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15 王太子殿下は言葉に厳しい人です

 その日、ルディアとフィディスはプーパに招待される形で後宮にやってきていた。

 本来、後宮は国王になったものだけが使用できるのだが、プーパが妃になる際に離宮ではなく後宮がいいと言ったため、カリュア妃とは違い後宮の仕様が特別に許可されている。


「第二王子、ウィクトル殿下の遊び相手にとはね」

「おにい様はすでにてぃむ殿下のあそび相手なのに、変な話ですわね」


 馬車から降りる直前にそんな会話をしていたのだが、そんな様子は全く見せず、フィディスとルディアは、プーパの横で尊大な態度を取っているウィクトルの相手を笑顔でこなしている。

 母親譲りの金色の髪も少しくすんだ緑色の瞳も、この国の王侯貴族なら珍しいものでもない。

 ただ、その甘く可愛らしいマスクは将来に期待が持てると言ったところだろうか。


「では、ウィクトル殿下は古語にご興味をお持ちなんですね」

「ああそうだ。古語ほどみりょくてきな言語はないからな」


 自慢気に胸を張るウィクトルだが、きっと意味も分からずにプーパに言わされているのだとフィディスは理解していた。

 恐らく事前情報でフィディスが古語の勉強をしているとでも聞いたのだろう。


「ああ、でもルディは神代語がいいって言っていたっけ?」

「はい、おにい様」


 何を隠そう、神代語は日本語に近く、漢字とひらがな・カタカナで構成されているようにルディアには感じて馴染みがあるのだ。


「へえ? 神代語なんて勉強して何になるんだか」


 馬鹿にしたように鼻で笑うウィクトルに、内心でムカっとしながらも、笑みは崩さないルディアとフィディス。


「ま、まあ。神代語は神官たちが使う神語に通じるものがあると言うもの。興味をもっても仕方がないわ」

「プーパ様ははくしきでいらっしゃるのですね」


 フォローなのかどうなのかも怪しい発言に、ルディアは笑顔で称賛の言葉を向ける。


「妃として当然よ」


 親子そろって胸を張る仕草がそっくりだと思いながら、ルディアは「おぼえたことばがありますの」とこれまた笑顔で言った。


「言ってみろよ」


 馬鹿にしたように、恥をかかせようとでもしているかのように言うウィクトルに笑顔を向け————


≪カエルの子はカエル≫


 と言った。


「は? 何て言った?」

「プーパ様とウィクトルでんかはそっくりだと言いましたわ」

「まあ! わかっているじゃないのルディア嬢」


 訝しむウィクトルに意味を説明すれば、プーパが喜びの声を上げる。

 別にいい意味で言ったわけではないと内心では思ったルディアだが、笑顔を浮かべるだけで余計なことは言わなかった。

 そんなルディアの様子に、昔はなんでもぽろっと口に出してしまうところがあったのに、とフィディスは変化を少しだけ寂しい思いで見てしまう。


「ふん、俺とはは上が似ているのはとうぜんだろう」


 相変わらず馬鹿にしたようなウィクトルの態度に、ルディアとフィディスは遊び相手として呼ばれたはずだよな? と思い始めている。

 むしろ、最初の挨拶の時点でそう思っていたが、会って10分。そろそろ帰りたくなっていた。


「そうよねウィクトル」


 プーパも馬鹿にこそしていないが、あからさまにこちらを下に見ている態度はいただけない。

 笑顔を維持するのも疲れてきたと感じた頃、テンペルトの来訪を告げる知らせが入り、プーパが浮足立って着替えてくると部屋を出て行った。


「おい」

「なんでしょうか?」


 プーパがいなくなった途端、今までも尊大な態度ではあったが、尊大な口調でフィディスにウィクトルが声をかけた。


「お前、あに上の友だちなんだろう? あんなしょうらいせーのないヤツは捨てるなら、俺のげぼくにしてやってもいいぞ」

「……ありがとうございます。…………お返事は近いうちにさせていただいてもよろしいですか?」


 すぐ隣に座っているルディアは、ピクンとフィディスの体が動いたのが分かったが、表面上は平然としているので、気にしつつも黙っている。

 ウィクトルは色よい返事がもらえると思っているのか、機嫌がよさそうに「ゆるす」と言った。


 しばらくして着替えが終わったプーパが戻って来る。

 明らかに豪華になったデイドレス。装飾品のランクも上がっているようで煌びやかさが増している。


「とってもおきれいですわ、プーパ様」

「そう? これでも地味なんだけど、アタクシは元がいいから仕方がないわね」


 賞賛して欲しそうにチラチラとみられたので褒めたのだが、自画自賛の言葉が返ってきて笑うしかない。

 そこに、テンペルトが到着したと知らせが来て、全員が立ち上がって頭を下げて待つ。


「頭を上げて楽にしてくれ」


 入室してきたテンペルトはそう言うと、まずプーパに突然の来訪の詫びを入れてから、新しく用意された一人掛けのソファーに座った。


「フィスとルディは体調はどうだ? 先日も具合が悪くなったと聞いたが、よくなったのか?」

「私は大丈夫です。ルディもこの通り、今のところ問題はないようです」

「はい、おにい様。わたくしはだいじょうぶですわ」


 気安く愛称で呼ぶ様子に、プーパは内心で怒りを覚えたが、テンペルトの前で醜態を見せるわけにもいかず笑みを維持するのに集中する。


「折角王宮に来たんだ。この後はボクの部屋に来てくれ」

「よろしいのですか?」


 ちらっとプーパを見ながらフィディスが尋ねると、当然だと返されてしまう。


「ヴィアが亡くなってまだ間もないのに、婚約だ遊び相手だとこちらの都合で振り回してしまっているからな。詫びをしなくてはボクの気が収まらない」


 言外にプーパの行動が非常識だと言っているのだが、プーパはそれよりも自分も誘われないテンペルトのプライベート空間に、当たり前のように誘われるルディアたちに嫉妬していた。


