15 仲良しのようです
夕食後、部屋に戻ろうとしたルディアをルキストが呼び止めた。
「魔女殿。今日は寝る時にこれを持つか枕元に置いておいてくれ」
そう言ってルキストはルディアの目の前に鈴をぱっと落とす。
思わず受け取ってしまったルディアは手のひらの上の鈴を転がしてみるが、ふと音が鳴らない事に気が付き首を傾げてしまう。
よく磨かれた銀製の鈴に何の意味があるのかとルキストを見れば「夢渡りをする」と言った。
「ゆめ渡り、ですの?」
「ああ、魔女殿は夢の中でヤツと接触しているようだが、覚えていないみたいだしな。このままではいくらなんでも魔女殿が気の毒だ」
何の事なのだろうかと思っているルディアに、ルキストは夢の中で手助けをするだけだと言ってルディアに微笑むと食堂を出て行った。
不思議そうに手の中の鈴を転がしていると、横からフィディスの手が伸びてきて鈴をつまみ上げる。
細部まで確認するように観察するが、音が鳴らないこと以外は特に変わったところもなく、飾りについている組紐の房にもおかしなところはない。
「うーん。ルディが不安なら私と一緒に寝ようか?」
「そうですわね。そうしていただけるとうれいですわ」
正体不明な鈴を渡され、しかも枕元に置けと言われて不安に思っていたのを感じてのフィディスの提案に素直に頷いたルディア。
フィディスも久しぶりにルディアと一緒に眠れると嬉しさを隠すこともなく、仲の良い兄妹は食堂の扉の前でニコニコと笑みを浮かべて見つめ合っている。
その光景を見ているアーストンはいつもの事だと思いながらも、いっそフィディスとルディアの寝室を同じにしてしまおうかと一瞬考え、「いや、ないな」とすぐに考えを改めた。
ルディアはいつものように途中から執事に抱えられて寝室に戻り休んでいると、寝るための準備を整えたフィディスがやってきたので、眠るまでは興味のある講義内容についての復習に付き合ってもらうことにする。
「おにい様は、いぜん、こうしゃく家と王家のかけい図はふくざつだとおっしゃっていましたが、もし、おにい様がウィンタークこうしゃく家をつがない場合、他のこうしゃく家の人がつぐ可能性もありますの?」
「そうだね。もちろん分家に優秀な能力と相応しい血統の人がいれば別だけれど、血の濃さという点では他の公爵家の直系という可能性もあるね」
その言葉に「ふむ」と顎に軽く握った手を当てる。
家庭教師のミクルがヴィリアが婚姻を拒否して子供を産んでいなかったとしても、他の公爵家の子供が養子に入っていたと言っていたことが事実なのだと改めて納得し、自分たちには代わりがきちんと用意されているのだと理解した。
(つまり、わたくしが魔法を使えるようになって神官になっても、お兄様の予備としてこの国に滞在し続けなくてもいいと言う事ですわね)
そんなアーストンやフィディスが聞いたら卒倒しそうなことを考えると、ルディア一人で納得して頷く。
ルディアが何か不穏なことを考えていそうな雰囲気は察したフィディスではあるが、流石にこの国を離れてもいいなどと考えているとは予想できていない。
フィディスはルディアはどこの家にどんな血縁がいるのか頭を悩ませているのかもしれないと思う事にし、「そのうちルディも習うよ」とだけ言う。
「そうですわね。こうしゃくや王家、あとはけつえんかんけいが深そうなこーしゃく家あたりのかけいずは覚えるひつようがありますわね」
「うん、そうだね。……すごい大変だけど」
しみじみと言うフィディスに、あの厚さは確かにやばい。とルディアは以前見せてもらった家系図の本を思い出した。
前世で例えれば広辞苑か六法全書ですか? と聞きたくなるような厚みであり、あの時当たり前のように取り出した従者は本当にどこに持っていたのだろうかと疑問が浮かんでしまう。
