7 青のアナタとの僅かな触れ合い
夢の中のルディアの姿は
A.幼いルディアのまま
B.前世の成長した姿
C.ルディアが成長した姿
さて、どれだ!?
不意に手に何か暖かいものが触れたような感覚がして手を見るが、特に変わったことはなくルディアは首を傾げる。
『お前は本当に何もできないね!』
耳に響く声に思わず眉間にしわを寄せてしまったが、こちらの事など相変わらず気にせずに言葉が続く。
『かわいい———を少しは見習ったらどうなの? そんな役にも立たないことばっかりして!』
『ママァ、そんなこと言わないであげて? お姉ちゃんだって自分なりにがんばってるんだよ』
『———は本当にいい子ね。ふんっ———に免じて今回は許してあげる。ほら、あんたは掃除でもしておきなさい!』
そこでノイズが走り、顔が塗りつぶされた女性と女の子は消え、代わりに男性と先ほどとは洋服を変えた女性が現れる。
『ああっなんで———はあんなにいい子なのに、このグズは役に立たないの! ———だって優秀なのに!』
『失敗作だな。まあ、真ん中は出来損ないが多いってのも頷ける話だ』
『ちょっと、台所に突っ立ってなにしてるの!? そこは———が管理してるっていってるでしょう! 触らないでちょうだい!』
『物乞いのように残り物でも漁っているんだろう。卑しい事だ』
『やだわ、そんなあさましい真似をするなんて』
まくし立てた後、バシャンと冷たい何かがかかった感触がして思わず息を止めたが、実際のルディアには何もかかっていない。
ただ何か、冷水のようなものが掛けられた気がしただけだ。
『あーあ、お前のせいで床がびしょぬれじゃない。掃除しておきなさいよ!』
そこでまたノイズが走り男女の姿が消える。
「はあ」
深くため息を吐きだして濡れているわけではないが、なんとなく腕をさすった。
もう理解している。
ここで登場する顔が塗りつぶされた人々は前世での家族や関わった人々。
こちらの話を聞かないのは、それがすでになされて成立し終わっている過去の、記憶の中の会話であるから。
忌まわしい記憶だけではないけれど、大半は好ましい記憶とは言えないもの。
ルディアは夢のコントロールは難しいのが分かっているけれど、どうせならいい夢だけを見たいと思ってしまう。
「……今日は、現れませんのね」
待っているのは自身が前世で手掛けた大きなタペストリー。
「青」が美しいと評価され、世界に認められることになった作品。
そして———
「会いたい、ですわ」
無意識に指先の爪を撫で、ルディアは呟いた。
顔を見てあったわけではない。
指先だけの触れ合い。
それでもルディアはタペストリーの中にいるブルアムと名付けた人物に会いたいと、そう思ってしまう。
夢、それはルディアにとって前世の記憶が蘇る場所であるとともに、暖かい存在に触れ合う事が出来る場所である。
そのほとんどは好ましくない内容ではあるが、兄であろう人、ライバルであり同志である仲間、それに関しては好ましいと思えるもの。
そして姪とのやり取りの記憶は、ルディアの『夜明けの聖女~空の果ての約束の大地~』への理解度を高めるのに必要なものであった。
(聞き流していた部分にも重要な事柄があったかもしれませんものね)
現時点ではリズリアに神聖国に知り合いがいるという部分しか役に立っていないが、今後なにが役に立つかわからない。
だからルディアは姪が登場すると、一生懸命耳を傾けるようにしている。
ほとんどモニター越しだった姪は、時折生身の少女の姿で現れる。
それはルディアの前世の———が日本に帰国した時に会った際のものだろう。
『———ちゃん、今度しっかり読んでみてよ~。忙しいのは知ってるけどさ~』
拗ねたように言う姪に思わず苦笑してしまう。
確かにあの頃のルディアは忙しく、毎日朝早くから夜遅くまで飛び回るか何かしらの作業をしていた。
たまに見かねた兄が家に引っ張り込んで奥さんに手料理を振るまってもらったり、姪に外国の話をねだったりと息抜きをさせてくれた。
兄家族には感謝しかない。
高校卒業後、好きな道に進めたのは兄のおかげだった。
