12 どっちも好きだけど状況によります
あっけない。
ルディアが今回の騒動に対した感想だった。
記憶の中にある小説では(多分)苦しんだルディアなのに、相談しただけでこんなにもあっさりと問題が解決してしまった。
それも根本的な部分からポッキリとフラグが折れたどころか立ってすらいない。
「ルディ、まだ具合が悪いのかな?」
「いいえ、だいじょうぶですわ、おにい様」
五歳の舌はまだ上手に言葉を発音できず、前世からすればもどかしくて仕方がないのだが、その様子が可愛いとフィディスはニコニコと笑みを浮かべている。
葬儀後、体調が悪いと言って早めに就寝したルディアだが、やはり発熱して寝込む羽目になってしまった。
本人からしてみれば傍で聞いていただけなのだが、体にとってはそうでもなかったらしい。
今は起き上がり、フィディスにパン粥を食べさせてもらっている状態で、ミルクと蜂蜜の甘さが体に染み込んでいくのが気持ちよく感じてしまう。
(あ~、温かさと甘さが沁みますわ~)
まだ若干思考がぼんやりしているせいか、ルディアは力を抜いてフィディスのなすがままになっている。
「何か食べたいものはある?」
「甘いももカンのもも。き色いのがいいですわ」
「桃、カン? 黄色……ルディは白桃が好きじゃなかったっけ? あ、前世の影響か」
カン、という部分に首を傾げたフィディスだが、すぐに黄色い桃という部分で入手手段を講じ始める。
「シロップでつけこまれた、あの甘いのがいいのですわ。白いももはそのまま食べるのが好きですの」
「何のシロップがいい?」
「わかりませんわ。とうめいなえきたいですわ」
「なるほど、わかったよ」
フィディスはルディアもわかっていないという事が分かったので、後でコックに聞いてみようと決めた。
透明なシロップでも、紅茶に入れる蜂蜜のようなもの、樹液を使ったもの、砂糖に似たものなど様々であり、ルディアの望む味に近づけたいと考えているが故の行動である。
「うん、全部食べたね。偉いよ、ルディ。桃は次にして今はゼリーにしよう」
そう言ってフィディスは赤いラズベリー味のゼリーをひと掬いしてルディアの口元にもっていく。
「ん」
躊躇することなく口を開けて食べさせてもらって、口の中に広がる甘みと酸味、そして先ほどのパン粥とは逆のさっぱりとした冷たさに喉が潤っていくのを感じる。
「おにいちゃん、もっとちょーだい」
「……もちろん」
前世を思い出してすぐの時も言われた「お兄ちゃん」という単語に少し反応したフィディスだが、気づかなかったようにすぐにまたひと掬いしてルディアに食べてもらう行為を繰り返す。
(お兄ちゃん、ね。前世でも兄がいたのかな?)
そのことに嫉妬はしない。
前世は前世であり、今世は今世。ルディアの同母の兄は自分だけであり、もし警戒をする兄がいるとすれば、異母兄だと理解しているのだ。
胃の負担を考えて小さめに作られたゼリーはあっという間になくなり、食後の薬をオブラートに包んで飲み込んだルディアの頭を撫でると、メイドに食器を片付けさせて少し時間をおく。
「お腹は苦しくない?」
「へいきですわ」
お腹がちょうどよく膨らんだからか、それとも薬の効果なのか、うとうととし始めたルディアを見てフィディスが横にさせて布団をかける。
「灯りはいつものように絞っておくね」
「ん——」
ぼんやりと淡い橙色の光を放つランプを見ていると、より眠気が襲ってきてしまい、ルディアはそのまま眠りに入ってしまった。
◆ ◆ ◆
『ごめん、別れて欲しい』
ふと聞こえた声に思わず、眉を寄せて相手を見る。
とはいえ、相手の顔は鉛筆でぐちゃぐちゃと上から書いたように黒く汚れていて判別は出来ないが、声や体格から男だというのはわかる。
そして何とも言えない不快な気持ちに、余計に眉間にしわが寄っていく。
『やだなぁ、お姉ちゃんってばそんな怖い顔してるから——君に捨てられちゃうんだよ』
『そんなこと言うなよ——』
『でも、あたしのほうがいいんでしょ?』
『そりゃな』
これまた顔が分からない、でも女だとわかる人物の登場に、いっそ吐き気がこみ上げてきそうで思わず口元を手で覆ってしまった。
(知っているわ。そう、私はこいつらに—ぎ—れた)
そこまで考えて、これは前世の記憶だと理解したルディアは一息つく。
目の前でこちらを無視して話を続ける2人を無視して周囲を見れば、そこにはモニターの向こうで一生懸命プレゼンのように話す少女——おそらく前世の姪の姿があった。
『それでね、この場面で————』
姪は物語のお気に入りの場面を一生懸命説明してくれるが、そこにはもうルディアの話題は出てこない。
だって、そこの場面では自殺してしまった後だからだ。
ウィクトルだって母親の罪が判明した時に思い出すことがあったが、それだけだった……ように思う。
(ルディアについて、なにか知らない?)
