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短編2

無かったことになりました

作者: 猫宮蒼



 政略結婚。

 貴族なら、よくある話。


 けれどそれでも、普通ならお互いに歩み寄って愛し愛される――まではいかなくとも、まぁそれなりに親しい間柄になったりはする。

 たとえばそれは、夫婦というよりはただのビジネスパートナーというように。


 けれども、歩み寄るつもりすらない者も中にはいる。

 それはたとえば、他に愛する者がいて、けれど身分やその他の都合上結ばれる事が難しく……なんて相手がいるような場合。


 全方向に不誠実でしかないのだけれど、そういう場合、結婚式後の初夜の日に、

「君を愛する事はない」

 なんて宣言する者もいるのだとか。


 なんという愚かの極み。


 大体跡取りが必要なのに妻との関係もなしに愛人の子を正式な跡取りとして迎え入れるだとか、妻を離れに押し込み監禁し愛人を妻として屋敷に引き入れるだとか。

 妻を亡き者にして愛人を後妻として、だとか。

 まぁパターンはそれなりにあるけれど、その方法が上手くいった、というのは極わずかだ。


 極少数でも上手くいってしまったパターンがあるから、人は自分も上手くやれると思うのかもしれないけれど、しかしその上手くできたのは、そういうパターンがまだ知られる前、そんな事をする奴がいないと思われていた頃だ。思い切り初期。だが、そういう手段や方法がある、と広まってしまった以上、折角嫁に出した家の娘がわざわざ不幸になるどころか、亡き者にされる可能性すらある、となれば。

 その娘が余程の厄介者で死んでもいいから家から一刻も早く出してしまいたい、というところならいざ知らず、そうじゃなければむざむざ家の駒を失わせる行為など、許すはずもないのだ。


 白い結婚が意味のある場合もあるけれど、そういうのは大抵、当主が事故や病気で急に亡くなって、跡取りがまだ若く周囲がそんな若い新当主との婚姻を利用しその家を操ろう、とか思ってるところに、一時的な白い結婚で邪魔な虫を遠ざけてその間に当主としてどうにかやっていくだとか、そういったケースである事が多い。

 夫となる者は形ばかりの妻を持っている間、余計な縁談の話を遠ざけられるし、妻となる者のメリットに関しては妻側の事情にもよるので一概には言えないが、ともあれお互い納得した上でのものである。


 そういった家での白い結婚は穏便に別れる事もあれば、そのまま継続して白くない結婚に変化する場合もある。


 だが、そうではない場合。

 白い結婚にして自分だけが上手く立ち回ろう、なんて考える場合に関しては。


 それはもう色んなパターンが出回った以上、上手くいくはずもないのに何故かやらかして家の名を貶めるのだ。


 馬鹿発見器と白い結婚がイコールで結ばれる日もそう遠くないのかもしれない。



 ――前置きが長くなってしまったが、私ことフロリンデ・ガルヴァンシアの結婚相手も恐らく初夜の日に白い結婚を宣言しそうな相手だった。

 向こうの方が家格としてはちょっと上で、しかし財政難に陥っている。

 我が家はかつて、相手の家にちょっとした恩があった。そのせいで、向こうの家に今こそ恩を返す時では? などと強請られたのである。恩返しの強要って人としてどうなんだろうね?

 言われなくてもそれとなく多少の援助であればするつもりだったのに、向こうは過去の栄光をひけらかして、過去に受けた恩以上のものを回収しようとしているのだ。


 ご先祖様もきっと嘆いている事でしょうよ。助けた相手の子孫が強欲すぎて。人として終わってる。

 かつての相手の家の人たちは立派だったみたいなんだけどね。


 私の婚約者であるクロイス・ファムニスに、恋人がいる事を私は知っていた。

 その恋人が身分のある貴族令嬢であればまだしも、平民であるという事も。


 なのでクロイスの両親が、クロイスが真に愛する者と結ばれたい、なんて言ったところで許すはずもない。


 平民と結ばれたところで、その平民が莫大な財を持つ商人であるのならともかく、そうではない。

 普通の針子である。しかも腕前は可もなく不可もなく普通。

 ファムニス家にとって何の旨味も無い相手。


 クロイスが身分を捨てて彼女と一緒になりたいというのなら勝手にしろと見捨てて早々に他の跡取りを迎え入れる方針にできただろうけれど、クロイス自身そのつもりはないようだし、両親もクロイスを手放すつもりがないようだった。


