味は簡単だった。吹雪で視界が遮られ、自分の立ち位置が分からないのである。

何せ視界は何メートル見えているのか分かったものではなく、ぐるりと見回しても、クロスの視界には白色しか入ってこない。空間と地面の境目すら消えた猛吹雪は、歩くことすら戸惑わせるほどだ。

クロスだって、そんな状態で道案内など出来るわけがないと分かっている。

しかし、あれだけ大量の武器を混ぜたんだから道案内くらいできないものかと、身勝手な不満が募る。


「……ここで休むしかないのか」


諦めたように肩を落とした。

クロスとしては、今日で王都に着いてしまいたかったが、この猛吹雪では仕方ない。


『ていうか寒くないんすか。旦那は本気で人間を辞めたようで……』

「寒いわけがないだろう!この格好を見ろ!」


見ろと言われても、ヤハタには目が無いのだが。

しかし、クロスが言うように、ヤハタが魔力による視覚化した確認をしても、彼が寒がっている様にはとても思えない。

彼のコート、ひいては顔の肌に、雪が付着していないのだ。

風魔法の応用と考えられるが、そんな風は感じられないあたり、ヤハタにはいったいどういう仕組かはさっぱり分からなかった。


「ああもう!テントでいいや、どっこいせ!」


コートのポケットに手を突っ込む。ポケットから手を引き抜き、何かを近くに投げる動作をする。

すると投げた方向に、とても人の手に収まる様には見えない、白い巨大なテントが現れた。

それも、組み立てが完成した状態でだ。

面積はかなり大きく、ワンルームを覆い隠すほどだろう。入る前から快適さを連想させてしまう巨大なテントは、視界を遮る雪ですら隠し切ることが出来ない存在感を醸し出す。


「まさかこいつを使うなんてなぁ……。本当に久しぶりだ」


テントを投げた本人であるクロスは、それを眺めしみじみと呟く。

テントはゲーム内通貨のゴールドで支払う中で、かなり高価に位置する道具である。

単に泊まれるというだけだが、リアルさを求めるプレイヤーには大いにウケる、言わばマニア向けの商品だ。クロスは余ったゴールドで買ってみただけで、心から欲しいと思ったわけでもなかったのだが、役に立つ場面が来たようで満足気である。