話しているうちに眠くなってきたルディアの気配を察し、フィディスがベッドまで連れて行き、抱えて乗せると自分も乗って並んで手を繋ぎ、パトリシアが二人にきちんと布団をかける。
ルキストに言われた通りルディアが銀の鈴をフィディスとの間に置くと、自然と瞼が落ちて行った。
◆ ◆ ◆
いつも通りの乳白色の光景。
今日の夢ではブルアムに会えるだろうかとルディアが考えていると、不意に後ろから肩を軽くたたかれ、飛び上がりそうに驚いてしまう。
「すまない、そんなに驚くとは思わなかった」
「……え? どなたでして?」
心臓が飛び出すかと思った、とルディアが胸に手を当てながら振り返ると、そこには長い紫色の髪に金色の目を持つ美青年が立っている。
「ルキストだ。まあ、この姿で会うのは久しぶりだからな」
ため息を吐きながらも優しい目で見つめられ、ルディアは久しぶりも何も初めてだ、と心の中で突っ込んでしまった。
「さて、ここがどこというのはわかっているな?」
「夢の中ですわ」
「……あー、なるほど。そうか、そうなるのか。あー」
ルキストはどう説明したらいいのかとトントンと指先で自分の頭を叩く。
「まず、夢であって夢ではない」
「はい?」
だったらなんだというのだろルディアは首を傾げる。
「正確には【境界】だ」
「えーっと、それはどのようなものですの?」
「色々な意味が含まれるが、魔女殿の場合は———」
そこでザザッとノイズが走りいつものように顔が黒く塗りつぶされた人が現れ、一方的に責めるような、馬鹿にするような言葉を発し始めた。
「ああ、そうか。魔女殿はあれから他の世界にいったか。そうだな、五百年もあればそんなこともあるか」
ルキストはそう言うとルディアを見る。
「アレは、魔女殿の前世の一つの記憶だろう」
「そうですわね。恐らくというか、間違いなく私の両親ですわ」
こちらの存在、人格、行動の全てを否定するような言葉を発する人物に、ルディアは何の感慨も浮かべないような視線を向けた。
それを見てルキストはため息を吐きだすと軽く手を振る。
途端に、顔が塗りつぶされた人物の姿は消え、あたりには静寂が広がった。
いつもであれば自然に消滅するのを待つしかないのだが、これも大神官長の魔法なのだろうかとルディアが感動していると、次は別の人物が現れる。
「あれは?」
「前世の兄ですわ。わたくしの味方をしてくれておりました」
「ふーん」
しばらくじっと眺めていたルキストだが、「これはまた今度だな」と手を振ってルディアの前世の兄の姿を消す。
その後も何度か現れる人物についてルディアに尋ね、観察しては消すという動作を繰り返したルキストだが、次第にイライラしてきているのか、人物が現れる度に舌打ちをするようになってくる。
「ちっ、あいつはわたしの気配を察して出てこないつもりか?」
何のことを言っているのだろうとルディアが思っていると、ルキストがおもむろにルディアの手を取り自分の胸に引き寄せてふんわりと優しく抱きしめた。
「え!?」
「成長した姿でもここまで華奢なのは相変わらずだな」
どこかおかしそうに言うルキストだが、突然抱きしめられたルディアはそれどころではない。
今まで抱きしめてくる相手などフィディスかアーストン、そして亡き母のヴィリアだけだったからだ。
もちろん執事などに運んでもらう時は抱き上げてもらうが、あれはあくまでも抱き上げられているのであって抱きしめられているわけではない。
「あ、あの?」
「……ふん、やっぱりな」
戸惑う声に答えることなく体を離したルキストはルディアの背後を睨みつけた。
「いいか、魔女殿。あのバカはいつだって魔女殿の夢に来ることが出来るんだ。でも頻繁に会うと我慢できないとか思って自分勝手に自制しているだけだ」
「……意味が分かりませんわ」
眉を寄せるルディアに「そうだろうな」と言いながらも、ルキストは体を離していたルディアの肩をもって半回転させて後ろを向かせる。
