【24】 荒魂と和魂 6
「本当に……? 本当にもう、大丈夫なんですね?」
邪気を祓い魔除けをして、結界を張りました。お嬢さんはもう心配はない。夜須さんの口からそれをボスに伝えると、ボスは何回も何回も念入りに繰り返して確認をした。
「お嬢さんのことは安心してください。今後は神社へ行こうとすることもないでしょう。押し入れのお友だちも出てくることはない」
夜須さんが太鼓判を押すのなら、本当に大丈夫なのだろう。誰にも話していなかったわたしの悪夢も、あの日 ── 夜須さんに不意に背中を叩かれた日以来は、ピタリと見ない。
だが、その言葉を鵜呑みにして信じていいのかを、ボスは迷っている。わたしは頷くだけで、夜須さんに悪夢を祓ってもらったことを喋るつもりはない。
視線をわたしと夜須さんに交互に移しながらも、ようやくテーブルすれすれまで深々と頭を下げたボス。自分の中で納得したらしい。
ずっと避けてきたわたしに連絡をしてきたくらいだ。藁にも縋りたかったボスは、夜須さんを信用することにしたようだった。自信に満ちた断定した物言いと柔和な笑顔。それは、ボスを懐柔するのにも役に立った。見た目は軽薄そうで派手で、こんなにも胡散臭い雰囲気なのに。いや、もしかして……だから、なのだろうか。逆張りをすることで、そのギャップで信用をさせてしまう、みたいな。そんなことを考えて、いやいやと打ち消す。……ギャップ萌えじゃないんだから、そんなこともないか。
望ちゃんはソファの上で規則正しい寝息を立てている。リビングの時計に目をやると、すでに正午を過ぎていた。
「……凛花ちゃんも本当にどうもありがとう。やっぱり李依瑠ちゃんのことは、凛花ちゃんに頼んでよかった」
顔を上げるとボスは親指で目頭をぬぐった。
「……違うから」
その言葉に、ボスは、え? と困惑を隠せない表情を見せる。
「李依瑠ちゃんじゃないから」
内心では「しまった」と思いつつも、今度は感情をコントロールすることは難しかった。咄嗟に口に出してしまった分だけ、口調は固くなる。
『そう。といえばそう。違う。といえば違う』
頭に残るのは夜須さんの言葉。
李依瑠ちゃんではない。
放った言葉は、ボス、夜須さん、そしてなによりも自分自身にも言い聞かせているようだと、どこかで俯瞰している自分もいた。
「でも……」
わずかに寄ったボスの眉間。
助け船を期待するように、ボスの視線は夜須さんに縋る。夜須さんはボスに言った。
『あなたがそう考えているのなら。これは呪いであり、祟りです』
だからボスは李依瑠ちゃんの呪いであり、祟りだとの持論を確信したのだ。
腹立たしい。ボスもボスだが、夜須さんも夜須さんだ。
「でもでもなんでも。李依瑠ちゃんじゃないから」
まるで小学生のようなケンカ口調だと思った。それでも止まらなかった。
「……凛花ちゃんは、子どもが被害に遭ってないからそんなことが言えるんだよ」
わたしの物言いにさすがにムッときたのだろう。不快感を隠そうともしないボスは、恨めしそうにわたしを見る。
「……ふたりとも、ちょっと落ち着きましょう」
ピリピリとしてしまった空気を宥めるようにして、夜須さんはわたしたちの間にはいった。
「そもそもですが……。西脇さんはなぜ、その少女の呪いや祟りだと考えているのでしょう?」
「……っ! だからそれはっ……!」
ボスは勢い込んで声を荒げて詰まらせる。そのまま口を噤むと、肩を丸めて椅子の上で座り直し、うつむいた。肩を落としたその姿以上に、急に身体が小さく萎んでしまったようにも感じた。
「それは……昔、李依瑠ちゃんを……イジメたから……。それも凛花ちゃんに聞いてるんでしょう……?」
観念したような小さな声だった。
もっと図々しく開き直るかと思っていたのに。ボスの告白と態度は、意外なことだった。
夜須さんは「なるほど」と頷くと、テーブルに肘をついて両手を組み直す。
「では、もっとそもそもの話です。西脇さんは呪いや祟りとはなんだと思っています?」
「……?」
自分に対する非難や叱責を予測していたのに、大きく的が外れた。ボスはそんな表情をした。夜須さんはかまわずに続ける。
「ほら、あそこに呪いがあるよ。こっちには祟りがあるよ。なんて、目に見えるものではないですよね? まあ、目に見えていれば簡単なことですが」
「それは……そうですけど」
「そして、僕がそれを祓った……といっても、それも目には見えない」
「……なにが仰りたいの?」
「つまり、呪いはあるといえばある。ないといえばないんですよ」
邪気を祓っただの、魔除けをしただのとボスに説明していたのに、今さらそれを言うのか。
呆気にとられていると、夜須さんの口元には皮肉な笑みが浮かんだ。
たとえばAさんがBさんに「骨でも折ってしまえ」と呪いをかけたとしましょう。一週間ほどしてBさんは腕を骨折してしまいました。それをAさんは呪いが効いた、と喜びました。だけどBさんは、本当にAさんの呪いで骨を折ったのでしょうか? それともただの偶然?
「一倉さん、きみはどう思う?」
「わたし、ですか?」
いきなりそんなことを訊かれても。答えには詰まってしまう。
「ええと……。夜須さんが仰ったように、呪いや祟りなんて目には見えないから……。本当のところは呪いのせいなのか、偶然なのかはわからないんじゃないかと……。Bさんが呪いを信じるか信じないのかにも依る……とも思いますけど」
「なるほどね」
では、仮にBさんは、Aさんに呪いをかけられていることを知っていたら?
「それはかなり気分が悪いですよね……。もし、呪いのせいじゃなくて、骨折したのはただの偶然であっても……」
ちょっと短めでした<(__)>




