23 一方その頃のディヌス王国
ルディは今回もお休み!
「テンペルト様! どういうことなの!?」
王宮の廊下を歩いていると突然叫ばれ、テンペルトは無表情を張り付けて声の主を振り返った。
「謹慎が解かれたと思えば、随分と騒がしいな」
視線の先には息を乱したプーパがおり、その後ろには困ったような顔をしながらも付き添っている母国から連れてきた侍女たち。
ルディアとフィディスが無事に神聖国に到着したため、プーパの謹慎は本日解かれることとなった。
勝手にお茶会を開いたこともあり、絶対に後宮から出さないようにレンティムが厳命していたため、後宮の敷地から一歩も出ることはかなわなかったが、侍女たちを使って情報を集めることは出来たのだろう。
その証拠に謹慎解除後にこうして無礼にも廊下でテンペルトを大声で引き留めている。
「どうしてあたくしに黙ってルディア嬢を神聖国なんかに行くことを許したのです!」
「父が許可を出したことだが、ルディア嬢が神聖国に行くことが君に関係あるのか?」
「あたくしがウィクトルとルディア嬢を婚約させると言っていると知っているはずでしょう!」
キンキンと耳に響く声にテンペルトは眉間にしわを寄せる。
「父上もボクも許可をしていない、君が勝手に言っている妄言のことか」
「なっ!」
「ティルムですら正式な許可が出ていないため、態度には出しているが婚約するもしくは婚約を申し込むとは公言していない。子供でもできる配慮が出来ないとは、君はこの国に来て何を学んでいるんだ?」
あからさまな侮蔑の視線を向けられ、プーパは奥歯をギリッと噛みしめる。
「あたくしはアナタのために必死に」
「必死、か。君たちがなにを企てても無駄だと早く理解できると期待しておくよ」
プーパの言葉を遮って言い捨てたテンペルトは用事は終わったと言うように視線をプーパから外し、歩き始める。
「まって!」
追いすがろうと手を伸ばしたプーパだが、その手はテンペルトの護衛によってあっさりと阻まれて触れることすら出来ない。
「どうして! ルディア嬢とウィクトルが婚約すれば、あの子はアナタにとって義娘になりますのに! あたくしはアナタのためを思って婚約の話をっ」
「ティルムとルディが婚姻してもそれは同じだろう」
「それは……」
「少し前までウィクトルをボクの後継者にしたがっていたのに、ルディと婚約させたい? 少し勉強したみたいだが、底の浅さが透けて見える」
振り向きすらせずに言うテンペルトは、「そうだ」とついでのように話を続ける。
「君の父君が倒れたらしい。現在は王太子である君の異母兄が代理を務めているそうだ」
「なんですって!?」
そんな知らせは聞いていない、と驚愕の表情を浮かべるプーパたち。
「先ほど父上に王太子殿から知らせの手紙が届いた。今後、君の母国との関係の見直しも含めて、いろいろ話し合いが必要だと苦笑していらしたよ」
話は以上だとテンペルトは今度こそ足を止めることなくプーパたちの前から立ち去る。
テンペルトが離れたのを確認した護衛たちはやっとプーパの行く手を遮るのをやめ、テンペルトを追いかけるように足早で立ち去り、プーパは力なく床に崩れ落ちる。
「プーパ様!」
侍女が慌てて駆け寄るが、プーパは立ち上がらずに「うそよ」と呟くばかり。
(まずい、アイツがお父様の代わりに権力を手に入れてしまったら、いじめられていたあたくしの立場が悪くなってしまうじゃない)
「すぐにお父様に手紙を書くわ」
「は、はいっ」
震える足で立ち上がりながら、プーパは後宮に踵を返す。
(ウィクトルの立場を保証してくれないと、王太子になるときに不利になるじゃない)
仲が悪かった異母兄が政治を執り行い、せっかく父王が取り付けた輿入れの条件に不服を申し立てたら、最悪離婚されてしまうかもしれない。
それだけは避ける必要がある。
とにかく何よりも自分の想定内に収めるため、父親へ連絡を取り付ける必要があるとプーパはいつになく忙しく足を動かした。
◆ ◆ ◆
王宮で最も厳重に守られている場所。
それが黄昏会議に使用される部屋であり、この部屋からしか行けない隠し通路は王宮全体に広がっている。
「では、予定通りに動いているということだな」
レンティムは安堵の息を吐きだして紅茶を一口飲む。
神聖国との交渉、各国との交渉、国内の動き、それらすべての誘導。
「ああ、大神官長様がルディをお気に召したおかげで驚くほどにこちらは順調だ」
いなかったらルディアとフィディスはまだディヌス王国にいるしかなかった、とアーストンは言ってからサンドイッチを食べ始める。
その様子を見ながら羨ましいと呟くのはスエンスとルペンス。
国内貴族の動向を誘導するルペンスは、王家に対する不満をいかにずらすかに苦労している。
スエンスはドマナン王国はもとより、ルディアの実父の国との交渉を含め、他国との交渉が難航している状況だ。
「プーパを廃妃させることさえできれば、まーるく収まるんだけどね」
にこりと笑ってクリプトルが言うが、ルペンスとスエンスは「わかっている」とでも言いたげに渋面を作る。