「さて、ちょっくら休憩するか」


そう言い、クロスはテントに足を踏み入れる。


流石にワンルームを包み込む程度の大きさなだけあって、中もそこそこの広さだ。

内装も完備されており、キッチン、テーブル、ベッド、シャワールーム等々。

一人暮らしの学生であれば、かなり満足できる内容となっている。


「入るのは2回目かな……。やっぱり良い設備だ」

『こんな道具初めて見やしたぜ。……冒険者連中に売れば、そりゃもうもう遊んで暮らせますぜ』


金なんて要らないんだけどな―――。

ヤハタの言葉に、クロスは内心で突っ込みを入れつつ、苦笑を混ぜる。


クロスはテントに入ってすぐの仕切りで靴を脱ぎ、テントに備え付けられている冷蔵庫へと向かう。

脱ぎ捨てられた靴は、持ち主同様、中々くたびれた様子である。


クロスが冷蔵庫を開けると、そこには8種類のジュースと、何かの肉や野菜が入っていた。

中途半端に食べかけていたリンゴも、瑞々しさを保ったまま残っている。

はっきり覚えていないほど前に入れた品々だが、腐っているということはない。


「……魔法って便利だな」


魔力がある限り、永続的に食べられる状態というのは、冷静に考えれば凄い。

どんな作用が働いているのか、一度詳しく調べてみたいものだ。


「まあ、これでいいか」


そんなことを考えながら、クロスは一本、瓶に入った炭酸のラムネを取り出し、一気に飲み干す。

案の定、炭酸が保持されていた。この喉越し、舌触り、間違いなく新品の品質である。


『さて、これからどうするんで?』


クロスが一息つき、ソファに腰掛けるのを待っていたのだろう。

細かい気配りを忘れないヤハタの行動に、クロスは感心したように表情を変えた。


「この吹雪だし、行動が制限されるから、やれることは無いんだけど……。もう寝るかな」


ネット環境が整っていれば暇を潰せるが、ここではそんな物は存在していない。

そんなことが頭を過り、一抹の寂しさを覚えさせる。


「本当に、違うんだな……」

『一体なにが違うんで……ん?』

「途中で区切るなよ、どうしたって……お?」


互いに、数秒の差があれども、同じ反応を示した。


『旦那』

「分かってる」


先ほどまでの、気の緩い雰囲気など微塵も残らない。

クロスとヤハタは、互いに息を合わせたように動き出す。


といってもヤハタは、クロスに文字通り振り回されるだけなのだが……。


「いくぞ!」

『バッチコイ!』


バサッ!

