第12話 一家に一振りヤハタさん
部活とのサイクルも出来てきました。
第10話でドラゴンロードとの表記をしていましたが、他作品と被っていることから変更しました。
「む……お?」
クロスが目覚めたのはラウナの背中の上。
具体的には龍形態で飛行中のラウナの背中の上だ。
『あ、目覚めたっスね』
クロスの頭に聞き慣れた声が直接響く。
一種の念話という奴だ。龍形態のままでも喋れないこともないが、飛行中なのだからこちらの方が都合が良いと考えてのことだろう。
「あれ、ラウナか。……エルセは?」
顔をキョロキョロと動かし、エルセの姿を探すも一向に見つからない。
『姉さんはウロボロスの欠片で先に行ったっス』
「なるほどな。……あれ1回限定なんだっけ」
クロスの指すあれとは、エルセが移動するのに使ったという転送魔法のことだ。
龍の渓谷へ行く唯一の転送魔法で、ヴェルトオンラインの時からクロスが使うことのできなかった魔法だ。
なんでも使用者は龍種に限る上に、専用のアイテムを1度だけの使いきりで使用して移動する魔法らしい。
その能力故に、ゲーム時代はAIと思っていた彼女たちに簡単な命令でお使いに行かせる程度にしか使用していなかった。
『他にも初めての人と言うことでいろいろ手続きがあるそうっスよ。だからクロスさんは手続きが終わるまで、寂しくないように私とゆっくり散歩という訳っス』
そもそもクロスといえど、龍の渓谷はヴェルトオンライン時代は一度も行ったことの無い領域だ。
それを合法的に入る手続きを行ってくれるなんて、とクロスは嬉しさで胸が苦しくなるのを感じる。
「おお……ラウナ、良い子に育ってくれて俺は嬉しいぞ!!」
この万年銀髪幼女は見た目が変わらずとも、こんなにも人を気遣える立派な人物になったぞ!
クロスは思わずラウナの背に頬ずりをしようとするが……。
「お、おお……。すまんラウナ、そろそろ体の拘束解いてくれ」
『駄目っス。エロイのは禁止っス』
クロスの首から下が動かない。
背筋にぴっちりと磔られ、うんともすんとも言わない。
魔力を贅沢に使って固定されたその状態は、風も寒さも感じない代わりに体の自由を奪っている。
確かに今は龍形態だから頬ずりしようとも許容できる光景だが、これが人間状態だったとしたら
小から中学生ほどの女の子の背中に顔を埋める変態にしか映らない。
もっとも、彼は少々特殊な変態で、そういった行動は龍にしかやらない。
いかにエルセとラウナの見た目が美しくとも、人間状態では手を出そうとしないのだ。
人肌ではなくウロコにしか興味がない辺りは、ある意味真の変態だろう。
「すまん、頬ずりもクンクンもしない。だから拘束を解いてお前を抱きしめさせてくれ」
恐らく今までの人生で5指に入るであろう、真剣な声音で怪しいラインの発言をする。
『これはクロスさんの身を案じてのことなんス。落ちないように心配してるんス』
もちろんラウナの嘘だ。
「うぐっ!?くそおおおおお!!」
こう言われては何も言い返せない。
己の背に花園の感じつつ、身動きのできない悔しさに男は涙を流す。
*
「なんだ、今のは?突風か?」
レイが風で乱れた髪を整えなおす。
「なんだろうね、突風にしては濃い魔力だ。非常に興味深い」
「むー」
3人組みの面子が先ほどの突風とそれに続いて運ばれてきた魔力の正体について考えている。
『お、この魔力のはまさか……』
いつになく真面目な口調でヤハタが口を開く。
「むーなんなのー」
そんな思わせぶりな口調に噛み付くのはアリス。
先ほどの突風は、もしかすると自分より内蔵する魔力量が多いのではないかと思うほどのものだった。
そんな風の正体を知っているかのような口ぶりに、普段マイペースなアリスも気にせざるを得ない。
『ああ、恐らくだがこいつは……』
「ストップだヤハタ。お前はいつもそうやって冒険をつまらなくする」
答えを言いかけたヤハタの声を遮ったのは、相棒のアルテマだった。
『ああん?そりゃ一体どういう……』
「そのままの意味だ。お前のアドバイスは的確すぎてなんでも簡単にこなせてしまうんだよ」
ヤハタは武器として生まれて非常に長い。
現在こういった職に就いている者達が持つ物の中でも最高品と自信を持って言える業物でありながら、特殊な能力を保有するマジックアイテムでもあるのに加え
その戦歴と経験から、大抵のモンスターの弱点を知り、薬の調合でも本職が舌を巻くほどの知識量。