「でもあの国も随分被害を受けていますもの。自国の血を引く王が即位でもしなければ納得がいかない、そんな派閥が大きくて王太子も苦労していますのよ」
ちょうどよくプーパの父王が倒れたため、異母兄の王太子が全権代理人となっているが、まだ即位したわけではない。
水面下では王太子との取り引きは済んでいるが、いままで支払っていたものが大きすぎるがゆえにドマナン王国内でも簡単に動向を変えることができないでいる状態だ。
「……じゃあやっぱり」
そう言ってクリプトルが人差し指で自分の首をすっと切るように動かすが、レンティムが「今それをすれば、ウィクトルの扱いが面倒だ」と反対する。
「問題しかない第一妃の生んだ第二王子。しかも現在の状況は母親がルディア嬢と婚約させると吹聴している。今後の動きはともかく、この状況でプーパが死んでみろ。後ろ盾をなくしたウィクトルが死に物狂いでルディアを狙う可能性があるぞ」
テンペルトの跡を継げればいいが、プーパがいなくなればカリュアが正妃になることに何の支障もなくなる。
そうすれば、正妃になった後にカリュアが生んだ子供が第一王位継承者だ。
それでなくても第二妃時代とはいえ正妃になったカリュアが生んだティルム、フェルル、エティアナの方が王位継承権はウィクトルより上になる。
国内貴族の支持も期待しにくく、母方の国からの後援も期待しにくいとなれば、王位を狙うより王族を抜けてでも公爵令嬢であるルディアとの婚姻を選ぶかもしれない。
「ルディア嬢の話してくれた可能性も含めると、処理しない限りまともにならないみたいだし、残しておく意義を感じないな」
暗にプーパと一緒に処理してしまえばいいと言うクリプトルだが、それを行うにしてもタイミングというものがある、とレンティムは手を払って案を却下する。
貴族学園に通う年齢でもないため、ウィクトルは王宮の外にでないし、プーパもお茶会は開催するが、基本的に王宮の外に出ると言う事はない。
そうなれば王宮内での殺害になってしまうが、第一妃と第二王子を揃って王宮内で殺されたとなれば、王宮の管理能力を疑われる。
「ねえ、陛下」
「言ってくれるな。娘を王太子の妾にしてやるけど代わりに服従して属国になれ、なんて条件を飲むなんて思うわけないだろう。返事と一緒にプーパが来て一番驚いたのはわしだ」
クリプトルが何か言うのを遮ってレンティムが早口で言うが、四人からの視線は冷たい。
「過去にもいましたわよね。他国の王族の押しに負けて姫を妃に迎え入れた国王。挙句、その妃が生んだ子供がクーデターを目論んだんでしたわ」
「あーそうそう。そのことをきっかけに戦争も起きそうだったんだよね」
スエンスの言葉を引き継いでアーストンが笑うと、レンティムがうなだれてしまう。
「いじめてくれるな。あっちにはちゃんと監視を置いている。しかもあの国は随分もろいようでな、裏にもあっさり手を入れることが出来たぞ」
「「「うわぁ」」」
交渉カードとして先に聞いていたスエンス以外の三人が、レンティムの言葉にわざとらしく声を出す。
「おい、聞いたかクリプトル。他国の暗部に手を入れるとか腹黒いな、うちの国王」
「まったくだアーストン。こんなに腹黒なのにバカの親の反応が見抜けないなんて間抜けだとしか言えないな」
「暗部も管理できない無能が溺愛する娘が輪をかけて無能とは、まさに害悪だな」
「でもそのおかげでドマナン王国の王太子との交渉がやりやすかったのは事実でしてよ、ルペンス」
笑い合う公爵家当主四人を前に、レンティムはからかわれていると分かりながらも何も言えない。
自分の事を腹黒だと言ってくるこの四人こそ、何を考えているかわからない腹黒だからだ。
(早く隠居したい)
政治的なものから離れてのんびりしたい、とレンティムは考え、そろそろテンペルトの黄昏会議参加を提案すべきだとも考える。
王太子というだけでは参加できない黄昏会議。
国王の執務を手伝いある程度認められ、四大公爵が認可してからやっと参加することが出来る。
「でもまあ、ウィンターク公爵家の次期当主問題とルディア嬢の婚約問題だけでも対処出来ている分、クリプトルは動きやすいだろう」
レンティムが話題を変えたいとでも言うように話し出したため、笑うのを止めたクリプトルが頷く。
「ロクデナシの愛人だけど、やっぱりプーパが接触していたよ。実家の商売をつぶされたくなかったら神聖国行は諦めろってね。まあ、そうでなくても行かなかっただろうけど」
「新年祭に来ていた神官がはとこ、だったか?」
「レンティム、ボケたのか? はとこなのはロクデナシの子供だ」
「すまん」
クリプトルが呆れたように言うのに対し、レンティムはどうでもよすぎて忘れていたと素直に謝る。
「まあ、大神官長の直弟子になった従姪がいるところに、今後どうなるかもわからない状態で愛人と逃げ込みたくはなかったんだろうね。母方の親族とは相当険悪な状態らしい」
「ふーん。一代貴族の娘だから平民でしかないし、嫉妬か?」
「そんなところじゃないの?」
個人の感情まで詳しく調べるには時間と手間が惜しかった、とクリプトルはあっさりと言い捨てた。
じじいたちは老体に鞭打って頑張ってますw




