10 時は戻って。続、葬儀後のひと騒ぎ
ヴィリアの葬儀時に時間軸が戻ります!
行ったり来たりでごめんなさい!!
「そもそも——」
アーストンはいっそその眼光以外は温かみのある優しい笑みを浮かべ、この場にいる全員に聞こえるように語り始めた。
「ヴィアの好みについては上位貴族の多くの者が承知している」
「そっれは……そ、そうです。俺との婚姻で目が覚めてっ」
「初夜すら行っていないのに、目が覚めたなど嘘をつくな、見苦しい」
「ぐっ」
オクシスはアーストンの言葉に奥歯をかみしめ、こぶしを握り締めたが、なんとか怒りに声を荒げることは耐えた。
(くそっこのままじゃ俺は本当に公爵家を追い出されてしまうっ! そうなったら俺の愛する家族はっ!)
心の中でどうにか公爵家に残る方法を模索するが、なにも思いつかない。
そもそもどうして自分が追い出されなければいけないのか。そう考えている。
「そしてこれは伝えておこう。フィスの、いや、フィディス=ヴェヌ=ウィンタークとルディア=ヴェヌ=ウィンタークの実父に関しては、国王並びに王太子。そして公爵各家の当主は認知済みである」
「——は?」
この国の支配者階級の中でも飛び切りの存在が認知している。それはオクシスにとって非常によろしくない状態であった。
どうにか巻き返そうと口を開こうとオクシスが大きく手を広げ一歩前に出ようとした瞬間————
「ウィンターク小公爵の実父はワタシだ」
フィディスのすぐ後ろに立ったクリプトルがそう宣言した。
「はぁ!?」
ざわりとそこに残っている人々の空気が揺れ、ヒソヒソと言葉が交わされたが、当人たちは気にした様子もない。
「もちろん先ほどアーストンが言ったように妻も同意の上。関係を持ったのも、そこの男に貞操をささげるぐらいならと言われた一度のみ。下世話な憶測で話すのはご遠慮していただこう」
先手を打ったクリプトルに見物人たちは口を閉じるしかない。
クリプトルの妻。それは国王の異母妹だ。
同母妹のフィディアのように親しい関係ではないようだが、それでも王族の出の人間。
隠れて子供を成しているのなら大問題だが、同意の上というのであれば他人が何か言う事は難しい上に、国王や他の公爵家当主も知っているのであれば、もはや何も言う事は出来ない。
「それで、婚姻後必要最低限以下、業務連絡すら人を介しての会話だったオクシス。誰がヴィアの夫で、誰がフィスとルディの父親だって?」
にっこりと微笑んだアーストンに、オクシスは広げていた手を力なく下げ、一歩後ずさる。
(くそっ何だって言うんだ。こんなはずじゃないだろう。こんなのはおかしいだろう! 俺は優秀なんだぞ! だからあの女の夫になったんだぞ! 選ばれた人間なんだぞ!)
オクシスは自分が兄の代わりになると立候補したことも忘れて心の中で文句を言う。
夫婦仲が良くなかったのは、ヴィリアが自分を受け入れなかったせい。
仕事で成果が出ないのは、自分に合う仕事を用意しない公爵家のせい。
家に帰らないのは、愛する家族を受け入れない公爵家の人間のせい。
「何も言えないようだな。近いうちに家の者がそちらで諸々の手続きをする。家も出ていくことになるのだから準備をするように」
「なっぜ……ですか!」
「あの家は我がウィンターク公爵家が用意してやったものだ。ああ、手切れ金に含めて欲しいというのなら、その分渡す現金を引くが?」
その言葉に咄嗟に返事を返そうとしてオクシスは口を開こうとして、ハッと思いいたるように自分の手で口を押えた。
「考え、させてください……」
手で口を押えたままもごもごとくぐもった声でそう言うと、オクシスはさらにあとずさり、憎々し気にフィディスたちを見るとその場から離れて行った。
残された人々はオクシスの無様さを嘲りながらも、自分たちは届かない王家と公爵家の闇に怯えるしかない。
「ああ、騒がせてしまって申し訳ない。我が孫の後見人については、近いうちに陛下より正式に発表がある。今回の事を話すのは構わないが、余計な憶測はせぬように……な」
アーストンがそう言って左手の人差し指を口元に当てたため、公爵家の人間を除く全員が頭を下げて恭順の意思を示した。
その頃、葬儀の会場をでたオクシスは用意された馬車の中でウィンターク公爵家の使用人と一緒になってはいるが、1人で爪を噛んでイライラと膝を動かしている。
(くそっくそっくそがっ! 家がなくなるのは困るが、金が減るのはもっと困る。だが、今更住む場所を探すのか? 面倒だな)
オクシスにとって、公爵家が様々なものを用意するのは当たり前のものとなっており、少し自分の優秀さを示せばそれだけでよかったのだ。
それが数日後からなくなるとなれば、あからさまに生活基準が下がるのはオクシスでもわかることで、それは許容できることではなかった。
(だが、あのクソジジイを言い負かすのは難しい)
もはや心の中では義父上とも呼ばなくなったアーストンに対し、どう行動を起こせば自分にとって都合の良い展開になるかを模索し始める。
しばらく考え、なにも思いつかないまま家に到着すると、使用人が先に馬車を降りたのでそれに続く。
「パパ! おかえりなさい!」
途端に甘い可愛らしい声が聞こえ、オクシスに軽い衝撃が加わる。
「リズリア」
オクシスはそれまでの不機嫌な表情を消し、笑みを浮かべて愛娘を抱き上げて頬ずりをする。