「ちょっとまってください、ちち上! こんやくってなんですか?」


 そこで声を上げたのがウィクトルであり、この様子では婚約の事については聞いていないように見える。


「お前の母親のプーパ()ルディ()お前との婚約を申し込んだんだ。ボクも陛下も許可していないのに、勝手なことだ」

「それはっルディア嬢だってウィクトルのように身分のしっかりした相手の方がいいではありませんか」

「公爵家の事は公爵家が決める。王家が口をはさむのは、公爵家から相談された時ぐらいだ」


 勝手なことをするなと暗に言われたのに気が付いたのか、プーパの顔が赤くなる。


「アタクシは、良かれと思って」

「有難迷惑以前にはた迷惑だ」


 はっきりと言われ、プーパが怒りのあまりソファーから立ち上がるが、テンペルトに注意されて渋々座りなおすが、機嫌は悪いままだ。


「そういえばウィクトル殿下」

「なんだ」


 思い出したようにフィディスは空気が悪いのを気にせずに口を開いた。

 母親の機嫌が悪いせいか、自分も不機嫌になりながらも返事をしたウィクトルに笑顔で「先ほどの返事ですが」とフィディスが言ったので、ウィクトルは慌てて止めようとしたが、先にテンペルトが「なんだ?」と先を促してしまう。


「ティルム殿下の友人の立場を捨ててウィクトル殿下の下僕になれとのお誘いですが、お断りさせていただきます」

「お前っ!」


 こんな時に言う事じゃないだろうとウィクトルが言いかけ、ハッとしたようにテンペルトを見る。


「ちち上、これは、ちがうんです」

「何が違うんだ? 公爵家の次期当主を下僕? 冗談にしても笑えないな」


 冗談だとしても許されないと言うテンペルトに、ウィクトルは押し黙ってしまう。

 そして、「余計なことを言ってくれやがって」とでも言いたげにフィディスを睨んでいる。


「まあ、げぼくとはいけないことでしたのね。ウィクトルでんかが当たり前のように言うので、ふつうだとおもってしまいましたわ」


 わざとらしいほどキョトンとした表情と声でルディアが首を傾げると、テンペルトは「どんな立場であれ下僕などという表現はよくない」と言い切った。


「忠僕という表現なら別だがな」


 その言葉にルディアは「べんきょうになりますわ」と頷いた。

 ルディアのそんなかわいらしい仕草に笑みを向けていたテンペルトだが、すぐに表情を切り替えてウィクトルを睨む。


「一体、なんのつもりで下僕などと口に出したんだ?」

「それはその、言葉のあや? で……じょうだんで」

「冗談ではすまされない。そう言ったつもりだったんだが理解できなかったんだな」


 言い訳をしようとしているウィクトルに厳しい言葉を投げるテンペルト。

 ビクンと体を震わせ、助けを求めるようにプーパを見たウィクトルだが、向けられた眼差しに落胆の色を見つけて余計に不安を抱いてしまう。


「はは上……」

「下僕だなんて、どこで覚えたのかしら? きっと教育係ね。申し訳ありませんテンペルト様。アタクシが責任をもって問題の教育係を解雇しておきます」


 下僕という言葉はもちろんプーパが教えたのだが、不興を買わないためにあっさりと責任転嫁をする様子に、ウィクトルは恐れを感じる。

 もしプーパに不都合なことがあれば、自分も切り捨てられると思ってしまったのだ。


「もうしわけありません。ありがとうございます、はは上」


 若干震える声で言うウィクトルを見て、プーパは「反省しているので許してあげてくださいな」とテンペルトに言った。


「まあ、今後その言葉を人に向けないのであればいいだろう」


 テンペルトもウィクトルが憎いわけではない。ちゃんと自分の子供としての愛情は向けているのでそれ以上追及することはなかった。


「ウィクトルの教育係だが、ボクの方で手配をしようと思う」

「なぜです!」


 今まではプーパが教育係を選んできただけに、驚きを隠せないまま疑問を口にしたのに対し、テンペルトは冷たい視線を向けた。


「管理が出来ていないようだからな。負担が大きいのだろう。ティルムにもついている教育係を回してやる。それでいいな?」


 疑問形ではあるものの、拒否は許さないと言わんばかりの威圧に、プーパは頷くしかない。


(これではテンペルト様に呆れられてしまう! よくも、アタクシに恥をかかせてくれたわね!)


 怒りをルディアとフィディスに向けたプーパは、先日侍女が考えた計画の変更を決定した。

 婚約破棄は決定事項だ。王太子になってもなれなくても、ルディアからすべて奪ってやると心に決めてしまう。

 それがいかに無理な計画でも関係はない。

 自分がそう望んで決めたのだから、それを叶えるのは下僕(・・)の仕事。

 そう考えているのだ。




 だがその数ヶ月後、フィディスとルディアが神聖国に療養にいくのは想定外の事であり、プーパの予定は狂う事になってしまうのだが、この時は気が付くことはなかった。

普通にマナー違反をするプーパ。


テンペルトはヴィリアを寵愛していましたので、その子供のルディアとフィディスを溺愛しています。


第一章はこれにて完結!

番外編をいくつか挟んで第二章にいきます!

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