「あっ!」
そこにはいつもの大きな青のタペストリーが存在しており、ルディアは思わず喜びに声を漏らしてしまう。
いつものように手を伸ばそうとしたルディアの手を掴み動きを止めると、ルキストが「おい」とタペストリーに向かって声をかける。
「魔女殿の治療をするのはお前の自由だけどな、わたしに相談くらいしたらどうなんだ? 知っていたらもっと早く魔女殿の手助けが出来たんだぞ」
ルキストの言葉にしばらく沈黙が続き、ルディアがどうしたらいいのだろうかと戸惑っていると、タペストリーから「ずるい」とブルアムの声が聞こえてくる。
「私はルディアと今は少ししか触れ合えない。お前がルディアの傍にいれば自由に触れ合えるだろう」
どこか拗ねた子供のような言い分に、ルディアはきょとんと驚き、ルキストは呆れたようにため息を吐きだした。
「あのなぁ。お前の勝手な嫉妬で魔女殿を苦しめるのは本末転倒だろう」
「……ルディアが目覚めてからは出来るだけすぐに接触したし、そなたにも知らせた」
「今の状態は半覚醒だろう」
「ひとつ前は思い出した」
ルディアを挟んでタペストリー(の中にいる人?)と会話をするルキスト。
一体どうなっているのかと、ルディアはいまだに肩に置かれている手を軽く叩く。
「大神官様はブルアムと知合いですの?」
「ブルアム? ああ、コイツのことか」
「ええ、名前を教えてくれませんので、勝手につけましたの」
名乗らないと聞かされてますます呆れたようにタペストリーを見るルキスト。
「どうせアレだ。本当の名前を呼ばれたら我慢できないからとかそういう、くっだらない理由だな、うん」
「……ふん」
反論が出来ないらしいブルアムに対し、ルキストは再度溜息を吐く。
「今後はわたしが魔女殿のそばにいて治療を行う」
「だめだ」
「うるさい黙れ」
険悪な雰囲気ではないが、お気に入りのおもちゃを取り合う子供のような雰囲気に、ルディアは「なんだかなぁ」と呆れてしまう。
言い合いはしているけれども、拗ねている相手に対して呆れている雰囲気もあり、仲がよさそうだとも思える。
「お二人は知り合いですの?」
「そうだな、だいぶ古い知り合いだ」
ルキストが呆れた様子を崩さないまま答えるが、それが気に入らないのかブルアムは「私とルキは親友だ」と拗ねたように言った。
「なるほど、仲良しさんですのね」
「そうだ」
「……不本意ながら」
即答でどこか嬉しそうに返事をしたブルアムに対し、若干の間をおいてルキストが不満げな声で答えるが、嫌がっているそぶりはないので素直ではないだけなのだろう。
そんな二人にルディアは微笑ましいと思う反面、羨ましいとも思ってしまう。
(きっと大神官様はブルアムに会ったことがありますのね。わたくしは顔を見たこともありませんのに)
心の中で不満を漏らすとルキストがずっと押さえていたルディアの手を開放する。
「わたしの見立てではお前のペースでは魔女殿の治療に時間がかかりすぎる。そこから出てくることが出来ないのなら、無理せずわたしに任せろ」
「……私だってルディアの役に立ちたい」
ルディアは自分と話すときは大人の余裕を見せているブルアムなのに、ルキストと話すときは子供っぽい一面を見せるものだと少しだけモヤモヤしてしまうが、なぜモヤモヤするのかを考え「いや、ないない」と思わず口にしてしまう。
「魔女殿?」
「ルディア?」
「あっ、なんでもありませんわ」
慌てて口に手を当てるルディアだが、ルキストは「ふーん?」とルディアの頭を撫でる。
「まあ、魔女殿の一つ前の人生で何があったのかはまだよくわからないが、そいつのことは信頼していいと保障しよう」
思いがけずかけられた優しい声に、ルディアが驚いてルキストを振り向けば、そこには今まで見た中で一番優しい笑みを浮かべた顔があった。
なんだこの幼馴染の喧嘩に挟まれたヒロインみたいな状況