食べられるものと食べられないものを知り尽くし、毒ありの食物の調理の仕方まで知っている。
武器や防具の修理にも詳しいし、トラップから逃れるための危険回避能力も高い。
極めつけは不眠不休で見張りが出き、その察知能力は半径500メートルにも及ぶ。
あらゆるサバイバルで持ち主を生き残らせるだけの知識と経験、機能全てが詰まっていると言っても良いのだ。
『んだと!!俺が心配でやってやってることをてめえは……むぐっ!?』
「『お口にチャック』だ。悪いけどしばらくそのままね」
刀に口がある訳ではないが、どうやら魔法はちゃんと効いたようだ。
『むむー!むぐぐググーー!(てめえこのクソアマァ!!)』
「しかし徒歩はつらいな……誰かさんが馬車を壊さなければこんなことにはならなかったんだけどね」
「ねー」
怒り絶頂のヤハタを無視し、アルテマは話題を無理やり別方向へ持っていく。
その間にも、ガシャガシャと暴れるヤハタをアルテマは上から押さえつけ、完全にホールドしてしまう。
「いや、その、すまん……」
そんな2人を尻目に、馬車を壊した張本人ことレイは2人に平謝りするばかりだ。
原因は2日前、休憩に馬車を停めて居た時の事、馬車を引くケルピー2頭がなんとも疲れているように見えた。いかに普通の馬より強靭な水色の馬のケルピーでも、ここまでの道のりは相当クルものがあったのだろう。恐らく通れない道は、アリスがレーザーをぶっ放したりしていたから、余計な被害を出さないかという心労も有ったに違いない。
勝手に自分の考えをケルピーに重ね、なんだか可哀想に見えてきたレイは、この2頭をフラフラと解放してしまい、勢いよく逃げようとしたケルピーは馬車を破壊してどこかへ行ったというのが顛末だ。
『むー!むー!(苦しい!死ぬ!)』
今この場で一番可哀想なのはヤハタだが、悲しいかなその魂の叫びは誰の心にも届くことはない。
一同は進む、最悪の選択をしたまま。
*
「着いた」
クロスがなんとなしに呟く。
「クロスさんどうしたんスか、なんか呆けてるっスよ」
若干心配そうにラウナがクロスの方を見る。
すでに龍形態は解いているので、身長差からクロスを見る目は自然と上目遣いだ。
「いや、谷だなぁと」
クロスの感想の通り、岩肌に緑がこびりついたような谷だ。
エルセの巨体だろうと楽々通れそうな横幅もある。そしてクロスから見て右端に、申し訳なさそうに水が流れている。いや、あの流れる川だって相当大きいものだが、それ以上に道となる地面の面積が大きすぎる。
「さて、連絡あるまでここで待機っス」
龍の渓谷と、その先にあるとされる龍の生まれる国は不可侵領域だ。
ヴェルトオンラインの時、クロスも無理やり侵入しようとして数十体のデモンドラゴンに身を焼かれたのはいい思い出だ。
今回は合法的に入ることの出来る手続きらしきものをエルセが行ってくれている。
なので、またあんなことにならないためにも、待機することに不満はまったく無い。
言いながらラウナは、反射する光が眩しいくらいの、白いローブを身に纏う。金で施された刺繍は、高級感を存分に放出させるアクセントになっている。
汚れが気になりそうなローブだが、本人は埃がついても別段気にする様子も無い。
龍の髭から直接作ったもので、見た目に反して防御力は高い。
「待つのはいいけど、なんでローブ?」
軽装というか、動きやすい服装が中心だったラウナが、まさかお嬢様感たっぷりな物を着るとは。
「……紫外線対策っス。言わせないでほしいス」
恥ずかしそうに俯き、ラウナは答えた。
その言葉にクロスは
「…………これが萌えか」
見上げた空は、澄んだ心を取り戻させた。
といっても長い時間を待つのが苦痛ではないと言うと嘘になる。
クロスは懐からいつものアイテム、ツヴェルフの仮面を取り出し、顔に装備する。
「クロスさん、なにするんスか?」
その様子を眺めていたラウナから疑問の声。
「魔力の操作の練習だよ」
その言葉にラウナはああ、と相槌。納得する。
クロスも魔法の扱いは毎朝のハードトレーニングで大分慣れたが、本当に細かい部分まで操作が及んでいない。……ような気がしている。
というのも、以前のようにコマンド操作で魔法を使うことが出来なくなってからは、なんとなく掴んだ魔力の感覚というものでなんとなく以前魔法を使っていた時にあったような気がする感覚を頼りになんとなく使用していた訳だが
