第4話
「カルド山の絶界が、浄化されていた……?」
騎士団のテントにて斥候からの報告を受けたハモンドが、信じられないといった口調で呟いた。
「まさか本当に、傭兵団が柱を倒したというのか?」
「そこまでは不明ですが、近隣の村人たちが昨日、カルド山方面からオダリアへと帰っていく傭兵団の一行を見たそうです」
「……! もしそれが本当なら、奴らは砦で行っていた儀式を知ったのでは――」
ハモンドは焦って振りかえり、傭兵団のテントのある方角に視線を送る。
「いえそれが、しばらく以前に砦で出火があったようでして……記録類などはすべて焼け落ち、儀式の痕跡も何もかも――」
「だとしても」
と口を挟んだのはラインラントである。
「彼らが何かを見つけて持ち去った、という可能性は否めない。事実、絶界を浄化したことを我々に隠していたわけだしね」
「となれば、奴らが南を目指す理由は、王もしくは元老院への告げ口か?」
ハモンドの表情は焦燥感に強張っている。
「どうする、今ここで叩くか?」
「いや、まだ事を荒立てるときじゃない。それよりも、彼らより先に王都に戻り、元老の爺さんたちと若君に根回ししておいたほうが得策だよ」
「しかし急に南下を始めれば、奴ら感付くぞ」
「ああ。だから動くのは、私たち二人だけさ」
「なに? 俺とお前がか?」
ハモンドが困惑する一方で、ラインラントは自信気である。
「部隊はここに残して、傭兵団を釘付けにする。夜明け前、暁闇に乗じてぬけ出そう。私とネイサンさえいれば、どうとでも対処できる」
ラインラントが不敵に微笑むと、ハモンドもまた、
「……ああ」
と覚悟のこもった声を返した。
時を同じくしてクリーグの街では、アリアとマックスが宿にてシーナを待ちわびていた。
「まさかスコール殿もご一緒だったとは。初めてお会いしたころからまるで変わっておられませんな」
マックスが懐かし気にスコールを見つめている。
――先生も、十年前から一切変わっていませんよ
アリアは心の中で呟く。
「シーナ、まだかな……」
「あの後、さらに憲兵が増えましたからね。あそこから逃げ出すというのは至難の業でしょう」
「シーナが、捕まったと?」
アリアの顔が不安に曇る。マックスは気の毒そうに、首を小さく縦に振った。
「酒場からこの宿に戻るまで、これほど時間が掛かるのは不自然です。それに、あの人間がどれほど腕が立つかは知りませんが、監獄島の看守たちは曲者揃いと聞きます。くわえて看守長がヤツであれば、その部下も一筋縄では――」
「私、助けに行きます」
マックスの言葉を、アリアの毅然とした声が遮った。翡翠の瞳が煌々と燃えている。
スコールもそれに同調するように、一つ吠えた。
「お嬢様、本気ですか? 監獄島に乗り込むおつもりで?」
「ええ。もしカルド山の砦と同じことが、監獄島でも行われているのだとしたら、一刻も早く、彼を救い出さなくちゃ」
「し、しかし……」
狼狽えるマックスを他所に、アリアはそそくさと弓矢を背負い、シーナの剣を腰に差して、出立の準備をすすめる。
そして部屋を出ようとドアに手をかけたとき、その背中に声がかかった。
「わかりました……僕も、行きましょう」
その声は、か弱くはあるものの、どこか諦めに似た潔さを孕んでいた。
振りかえったアリアは顔にいたずらっぽい笑みを浮かべ、喜びを隠そうともしていなかった。
「先生、その言葉を待っていました」
「……強かなお人だ。まこと、お父上に似られましたな」
マックスは困ったように、そして懐かしそうに笑うと、ローブの袖から一本の杖を取り出した。
30センチもない小さな杖で、木の枝を削っただけのような武骨な造りながらも、神々しいまでの光沢をまとっている。
「ヤツに気取られぬよう、この街では封印していましたが――」
杖で中空を差し、言葉ならぬ言葉を呟くマックス。
するとやがて、三人の身体が光に包まれ始めた。
「マクスウェル・リー・マドメイの魔道学、十年ぶりの開講と致しましょう」