「ああ、俺の宝物。ただいま、リズリア」
「えへへ。あのねパパ、おみあげはあるの?」
愛娘に言われ、オクシスはハッとしたように背後の使用人を振り返ったが、その手の中にあるのは飾り気のない鞄のみ。
とても子供が喜ぶお土産が用意されているようには見えない。
「あ~、すまないリズリア。今日は大事なお仕事だったからお土産は買ってこられなかったんだ」
「そうなの? な~んだ」
ぷっくりと頬を膨らませたリズリアにオクシスは困ったように眉尻を下げる。
「ああ、許してくれ。俺の宝物。ああそうだ! 今日はごちそうにしよう! 好きなものを好きなだけ食べていいぞ」
「ほんと?」
「もちろんだ」
オクシスの言葉に喜色を浮かべたリズリアの顔だが、すぐに曇ってしまう。
「ママにおこられない?」
「俺が説明しておくから大丈夫だ」
「ん~っとね。じゃあ、ゆるしてあげる~」
にこぉ、と無邪気に笑うリズリアにオクシスは安心したように笑うと、腕に愛娘を抱えたまま家に入ろうとして後ろから呼び止められた。
「っんだよ。使用人風情が俺の邪魔をすんのかよ」
先ほどまでの笑顔が抜け落ち、不機嫌さが戻ってきた顔で背後を振り返った。
「ワタクシめは、当主様より今後の事について貴方様と話すように命ぜられております」
「……ちっ。リズリア、先に戻ってママにごちそうの話をしてくれるか? パパがそう言ってたって。今日はな~んでも好きに食べていいってな」
「え~。あたちがおこられう~」
よほど母親に怒られるのが嫌なのか、ごちそうはいらないと言い出しそうなリズリアに慌てたようにオクシスは言葉を続ける。
「怒られないよ。全部パパが許すってママに言えばいいんだ」
「そうなの?」
「そうだよ」
その言葉に、リズリアは「ふーん」とだけ言うとオクシス越しに使用人を見て「わかった」と言って自分の足で立ち、家の中に入って行った。
「おい、場所を変えようぜ。あんなひっでー話を俺の家族に聞かせるわけにはいかないんでな」
「かしこまりました」
一礼をした使用人を無視するようにオクシスは歩き出し、この近辺で最も品質も値段も高い喫茶店に向かった。
もちろん今回の支払いを自分でする気はない。
折角公爵家の使用人が一緒なのだから、公爵家の経費で支払おうと考えているのだ。
(ああ、リズリアたちにお土産で菓子を買っていくのもいいな)
そう考えれば、これから待っている面倒な話も少しは気がまぎれる。そう考えながらオクシスは歩いていく。
15分ほど歩いたところにある貴族向けの商店が集まる通り。
平民向けとは一線を画しているのは整備された道、建物、警備の配置を見ればわかる。
その中でも人通りのある通りに面した喫茶店に迷いなく入り、奥の席を指定すれば教育が行き届いている店員は迷いなく奥の個室へと案内した。
部屋に入って不機嫌な顔を崩さないまま椅子に座り、使用人が座るのを待たずに注文と土産用に菓子類の詰め合わせを申し付けたオクシスは「はあ」と深くため息を吐きだす。
その様子に店員は使用人に視線を向けたが、使用人が視線で退出の許可を出したので、あえて他の注文を聞かずに退出した。
「あー、それで? お前が俺を公爵家から追い出す手続きってのをするのか」
「いえ。ワタクシめはあくまでも条件の話し合いのためにここにおります」
「ふん」
馬鹿にしたように鼻で笑うと、「お話し合いなんざ、どーでもいいんだけどな」と言ったオクシスは、ジロリと使用人を睨みつける。
「条件を言うぞ。
1つ、家は出て行かない。
1つ、金を減らされるのはお断りだ。
1つ、今後も俺たちの生活が保障される仕事を用意しろ。
これだけだ。簡単だろう」
あくまでも傲慢な態度を崩さないオクシスに使用人は変わらぬ態度でメモを取る。
「貴方様の要望はこの3点のみでよろしいですか?」
メモした紙に承認のサイン欄を付け加えたものを見せられ、細工がされないように要望の部分を3つまとめて枠で囲んでからオクシスはサインをした。
「余計なことを考えんじゃねーぞ。俺はこの条件を引くつもりはねーから。もし変えてくるんだったらそうだなぁ……。ああ、あのクソアマが男好きでいろんな男の寝室に潜り込んで子種をねだった挙句、不義の子供を2人もこさえた。なーんて言っちまうかもな」
ハハ、と下卑た笑みを浮かべたオクシスだったが、使用人は変わらず無表情にメモを回収すると、「しっかりお伝えいたします」とだけ言い立ち上がり、個室を後にした。
残されたオクシスは肩透かしを受けたようにキョトンとした表情を浮かべたが、次第にアーストンの言葉は脅しだったのかもしれないと思い始める。
(籍を抜く代わりにこっちの言う条件は全部飲む。そう言う事だな。だったらもっとこっちに有利な条件を言えばよかったか? いや、欲をかけばあのクソヤロウが何かしてくるかもしれない)
謙虚であることも高貴な自分にふさわしいとほくそえみ、ノックの後に入ってきた店員が用意する軽食を口にする。
ヴィネリアの葬儀のために朝からほとんど何も食べていないせいか、大目に頼んだ食事も瞬く間になくなり、ベルを鳴らして土産の菓子の詰め合わせを受け取り、意気揚々と家に戻っていった。
オクシスってばガラわっるーい。
でもこれが素です。身分が下の人にはいつもこんな感じです。




