8 国際に問題になったらどうしますか?
「なにがあったんですか、お爺様」
フィディスが嫌そうに尋ねると、アーストンは執事に濃いめの紅茶を淹れるように言って、空いているソファに座った。
「あのロクデナシが神聖国にいく手配をしたのはプーパ妃だった」
「「はぁ?」」
予想外の事実に思わず驚愕の声を上げてしまったフィディスとルディアだが、アーストンは特に咎めることもなく、淹れたての熱い紅茶を飲むために行儀が悪いのを無視して「ふー」と息を吹きかけて冷ます。
「昨晩の夜会にウィンホルム公爵家ゆかりの神官が参加していただろう。どうも急に参加することを決めたようでな、その理由が」
「理由が?」
本当に嫌な予感しかしないと、フィディスが渋面を維持したままルディアを膝の上に乗せて守るように抱きしめる。
「ロクデナシが入国したのが亡命扱いで、その事情の真偽の確認だった」
「「亡命」」
好きで神聖国に行ったはずなのに亡命とはどういう事だろうかと、ルディアたちが首を傾げると、アーストンは事の経緯を簡単に話す。
曰く、妻を亡くしてすぐに義父に娘ともども家を追い出されたが、行く当てもなくさまよっていたところに、友人のプーパに助けられ亡命の資金と手配をしてもらった。
なぜ亡命かというと、追い出した家が国内では有力で強大な権力を持つ家で、国内にいると命の危険があったから、らしい。
その亡命してきた親子が神聖国で随分と愉快なふるまいをしているため、本当に亡命をしてきたのか確認しに派遣された。
詳細は伏せるが、簡単に言うとこういう事だと話され、ルディアたちは呆れてしまう。
一体、いつの間にプーパとオクシスが友人になったのだろうか。
それぞれの結婚式で挨拶ぐらいはしただろうが、それ以上の交流など無いに等しかったにも近いはずだ。
しかし、プーパの思惑が分からない。
オクシスを神聖国に送り込んで何がしたいと言うのだろうか。
「おじい様、プーパ妃はなにがしたいのですの?」
「わからんが、端々で漏れていた本音を考えるに我が家に恩が売りたかったのかもしれない」
「「恩?」」
「面倒な人間を、遠くに追い払ってやった。みたいな感じに言っていたな」
その言葉に、ルディアは思わず馬鹿なのだろうかと思ってしまう。
ほぼ平民になったオクシスがウィンターク公爵家の人間に何かをできるわけがない。
追い払わずとも、何の気にもならないというのが事実なのに、余計なお世話でしかない。
「その話は、いつどこでしていたんですか?」
「新年祭の最中に、テンペルトの横で自慢気に話していたな」
「バカですの? っと」
思わず本音を口に出してしまい、慌てて口を手で押さえるが、フィディスは「仕方がないね」と頭を撫でた。
恐らくフィディスも心の中で思ったのだろう。
「それでお爺様。ロクデナシ親子が不審な行動をとっているというのは?」
「不審ではなく愉快な行動、だな」
「ああ、そういえばそうでしたね」
あえて愉快というからには、さぞ面白い行動なのだろうとフィディスが思っていると、アーストンの口から出た話は確かに愉快だった。
「はあ、神官見習いに心づけを渡した? なんでそんなことを?」
「神聖学校があるだろう」
「はい」
神聖学校は神聖国が国営する学校で、神官になる可能性がある人間を教育する場所だ。
身分も何も関係ない。
神官にその才能を認められた人間が通う事を許されるのだ。
もちろん卒業した全員が神官見習いになれるわけではない。
そして神官に直接なれる方法もあるが、流石にそれは無理だと判断したのかもしれない。
「あのロクデナシは娘を神聖学校に入れようとしたらしい」
「「はぁ?」」
「お爺様。それは神官見習いにはどうしようもないのでは?」
「ああ、そうだな」
「神官に心づけは……意味ありませんね」
「ないな」
なぜなら、神官は必要以上の金銭や物品のやり取りを固く禁止されているというよりも、誓約で行えない。
数多の神を信仰の対象としているアストリテル聖教。
だからこそ、平等に神々を奉るために自身も平等であることを心掛けているのだ。
「正直あのロクデナシのしたいことがわからないのだが、娘を溺愛しているから、箔を付けたかったのかもしれないな」
「いや、意味が分かりません」
アーストンの言葉にフィディスがルディアを支えながら開いている手を額にもっていき、頭痛を堪えるようにため息を吐きだした。
「どちらにせよ神聖学校への入学は認められず、なにを考えているのか神聖国にある教会の一つに通い詰めているらしい」
「きょうかいに行くことはいいことではありませんの?」
ルディアは不思議そうに首を傾げたが、次のアーストンの言葉に顔をひきつらせた。
「どうも、そこにいるはずの美形と噂の神官が目当てらしい。その神官は今、他の浮島に出ていていないそうなんだがな」
「ふじゅん……」
思わず呟いてしまい、またもや口元に手を当ててしまった。
どうにも今日は心の声が漏れ出てしまうようだ。
「んんっ……そのような、ふ……ゆかいなどーきで、きょうかいに行っていますのね」
