5 まだ認められているほうなんですよ
「状況が好転すればティルムにも正式な求婚のチャンスはあるのでしょうけれど、今の状況では難しいですね」
穏やかにほほ笑みながらきわどい事を言うカリュアに、どうしたものかとルディアは言葉に詰まってしまう。
しかし、前世の記憶を思い出したからなのか、それともルディア自体が恋愛の事を考えるのには早いのか、ティルムを恋愛対象としてみることが出来ていないのは事実だ。
この場にプーパがいれば、ウィクトルがいるから平気だとでも言いそうだが、あいにくいないため、騒がれることはないが誰かが後で告げ口をしたらうるさいのかもしれない。
「あのね、ルディアじょー。ティムにー様はね、いっつもルディアじょーの話をするんだよ」
「ですのー」
フェルルとエティアナの言葉に、思わずティルムを見れば顔を赤くして困ったように笑っている。
この様子からフェルルたちが言っていることは事実なのだとわかるが、だから嬉しいと思う事はなかった。
どう反応を返すべきかと悩んでいると、「だめですよ」とカリュアが双子を諫める。
「男の子には好きな子に知られたくない秘密があるものです。だから、あまりそういうことを言ってはだめですよ」
「ぼくはエティが好きだけど、ひみつなんかないよー」
「エティもフェルにひみつないのー」
楽しそうに二人で話す双子に「早かったでしょうか」と頬に手を当てて笑うカリュア。
なんともほのぼのとした仲のいい親子である。
そこでふと視線を感じルディアがそちらを向けば、プーパに置いて行かれたウィクトルがこちらを羨ましそうに眺めていた。
(第一妃のところは子供を置いて行くぐらいだし、仲はあまりよくないのでしょうか?)
信頼できるだれかを傍に置いている様子もないため、今、ウィクトルは一人で先ほどと変わらない席に座っている。
一緒に座っていた子女やその保護者は全員席を代わっているが、どのような気持ちであそこに居続けるのだろうか。
プーパが帰ってくるのを待っているのかもしれないが、ルディアにはそれが叶わない望みに思えて仕方がない。
あのような形で出て行ったプーパが戻って来るとは思えないのだ。
ルディアの視線に気が付いたのか、フィディスもウィクトルを見るが特に何の感情も浮かばないようで、ルディアの手を握り締める。
手を握られてハッとしたルディアがフィディスを見れば、小さく首を振られてしまった。
ルディアがそれに頷いたのを確認し、フィディスが話題を振る。
「夏のお茶会ではあのようなことがあり、お二人のお披露目が台無しでしたからね。今回はその代わりなのでしょう? だから私はてっきり会場の設営もカリュア様がなさると思っていましたけど」
「私はそのつもりだったのですが、プーパ様が買って出てくださいました」
「そうだったんですね」
お茶会の主役を奪われてしまうがゆえに、設営で目立とうとしたのだろうが、残念ながらこの会場を見てプーパへの評価を上げるということはないだろう。
ルディアと同じ年ではあるが、生まれ月のせいかまだ幼い双子は夏の社交シーズンに行われたお茶会の席での凶事が原因で、お茶会に対して恐怖心を抱いていたらしいが、こうしてみている分にはその恐怖心は克服したようだ。
もしくは、克服されるのを待っていたのもあって冬の社交シーズンまでお披露目が延期されていたのかもしれない。
「さて、私たちは他の方にご挨拶がありますので。さあ、行きますよ」
「「はーい」」
双子とカリュアが立ち去ると注目はそちらに流れ、次はどの席に着くのかと視線が集まっていった。
今しがた話していたように、ティルムが王位継承権を放棄するのであれば、双子にも十分国王になる可能性が生まれる。
顔を売っておきたい貴族は多いのだろう。
「んよっ! ちびっこども!」
「やあ、ウィンホルム小公爵」
「おひさしぶりです。ウィンホルム小公爵」