 その結果、我が家がいらんとばっちりを受けたのである。


 一応婚約してから、それなりに婚約者としての交流をしようと頑張ってはみたものの、クロイスはこちらと歩み寄ろうという姿勢すら見せなかった。

 完全に我が家を金蔓と見てるのが透けて見えるという時点で本当にどうしようもない。


 婚約しなくても、多少の援助ならするよ? という方向に切り替えようにも、それでは引き出せる金額もたかが知れると思ったのか、あちらの家は納得してくれなかった。


 とことんまで腐っている。


 何としてでも大金を引き出したいクロイスの親と、何としてでも結婚したくないクロイス。


 家族でまず方針をきちんと定めておけばいいのに、向こうの足並みがバラバラすぎてこっちは散々振り回されてしまった。

 これで、もっと破綻した状態である、というのを周囲に大っぴらに広めてくれればよかったのに、クロイスの両親もクロイス本人も外面取り繕うのだけは絶妙に上手すぎて、結婚以外の穏便な選択肢が封じられてしまったのだ。


 法に従おうにも、相手が尻尾を出してくれないせいで結婚は避けられない展開だった。


 暴力で解決できれば一番手っ取り早いんだけど、けれど暴力で解決した場合、後になって法が裁きにやってくるから……

 法も役に立たない無法地帯で暴力こそ真理、みたいな蛮族の土地ならこの結婚ももっと早くにどうにかなったでしょうに……と、父が聞けば怒りそうで、母が聞けば淑女としてあり得ない考え方に卒倒されたかもしれないが。


 しかしフロリンデとしてはどうしたってそう思ってしまったのである。


 結婚式は、ファムニス家の領地で行われる事になっている。

 そして今現在フロリンデは、夫となる予定の男が待つ領地へと向かう馬車に揺られていた。



 ――結論から言おう。


 結婚は無かったことになった。


 それというのも、夫になるはずだったクロイスが死んだからだ。


 フロリンデは語る。


「馬鹿ってこっちの予想を軽率に上回る馬鹿な事してくるから馬鹿なのね」


 ――と。



 脳内が若干蛮族思考なフロリンデは、この婚約に反対だった。

 好きでもない相手との結婚。

 相手はこちらの資産をアテにして根こそぎ奪いつくそうとしている可能性が高い寄生虫。

 初夜で君を愛する事はない、とか言い出したらとりあえず一発ぶん殴って誰がお前を愛するか冗談はお前の家の財政状況だけにしろ、と言い返す気満々であった。


 ぶん殴るためには、相応の速度と力がいる。


 婚約者時代にマトモに顔も見せなかったろくでなし野郎のポテンシャルがわからなかったので、攻撃を仕掛けたところでフロリンデの拳を容易に受け止められる可能性もあったし、そうなってしまってはこちらが啖呵を切る事もままならない。


 弱者としていいように扱われては堪らない。


 だからこそ、フロリンデはいずれクロイスに一発かますべく、自己鍛錬に臨んだのである。

 その必要がない、という関係性になれればよかったが、しかしそうはならなかった。


 フロリンデが結婚できる年齢になるまであと三年、という時に婚約は結ばれて、その三年間でフロリンデは早々にクロイスに見切りをつけて己を鍛え上げたのである。


 パッと見は華奢な身体ではあるが、しかしその内側にはしなやかな筋肉が。

 せっせと鍛えた結果、ダンスを延々踊っても他の令嬢たち以上に続くスタミナ。ぶれない体幹。

 毎日厳しい鍛錬を乗り越え続けた結果、フロリンデは下手な騎士よりも強くなってしまっていた。


 他の令嬢たちならば、ゆっくり歩かないとすぐにバランスを崩してしまいそうな程に高いヒールの靴でも、彼女は平然とスタスタ歩けるどころか、軽やかに駆ける事すら可能であった。


 鍛えた、と言っても腕力面では騎士として鍛えていた男性より少々劣るが、しかし速度と正確さだけは群を抜いていて、相手の死角から攻撃を仕掛け一撃で意識を刈り取る事すらできるようになっていた。


 武器を持たせれば、攻撃力は更に増す。


 好きで結ばれた婚約じゃないのはフロリンデも同じなのに、クロイスは自分だけが被害者だと思っているのかもしれない。フロリンデを望まぬ結婚を強要する嫌な女と見ている可能性はあった。フロリンデからすればそっくりそのままお返ししたい気持ちであるけれど。


 ともあれ、クロイスはフロリンデへの嫌悪を。

 フロリンデもまた婚約期間中にクロイスとファムニス家への悪感情を。


 お互いにコツコツと育てていったのである。



 いざとなったらぶん殴る。

 いざとなったらぶん殴る。

 泣いて謝るまでぶん殴る……!


