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番外編 2 むしろ生き甲斐です

だいたいヴィリアの葬儀前ぐらいです。

もしかしたら葬儀には組紐を付けていたのかも?w

(刺繍がしたいですわ)


 ルディアはガラスに映る自分の姿、正確には着用しているドレスの刺繍を見て切実にそう思ってしまう。

 前世から刺繍は趣味であり、仕事であり、生きがいであった。

 もっとも、ルディアとて五歳児に針を持たせるわけにいかないことも、この手ではうまく刺繍が出来ない事も理解している。

 理解はしているが、現状に納得できるかと言えばそうではないと言うだけだ。

 何か変わりの物をと考えてはいるのだが、スケッチをしてもそこにあるのは子供の必死の表現力で描かれた絵。

 刺繍の参考に使えるとは思えない。

 しかしながら、技術というものは怠ければそれだけ衰える。

 つたない技術でも修練を欠かすわけにはいかないのだ。


(でも、針仕事は出来ませんのよね)


 「はぁ」と大きくため息を吐きだすと、周囲にいたメイド達がハッとしたように目配せをしあう。


「お嬢様、どうかなさいましたか?」

「なんでもありませんわ」


 そうはいっても明らかに気うつな様子のルディアにメイド達はどうしたものかと戸惑いを浮かべる。

 以前であれば要求したいことがあればなんでも素直に口にしていたのにもかかわらず、前世を思い出してからというもの、自分の中で消化して口に出さないことも増えてしまい、その対応に戸惑ってしまうのだ。

 もっとも、主人の思考を読み取るのも使用人の役目。


「お嬢様、なさりたいことがあれば遠慮なくおっしゃってくださいませ」


 アヴィシアが微笑みを浮かべて尋ねれば、「むりですから言いませんわ」と返されてしまうが、ここで諦めるわけにはいかない。


「新しいドレスをお仕立てするのがいかがですか?」


 先ほどから自身のドレスを眺めていたことに気が付いているのだろう、そう提案してみたが「そうじゃありませんわ」と断られてしまい、うーんと内心で首を傾げた。

 てっきり仕立てに興味があるのだと思ったのが違うようだ。


 その後、お昼寝をすると言われたので寝着に着替えたルディアの見守り役をパトリシアに任せ、アヴィシアは目覚めた後の飲み物や軽食の準備を依頼するために厨房へ向かった。


「アナタ、お嬢様がお昼寝をなさったから、軽食の準備をしてちょうだいな」

「おう。なににすっかね? この時期だと桃だが、若君の話だと黄桃はシロップに漬けて具合が悪い時に食べるそうだし、白桃を冷やすか?」


 「う~ん」と唸りながら果物が保管されている冷蔵室に向かうコック——ジルハの背中に、アヴィシアが声をかける。


「チョコバナナというのは? お嬢様が冷やしたチョコレートの触感が好きだとおっしゃってたわ」

「寝起きにチョコレートか? 俺なら平気だが、お嬢様には重いんじゃねーか? しっかし冷やしたチョコの触感って、この間の冷凍室で冷やしたアレか」


 ジルハは先日デザートとして提供したアイスの上にチョコレートをかけていたことを思い出し、なるほどなぁ、と納得する。

 パリパリとした触感にあの甘さは、薄い飴細工が好きなルディアの好みに確かにあっているのかもしれない。

 しかし、多少ならいいかもしれないが、チョコバナナにするほどの量となると、寝起きのルディアの胃に負担がかかると言うのも事実であり、どうしたものかと頭を悩ませてしまう。

 食の細いルディアには好きなものを中心にたくさん食べて栄養を取ってほしいのだ。


(お嬢様はちびっこいからなぁ)


 五歳であるはずのルディアだが、平均よりもだいぶ成長は遅い。

 虚弱体質なことも関係しているのだが、食が細いのも影響しているとジルハは思っているのだ。


「バナナは確かにいいかもな。ブルーベリーも好きなんだし、ちょっと盛り合わせでも作って、少しならチョコレートをかけてもいいかもな」

「頼んだわよ」


 アヴィシアがそう言って茶葉を選ぶために別の倉庫に向かうのをちらっと見てから、「うちの嫁さんは相変わらず仕事熱心だな」と呟いて冷蔵室の扉を開けて中に入って行った。


 ルディアが目覚めると、いつものように寝起きの水を飲んでもそもそと起き上がる間に着替えの準備がされている。

 就寝前まで着ていたドレスとはまた違うドレスで、ルディア(・・・・)としては当たり前の事なのだが、前世の記憶を思い出してからは「貴族って何回も着替えて大変だな」と思うようになった。

 虚弱体質のルディアは立っているだけでも疲れるため、着替えも一苦労なのは事実であり、メイド達もそれが分かっているので短時間で済ませるようにしている。

 今回のドレスはピンクの花の刺繍がされたもので、思わずポヤーっと眺めていると具合が悪いのかと勘違いされてしまう。


「だいじょうぶですわ」


 それでも刺繍を見つめていると、アヴィシアが何かに気が付いたようにハッとして「もしやお嬢様」と尋ねてくる。


「お嬢様が気になさっているのは、服などに施されている装飾でございますか?」

「っ!」


 図星を突かれて一瞬動きが固まってしまうが、何事もないように「そんなことありませんわ」と返事だけはしたルディアだが、内心冷や汗が流れていた。

 まあ、やましい事ではないはずなのだが、今のルディアが出来ない事なのにしたいと望んでいるなどと知られた日には、特にフィディスが何とかしようと大騒ぎしそうだと思っている。

