4 微笑みの第二妃様
「アタクシに常識がないですって!? 母親に向かってなんてことを言うの!」
「でっでもはは上」
「おだまり!」
ガチャンッと食器がぶつかる音、むしろ割れたのではないかと思えるほどの音が響き、令嬢の中には涙を浮かべるものまで出始める。
同じテーブルについていた子女、そしてその保護者はオロオロとしながらも特に何もできずにいるようで、ただ嵐が過ぎるのを待っているようだ。
(大方、ウィクトル殿下がプーパ様に常識知らずなのかどうか尋ねましたのね)
そんな馬鹿正直なことをするのかと思うが、してしまうのがウィクトルである。
よく言えば率直、悪く言えば考えなし。
このような人物が将来改心するには、確かに今の立場も人間関係もなにもかも無くすしかないのだろう。
顔を赤くしたプーパはルディアたちを睨みつけると、ふかふかの絨毯なのにもかかわらずガツガツと音を立てながら近づいてきた。
「ウィンターク小公爵! アタクシを常識知らずと言ったそうね!」
「まさか! 私は妹に対して既製品を寄越した人物は貴族として常識に欠けているのでは? と言っただけで、プーパ様の事とは言っておりません」
「だからっ……っ!」
それを贈ったのは自分だと言いかけてプーパは言葉を止める。
ここがどこなのかをいまさらながら思い出したのだ。
「……ほっ本当に、そのような人がいるなんて信じられないわね。でっでも、その人も既製品じゃないものを贈る予定だったのかもしれないわ」
自分じゃないように言いながらも、該当人物を庇うような言動をするプーパに、周囲の視線はシラケてしまう。
「予定、とは?」
「ちゃんとしたドレスを贈る予定だったけれど、間に合わなかったのよ。そう、そうに決まってるじゃない」
「ドレスを贈る予定、だったと?」
「そうよ! ちゃんとオーダーメイドで!」
その言葉にフィディスがにっこりと笑みを浮かべ、その笑みを見てプーパはわかってくれたのかと満足したような顔を浮かべた。
「婚約者でもない令嬢に、ドレスを贈るつもりだったと?」
「そうよ」
自慢気に言うプーパは周囲の視線に気が付いていない。
先ほどからの流れで、婚約を打診しているかも微妙な家の令嬢に、無断でドレスを送りつけた。
しかも公爵家の令嬢に既製品のドレスを、だ。
これを常識外れと言わずなんというのだろう。
よく見ればプーパ派と思われる夫人たちも、子供を連れて先ほどまで座っていた席を離れている。
ルディアはその様子をフィディス越しに確認し、プーパの影響力が今回のお茶会で縮小されそうだと確信した。
前もって本日のお茶会の飾りつけはプーパが担当したと話が貴族に回っていたし、一人だけ異質なドレス、挙句にこの騒ぎだ。
見切りをつけても仕方がないのかもしれない。
「では、ウィクトル殿下に懸想している令嬢の家族が、今後何かにつけて勝手に装飾品や衣類を贈っても、プーパ様は問題ないとおっしゃるんですね」
「なっ!?」
「だって、そういうことじゃないですか」
笑顔で言い切ったフィディスにプーパはギリっと奥歯を噛みしめた。
ここで否定すれば自分の言ったことを否定し、信頼を失う事になってしまう。
だが、肯定すれば王族に対して好き勝手していいと認めてしまう事になる。
貢物はプーパの好みではあるが、あくまでも自分が気に入った高価な品物に限られるのであり、好き勝手にされるのはまた違うのだ。
しかも、婚約者でもない令嬢の家族からの贈り物を、しかも催事の際に着用する衣服装飾を受け取ったとなれば、その仲の良さを認めるようなもの。
ウィクトルの将来設計は完璧に決めているプーパにしたらそれは許容できない。
「そっそれは……」
言い淀むプーパに誰もが何と答えるのか注目する。
その時————
「あらぁ、私が席を外している間になにかありましたの?」
どこかのんびりとした声、それでいて人を安心させるような声に全員が振り向けば、そこには第二妃、カリュアがにっこりと微笑んで佇んでいた。
「カリュア、様……くっ」
注目を浴びたカリュアを見て、プーパが悔しそうに顔を歪める。
自分よりも目立っているのが気に入らないのだろう。
「どうなさいましたの、プーパ様。ウィンターク小公爵にご挨拶にしては騒がしかったようですけれど」
にっこりと微笑みながら近づいてくるカリュアに対し、フィディスとルディアが礼を取ると「楽になさって」と軽い口調で言った。
カリュアは、さりげなくフィディスとルディアをすぐに身を挺して庇える場所までくると、首を傾げてプーパを見る。
「折角プーパ様が先頭に立って計画なさったお茶会に水を差すような真似をなさるなんて、らしくありませんよ」
「別に、そのようなことしていないわ」
「そうですの」
カリュアは小さく頷くと「では」と言葉を続けた。
「ウィンターク小公爵とルクスディア嬢と私がお話をする時間をいただけまして?」
「なんの話を?」
「あら、ただの世間話ですよ。それと、私の子供たちも話したがっていますし。だめでしょうか?」
「……お好きにどうぞ」
ふいっと顔を背けてプーパは元の席に向かうが、その途中で人がほとんどいなくなっている事に気が付き、「気分が悪くなったわ」といって会場を出て行ってしまった。
微妙な空気が再び流れた時、『パァン———』と手を鳴らす音が響き、音の発生源を見ればカリュアが両手を合わせている。
にっこりと微笑みを浮かべるカリュアは両手を離すと「さあ、お茶会を楽しみましょう」と大きくはないのによく通る声で告げた。
すると不思議なことに参加者の多くは先ほどの事を気にせず、騒ぎの前のような雰囲気に戻る。
(人心操作の魔術具でもしようしていますの?)