そうやって使うようになった魔法は、いくらか今まで使っていたものよりMPの消費が多いような気がするからだ。
もちろんMPの消費というのも比喩で、これもなんだかもっと疲れずに魔法を使っていたような気がするという、まさしく曖昧すぎる感覚から行うようになったのが魔力操作という練習だ。
内容は簡単で、体内だけで魔力というものを循環させ、循環させる量を減らしたり増やしたりするというもの。
クロスが自分で考えてやるようになったものだが、この練習は循環させるだけという特性上、魔力すなわちMPの減りが限りなく0に近いため、今では日課としているほどだ。
ちなみに仮面を付けた理由は、魔力操作時に体内から微弱に漏れる魔力に釣られて、モンスターが襲ってこないようにするためだ。
仮面の効果により魔力を完全に消したクロスは早々に体内の魔力を循環させ始めるが、そこでラウナがあることに気付く。
「あれ、クロスさンいつからそんなに指輪増やしたんスか?」
ラウナが気付いたのはクロスの指、冒険者というよりは
魔術学校の学生というような右手の細い五指に、鬱陶しいくらいに煌びやかな指輪がいくつも嵌められている。
指の第二関節あたりまでに、1指につき3~4つの指輪を押し込むように嵌め、親指には1つだけ嵌められたアメジストの指輪が輝いている。
趣味の悪い貴族のような右手だが、左手には何も装飾品を付けていない。
それが余計に今の彼の不格好さを引き立たせている。
「渓谷に着いてからだけど……気付かなかったか?」
自分の右手の指輪を眺め、言いながらクロスは改めてこの世界とゲームのズレを認識する。
通常、装飾品は2つまでしか装備できない。
それはゲーム内においては常識だったし、疑問に思う者もいなかった。
しかしこちらに来てから2週間が経過したとき、クロスはアイテムボックスを眺めながらふと思った。
「装備品って、3つ以上付けたらどうなるんだろう」
疑問に思ったら即実行。
見えざる何かに阻まれることもなく、すんなりと指輪を3つ嵌めることが出来た。
効果の実証もバッチリで、エルセの魔法を受けきることにも成功した。
そのまま楽に強化だ、と思ったものの、やはり慣れた感覚のまま、アイテムに頼りすぎずにやっていこうと思い、今まで装備を増やすことは避けていた。
ラウナ達からしてみれば、今まで頑なに装備を増やすことはしなかったのに、どうして今さら。ということなのだろう。
しかしクロスも具体的に答えることは出来ない。正解の回答を述べるとしたら、それはゲームだから。という答えになってしまうからだ。
なので若干ズレたようにクロスは答えるしかない。
案の定、ラウナは自分の訊き方が悪かったと目を見開いている。
「あー。そうじゃなくってっスね。どうして今さら増やしたのかということなんスけど」
クロスが答えを避けた質問を、今度は逃さないようにラウナが訊いてくる。
彼女にも悪気は無く、その訊き方は気まずそうにこちらを見上げる子犬のようで、クロスの胸を締め付ける。
(くそっ!なんて答えればいいんだ!)
見えない力に阻まれていたんだ、一瞬頭によぎったが、そんなもので納得はしてくれない。
かと言ってゲームだったからさ、等とは口が裂けても言えない。どう考えてもからかっているようにしか聞こえない。
文系の彼だったが、久しぶりに使う頭はどうも回転が悪い。
それでも、なんとかそれっぽい回答をせねばと、目の前の子犬から目を泳がせて必死に考える。
「お……お前たちを、二度と悲しませないためかな」
必死に考えた言い訳は、そんな言葉だった。
「ふぇっ?」
どうやら何か間違えたようだ。ラウナは顔を赤くし、目を潤ませて何か言いたそうにこちらを見ている。
実際は、初めて行く場所だから今までで一番気を付けるためだとか、そのために万が一が無い様に装備を整えただとかの考えから派生してしまった言葉だった。
しかし言葉足らず過ぎた様だ。これでは告白紛いに聞こえる。
(俺、ちょっと間違えた)
気付いてもどうしようもなく、ならば気にせず進むしかないとクロスは開き直る。
「じゃ、俺は魔力操作始めるな。なんか用あったら呼んでくれよ!」
「あっ、分かったっス。……今の言葉はもしかすると…………」
ローブを目深に被り直し、ラウナは一人ブツブツと呟く。
彼が正統派紳士になるにはもう少し時間がかかります。
なぜ指輪みたいな装備を2つしか出来ないのか、RPGをやっていてずっと不思議に思っていました。