 馬車に揺られている間、フロリンデの脳内ではそんな言葉が延々と繰り返されていた。


 見た目はそれなりに淑女なのに、中身はどう足掻いても蛮族である。


「右ストレートでぶっ飛ばす……ん?」


 ガタン、と馬車がおかしな動きをしたせいか揺らいで、止まった。


 何事かと思いきや、どうにも馬車の行く手を遮るように数名の男たちが立ち塞がっていて、ついでに馬車を囲むように更に数名の男たちの姿が見てとれた。


 馬車にはガルヴァンシア家の紋章があるので、たとえ貴族にそこまで詳しくない平民でも、これがどの身分の貴族かはわからなくても、それでも貴族の馬車だという事くらいは理解できているはずだ。


 下手をすれば馬車の前に立ちふさがった時点で跳ね飛ばされても文句は言えないのだが、しかしそれをする事でその衝撃が中にいるフロリンデにやってくるのは問題がありすぎる。

 だからこそ馬車は一度停止するしかなかったのだろう、とはフロリンデでも理解できた。


 一人二人なら轢いても進む事は可能だが、流石に人数が多すぎる。


 ただの平民が、生活が困窮し辛く厳しい状況を上にどうにか陳情しようとして……という場合もあるとは聞いているが、今回はそのケースではないようだ、とフロリンデは判断した。


 生活に困っている平民というよりも、普通に山賊とか盗賊のような身形をしていたからだ。


「何事です」

 そう言ってフロリンデは馬車から降りた。


 御者が「お嬢様ッ!?」とぎょっとした表情と声で戻るように告げるも、しかしフロリンデは戻らなかった。

 他にもついてきた使用人がいるけれど、彼女たちにも手で指示を出して出てこないようにする。下手に外に出られても足手纏いになるからだ。


 フロリンデは馬車の中に置いてあった護身用の剣を手に、彼らを睥睨する。


 その中で一人、リーダーだろうな、と思わしき顔の下半分を黒い布で隠した男がこちらを見るなり嫌悪たっぷりの眼差しでもって、

「殺せ!」

 と仲間たちへ号令を出した。

 何が目的なのかも言わず、問答無用である。


 普通の令嬢であるのなら、こんな状況下でうっかり馬車から外に出てこれから殺されるとなれば、怯え震えロクに身動きもとれなかったかもしれない。


 ――が、しかし。


 ここにいるのはそんな可憐で儚くか弱い令嬢ではない。


 天使のような美しさ、と言われる事もあるにはあるが、天使は天使でもエンジェルトランペットだと噂されるような女である。


 護身用にと持っていた細身の剣を躊躇う事なく抜き放ち、即座にたった一人で大勢の賊を迎撃するべく行動に移るポテンシャルを持った女、フロリンデ・ガルヴァンシアだ。


 怯える事も立ち竦む事もなく迷わず進み剣を振るう。

 まさか女一人で立ち向かうなどとは思いもしなかったのだろう。


 まず初撃で三人の首が飛んだ。


 純粋な腕力勝負であればフロリンデも不利ではあるけれど、命のやり取りという点でフロリンデは圧倒的に有利だった。

 まず相手が数の有利で、そして相手がか弱い娘一人だと思う事で、思い切り侮っていたからである。


 隙がありすぎた。


 その一瞬で、三名が死に、次に何が起きたか把握しようとした直後に二人が死に、事態をようやく把握した時には更に三人が死んでいた。

 くるくるとまるで踊るかのようなステップで動き回っては相手の首を刎ねていく殺人人形。例えるならばまさしくフロリンデはそんな存在だったのである。


 そうしてあっという間に数の有利は消え去って、逃げようと背を向けた者も容赦なく首を切られて倒れていく。

 最後にリーダーと思しき男が待て、と何やら話し合いをしようと思ったのか声をかけたが――


 トンッ。


 最初に殺すつもりで襲い掛かろうとしていた相手と話し合う言葉など持ち合わせていないフロリンデによって、あっさりと首を落とされたのであった。


 返り血すら浴びる事なく殲滅したフロリンデに、馬車の中で控えていた侍女たちだけではなく、御者までもが歓声をあげた。


 普通に考えたら死んでいたのはどう考えてもこちら側だったので。

 流石フロリンデ様! 死の天使と呼ばれるだけある~ぅ!