 そしてそれは間違ってはいないのだろう。


 翌日、家に商人が呼び寄せられ、組紐用の糸を真剣に選ぶフィディスの姿と、それに付き添う、というなの本命のルディアの姿があった。


「せっかくだし、お揃いの組紐を作ろう、ルディ」

「ええ、そうですわね。おにい様」


(組紐を作りたいわけではないのですわ)


 そう考えて微妙な気持ちで糸を見ていると、何かに気が付いた商人がフィディスに目で許可をもらってからルディアに声をかける。


「お嬢様はもしや組紐ではなく、刺繍糸の方がお気に召しましたか?」

「そうなのか、ルディ?」

「ええ、まあ……」


 フィディスがその言葉を聞き、刺繍糸を見せるように言うと、すぐに準備されて目の前に並べられる。

 先ほどルディアが見ていた刺繍糸はほんの一部だったようで、色とりどりの糸に思わず目が輝いてしまう。


「なるほど、君が言ったように刺繍糸の方が好みらしい」

「いえいえ、若君でしたら時を置かずに気づかれたことでしょう」


 フィディスへのフォローを欠かさずにいながらも、商人はルディアが前世で使っていたものよりも随分太目な針のセットも見せてきた。

 箱に入っているそれは簡単には外れないようにしっかりとはめ込まれている。


「これは?」

「子供向けの刺繍針です。早い家ですと七歳ごろから手習いとしてはじめますので、こういったものもございます」

「なるほど」


 フィディスが箱を手に取ってしげしげと眺めていると、ルディアが目を輝かせて糸を手に取っている姿が目の端に映り込んだ。


「………………ルディ、提案というか、お願いがあるんだが、聞いてもらえるかな?」

「なんでして?」

「私は組紐を作ろうと思うんだが、それをルディにプレゼントしたいと思っているんだ」

「うれしいですわ。わたくしも——」


 お返しに組紐を作ると返そうとしたルディアだったが、その言葉を言う前にフィディスが——


「その代わりに、ルディアの初めての刺繍作品を私にプレゼントしてくれないかな」

「え?」

「ルディの初めての作品は、私にプレゼントして欲しい」


 にっこりと笑みを浮かべて言うフィディスに商人や一緒に来た店員は見てはいけないものを見てしまった気がしていたが、公爵家の使用人たちはいつもの光景なので、微笑ましい気持ちでいっぱいである。


「下手くそに決まっていますわ」

「気にしないよ」


 フィディスは針の入った箱を商人に返すと、今度はルディアの手を握り締める。


「いやなら強制はしないけど?」

「いやでは、ないですわ」

「じゃあ、いい? ルディの初めてを私にくれる?」

「…………わかりましたわ。わたくしのはじめてを、おにい様にさしあげますわ」


 兄妹のやり取りに、商人たちが「言いかたぁ」と心の中で悶えたのは言うまでもない。


 その後、ルディアが気に入った刺繍糸をすべて購入し、練習用として無地のハンカチも数枚購入し、フィディスは自分用に組紐用の糸も購入した。


 ルディアはこんなに早く刺繍を行う事が出来るとは思っていなかったため、ホクホクと気分が高まってしまい、その日の夜、見事に発熱をした。


「うぅ……なさけないですわ」

「浮かれすぎだな」


 フィディスとともにお見舞いに来たアーストンが苦笑を浮かべ「刺繍をするにあたって条件だ」と口にする。


「糸を購入しただけでこの調子では、実際に刺繍を始めたらどうなるかわからないからな。刺繍をするときは僕かフィスと一緒の時に限る。あと、刺繍以外の勉強もおろそかにしない事。影響が出ていると判断した時は刺繍作業を中止させるぞ」

「ぅ、わかりましたわ」


 妥当と言えば妥当な言葉に、ルディアは頷くことしかできないでいた。


 翌日の朝には熱も下がり、昼過ぎには時間が取れたフィディスと一緒に刺繍を早速始めるルディアに、そんなにしたかったのかとメイド一同は気づくことが出来なかった自分たちの未熟さを反省してしまう。

 前世で行っていたということもあり、刺繍が得意なメイドが教えようと待機していたのだが、出番なく終わってしまい、周囲が慰めようと声をかけたのだが、そのメイドは逆に目を輝かせて「うちのお嬢様ってば天才!」と弾んだ声を出していた。

 確かにルディアは構図を決める時こそメイドの手を借りたが、それ以降は太めの針で嬉しそうに刺している。

 その様子に、フィディスが幸せそうな顔をして組紐を編んでいるのは言うまでもなく、黒と青と紫の三色を使った組紐はあからさまにルディアと当人を意識している色合いであるのはいうまでもないだろう。

 そしてそれが2組分あるのは、それこそ当初の目的であるお揃いで持つためであった。


「ルディ、刺繍が好きなんだね」

「はい。前世でのライフワークですの」


 にっこり微笑んだルディに、フィディスもにっこりと笑みを返した。


「そっか。前世では他に何か趣味はあったの?」

「特にありませんでしたわね。しいて言うのであれば、ネットサーフィンでしょうか?」

「ねっとさー……サーフィン?」


 知らない単語に首を傾げたフィディスだが、ルディアもうまく説明できないので「色々なじょーほうを集めるようなものですわ」とだけ説明した。


 後日、お揃いの組紐を見てアーストンが仲間外れにされたといじけたり、初めての刺繍にしては上出来のハンカチにフィディスが絶賛し、ティルムに自慢して悔しがられたりしたのは仕方がないのだろう。

最近の刺繍キットはかわいいですねぇ♡

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