言い直しても、内容がひどい自覚はあるため、ルディアは困ったように自身を支えているフィディスの手を握り締めた。
慰めるように頭を撫でるフィディスに嬉しくなりながらも、本当にオクシスたちは、そしてプーパは何がしたいのかと考えてしまう。
「あとな」
「まだあるんですか」
渋面を通り越し、無の表情でフィディスが続きを促した。
「あのバ……プーパ妃があろうことか新年祭の会場で、ルディとウィクトルを婚約させたいと、堂々と言い放った」
「「はぁ!?」」
あのティルムですらルディアを姫君扱いをするというある意味求婚の意思があると示しているが、直接大勢の前でそのことを言ったことはない。
それなのに突然プーパがルディアとウィクトルを婚約させたいと公言するとは、本気で常識知らずなのだろう。
だいたい、ルディアには先にティルムが求婚の希望を出しているのは、大勢の貴族というか、ほとんどの貴族が知っている。
そこにウィクトルが参戦するのは構わない。
なぜならまだ第三王子のフェルルと第一王女のエティアナがいるからだ。
二人が王位継承権を放棄してもまだ継承権を持つ者がいる。
それに最悪、四大公爵家のだれかが代理で王位を継げばいいと貴族の誰もが理解していた。
しかし、それはあくまでも希望を出している状態なら問題はないというだけだ。
公に求婚宣言をするとなれば状況は変わってくる。
プーパが何を考えているかはわからないが、公式にウィクトルの王位継承権放棄を宣言したようなものなのだ。
一応プーパとウィクトルを支援していた貴族には寝耳に水だったかもしれないし、今後支援する意味がなくなるに等しい。
公爵家の令嬢と結婚してどこかの爵位を継ぐのと、国王になる可能性があるものを支援し続けるのでは、うまみが違うのだ。
「僕はその場で即刻断ったし、レンティムも出てきてそのような許可は出していないと、それはまあ、面倒な話になった」
「それは大変でしたね」
通りで疲れているわけだ、とルディスたちは苦笑してしまう。
「それで、神官はどうなったんですか?」
「まあ、わかるだろうがこの国の事をそれなりに知っていたというのもあり、事前にスェンスからある程度の事情も聴いていたようでな、「事実確認はできました」とそれはもう、すがすがしい笑みを浮かべていた」
(それは逆に怖いのでは?)
ルディアは今度こそ口に出すことはなかったが、今回の件で神聖国からの印象が悪くなったのではないかと不安になってしまう。
そんなことになったらルディアが神聖国に行けなくなってしまっては困る。
魔法がない世界特有の魔法への憧れ。それを諦めることは出来ない。
才能がないのならそれで諦めることはできるが、その判別が出来る前から諦めるのは悔しい。
「おじい様、わたくしはもんだいが大きくなる前に、しんせー国に行くべきだとおもいますの」
「なぜ」
「しんせー国に行けば、ぶつりてきにこんやくを申し込むことはできませんわ。もちろん、わたくしのしょーだくなしに、おじい様がこんやくをむすべばべつですけれど」
「それはないから安心しなさい」
アーストンの言葉に安堵すると、ルディアは特別の最速ルートで神官に連絡を取ってもらうようにお願いをした。
事情が事情なだけに、アーストンも頷いて最速で手配すると言う。
しかし油断はできない。
ロクデナシ親子が神聖国で何かをし続ければ、国交が微妙なことになる可能性もあるのだ。
「そういえばおじい様」
「なにかな?」
「わたくしは、しんせー国にまほうのべんきょーに行きたいのですが、しんせー学校にはいるテスト? しれん? をうけるのでしょうか?」
ルディアはそういえばとアーストンに質問する。
「いや、神官に認められることがあれば何歳でも入学は可能だ。五歳というのは目立つだろうが……」
「そうなのですね」
やはり幼女の姿では難しいのか、とルディアが頬を膨らませると気を紛らわせるようにフィディスが頬をつついてくる。
「あとは、大神官の直弟子になる方法だな」
「大しんかん、ですの?」
それは神聖国、否、アストリテル聖教の中でも12人しかいない不老長寿の集団では? とルディアとフィディスがどうやってそんな人物に会えと? と顔を引きつらせてしまった。
大神官は神殿の重要行事以外ではほぼ表に出ず、各神への研究などを行っているという。
長寿なため、研究に向いているのだ。
各浮島への視察や巡礼は神官が担当しているし、アストリテル聖教では役割がしっかりしているらしい。
「お爺様、大神官に会う方法は?」
「知らん。なんかの気まぐれで会うこともある。僕の時は一年間毎日8時間の祈りを捧げて会えたね」
「「はぁ!?」」
なにしてんだ、この人。とルディアとフィディスの心は一つになったのは言うまでもない。
「しかたがないだろう。あの頃はフィアの命を救おうとそれこそこちらも命がけだったのだから」
「「はぁぁ!?」」
続けて言われた衝撃の事実に、ルディアたちは大声を上げてしまった。
こう見えてアーストンは過激な行動派な一途純愛を貫いています。
あと、本気でうそをついて亡命すると国際問題の可能性がありますので気を付けましょうね!