テントから勢いよく飛び出したが、クロス達が想像していたような敵の姿は見当たらない。

そもそも吹雪なので、遠くの景色も分からないが。


「あれ?おかしいな」


雪は依然として、視界を埋め尽くすままである。

敵が隠れているだけかもしれないと考え、そのまま辺りを見回すが……。


『旦那、下、下』

「下ぁ?」


ヤハタに言われて、クロスは自分の足元を見る。

そこには、いかにも魔法使いと言ったローブを纏う、少女が倒れていた。






















少女が目を覚ました時、そこは冷たい雪の上ではなく、暖かいベッドの上だった。

覚醒したばかりの少女の頭では、自分がどういう状況にいるのか理解できなかった。

襲いくる睡魔に身を預け、少女の意識は、再び夢の中へと潜っていった。




少女は、短い夢を見る。

趣味の読書を済ませ、未完成の絵の続きを描こうとしていた。

モデルは、大好きな母である。

誕生日のプレゼントにと考えていたもので、この調子だと母の誕生日には間に合いそうだ。

少女は筆を手に取り、大好きな母に色を入れていく。

完成まであと少し。少女の気合は、どんどん高まっていく。

これを渡した時、母は喜んでくれるだろうか。喜んでくれるといいな。


まだ汚れを知らない、真っ白な頃の思い出だった。











「なんでこう、足止めを食うんだ」

『ヒハハハ!そりゃもう、旦那の運命じゃないですかね!』

「マジかよ、俺はずっとこんな調子で生きるのか。というか、お前のその笑いはなんなんだ、気持ち悪いぞ」

『ひでえ!こりゃ旦那の真似なんですぜ!』

「嘘つけ!俺はそんな気持ち悪い笑い方はしない!」

『クヒヒヒ!意地張んなさんな!絶対やってますぜ!』

「ありえない!絶対ありえない!」










少女が再び意識を起こした時、なにやら口論のようなものが聞こえた。

そちらに目を向けると、なにやら男が騒いでいる。

だが、声の種類は2つだ。もう一つはどこだろう。


そんな疑問と同時に、自分は一体どうなっているのかということを考える。

記憶を辿るならば、任務が終わった後に猛吹雪に襲われ、遭難したのに加えて自分を狙う存在への注意など、重なった心労のせいか意識を奪われたはずだったのだ。


では、なぜ助けられているのだろう。

思案するが、少女の知識では納得のいく解は得られない。

心当たりからいっても、それならばとっくに殺されているの一択だ。


しばし男たちの口論を眺めながら考えていると―――。


「ん、おう?目が覚めたのか」


男がこちらに気付き、心配した様子でベッドに向かってきた。


「あ、あの……」

「おい、立てるか?待ってろ、今なんか作るから」


少女が質問をする前に、男は離れていく。

先ほどの口ぶりから、何やらもてなされていることは確かなようだ。

命の恩人の好意を無駄にすることはできない。

少女は、まだ鉛の様に重い体を起こし、立ち上がる。


「ん、くっ……」


改めて見ると、小さいながらも清潔な部屋だ。

壁の材質は見た事も無い物で出来ているようだし、ほんの少しであるが魔力を感じる。


少女も魔法を使う身の端くれとして、手に取ってこの部屋を心行くまで調べたいところだが、命を助けられ、その上食事の用意までしてもらっているのだ。

なるべく粗相をするような真似は、しないほうが良いだろう。


とりあえず自分はどこにいるべきか。

食事が出るのだから、テーブルの前に座るのが良いのか。それともベッドに戻るべきか。

どうすればいいかも分からず、しばらく少女はその場に立っていたが……。


「そこのソファ」

「……え?」

「座って」

「……はい」


男はこちらに背を向けているが、恐らく気配から少女がその場に立ちすくんでいることを察したのだろう。この先、この男に頭が上がることは無いに違いない。

少女がソファに腰を下ろした時、何とも言えない感覚が身に迫った。


「……ふぁ」


思わず声が漏れる。

思わず寝てしまいそうな座り心地だ。このソファなら、何時間同じ姿勢で座り続けても、苦痛に感じないだろう。そんな座り心地のソファだ。


目の前のテーブルも、木か何かの材質だろうか。少女の知識には存在しない加工が施されている。

いずれも暖かい魔力を感じる。気を抜けば再び寝てしまいそうなほどリラックスしてしまいそうだ。


そしてテーブルの上には、透明なコップと、様々な飲み物が入れられたピッチャーが3種類ほど置かれていた。

1つは水だろう。2つ目はオレンジ色だ。柑橘系の飲み物だろうか。3つ目は白。ミルクか何かだろう。


「ああ、勝手に飲んでいいから」


少女が驚いて男の方を見るも、男は背を向けたまま料理を続けている。

何やら驚いている様子まで見透かされているようで、少々恥ずかしさを感じてしまう。


男に言われたように、少女は一口、ピッチャーからコップに移したオレンジ色の飲み物を口に運ぶ。


「んっ!?」


コップを口につけたまま、少女は思わず声が出る。


