閑話 確かな日常と、とある使い魔儀式の悲劇
そうだ、ドイツへ行こう
ミュソレイ王国。
あらゆるプレイヤーの活動拠点として存在する都市である。
流石に都市というだけのことは有り、作りこみは優秀なものだ。
舗装の行き届いた道。NPCだけではなく、店を開いて実際に経営するプレイヤー。
テーマーパークも多く、巨大な噴水や延々と湧き出る風船など、あらゆる年齢層に配慮されたサービスも行き届いている。
この都市を歩いているだけで、1年は遊べるとあった掲示板の書き込みも馬鹿にしたものではない。
「ふぃー、あちいなぁ」
男が今感じている暑さも、脳に擬似的な信号が送られているだけであるが、もうちょっと和らげてくれてもいいんじゃないかと思ったりもする。
しかし、今日男が感じているのは、夏の暑さだけではない。
いつも以上に人が多いのだ。
男がいつも座るベンチから眺めるだけでも、多種多様な人種人物が目に入る。
テンプレートと言わんばかりのネコミミの幼女、ゴーレムのメイドやピンク色の骸骨。
それら行き交うの人物の頭上を見ると、HPバーと共に名前が表示されている。
ネット初心者と一目で分かる物や、親子連れに中二病患者。
そして、海外サーバーから来たと思わしき人物たち。
「海外は海中都市もあるんだよな……行ってみてえ」
とある国のプレイヤーと思わしき名前を見つけ、そこの言語圏にしか存在しない街を想い、男は呟く。
ヴェルトオンラインは、言語圏ごとに遊べる世界が違う。
ネットにより世界中と繋がる現代であるが、いかんせん言葉の壁は厚かったのが主な原因だ。
それに加え、プレイヤーの年齢層が幅広いことが挙げられる。
そのため、第二外国語を扱えない人間による意思疎通のトラブルが起きないようにと、言語ごとに活動できる世界が区分けされていたのだ。
さらに言語ごとに分かれた世界は、それぞれ地形が違う作りになっているため迷子になるという問題が起こりやすい。
なぜ言語圏ごとに地形の作りを違う物にしたのかは、単なるボリューム増大のためだとか、区分けした世界への遊び心だとか、様々な憶測が飛び交うが、真実は未だ分からない。
男は実際に行ったことは無いが、海外には天空を浮遊する都市も存在するらしい。クエスト自体は地上に降りなければできない物が多いので、移動が面倒だと不評らしいが。
それでも掲示板で見た外国のマップと、我が国のマップとの違いを比べ、男は密かな憧れを抱く。
「どれもこれも似たようなものだよ、実際」
どうも先ほどの呟きを聞かれていたようだ。
だらしなく両足を広げていた男に、唐突に声をかける者がいた。
「あ、スラッパーさん。どもっす」
「やあ」
男がスラッパーと呼んだ相手、金髪のエルフは爽やかに挨拶を返す。
背中に背負った巨大な十文字槍、白銀に輝く聖騎士のようなデザインのフルプレートメイルは、最高級最高品質と噂される1号級の装備である。
かなり名の知れたギルド長でもあるが、男はダラけた姿勢を直そうとはしない。
和気藹々がモットーのギルドであるだけに、目上の存在だろうと態度を崩さなくて良いのは、男がこのギルドに所属していて良かったと感じる一つの理由だ。
「海外勢の出来も素晴らしいけどね。やっぱり自分の国の雰囲気が一番だよ」
「それでもですねー。まだ俺下っ端っすから、どうしても憧れちゃうんすよー」
「そのうち遠征を組むさ。一先ずはこのイベントが終わってからな」
成長華々しくも、まだまだスラッパーの率いるギルドでは半人前の男。
実は未だに海外遠征に参加したことが無かった。
「海外のは作りが一から違うんすもんね……初っ端から迷子になりそうだなぁ」
「最初の遠征は皆そうだったさ……。だけどこの間、紳士さんからある程度マップを共有してもらってね。次は快適な遠征になりそうなんだ」
「うぇっ!?紳士ってあのジップの紳士っすか!?ていうか知り合いだったんすか!!」
思わぬ名前に、男はダラけた姿勢から一転、立ち上がって驚きの声を上げる。
知名度としてはスラッパーと同じくらいか、それより上かもしれない。
デーモンハントの12人と聞けば、攻略組でライバル視や憧れを抱く者は少なくない。そんな存在の中の1人だ。かくいう男も、彼には複雑な心情を抱えている。
当時は紳士と分からなかったが、男の渾身の雷魔法を避けたあの動き、今でも男の目に焼き付いていた。
「まあね。……海外ではモンスターも違うのがいるらしいから、紳士さんの新たなドラゴンに出会うための旅に出た時のデータを分けてもらったんだ」
5カ国ほどね。付け足すようにスラッパーが言う。
「はあ、それはまあなんというか……」
紳士のドラゴン好きは有名だ。
男もそれを知ってはいたが、なんというか―――
「―――物好きっすねえ」
普通の感想しか出てこなかった。
男にも、もっといろいろな感想が頭に浮かんでいたが、そんな言葉でしか表現できない。