記憶の中の姪に話しかけてみるも、都合よく答えてはくれない。
ただし————
『そういえばさ、リズリアって神聖国に知り合いがいるんだよね。だからこの場面で————』
そんな言葉が聞こえてきて、ルディアは首を傾げた。
(神聖国に知り合いがいるのも不思議ね。だって、あの国は遠いもの)
警備だってディヌス王国よりも堅固であり、未成年が簡単に行ける場所ではない。
もちろん、フィディスたちの説明で才能とツテさえあれば子供でも受け入れられるとわかったが、才能もツテも簡単に手に入るものではない。
『ある意味逆ハーレム。女の子もいるよ! なんだけど、リズリアはウィクトル一筋なんだよ。そこがいいよね!』
興奮気味に語る姪の言葉は続く。
『あー、でもさぁ。終盤まで大神官長とかいう人は認めてくれないんだよね。世界が認める最後になってやっと認めてくれるの』
不服そうに言った姪だが、そのすぐ後に『でも大神官長は世界の言葉を聞くからしかたないか』と言い直して機嫌を直す。
(大神官長……。神官のさらに上の身分。大神官長ともなれば、アストリテル聖教のトップよね)
フィディスたちにそのように教えてもらったばかりだ。
そのあとは特に役に立たなさそうな情報を話しているように感じたので、ルディアはまた別の場所に視線を移す。
『——が刺繍した物をもっていると幸せになれるってジンクスがあるの』
不意に聞こえた声に振りむけば、そこにはやはり顔が塗りつぶされた女性が椅子に座ってハンカチに刺繍をしているようだった。
『そうね、——妃が絶賛したのも関係しているでしょうけど、やっぱり気持ちがこもっているのよ。優しい——の気持ち』
そう言ってびしっと指をこちらに向けた女性に、「針を向けない」とつい言ってしまう。
言った後にこちらの話は通じないのだと思いなおしたが、『あ、ごめんごめん』と謝られて会話が出来るのかと驚くも、その後にまた関係ない話がこちらを無視して続けられたので、偶然だったのかと肩をすくめてしまった。
『いいじゃないか、お金なら俺が出すよ。いつかお前の努力が認められたときに飯でも奢ってくれ』
(お兄ちゃん)
聞こえてきた声のなつかしさに振り向けば、やはり顔が塗りつぶされた男性がココアの缶を片手に笑っている気がした。
(まったく、本当に甘党なんだから。糖尿病に気を付けてっていったの、守ってるかしら?)
言いながら、自分が甘党なのは兄の影響を受けたせいだと責任転嫁もした。
そうしているうちに目の前に大きな花園が現れる。
否、花園の刺しゅうを施した巨大なタペストリーだ。
(私の、作品だわ)
思わず手を伸ばして触れようとすると、ぐにゃりとタペストリーが波打ち、その中に引き込まれるように指先が入り込んでしまう。
(えぇ!?)
驚き過ぎて硬直していると、その手がそっと壊れ物を扱うように掬い取られ、指先の爪の上を誰かの指が撫でつける感触にくすぐったいと「ふふっ」声を出して笑ってしまった。
『いつか近いうちに——————』
そう言ってついっと指先を押されて戻されると、タペストリーから花弁が飛び出してきて、ルディアは思わず目をつぶる。
◆ ◆ ◆
「ぁっ…………?」
ふと目が覚めたルディアは、今しがた見た夢について思い出そうとしたが、最期の方になるにつれよく覚えていない。
大切なことだった気がするのだが、思い出せない。
思い出せないのは仕方がないと思考を切り替え、ルディアはゆっくりと体を起こす。
すぐさま枕が移動され、背中にクッションなどが置かれる。
「ん、ありがとう」
「いえ、お体の調子はいかがですか?」
「だいじょうぶですわ」
ルディアの体調がすぐれないからだろう。いつもの専属メイドのほかにも交代で必ず誰か傍にいるようだ。
それでもいつものメイドの方が安心できるのは確かで、目が覚めた時に彼女がいてよかったとほっとしてしまう。
「ぱてぃーも、ちゃんとねてね?」
「はい。お嬢様がお休みの際に仮眠をしておりますので大丈夫でございます」
「ん~」
そうじゃないんだけどなぁ、と思いながらも差し出されたコップに入った水を数口飲んでのどを潤す。
パティー——パトリシアはもう一人の専属メイドのアヴィシアの娘であり、母子でルディアに仕えてくれている。
母親よりも少しだけ薄い赤茶の髪に翡翠色の瞳は小さい頃からルディアの好きなものの一つであった。
「ふぅ」
水を飲んで潤った喉の調子を確かめるようん息を吐き、「ん~」と唸っている姿をパトリシアは微笑ましく眺めながらも、体に本当に異常がないかをしっかりとチェックしていた。
触った感じ熱はない、意識も眠る前よりしっかりしている。
子供独特の舌足らずはあるが、しっかり会話も出来ている。
今のところ異常はみあたらないため、今回の体調不良は落ち着いたとみていいだろう。
「何かお召し上がりになりますか?」
「いりませんわ」
ルディアは首を横に振る。
「では絵本でも読みましょうか?」
「きぶんではありませんわ」
またもや首を振ったルディアに少し考えたパトリシアは、「少し失礼します」といって寝室を出て行き、いくつかのぬいぐるみを抱えて戻ってきた。
「お人形遊びはいかがですか?」
「そうしますわ」
今度は頷いたルディアにほっとしつつ、パトリシアはベッドの上、ルディアの周囲にぬいぐるみを置いていく。
しかし、ルディアが注目したのはぬいぐるみそのものではない。
ぬいぐるみの縫製や装飾品だった。
(流石公爵家が購入しているぬいぐるみですわね。でも、わたくしならもっと繊細な刺しゅうを施してあげることが出来ますのに!)
「うぅっ」と心の中で唸るルディアだが、傍からは一生懸命ぬいぐるみを見つめる幼女でしかなかった。
桃缶は好きですか? 私は大好きです!!!!
最近、桃も高くて泣きそうです。
大玉とはいえ2個で600円近く