少女が今まで生きてきた中で、初めて感じた味わいだ。

果汁を絞った飲み物より、更に深い甘味、くどくない喉越し、そして口の中で弾けるちょっとした刺激は、少女が味わった中でも、最上位に来るだろうおいしさだ。


それにしても、同じ空間で何やら料理をしている男は、貴族か何かだろうか。

魔力の通った家具に、この飲み物。これほど1流の品が揃った家は、本当に少ないはずだ。


漂う良い香りに頬が緩みそうになりながらも、少女は男の手順を眺める。

少女は料理をしたことがないし、そういった場面と遭遇する機会など、ほとんど無いに等しかった。

そのため男の行いは、かなり新鮮味のある光景だ。


男は、そんな視線を知ってか知らずか、何やら鼻歌混じりに料理を続ける。


何を入れているのか。あの白い粉は料理に入れて大丈夫なのか。

というか一体何を作っているのか。

観察を続ける少女だったが、次第に完成に近づく料理の匂いが、少女の食欲を誘う。


ぐぅ。その音に、男はこちらを振り返った。きょとんとしている。


「ハハ、もうちょっと待ってろ」

「ち、ちがっ……」


お腹が勝手に―――。言い訳する前に、男は鍋へと向き直っていた。

実のところ、男は子犬を見るときのような、優しい笑みを浮かべていた。

しかし、羞恥に身体を震わせた少女にとって、それは食事を催促する者への苦笑いとしか取れなかった。


穴があったら入りたい。


そんなことを5分ほど考えていると、テーブルにいくつかの料理が置かれた。

スープが中心に置かれ、他の肉料理等はオプションのようなものか。

起きたばかりで食が細くなっていることも含めて考えられたメニューに、少女は男への感謝の念が更に大きくなるのを感じる。


「どれくらい食べるか分からんけど……残してもいいぞ」


返事を返すのを忘れるほどの、いい匂いだ。

少女は、同じく置かれたナイフとフォークを手に取り、まず薄く切られた肉を口に運ぶ。


「っ!」


今まで食べたことが無いような味が、口に広がった。

肉自体の質の良さもさることながら、それにかけられたドレッシングは、肉と調和し、まさに絶品だ。


先ほど男は、これを「残してもいい」と言ったが、そんなのとんでもない。

これを残してしまうのは、調理人、ひいては食材への冒涜だ。

出された分は全部食べなければ、きっと罪悪感で苦しめられる。


少女は、食事前の祈りすら忘れていることに気付かず、肉やスープ、その他を凄まじい勢いで食べていった。






「おかわり」

「もう無い」

「…………」

「……その顔はやめろ。俺が悪いみたいだ」








少女の食事が終わるまで、約1時間。

確かに少女がおいしそうに食べるのが嬉しかったとはいえ、調子に乗って予備の食材全てを使ってしまうとは。

男は、自分の計画性の無さを内心反省する。


『見事に餌付けされてやがる……。この娘っ子はこの先大丈夫かよ……』


そんな声は、男の腰にぶら下がった2本の武器の内の1本、直剣とおぼしきものから聞こえた。


「多分そんなことはない……と思いたいが……ほら、お前のせいで驚いてるじゃないか」


先ほど男と口論をしていた、もう一つの声だ。すぐにそれが武器から発せられたもので、インテリジェンスアイテムに分類されるものだと認識する。

しかし、インテリジェンスアイテムといえば、冒険者で言えばSランク以上の一部、王族では厳重に保管される類のアイテムだ。

「まあ、持っていてもおかしくないな」と考えてしまうあたり、自分の順応性の高さを認識してしまう少女だった。


しかし、驚いたのは確かだが、そんなに分かりやすい表情をしているのだろうか……。

「人形」とまであだ名された少女には、今まで無かった類の新しい悩みが出来た様だ。


とりあえず、目の前の男が良い人に部類されるのは分かった。

ここまでされたのだ。このままお礼の一つもせずに黙っているのは無礼だろうと、少女は口を開く。


「……あ、あの……」


しかし、その声が届くことは無かった。

男の視線は、玄関の方である入り口に向いており、その雰囲気も先ほどまでの優しいものとはかけ離れていた。


『ヒハハハ、心配しなさんな娘っ子。やっこさんが来ただけだぜ』


直剣が少女に言葉をかけてくれるが、少女にその余裕は無い。

直剣が言う「やっこさん」に心当たりがあるからだ。


「人……だよな?なんで殺す気満々なんだ」


そう言った男は、既に外に飛び出していた。










「あっ……」


しばらく呆然としたままの少女だったが、男がどうなるのかを想像し、数分の遅れを取り戻すように飛び出す。


間違いなく、そいつらは少女に因縁がある連中に違いない。ならば、これ以上の迷惑はかけられない。ここまでお世話してくれた人を、見殺しにしたくはないからだ。


少女が飛び出した時、雲は晴れ、快晴の空であった。鷹と思わしき鳥が、遥か上空を旋回している。しかしそんな感想も束の間、空から地上に目を移せば、既に周りは暗殺者の集団に囲まれていた。