一人暮らし用のアパートの保証人、奨学金について調べるのも手伝ってくれた。
卒業後の事件について、傷心の私に渡欧をすすめたのも兄。
ルディアの才能を誰よりも信じていたのが兄であったのだ。
『こーら、息抜きにはいいけどお前が好きなアレは長編過ぎる。それに今も目を酷使する仕事なのに、これ以上目を酷使させるな』
『え~』
仲がよさそうな会話に思わず顔がほころんでしまう。
(ああ、お兄ちゃんが幸せだと、私も幸せだなぁ)
しみじみとそんなことを考えると、どこからか霧が立ち込めてきて視界が白く暗く染まり、一陣の風がその霧を吹き消せば、目の前には【青】が広がっていた。
(ああ、来てくれた)
心の底から安堵したルディアは迷いなく青を纏うタペストリーに手を伸ばす。
吸い込まれていく指先。
すぐに触れてくる暖かい指先が優しく指先の爪を撫でてくる。
たったこれだけの触れ合いにどこかもどかしさを感じながらも、今はこれでも満足だという充実感も抱いてしまう。
「ねえ、ブルアム」
「なにかな」
「前よりもアナタの声が鮮明に聞こえるようになりましたわ」
そう、以前はどこか水の膜が張った向こう側から聞こえていたような、不思議な感覚があったが、今はブルアムの声だけが鮮明に聞こえる。
「それは、私とそなたが近づいている証だ」
「そうですの?」
「ああ」
少しだけ指先が引かれ爪ではなく第一関節まで優しく撫でられてしまう。
「ふふっくすぐったいですわ」
「そうか?」
「そうですわ」
冗談のような軽いやり取り。
フィディスに対する安心感とは全く別物の、何かが埋められていくような、満たされていくようなそんな充実感。
「何度もこうして会う事ができましたら、もっとブルアムを触れ合えますの?」
「そうだな、少しずつ」
「……手を、握ることが出来るのは、いつごろでしょうか?」
「さあ?」
クスリと笑われた気がして少しだけムッとしてしまったルディアだが、手を引くつもりはまったくない。
むしろもっと増えて欲しいと言わんばかりにグイッと指先を押し付けた。
「こらっ」
「ふんっ」
咎めるような声とともに、楽しそうな雰囲気が伝わってきて、向こう側にいるブルアムが嫌がっていないことが分かるが、込められた指先の力にこれ以上先に押し込むのはダメなのだと察してしまう。
「ねえ、ブルアム」
「なにかな?」
「わたくしが、ブルアムに好意を持っていると言えば、どうしますの?」
「普通に嬉しい」
即答された声に迷いはなく、嘘を言っている気配もない。
前世の幼い頃は否定され続けてきた。
唯一の救いは兄だったけれど、兄は兄で忙しく、前世のルディアだけを構っているわけにはいかなかった。
そう考えてルディアは気づく。
(ああ、わたくしは愛に飢えておりますのね)
もちろんフィディスをはじめとしたこの世界の人々がルディアに向ける愛情は理解している。
これ以上の愛を求めるのは贅沢で傲慢だということも理解している。
(でも、わたくしは……愛して欲しかった)
そこでボロリと涙が一筋流れたが、ルディアはそのことに気が付かない。
今世では前世の心の穴を埋めるように愛情を注がれている。
けれどもルディアはそれだけでは足りないと感じてしまう。
(わたくしも愛情を、誰かに注ぎたい)
フィディスやアーストンの事は家族として好きだし、愛情をもって接している。
けれどもそうではないと心の中で求めてしまっているのだ。
前世で裏切られ、亀裂が入り、いまだに無理やりつなげていびつな器になった愛情を注ぐ器。
それでも、渡欧先の日本展で見た金継された美しい器を見て、憧れた。
(いつかわたくしも、あのように美しく蘇りたい)
「ルディア」
「っと、なんでして?」
「あまり深く考えない方がいい」
声をかけられてハッとしたようにタペストリーに視線を集中する。
「忘れているだけで、ソナタはちゃんと取り戻しているぞ」
「え?」
その言葉の後にノイズが走り、目の前から青が消えてしまう。
白い霧に包まれた世界で、何かに引っ張られる感覚がして覚醒するのだとわかった。
(なにを、取り戻しているのでしょうか?)