しかし物好きと言われても仕方ない。
オンラインゲームとは言え、閉鎖的な国家で生まれ育った男からすれば、ちょっと飛び出してみようなどと、考えもつかないような行動だ。
「ていうか、もしかして紳士さんて別の言語も楽勝だったりするんすか?」
そう思うのも当然だった。
行った国は知らないが、もしかすると5か国語喋れるエリートかもしれない。
言葉のやり取りに苦労せず情報交換ができれば、外に飛び出ても大した抵抗感も感じないに違いない。
流石にそこまでいかなくとも、英語がある程度できるならば、そこまで不自由しないだろう。
残念ながら、男にそこまでの学は無いが。
そんな男の質問に、スラッパーは笑いながら答える。
「まさか、2か国語どころか英語も満足ではないよ」
―――おっと、こんなこと言ったら失礼だな。
小さく呟くものの、スラッパーはおかしさを堪えきれていない。
「なんと彼……イエスとノーとドラゴンだけで5カ国回ったそうだよ」
下手に訊き方を間違えては、ややこしいかららしい。
ヒアリングはそこそこ出来たため、なんとかなったのだろうとは、紳士の談だ。
しかしながらなんというか―――
「それはまあ、なんというか……凄いっすね」
またも男には、普通の感想しか出てこなかった。
今日はプレイヤー同士の技量を競うPvPの世界大会。
いつも以上の活気を誇る街並みは、これから始まる祭りの壮絶さを待ち受けていた。
*
数か月後―――。
「おい、聞いたか?」
「なんだよ突然……。どうせアレだろ?最近の有名ギルマスやらが行方不明になってる事件。自宅にも痕跡無しだとか」
「そのことで大変なことがあってだな……」
「なんだよ?」
「ソロプレイヤーのアポロやらも行方不明なんだとよ」
「なんだそりゃ。辞めた……にしては、偶然とは思えないな」
「俺の兄貴が警察なのは知ってるだろ?」
「ああ、そういえばそうだな。お前は早く就職しろよ」
「今はどうでもいいだろ死ね!…………それでだな、兄貴に聞いたんだが、このギルマスやらの行方不明事件、いささか消えた人が多すぎるんだよ」
「あ?そりゃいったい……」
「聞いて驚くな、このゲームと関わり有る者が行方不明になった人数はな、58人だ」
「はあ!?そりゃマジか!?」
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「あう?なんスかこれは」
エシュロン改めラウナは、クロスが作り置きしていったドーナツを頬張りながら首を傾げた。
周りを見るに神殿……というべきだろうか。ラウナは、あまりにも突然の状況に驚くほかない。
いつものように昼頃目覚め、姉のご飯を作り、優雅にテラスで紅茶とお菓子を楽しんでいたはずなのだ。
それがどうして、巨大な闘技場と思わしき場所で、見るからに要人といった人物に囲まれ、目の前で少女が顔をひくつかせているのか、ラウナにはまったく理解できない。
あたりがざわつき始める。
人もしくはどこぞの王族か服装が普通ではないいや魔力の底が見えない召喚は失敗か契約はいったいどうなるのだ。
困惑にも似た様子で話し込む周りに、その話の中心が自分であることを理解したラウナは、眉を少し寄せながらも静観を決める。
ラウナが、一緒に移動したテラステーブルに置かれたカップを手に取り、紅茶を一口飲んだあたりで、人に囲まれた中心に立っていた少女が、同じく中心にいるラウナへと20センチほどの杖を向けた。
「『汝その身を一身に捧げ、我が使い魔と為せ』」
「えーと、『却下』で」
少女から発動していた契約の魔法、『隷属の鎖』の青い半透明の球体は、ラウナの全身を覆い尽くす前に、弾けた。既にラウナは、クロスと『盟友の契り』を結んでいるので、こういった魔法には干渉されない。しかし、あえて魔法ごと打ち消すのは、ひとえに不快だからとしか言い様がなかった。
「そんな……」
「馬鹿な!この契約魔法を破ることなどできるはずが……」
「ディスペル!?そんな魔法が実在するとは」
「それもう契約って言葉関係ないじゃないっスか」
周囲の人垣から、ありえないとばかりに叫びが聞こえた。
主従契約の最中に大声を上げるなど、本来無礼に値する叫びも、止める者は誰一人としていない。
どころか、ざわつく声は大きなる一方だ。ラウナの突っ込みに触れる者も誰もいない。
「っ!『汝その身を一身に捧げ、我が使い魔と為せ』
焦りを浮かべた少女は、再び魔法をラウナに向けるが―――。
「あの……えーと、『却下』で」
青い半透明の球体は、再び弾け、霧散する。
半泣きの少女は、その場に座り込むという選択肢を取った。
使い魔少女ラウナちゃん
続かない……こともない
PvPで紳士やらアポロやらぶた鍋やらその他メンバーの戦闘描写入れたら大変な長さに。
もったいないからどこかで入れたい。いつになるかは分かりませんが。
推敲が終わりましたら、次話もすぐ投稿に移すつもりです。