「おひさしぶりです。ウィンホルムしょうこーしゃく様」
掛けられた声に振り向けば、マルク=ヴェヌ=ウィンホルムが挨拶のためか片手を上げている。
来年から学院に通う予定であるマルクは、子供のお茶会に参加するのは今回の新年祭が最後になるのだろう。
空いている椅子に座ると、メイドが淹れたお茶を一口だけ飲んだマルクがチラリとウィクトルに視線を向けた。
「大変だよな」
そこには多分に同情が含まれて入るようだが、救いの手を差し伸べるつもりはないらしい。
主語がないため、マルクの視線をたどった者しか意味はわからないだろう。
カリュアたちに注目がいっているとはいえ、この席への関心が無くなったわけではない。
むしろマルクが座ったことにより、関心度合いは増している。
母親のスェンスが教養と態度、性格さえ問題がなければ平民でも構わないと言うほど結婚に対して自由な家であり、この年まで婚約者はおろか恋人の噂もないマルクは、年頃の令嬢にとって恰好の獲物なのだ。
「大変なのはウィンホルム小公爵もでしょう。いまだに恋人も作らないせいでウィンホルム公爵がこうるさいとか?」
「あっはっは、そうなんだよな。でもワシはまだ恋愛なんてものをしてるより、牛の世話でもしてたほうが性に合っててな。それに、我が家の家業である酪農に関して理解のある令嬢ってのも、なかなかいないからな」
ウィンターク公爵領が豊富な農耕地帯を持つのに対し、ウィンホルム公爵領は広大な酪農地帯を保有している。
浮島で構成されているこの世界において、第一次産業を維持し続けるというのは並大抵の苦労では語りつくせず、各家秘伝の手法というのがあるほどだ。
特に広大な海湖を持つウィンノエル公爵領は、その秘伝の手法を盗もうと何人もの間者がいまだに送り込まれているらしい。
「それで言うなら、我がウィンタークの農耕をしっかり理解する貴族令嬢もなかなかいませんよ」
「へーみんの方がりかいがあるとおじい様が言っていましたわ」
「あっはっは、間違いない」
その言葉に焦ったのは、周囲で聞き耳を立てていた令嬢とその家族だ。
四大公爵家は貴族の家や王族から伴侶を迎え入れることもあるが、過去に平民から貴族に召し上げて伴侶にした例がいくつもある。
平民に負けたくないと言う気持ちと、汗水たらして薄汚れた作業に順じたくないという気持ちがせめぎ合ってしまう。
「でもま、逆に言ってしまえばそれさえクリアしていれば、公爵夫人としては問題ないわけだ。家督を継ぐ令嬢以外は理解さえ得られればってところだな」
わざと聞こえるように言うマルクにルディアたちは苦笑しつつ、でもその通りだとも思ってしまう。
各公爵家に変わり者が多いと言われるのも、こういった家の事情が絡んでいるからだ。
「ああ、私は追加項目がありますね」
「ん~?」
「私のルディへの愛を理解してくれる女性。という何よりも重要な項目が」
「あっはっは! そりゃ重要だ。陛下だって正妃様にも側妃様にもフィディア様への愛情を理解した人物ってのを条件にしたしな」
過去、現国王陛下であるレンティムは虚弱体質の妹をそれはもう溺愛しており、正妃となる婚約者を選ぶ際に、自分との相性よりも妹であるフィディアとの相性を優先した。
もちろん妃としての有能さも考慮されたが、それ以上に同母妹との相性。
当時の婚約者候補は困惑し、選考段階で辞退する者も多かったらしい。
そしてその成果なのか、現在の王妃はレンティムに負けず劣らず亡きフィディアを偲んでおり、忘れ形見の子、つまり孫であるフィディスとルディアを可愛がっている。
なんならレンティム以上に可愛がっていると言っていいのかもしれない。
「ウィンホルムしょうこーしゃく様」
「ん? なんだ、ルディア嬢」
「じょうけんがみたされれば、好きでない人でも、けっこんしますの?」