 そんなノリだった。

 なお余談ではあるが、本来護衛すべきはずだった少数の騎士すら、フロリンデとは別の荷を積んだ馬車の中での待機であったし一緒になって歓声を上げていた。


 何事もなかったかのようにファムニス家へ出発し、数日後にようやくファムニス家へとたどり着いたフロリンデ一行であったけれど。


 数日前からクロイスが行方知れずとなっていたらしく、ファムニス家はクロイスの捜索に奔走していたのでフロリンデがたどり着いた時点ではそれどころではなかったのである。



 結論から言うのであれば。


 フロリンデを襲った賊のリーダー。

 彼こそがクロイスだった。


 どうやら結婚するのも嫌だし初夜で白い結婚宣言をするのも嫌がったクロイスが金にものを言わせてごろつきを雇い、こちらへやってくるフロリンデを亡き者にしようと目論んだらしいのだが、しかしまんまと返り討ちにあった。

 これが、身も蓋もない真相である。


 賊と共に、同じような身形をしたクロイスの死体が発見されたのは、割とすぐであった。野犬やその他の動物たちに死体を食い荒らされる前であったからこそだ。

 発見したのは、近くの町に移動しようとしていた領民である。

 行商の手伝いをして、戻る途中であった。


 そこに何故か悪党っぽい服を着てるけど顔だけは見知った領主の息子もいたとなって、とんでもない騒ぎになったらしい。


 坊ちゃんの首と胴体が泣き別れしとる!? と大急ぎで町へ引き返して警邏に報せ、役人を伴ってその死体を確認しにいけば、確かに紛れもなくクロイスである。

 周囲に同じように転がっているごろつきどもが殺したのか、と思っても、しかしあまりにも争った形跡がなさすぎる。誰もが皆、首を一撃で落とされて即死している状態なのだ。


 犯人を捜そうにも、どう見ても彼らは賊。

 きっとクロイスを貴族だと知らない誰かが返り討ちにして、そうして去っていったのだろう……という結論になるしかなかったのだ。


 きちんと貴族らしい服装をクロイスがしていたのならばまだ、もっと事件にできたかもしれない。

 けれど他の賊と同じような黒ずくめの恰好をしていたので。

 いかにもこれから悪事を働きますよと言わんばかりの姿なのだ。下手に騒ぎを大きくしたところで、ではファムニス家のご子息は一体このような連中を引き連れて何を? となるのは言うまでもない。


 そんな感じでフロリンデたちがファムニス家へと到着した時点では、クロイスの死亡の報せは既に届いていたのだ。そして何故こんな事に……!? と混乱していたせいで、フロリンデたちへの対応も遅れてしまった次第であった。

 あと数日後には婚約者であるフロリンデが来るから、屋敷で大人しく待っているように、と伝えていた両親はクロイスが屋敷から姿を消した事で、最初愛人の家に逃げたのだと思いそちらを探していたのだが、しかしその後に届いたクロイス死亡の報せ。

 しかもいかにも賊の姿をして何かをやらかそうとしていたというのだから、ロクな事をしていなかっただろう事は理解できる。


 賊、と聞いてフロリンデもそういえば私たちが来る時もいましたわね、なんて物騒な土地なのかしら……と言っていたが。


 誰もフロリンデがクロイスを殺したとは思いもしていなかった。


 ファムニス家からすればフロリンデはクロイスの婚約者で、仮にそういった姿で登場したところで婚約者を殺すとは思っていなかったのだ。


 なのでフロリンデたちを襲った賊と、クロイスたちとは別の存在だと特に確認をとられるでもなく無意識のうちにそう判断されていた。


 返り血も浴びていなければ、馬車にも血痕はなかったので、フロリンデの言葉から応戦したというよりは、遠くから目撃して速やかに逃げたと思ってしまったのもある。

 フロリンデは返り討ちにしたとは言わなかったし、共に来た使用人たちも口を噤んだ。



 ちなみにフロリンデはクロイスを殺した自覚がない。


 何故なら婚約を結んだ最初の段階で顔を合わせはしたものの、その後はほとんど会っていないのだ。手紙のやりとりすら滅多にないまま、三年の月日が流れている。


 フロリンデ自身、三年前と今とではかなり成長して見た目も変わったし、クロイスだって多少面影はあったとしても、そもそもほとんど顔を合わせていないのだからフロリンデの記憶の中に彼の存在はほとんど残っていなかった。

