22 出航しました!
急に展開が早いって?
気にしたら負けです!
ウィンターク公爵家所有の飛空艇が神聖国に向けて空を進む。
ルディアは見慣れたようで見慣れない青い空を見上げた後、窓の下に見える雲海を見て「すごいですわ」と声に出してしまう。
準備が整えばあっという間に出国の日程が組まれ、神聖国側にはルキストが直接話を付けたため、受け入れ準備は即日整ったそうだ。
「ルディア殿、体調はどうだ? 初めて大地を離れたんだ、不調が起きてもおかしくはない」
「ふしぎとちょーしがいいですわ」
「ふむ」
ルキストはルディアの手を取って魔力回路を確認する。
「いつもより魔力が多く循環しているな。初めての空に興奮しているのだろう」
ルキストはそういってルディアから魔力を吸い上げると、再度魔力回路を確認した。
「少しはましになったか。今他の部分よりもわずかに魔力回路が広げられているのはここまでだ」
言いながら手首の部分をトントンと叩く。
「調子がいいと自分では思っているようだが、興奮してそう思い込んでいるだけだな。後で熱を出す可能性もある」
「うっ」
興奮している事は否定できないため、ルディアは気持ちを落ち着けるために深い深呼吸を数回繰り返す。
その様子を確認してからそっとつかんでいた手を離すと、ルキストはルディア越しに窓の外を見る。
「浮島の外はいつだって青い空が広がっている。浮島は雲海の上にあるからな」
「ええ、うき島のくもは、まほうのさんぶつですのよね」
「ああ、その通りだ」
浮島からはもちろん、飛空艇で空を移動している間でも雲海の下は覗けない。
雲海の下には地上があると習ったが、浮島が出来てからそこと交流しているのは神聖国の上層部のみだ。
「ルディア殿」
「なんでして?」
「神聖国に行ってアイツと水鏡越しとはいえ会って、何かしたいことはあるか?」
「いえ、とくには」
ルディアとしては、前世で作成した自分の作品越しに接触するしかないブルアムに会いたい、ただ純粋にそう思っているだけだ。
家族ではないのになぜあんなにも触れられて暖かい気分になるのかが知りたい。
ただそれだけ。
「そうか。まあ、わたしが言うのもおかしな話だが、あいつの見た目は少々、あー……変わっていてな」
「と、言いますと?」
触れられた感触では特に違和感はなかった、とルディアが首を傾げる。
「ルディア殿が見慣れている人間とは、違うというか……まあ、ちょっとばかり余計なものが付いていると言うか」
「よけいなもの?」
「なんと言えばいいのか」
ルキストが言いあぐねいていると、ルディアは「もしかして」と手を合わせて音を鳴らす。
「もしかして、コウモリのようなつばさが生えていたり、ひつじのような角があったり、ひふにうろこがあるとか、けもののような毛が生えているとか……。あっ! はだの色がきばつな色とか? あとはえっと、目がいくつもある? ほかにはお顔がそもそもにんげんとはちがって、けもののようなものとかはちゅーるいのようだとか?」
「そこまで酷くないというか、なんだそれは!」
「ぜんせで見たファンタジーのあくまとか、もののけですわ」
にっこりと笑って言えば、ルキルトは「化け物って」と頭を抱える。
「いいかルディア殿。アイツはああ見えて傷つきやす……くはないが、ルディア殿限定で繊細だ。化け物なんて本人に向かって言ってやらないでくれ」
「わかりましたわ」
(別に、化け物は嫌いではありませんけれど)
前世では作品の参考にするために様々な文献を読み、絵を見ていた。
醜悪に描かれる悪魔や怪物などに対し友人たちは嫌悪感を示していたが、自分はそれには当てはまる事はなく、個性的だと思うだけだった。
日本で育ったが故の価値観なのか、生来のものなのかはわからない。
「ちなみに、どのようながいけんですの?」
「顔は人間だ。ある意味気味が悪いほどに整っている。が、額に第三の目がある。あ、普段は閉じているぞ。あと、肩から首をたどって頬にかかる部分まで爬虫類のような鱗に覆われている」
「へー」
「太ももから腰の部分と背中の一部も鱗に覆われているのは同じだ。コウモリの羽は生えていないが、出し入れ可能な黒色の鳥の羽のようなものが八枚。あと、トナカイノの角のようなものが頭に四本ある」
「ふむ?」
「背は高いな。均整の取れた体格だし筋肉質だ。色々くっついてはいるが、本当に神も嫉妬するほどに気味が悪いぐらいにいい顔をしている」
それだけは確かだと言いつのるルキストだが、そこまで必死にフォローしなくても、とルディアは困ってしまう。
なんせ、ルキストが言ったオプションを想像してみるだけでも、顔がどんなによかろうとも十分に奇怪な姿なのだ。
(前世の姪に見せてもらったゲーム絵にあったラスボスみたいな感じなのでしょうか?)