「ん~、あ~。貴族としてはそうなる、かぁ? 家門優先にすればだけどな」
含みを持った言いかたにルディアが首を傾げると、マルクはニヤっと口の端を持ち上げて笑う。
「ルディア嬢は恋愛に興味があるのか? それとも結婚?」
「わたくしは、その……」
前世で婚約者を妹に盗られたので恋愛には慎重です、とは言えず、微妙な表情を浮かべてしまった。
「ウィンホルム小公爵。私のルディに恋愛はまだ早いと思います」
「えー? 女の子ってマセてるっていうけどな」
笑うマルクだが、フィディスをからかっているのは明確だ。
フィディスもそれをわかりながら乗っかっている。
「でもま」
「そうそう」
「「ティルム殿下はルディア嬢に望み薄そうですよね」」
「二人してひどくないか?」
突然の巻き込まれに驚きながらも苦笑するティルム。
ルディアは仲がいいな、と思いながらもメイドが新しく用意してくれたぶどうジュースを飲む。
ウィンターク公爵領から提供されたもので、さっぱりした飲み口と後に引くほんのりとした甘みがルディアの好みの品物だ。
(恋愛、ね。少なくともティルム殿下は対象に見られませんし、他の誰か、と言われても思いつきませんわ)
そう考えた瞬間、なぜか指先が温かくなったような感じがして、ルディアは無意識に指の爪を自分の指先で撫でる。
「ん? ルディ、爪がどうかしたの?」
「いえ、なんでもありませんわ。おにい様」
自分でもこの行動の意味が分かっていないルディアは、さりげなく指先を振りながら首を傾げてしまう。
その様子を見たマルクは「ふ~ん?」とニヤっと笑う。
「今、ルディア嬢の目がすごく優しいって言うか、幸せそうだったけど、な~んかいい思い出とか経験があったりする?」
「いえ、とくにないと思いますわ」
「そうなの?」
「それにしては」と納得がいかない様子のマルクだが、フィディスが睨んでいるため追及を止めた。
「まー、ワシらみたいな変わりモンには、同じような変わり者がお似合いって話だよ、結局は」
そう締めくくってからマルクは話題を変える。
「んで、話は変わるけどさ、ウィンターク公爵家兄妹」
「「はい」」
「神聖国の神官と連絡とりたいって話だってね」
なぜ知っているのだろうとは思いながらも頷くルディアとフィディス。
「ウィンターク公爵家でも独自のルートもっているが、ワシの家も独自のルートがあるわけだ」
「「はあ、そうですか」」
「んで、この社交シーズン。正確には新年祭に呼んでるんだよな、その神官」
「「えっ!?」」
驚きに目を大きくしたルディアとフィディスの反応に満足したのか、マルクは頷く。
「必要なら紹介するけど、どうする? って、母さんが言ってる」
「対価は?」
「今度母さんの趣味に付き合う事、だったな。うん」
「ウィンホルム公爵の趣味とは?」
「料理」
フィディスの問いかけに気まずい表情を浮かべながら答えるマルク。
公爵家当主の趣味が料理というのは意外だが、そのような気まずい表情を浮かべるものだろうかとルディアは疑問に思ったが、そのすぐ後に解決した。
「ただし、腕前は……やばい。やられなかったヤツはいない」
「「なるほど?」」
ルディアとティルムが首を傾げると、フィディスがあからさまにいやな表情を浮かべる。
「美味しさではなく、逆の意味で?」
「その意味で」
「お断りします。私のルディを危険な目に遭わせるわけがないでしょう」
「見た目はいいんだ!」
「見た目も大事ですが一番は味です」
「まったくだな!」
相当大変な思いをしているのか、マルクは爽やかすぎる笑顔で頷く。
そして「まあ、無理にとは言わない」と言ってからルディアに対し紳士の礼を取ろうとしてフィディスに止められ、肩をすくめて別の席に移動していった。
ルディアを「姫君」扱いすることを許される程度にはフィディスたちにティルムは認められています。