 姿絵といったものすら手元にはないのだ。



 だからこそ、クロイスが結婚前にフロリンデを亡き者にしようと目論んだ事も、その時点でフロリンデは知らなかった。

 ただ、道中で金目当ての賊に襲われたのだとしか思っていない。


 クロイスが何をしようとしたのかはわからないが、悪い仲間と共に行動していた時にたまたま何者かに殺された。そうフロリンデは思って――いたのだが。


 よりにもよってその後、クロイスがつけていた日記に犯行が記されていた事が明らかになったのだ。


 フロリンデを亡き者にしようという企みが。金で雇った相手の事も、決行予定日も。


 流石に大々的にそれらが知れ渡ったわけではなかったが、フロリンデはファムニス家の――クロイスの両親に問い詰められた。

 賊と出会ったというが、それはクロイスたちではなかったのか? と。


 だがフロリンデは知りませんわ、としか言わなかった。


 もしかしたらクロイスがいたかもしれないが、しかしほとんど顔を合わせた事のない三年前に一度顔を見ただけの男の事などフロリンデの記憶の中には残っていなかったからだ。

 確かになんか首を刎ねる前に待てとか言ってたけど、どうせつまらない命乞いをするだけだったのだろうから、聞くだけ無駄と判断した。


 初夜当日に君を愛する事は無い、とか言い出しそうな男だとは思っていたけれど、それすらなくそうとしてもっと早い段階でこちらを排除しようとしたのだな……とはフロリンデでも理解できた。


 だがそれだけだ。

 向こうが最初にこちらを亡き者にしようとしてきたのに、返り討ちにしましたが何か? なんて言ったとして、下手な難癖つけてこられてやれ慰謝料だなんだと言われても面倒だったからだ。

 むしろこっちが今まで支援と言う名目で毟り取られた金を返してほしいくらいだが、そこはクロイスの香典という事で相殺してもいいか、とフロリンデは勝手に脳内で結論を下したのである。


 かくして、新郎がこの世を去ってしまった事で、ファムニス家とガルヴァンシア家との政略結婚は白紙へと戻った。


 フロリンデの両親も婚約期間中に支援していた金は惜しいと思ったものの、しかし息子が死んで憔悴している相手に結婚がなくなった以上返せよとは言えなかった。一応過去、ファムニス家に恩があったのは事実なので。



 フロリンデとしては、それなら最初から結婚なんてさせずに普通の支援だけにしておけばよかったのに……と思わないでもなかったが。

 向こうとしてはガルヴァンシアの財産を根こそぎ奪えるだけ持っていきたかったのかもしれないが、その結果がコレだ。

 だったら、過去の恩を売るにしてもそこそこの金額だけで満足しておくべきだった。


 跡取りを失ったファムニス家は今から大急ぎで跡取りを見繕わなければならないが、丁度いい相手というのがいなくて難儀しているらしいけれど。


 仮に新たな跡取りができたところで、フロリンデと改めて結婚を……という事にはならないだろう。すぐに見つかるわけではないのだ。待たされに待たされた挙句、その頃にはとっくに行き遅れになっている可能性だってある。


 フロリンデも新たな結婚相手を探さなければならなくなったとはいえ。



「ま、前に比べればどんな相手であろうとも全然マシよね」


 そんな風に呟いて、フロリンデは屋敷の庭で日課になってしまった剣の素振りを始めるのであった。

 君を愛する事はない、と初夜に言うにはもう遅い。

 っていう、もう遅い系の派生。


 次回短編予告

 素直になれずつい暴言を言ってしまう相手との婚約は――まぁ普通になかったことになりました。

 これはとある転生者の、ちょっとした原作回避のお話。


 次回 復讐令嬢は生まれない

 令嬢のお父さんが転生者バージョンの話ってそういやまだ書いた記憶がなかったので自分も煎じてみようと思った、などと供述しており――

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― 新着の感想 ―
三年待たされた挙句になぜか部屋の合鍵使って、自分の腹心や、闇バイトに襲わせてきた元彼を思い出しました。 こちらは相手を受け入れたのに、先に婚約期間にでした。 警察に通報したら、「それは愛じゃない」とか…
しかし、本当にバカ息子なのね(笑) それとも財産に興味がない恋愛脳なのか? 結婚前に殺したら、遺産なんか取れないじゃん(^_^;) ※それとも何か有利な契約付けてた?
思考が浦飯幽助…!
感想一覧
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