あれにも色々くっついていた、とルディアは一人で納得する。
考えるようなそぶりを見せるルディアに、ルキストは怖がらせないように事前に話したが、間違いだったのかと焦ってしまう。
「いや、本当に顔はいいぞ! ルディア殿のためにならなんだってするだろうし、いや、するし。ああ! ウィンターク公爵家もびっくりするほどの金持ちだし身分も申し分ない! 優しくはないが、ルディア殿には従順だ!」
「そ、そうですの」
あまりにも必死に言うために逆に引いてしまうルディアだが、ルキストは「だから安心してくれ」と言いつのってくる。
仲良しだからルディアが悪印象を抱かないように言っているのだろうとはわかるが、そこまで必死にならなくてもいいのではないだろうか。
逆に怪しく思えてしまう。
「えっと、ブルアムについてはだいじょうぶですわ。色々そーぞうしましたので、かくごできましたもの」
「そっそうか!」
ルディアの言葉にルキストは何度も嬉しそうに頷く。
(本当に仲良しさんですのね)
ルキストが滞在中、何度も夢の中でブルアムとのやりとりを思い出す。
親友と言うだけあって気安いというか、遠慮のないやり取りに羨ましいとすら思えたほどだ。
「ブルアムとルキ様はちょくせつのお知合いですの? それともみずかがみごしのお知り合いですの?」
「直接会ってもいるし、水鏡越しで会ってもいる」
急に話題を変えられ不思議に思いつつも、正直にルキストは答える。
「古いなかですのよね。いつからですの?」
「いつ……」
そこでルキストは言い淀んだ。
「古すぎていつと言われると困るが、魔女殿に会ったときに紹介されてから、だな」
「そうですの」
ルキストが五百年以上生きているという話は知っているし、数えるのが面倒だけれど千年以上は生きているという話もされている。
確かにそこまで生きていたらいつからと言われると微妙なのかもしれない、と納得する———
(のも微妙ですのよねぇ)
ルキストは自分の過去をあまり語らない。
それは、その過去がルディアの前世。魔女であった時に深くかかわっているからであり、ルディアを刺激しないための配慮だともわかっている。
だからこそ、ルディアもあまり深く話は聞かないのだが、こういう時にどこまで探りを入れていいのか判断に困ってしまう。
うーん、とルディアとルキストが互いにどう話を続ければいいのかと悩んでいると、不意に部屋のドアがノックされた。
「ルディ、入ってもいいかな?」
「おにい様! どうぞお入りになってくださいまし」
返事をすればすぐにパトリシアがドアを開けたため、フィディスが部屋に入ってくる。
「ルディ、調子はどう?」
「もんだいありませんわ、おにい様」
「そうなんですか? ルキ様」
うんうん、と頷きながらもフィディスはすぐさまルキストに確認をする。
「少し興奮気味だな。魔力の調整は軽くしているが……まあ、あまり興奮状態が続けば熱を出すだろうな」
「うっ」
ルキストに指摘されルディアは言葉を詰まらせてしまう。
「興奮してしまう気持ちはわかるかな。私も飛空艇に初めて乗った時は興奮したよ」
「おにい様もそうならしかたがありませんわね」
フィディスは当然のようにルディアが座っているソファに座ると、先ほどまでルキストが握っていた手を握り締める。
「でも、ルディが熱を出すと心配だな。ルキ様がいるとはいえ、ルディが苦しんでいると考えるだけでも私も苦しくなってしまう」
「気を付けますわ」
ルディアはフィディスの手の暖かさを感じながら、素直に頷く。
心配をかけてしまっているのはわかっているし、本来なら旅程の間は眠り魔法をかけてもらうところを、ルキストが付いているという理由で起きているのだ。
これで何かあればルディアの考えに賛同したフィディスが気に病んでしまうのは目に見えている。
「そうだ、この飛空艇にはいろいろな施設があるそうだ」
「しせつ?」
フィディスが言うには貯蔵施設はもとより農業施設、酪農施設、浄水施設などが揃っており、この飛空艇だけでも数年間生活できるようになっている。
「すごいですわ」
「この規模のものが十隻以上領地の周辺を巡回しているそうだ」
それはウィンターク公爵家だけではなく、四大公爵家全てがそうなのだと言われ、ルディアは驚いてしまう。
「神聖国にもあるな」
「そうなんですの!?」
「当たり前だろう。救助艇は確保しておくべきだ」
ルキストの言葉にルディアはパチリと目を瞬かせる。
確かに、数年間この飛空艇だけで過ごすことが出来るのであれば、立派な救助艇としての役割は果たせるだろう。
「……四大こーしゃく家のひくーていも、その役目があるということですのね」
「ルディア殿は聡いな」
備えあれば患いなし。前世では嫌というほど身に染みた言葉だが、今世でも実感するとは思わなかったとルディアは思ってしまう。
魔術も魔法も万能ではない、というのがルキストの言葉であり、それは神でもそうなのだという。
「ここ数百年、崩落した浮島は少ないが、ないわけではないからな」
ルキストの言葉にフィディスは頷く。
「正直、浮島が中途半端に崩落すると面倒なんだ」
「でもアストリテル聖教の怒りに触れて、落とされた浮島もありましたよね」
その言葉に今度はルキストが頷いた。
「話の通じない愚者にわからせるには一番いい方法だ」
にやりと笑うその顔は子供の姿をしているとはいえ、ただものではないと理解させられる。
アストリテル聖教は浮島の国々に広く伝わっていて信仰されているし、信仰していない浮島にも寛容に対応している。
だが寛容な反面、容赦がないことはあまり知られていない。
あまり表には出てこない大神官たちがどのように動いているのかはわからないが、その長たるルキストが一筋縄ではいかないのはわかるし、他の大神官も同じように曲者なのだろう。
(ルキ様いわく、大神官は変わり者の集まり、ですものね)
そう考え、ルディアはこれから行く神聖国に少しだけ不安を感じてしまった。
もうすぐ第二章も終わります!