暗殺者たちは、皆黒と赤の衣装を纏っている。

少女の記憶では、それはかなり上位に位置する暗殺者たちの衣装だった。


それも1人1人が騎士と渡り合える腕前とされ、少女の母親も彼らに狙われたこともある。

因縁のある相手に、少女は自分の怒りで、体温が急上昇するのを感じながらも、体内で魔力を練り上げ、戦闘態勢を取る。


「……ここまでありがとう。あなたは逃げて」


少女がそう言った相手は、間違いなく命の恩人である男に向けてだろう。しかし男はバツが悪そうに、暗殺者の集団はどこかニヤニヤとした雰囲気を放つ。


「その男の実力も読み取れないとは……我らの標的はここまで愚かだったか」


暗殺者の1人が言う。

少女の思考は追いつかない。当然、男の「あとちょっとで追っ払えたのに……」という呟きも聞こえない。


「さて、これで匿っていることが分かったぞ。我らとしてはきみと戦いたくない。その少女が言うように、退いてはくれないだろうか」

「冗談だろ、こいつにはまだ飯代払ってもらってないんだよ。……ちっこいの、足手まといだから下がってろ」


男の言う、ちっこいのが自分に向けられたものだと知り、続いて「足手まとい」という言葉に文句を言おうとしたが、少女はまたしても声を出せなかった。

10数名の暗殺者の内、1人が、少女の喉元を掻っ切らんと、既に少女の目の前でダガーを振り下ろそうとしていたからだ。


「っ……」


血しぶきが飛ぶ。

だが、掻っ切られたのは少女の首ではなかった。


「お、おっ……」

「遅いんだよ」


暗殺者の胸から、手が生えていた。

いや、手が生えたというのは少女の視界に暗殺者しか映っていなかったため生じた誤解であり、別角度から見た場合は、また違う感想を抱いただろう。


男が暗殺者の心臓を、素手で貫いていた。


少女と男が立っていた距離の幅は、およそ5メートル。

しかも男は、それまでずっと少女に背を向けていたのだ。


暗殺者達は、動揺を隠せない。


気配だけで瞬時に動くことは、暗殺者たちにも出来る。だが、あの速さを再現できるかと言われれば、不可能と皆が首を揃えて言うだろう。

更に、素手で人の体を貫くという尋常ならぬ力。

肉体強化の類の魔法は見られなかった。そもそも発動していたら、その隙に少女は絶命していただろう。

それはつまり、先ほどの行いが純粋に己の筋力のみで行ったものとも推測できる。


数多くの要人、実力者を屠った暗殺者たちとはいえ、これは今までで一番分が悪い戦いになるだろう。


「…………読み誤った。こいつは桁が違う」


暗殺者なりの賞賛と共に、彼らは動き出した。

まず、暗殺者の一人が、ナイフを男目掛けて投げる。


「ほらよ」


男は自分の背に飛んできたナイフを、未だ右手と繋がったままの暗殺者の死体を投げ捨て、防ぐ。


「わっ!?」


その動作から流れるように、男は少女を地面に叩きつける。少女には文句を言う暇も無かった。

仰向けに倒された少女の上を、ナイフが通り過ぎたのだ。


「ちっ」


舌打ちをしたのは暗殺者。

少女の背に隠れ、男からは死角となっていたはずのナイフを、完全に見透かされていたのだから。

だが、暗殺者の追撃は終わっていない。

なお少女にダガーを振り下ろそうと迫る3人の暗殺者を、男はいなそうとするが……。


「『アイスエイジ/氷河期』」


身を動かそうとした男の足が、凍る。

これではあの3人の少女への攻撃を防ぎきるのは不可能だ。


恐らく、少し離れた場所で立っている暗殺者の仕業だろう。

魔力の痕跡とともに、僅かながら愉悦の表情を浮かべているのが、遠目に男にも分かる。


「ヤハタ、1%だ」

『はいよ。って旦那、手ぇ洗ってくだせえよ』


その言葉の意味は、少女にも暗殺者にも分からなかっただろう。

だが次の瞬間、少女に襲い掛かっていた3人の暗殺者の体が、真っ二つに分かれた。

その攻撃の余波は止まるところを知らず、その遥か後方に控えていた暗殺者の身体さえも引き裂く。


「やっぱり詰め込み過ぎたな。一振り50メートルくらいか?」

『ただ振るだけでその範囲って……俺ぁ、俺ぁ…………』