ルディアはそう疑ったが、そのようなことはない。
偏に幼い頃から正妃となるべく教育を受けていた努力の賜物である。
カリュアに促され、ルディアたちも元の席に座り直すと、いつの間に来たのかフェルルとエティアナも同じテーブルについた。
「「ごきげんよう、ルディアじょー。なつのお茶会ぶりですね」」
揃って挨拶をしてくる二人にルディアもにっこりと笑みを浮かべて挨拶をする。
「ごきげんよう、フェルルでんか、エティアナでんか。ごぶさたしております」
「元気そうでよかったー」
「よかったー」
ニコニコと笑みを浮かべる二人に、プーパのせいで下がっていた気分が向上していく。
「「ごきげんよう、ウィンタークしょーこーしゃく」」
「ごきげんよう。フェルル殿下、エティアナ殿下」
フィディスには久しぶりという言葉がない事から、会っていたのだとわかり、心の中にずるい、という感情が芽生えてしまうルディアだが、ティルムの遊び相手として王宮に赴くことがあるのだから会っていてもおかしくないと思いなおすことにした。
「先ほどはプーパ様がなにかおっしゃったのでしょう? ごめんなさいね」
「いえ、お気になさらずに」
「ふふっ。この子たちに付けていたメイドが慌てて知らせに来たから驚いてしまいました」
フェルルとエティアナの頭を撫でながら言う様子に、カリュアが会場にあのタイミングで現れたのが偶然ではなく、双子が呼んだからなのだろう。
そこでルディアは改めてカリュアを見つめる。
カリュア=エジス=プグナトル。幼い頃から正妃となるべく育てられた元侯爵令嬢。
テンペルトとの関係も良好で、問題なく正妃になると思われていたが、他国の王族であるプーパの横やりにより正妃ではなく第二妃になった女性。
輝くハニーブロンドに透き通った青い瞳。
穏やかな笑みを忘れない美女。
それがカリュアであり、王宮内の人望も厚い。
また、所持している色味が似ていることからプーパは余計にカリュアを目の敵にしているところがある。
黄金の髪を持つのは自分だけで十分だとでも思っているのかもしれない。
だが、この国にもプーパの国にも金髪の貴族は多い。
むしろレンティムやテンペルト、そしてルディアたちのような黒髪の方が珍しい。
「それにしても、今日のウィンターク小公爵とルディア嬢の意匠は素敵ね。お揃いの意匠がとても映えています」
「「ありがとうございます」」
「うちのティルムは一日でも早く正式にルディア嬢を姫君として扱いたいでしょうけど、陛下やテンペルト様がお許しにならなくて。ふふ、今回も自分の衣装を仕立てる時にルディア嬢の色を取り入れようと苦心していましたよ」
「まあ」
「母上、それは言わないでください」
ティルムはそう言いながら、照れた様子で胸元のブラックゴールドの台座にサファイアが飾られたラペルピンを触った。
それがカリュアの言っているルディアの色を取り入れたという部分なのだろう。
しかし、フィディスも似たような瞳の色なので、ルディアはそのことに言われるまで気が付かなかった。
実に報われないが、それが現実だ。
婚約者でない相手、けれども好意を抱いている相手の色味を取り入れる時は慎重になる必要がある。
あからさまではその品のなさを笑われるし、さりげなさ過ぎては相手に気が付かれない。
今回はその気が付かれないパターンだった。
そもそも、ルディアには個人の特徴的な色というのが実はない。
色味だけで言えば、フィディスとほぼ同じなのだ。
もちろん似ているだけでよく見れば違う色なのだが、瞬間的に判別するのは難しいだろう。
「ルディア姫君。貴女の色を取り入れたことを許していただけますか?」
「ええ、もちろんですわ」
他に何と言えばいいのかとルディアは内心で思うが、顔には出さない。
しかし、フィディスは違うようで、ティルムに対し嫌みにも感じる笑みを向けた。
「残念だったなティルム。私のルディはラペルピンの色味は気にしていなかったようだ」
「別に、気にして欲しかったわけじゃない」
少々不貞腐れたように言うティルムを子供らしく可愛いとは思うが、トキメキはしないな、とルディアは内心で感じてしまうのだが、子供の恋心を傷つけるわけにはいかないと口には出せない。
前世の記憶があるせいか、どうしても自分に好意を寄せているとわかっていてもティルムを恋愛対象に見ることが出来ないのだ。
そのことを申し訳ないと思いながらも、どうしても無理、という気持ちは変わらない。
「ふぅん? 強がりもほどほどにした方がいいと思うけど。まあ、私としては可愛いルディに虫が付かないのは喜ばしい事だ」
「よほどのことがなければ嫁ぐのが侯爵家の令嬢の役割の一つだろう。僕はその相手になりたいと願っているだけだ」
「そうそう、願っているだけだな。資格が貰えなくて残念だな」
フィディスの言葉に「ぐっ」っとティルムが唸ると、カリュアが「ふふふ」と笑い声を立てた。
カリュアはほぼ生まれた時から王妃になれるように教育を受けてました。
他にもいた王太子の婚約者候補から勝ち抜いて婚約者になったのに、他国の姫のプーパのわがままで第二妃(現在だと妾扱い)になってます




