【29】 荒魂と和魂 11
「ミタマフリ?」
「そう。御霊振。だいぶ即席のだけどね」
和葉と待ち合わせた甲原中央第一病院に向かう途中の車の中。
風に流されて斜線に落ちてくる雨のために、窓の外は白っぽく煙っている。前方を注意深く見据えたままの夜須さんは言った。
低い空では灰色の雲と雲とが混ざり合う。境界線の曖昧な黒い層を形成しては、その端から崩れてまた形を変えていく。
フロントガラスのワイパーは忙しなく動く。アスファルトの凹みに溜まりだした水は、勢いよくタイヤに跳ね上げられていった。
御霊振とは身体から遊離した魂を呼びもどしたり、魂に活力を与えるための儀式だという。正式には鎮魂祭というらしい。
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「同級生の彼の意識はおそらく彼女に捕らえられている。きみが彼に抱いた負の感情のためだ。憎悪……恨みや哀しみや嫌悪とかの感情に、彼女は同調してしまった」
下林市のボスの家から上ヶ丘までもどり、山の上の蕎麦屋で昼食を食べたあと。
中野の意識がもどらない理由を「こっちはね、きみが関係している」と前置きした上で、夜須さんはようやく説明してくれた。
人気の店とはいえ昼食時よりもずれた時刻だったために、混雑のピークはとっくに過ぎていた。それでも店内には、駐車場に停められた車の台数よりも割り増しな客がいる。彼らは遅めの昼食を楽しんでいた。
夜須さんは声をひそめる。
ある程度の覚悟はしているつもりでいた。だが、その答えは想像の域を越えていた。
動画サイトに投稿された中野の動画を観たあの夜。
心臓を冷たい手で鷲掴みにされたようだった。呼吸をしているはずなのに、肺を握り潰されたかのように、呼吸をすればするほど苦しくなっていった。
抱える想いにそれぞれの違いはあれど、わたしたちは当事者のはずだった。同じ種類の痛みを、これからもずっと抱えていく者同士だと疑わなかった。李依瑠ちゃんとわたしを虐めていた、あのボスたちでさえも。
それなのに ── 李依瑠ちゃんとわたしを見世物にした中野は、いとも呆気なく裏切ったのだ。
進展しない警察の捜査、週刊誌の記者たちから逃れる日々のなか。
考えない日はなかった。
李依瑠ちゃんが消えてしまったあの日の夕方に、わたしがもっと一緒にさえいれば……。わたしがもっと気を配ってさえいれば……。わたしにはもっともっともっと、なにか出来ることがあったのではないのか、と。
一部の心ない人たちからは好奇の視線を受けたり避けられたりしたが、そのことで誰もわたしを責めたりはしなかった。
ただひとり、わたしを除いては。
今なら解る。
たかだか十一歳の小学生になにができたというのだろう。
それでも、そういった思いは捨てきれなかった。
そうすれば今も李依瑠ちゃんは隣にいて、一緒に笑っていたのかもしれない。
転入してきた和葉とも仲良くなって、李依瑠ちゃんと三人で楽しく過ごすことができていたのかもしれない。キラキラとした宝箱にたいせつに仕舞っておくような思い出を、たくさんつくることができていたのかもしれない。
李依瑠ちゃんになにもしてあげられなかったことがわたしの罪ならば、わたしはその罪をずっと密かに抱えていくつもりだった。
それなのに中野は、そのすべてを土足で暴いた。勝手に踏みにじっていった。
……だけど。
中野に危害をくわえるような、そんな制裁めいたことを望んでいるわけではなかった。
……いや、本当にそう断言することはできるのだろうか。
あのときのわたしは……たしかに中野を呪っていたのだから。
そこまで思い至ると、思考は止まってしまった。頭の中は真っ白になっていた。
「……つまり、わたしのせい……っていうこと、ですよね」
やっとのことで絞り出した声は掠れている。
夜須さんは無造作に髪をかきあげた。
「きみの巫としての資質と、彼女の荒魂が好ましくない方向に働いてしまった。出会い頭の衝突事故のようなものだ。避けるほうが難しかったはずだよ」
夜須さんの口から出た思いもよらぬ「事故」という言葉。
「事故」とは免罪符だ。まるで赦しを与えられたかのように、心のどこかで安堵してしまう。それは「事故」という言葉にすがりついたからにほかならない。
この期に及んでも「突発的な事故なら防ぎようもない」という、自分の中にある利己的な感情を思い知る。
中野を赦せないと思った。でも、呪いたかったわけじゃない。
相反する二つの感情。