「元の図体よりそっちの方がコンパクトで良いって!絶対!だから落ち込むな!」

『すまねえバスターウェポン達……俺は旦那と同じ領域に足を踏み入れちまった……』


まるで虫を追い払うかのように、手練れの暗殺者たちは容易く殺された。完全に決まったと思われた攻撃も、男のたった一振りで無駄となった。

まだまだ余裕がある。場違いに明るい声からも、それは明らかだった。


まさに桁違い。その場にいる全員が、恐怖した。

暗殺者も、守られている側の少女でさえも。

だが、暗殺者も易々と引くわけにはいかない。

己の仕事のため、刺し違えてでも少女の命だけは奪おうと、暗殺者達は決死の覚悟を決める。


「どうやら我らは噂の標的よりも、更に厄介なモノを引き当てた様だ……」


リーダーと思わしき人物が、ダガーを構える。


「逝こうか」

「死ぬのも怖くないのか……厄介な連中だ」


そこから先のことは、少女の今後の人生に大きな影響を与えることになる。


男が喋る直剣……ヤハタとかいう物を振るうたびに、暗殺者たちは紙のように裂けていく。

少女には、もう男の足の氷はいつ消えたのだとか、そんな細かいことは気にならなくなっていた。


男の動き、一連の動きが1つの芸術のようだ。

暗殺者達が、男の直剣の流れに吸い込まれるように体を差し出す。

すでに少女には、次々に斬られる暗殺者の血飛沫でさえ、舞の一部を彩る演出に見えた。


だが、全ての物には終わりがある。


舞の終わりに少女が捉えたのは、自分に迫り来る暗殺者渾身の魔法と、それを防ぐ男の不思議な鏡の魔法だった。















「いつまで寝てるんだ?……怪我はしてないと思うが」

『いやいや、あんな光景見せられて怯えてるに違いないですぜ』

「なんだと……いや、否定できない」


仰向けに転がったままの少女の頭上に、声がかかる。

少女を助けた男は、なんとも言えない笑みを浮かべていた。


今まで驚きの連続で、男の顔をよく見てはいなかったが、想像以上に若い。

だが、男の手に握られた白銀の直剣や身嗜み、先ほどからの立ち振る舞いは、男に若さを感じさせない風格を醸し出させていた。


「セリュレイア」


少女の口が、勝手に動き出す。

そのくらい、少女にとっては発声が無意識のうちに行われたのだ。


「え?」

『なんだって?』


若干口喧嘩気味の口論をしていた男と直剣は、少女の言葉を聞き取れなかった。

しかしそれを無視されたとは取らず、少女は再び声を発する。


「セリュレイア・ラ・ミュソレイ」

「それが、お前の名前か?」


今度はちゃんと聞いてくれた様だ。

セリュレイアは仰向けのまま、コクリと頷いた。


「俺はクロス・ベルガーだ。宜しく……セリュレイア」

『俺ぁヤハタでいいぜ。よろしくなむすめ……嬢ちゃん』


今の娘っ子の言い直しに、意味はあったのだろうか。

まだ出会って日の浅いセリュレイアには、それが意味するところは分からない。


「ミスタ・クロス、私の護衛になってください」


先ほどの戦いぶり、まるでセリュレイアが幼いころ憧れていたおとぎ話の主人公『クロス騎士団長』の様だった。名前まで似ているとは、いったいなんという偶然なのだろうか。

しかし間違いないのは、セリュレイアにとって、この出会いは彼女の人生に大きく影響する出来事だったということだ。


















血で彩られた雪原の上。

そこには、暗殺者達の死体が無造作に転がっていた。

顔すらも覆われたローブを纏っているため、その表情を知ることは出来ない。

だが、彼らの死ぬ寸前までの胸中には、任務失敗という無念があっただろう。


一羽の鳥が、転がる暗殺者の骸に止まった。

鷹にも似たその鳥は、まるで主人の死を嘆くかのように、長い間その死体を見つめ続けていた。


やがて鳥は、使命を思い出すかのように翼を開く。

向かう先は、アサシン達の本拠地。

彼らの同胞たる者たちへ、短時間の映像記録を可能とするアイテム『マジック・レコード』を、その足に括り付けて。

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