第7話
「――不死身にも程度ってものが……ねえ、シーナ君? 化物どものほうがまだ可愛げがありますよ」
それぞれ拷問官を倒したユダとブルータスが近付いてきた。ユダは呆れたように笑っている。
「俺に言わせりゃ、アンタらも大概だ」
「駄弁ってる暇はないぞ。団体客のお出ましだ」
ブルータスの言うとおり、化物たちがまたぞろぞろと広間に集まってきた。
迫る化物を迎え撃とうと一行が構えたとき、背後で閃光が煌めいた。
「しまっ――」
電撃がシーナたちを直撃する寸前――それは不自然に軌道を逸らし、亡者たちを焼き払った。
そして続けて飛んできた弓矢が、迫りくるグールたちを一掃した。
「お嬢! 先生!」
シーナが叫ぶ。その視線の先ではアリアとマックスが、それぞれ弓と杖を構えていた。
「シーナ! スコール! 無事だったのね!」
アリアが満面の笑みとともに駆け寄ってきたが、シーナを押しのけ、やけに感傷的なユダが二人を迎えた。
「何たる悲劇か……天使が二人も、地獄に迷い込むとは」
「えっと……シーナのお友達?」
「盛ってる場合か、兄弟! いいからここから離れるぞ!」
アリアが戸惑っていると、ブルータスが怒りながら檄を飛ばした。
「しかし離れるったって、いったいどこに……」
呟きながらシーナが、辺りを見回す。
いつの間にか、また化物が辺りを取り囲んでいた。
さらに白煙の中から、焼け焦げた十字槍の男が現れる。それどころか大男や双子たちも再び身を起こし、こちらに歩み寄ってくる。
「皆さん、シーナ君のご親戚で?」
「嫌だなぁ。親近感湧いてきちゃったよ」
軽口を叩きながらも、シーナの額には冷や汗が浮いていた。
「とにかく今すぐ、最短距離でここを離れるんだ! あの愚か者、どデカいのを落とす気だぞ!」
今や文字どおり柱のように変形して呪文を唱え続けるフレイザーと、吹きぬけから見える空とを見比べながら、マックスが叫ぶ。
遥か上空には、黒雲が渦巻き、雷鳴と閃光を発している。名状しがたい禍々しい力が、一点に集結しつつあるようであった。
場に張り詰める緊張感は最高潮にたちし、シーナの心臓は早鐘のような鼓動を打っている。
「……なるほど。何だか知らんが、ヤバそうだ。オッサン、当てがあるって言ってたな!?」
「ああ! こっちだ、ついてこい!」
「よし、オッサンに続け!」
ブルータスが地下への入口に向かって走り出し、残る五名もその後を追った。
呼応するように化物たちも一斉に動き出し、一行を迎え撃つ。
「邪魔ぁ、すんじゃねえ!」
雄叫びを上げながら剣と斧を振りまわし、包囲を切り崩すブルータス。
「すごい……」
緑色の背中を見つめながら、アリアが息を飲んだ。
「ずるいですよ、兄弟ばかり!」
ユダも負けじと駆け出し、縦横無尽に剣を操ってはバタバタと敵をなぎ倒した。
「まったく、品のない連中と親しくなったもんだな」
そう言いながらマックスも、早口に呪文を唱える。突風を巻き起こし化物たちを吹き飛ばすと、アリアに向かってドヤ顔で振りかえった。
――先生も同類に見えますよ
シーナは、心の中で呟いた。
一行は破竹の勢いで化物の群れを掻き分け、突き進んでいく。そしてその勢いのまま、シーナたちが幽閉されていた地下へと降りていった。
地下もまた化物で溢れ返っており、攻防は一層激しくなる。
「――おい、オーク! 本当に当てがあって走ってるんだろうな!」
「種族名で呼ぶなエルフ! ここに侵入するときに使った、ぬけ道があるんだよ!」
「時間がないぞ! 急げ!」
刃を踊らせ、弓矢を唸らせ、牙を狂わせ、魔法を煌めかせながら、一階、二階と降りていく。
その間にも胸を握りつぶすようなプレッシャーが、その威圧感を強めていた。
そしてついにブルータスの足が、ある一室の前で止まった。すぐ後ろには化物たちが迫ってきている。