前世の記憶を全て取り戻したわけではない。
体感で80%から進んでいないように感じる。
なぜそこで止まっているのかはわからないが、今のところ支障がないので気にはしていない。
ふわりふわりと浮いていくような、引っ張られるような感覚に身をゆだね、ルディアは目を閉じた。
◆ ◆ ◆
「んんっ」
目が覚めると自分の手が握りしめられている事に気づいたルディアは、それがフィディスによるものだと知ってクスリと笑みを浮かべてしまう。
フィディスは既に起きているようで、横向きに寝ころんだままルディアの顔を見つめて「おはよう」と言ってくるので「おはよう」と返す。
「いい夢を見ていた?」
「ん~?」
「幸せそうな顔だったよ」
フィディスの指摘に開いている方の手で頬に触れてみるが、自分ではわからず「そうですの?」と尋ねれば、「そうだよ」と笑みを浮かべられた。
「ルディが幸せだと私も幸せだ」
「わたくしも、おにい様がしあわせだとうれしいですわ」
そのまましばらくクスクスとベッドの中でお互いに笑い合い、微睡んでいればアヴィシアたちが入室してきて「おきてくださいまし」と伝えてくる。
「若君は隣室で御着替えを。お嬢様、さあ、本日も誰よりもかわいらしくいたしましょうね」
総勢五人での準備が始まり、ドレスを着て髪を結わえる。
お茶会は昨日のものが最も大きくメインになっており、本日行われるものは個別の小さなもの。
そこまで気合を入れて着飾るものではなく、昨日のものよりも動きやすさを重視されているが、フリルとリボンが少ない分レースが増えている。
髪も簡素に見えてしっかり編み込まれておりお茶会の邪魔にならないようにまとめられ、尚且つグラデーションのあるルディアの髪を美しく見せるように工夫されていた。
いつものように「ありがとう」と言えば「とんでもございません」と返されたが、その顔には満足げな自信が浮かんでおり、ルディアも満足してしまう。
隣室に行けばフィディスの準備は既に済んでいるようで、自宅ではないからと言い訳をして入り口から席までエスコートをされると、二人で朝食を戴く。
「あら?」
「あ、気が付いた? ジハルに来てもらったんだ」
「それは大丈夫ですの?」
王宮のコックのテリトリーに公爵家のコックが立ち入るなんて、問題があるのでは、と思ったのだが、フィディスはレンティムには許可をもらっているので問題はないと言った。
いつの間に、と思わなくもないが、これも自分への溺愛の一環なのだろうと受け入れ、ルディアはありがたく食事を勧める。
薄味で軽く、それでいて少量でもしっかりと栄養が取れるメニュー。
親しんだ味は昨晩よりも食が進み、腹八分目になったところでちょうど食べ終わってカトラリーを置き、メイドが淹れてくれた食後のお茶を飲む。
最近お気に入りの花の香りのするお茶に甘い蜂蜜をたっぷり入れ、レモンを入れて色の変化も楽しむ。
そんなまったりとした食後の時間をフィディスと過ごしていると、やっと夜通しの夜会が終わったのか、それとも事後処理まで付き合わされていたのか、アーストンが疲れた表情を浮かべて部屋に入ってきた。
「面倒なことになった」
開口一番に言われた言葉に、ルディアとフィディスは嫌な予感しかなく思わず渋面を作ってしまったのは仕方がないだろう。
ルディアの前世はそれだけで1本書けそうな設定組んでます。