自分のことなのに、わたし自身でも簡単には割り切ることはできそうにもなかった。
いくら綺麗事を並べたところで、二つの感情は、わたしの中にたしかに存在しているのだ。
「彼の今回のことは、手を出してはならないモノに安易に触れた代償だね」
夜須さんの口調はいつにもなく厳しい。
人の気持ちに忖度などしないのに。
受け取り方によっては、わたしのせいではないと擁護してくれているようだった。
それに……聞きなれない単語に眉間を寄せる。
「李依瑠ちゃんの……アラミタマって?」
「そう。荒魂」
夜須さんは続けた。
「カミ様や人の魂はね、荒魂と和魂っていう二つの側面を併せもつと云われているんだ。荒魂の性質は動。よくいえば勇猛果敢な正義かな。悪くいえば荒々しくて、災いを引き起こす。反対に、和魂の性質は静。幸福をもたらしてくれる優しさや穏やかさ、慈愛とかの面だね。わかりやすく説明すると……そうだなぁ……有名所で例をあげるとすれば、この国の三大怨霊とされる菅原道真公、平将門公、崇徳天皇かな。彼らはとても強力に祟って、災害や人死を引き起こしたと伝えられている。知ってる?」
「そんなに詳しくはないですけど」と、肯く。
菅原道真と平将門のことなら、夜須さんのような専門家ではなくても、なにかの折に見聞きしたことはあると思う。
菅原道真は陰謀により太宰府に左遷され、失意のうちに亡くなった。その後に道真の弟子が落雷によって亡くなる。この人物は弟子ながら、道真の失脚に手を貸していた。さらに道真のライバルも急死する。それからは毎年のように天変地異や疫病に見舞われ、御所の清凉殿にも雷が落ちて二人が亡くなり、その年に醍醐天皇も病のために崩御した。
これらは道真の祟りだと恐れられた。
東京の将門塚の伝説は有名だ。
討たれたあとに、京でさらし首になった将門。その首は呪詛を撒き散らし、身体を探しながら、生まれ故郷の東へ飛んで帰ってきたと伝えられている。その首が落ちた地に首塚が建てられた。
戦後。GHQの政策のために、焼け野原になった土地を造成しようとしたおりに、死傷者も出る不審な事故が相次いだ。土の中に墓のようなものが埋まっているのを発見され、調査をすると将門の首塚の碑だと判る。そのために工事は中止されたという。
将門塚は現在も大手町のオフィス街のなかに在る。サラリーマンのパワースポットにもなっているらしい。
崇徳天皇は後白河天皇と争った保元の乱にて敗れて、讃岐の地へと流されてしまう。
崇徳天皇は三年の歳月をかけて、父である鳥羽上皇、保元の乱で命を落とした者たちへの慰霊や、都へ帰りたいという願いを込めた百九十巻もの経典を写経した。その写経を京の寺院へ納めてほしいと送ったものの、呪詛が込められていると受け取りを拒否され、送り返されてしまった。
激怒した崇徳天皇は自身の舌を噛み切り、その血を使って「大魔縁となり、天下を混乱させてやる」という内容の呪いの血書を記したという。それからは髪や爪を切ることもなく伸ばし続け、荒んだ姿となった。
讃岐の地へ流されてから八年後。帰京の夢はついに叶えられずに、讃岐の地で亡くなった。
その後に後白河天皇に近い人々が次々と亡くなり、国を揺るがす大事件や大火などが続けて起こった。
「怨霊となって祟りに祟りまくった彼らの魂は、今は鎮められて祀られている。荒魂が強力な分だけ、鎮められて祀られると、和魂は強い守護の力をもつ神様となる。この国のカミ様が祟るっていわれるのはさ、その荒魂のせいなんだ」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
先週は更新できませんでした。今週も遅れておりました<(__;)>
今回は少し難しくて……。
今回は区切りの都合もあり少し長くなっています。なので二回に分けたいと思います。
文章を整えてから、続きを後程更新する予定です。
どうぞよろしくお願いします。
長くなりました『荒霊と和魂』。
サブタイトルをつけるのが苦手なために、同じサブタイトルでズラズラ~っと並んでおります。
サブタイトルを変更しようかと考えております。サブタイトルは変わっていても本文は変わりません。
文章の気になった箇所は、手直しなどはしていきたいと思っています。
ラストまでもう少し。
最後までお付き合いくださると大変嬉しく思います。
感想もありがとうございます!
毎回嬉しく拝見しております。たいへん励みとさせていただいております。
返信は滞っていて申し訳ありません。
完結したおりに、返信させていただきたいと思っております。