「ここだ、行け! 入れ! 奥ン棚どかせ! ここは俺が食い止める!」
ブルータスが叫び、皆を先行させる。するとアリアがブルータスの手を取り、礼を述べた。
「あの、あ、ありがとうございます!」
「いいから、行くんだ!」
「はい! あ、あの……タマ蹴り上げてやってください!」
アリアはいたって真面目に激励の言葉を贈り、部屋に飛び込んだ。
残されたブルータスが、ただただ困惑の表情を浮かべていたことは、言うまでもない。
ブルータスの案内した部屋は武器庫であった。かなりの広さがあり、そして――大小様々な武器を手にした亡者で溢れ返っていた。
亡者たちが反応するより早く、シーナ・スコール・ユダが速攻を仕掛ける。アリア・マックスがそれを援護し、武器庫はあっという間に戦場と化した。
部屋の外ではブルータスが、続々と向かいくる化物を肉塊へと変貌させている。
飛び交う刃をすりぬけ、シーナが一番奥の大きな武器棚に飛びついた。
「ふんっ、ぐ、おおっ!」
棚を掴んで力任せに引くと、何体かの亡者を下敷きにして派手に倒れた。その後ろから現れたのは、大人一人通るには十分な大きさの坑道である。
「ははっ、すげえやこりゃ」
「オークは穴掘りが得意なんですよ」
「オーク! 急げえ!」
マックスが扉の外に向かって叫ぶ。
やや間を置いた後、扉が開いた。現れたのは、返り血まみれのブルータスである。
「種族名で呼ぶなっつってんだろ!」
一行は飛び込むように、坑道に入っていく。
魔法の素養がないはずのアリアにすら、はち切れんばかりのエネルギーが遥か頭上に集まっているのがはっきりとわかった。
「これ、どこに出るんだ!?」
「島の岸壁だ! いいから行け!」
「つーかオッサン! こんな手間かけて潜入したのに、結局見つかって暴れてたのかよ!」
「いいから、行けってんだ!」
そして、最後尾のマックスが坑道に入ったとき、
「「「見ィろおぉォォオオオ!!! マァクスウェエエエェーーール!!!!!」」」
フレイザーの叫び声が、島中を揺るがした。
「……キウェテル、愚か者が」
マックスが、誰にも聞こえない呟きを漏らす。
先頭を走るアリアの眼に、出口の光が煌めいた。
次の瞬間、クリーグ上空に閃光がほとばしり、夜闇を真昼の如く照らし出した。
黒雲から放たれた雷は監獄島の塔を直撃、一瞬で半壊。直後起こった衝撃波が、もう半分を破壊した。
その衝撃波は地下一階、二階、果ては三階にまで到達。地下二階の武器庫を木っ端微塵に破壊し、やがて坑道内のアリアたちに到達するまで、数秒と掛らなかった。
「~~ッ!!!」
悲鳴を漏らす間もなく衝撃波に背を押され、島の岸壁に空いた穴から中空に投げ出される。
衝撃のあまり気を失いかけたが、すぐさま湖面に叩き付けられて強制的に意識を取り戻す。
上下もわからず水中でもがいていると、誰かが手を取って引き上げてくれた。
「――お嬢! お嬢、大丈夫か!?」
咳きこむアリアの耳に、シーナの声が響いた。
「げほっ! はあ、はあ……あ、み、みんなは……?」
「……ははっ。ああ、ピンピンしてる。頑丈な連中だ」
辺りを見回し、シーナが笑う。
彼にしがみ付いたまま水面に漂い、荒れた息を整える。
すると、湖面が赤く照らされていることに気が付いた。
ズズゥンと何かが崩れる音が響き、湖面が波立つ。
顔を上げるとそこには、爆炎に包まれて朽ちゆく監獄島――であったものの姿があった。
視界いっぱいに広がる炎と、音を立てて瓦解する巨大な塔。
その光景を、皆一様に黙って見つめていた。
「これが、柱の力……」
ぽつりとユダが呟く。
炎と黒煙、崩壊の音、ユダの言葉――波打つ水の感触、シーナの鼓動。
たとえこの先なにが起ころうと、今感じるすべてそして今日という日を忘れることはないだろう。アリアは強く、ただ強く確信していた。




