9クラッシュ 「舌戦! 兎対椿対雛」
かくして、本選第一回戦が終わったあたりで時刻は正午を回る。
『プリオタ』は割と過密なスケジュールで行なわれる。大会が長引くわけにはいかない。姫たちは体力がないからだ。
というわけで、いったんお昼休憩が取られることになった。
地上に出て食事場所を探すのもいいが、ほとんどの姫たちはあちこちでトッポやじゃがりこを咥えている。
中には、しっかりと取り巻きを連れてきて、恭しくひざまずかせ、お昼ごはんを献上させる姫もいるようだ。
一方、無事本選の一回戦を突破した美卯とヒナである。
彼女たちは、会場の端っこに可愛らしい黒猫柄のビニールシートを広げ、そこでお昼を食べていた。
「ねーねー、ヒナちゃんー」
「にゃーにー?」
ふたりの前には、デンとそびえたつ五段重ねの重箱がある。
美卯が作ってくるよー、と言ったのを、ヒナが「わたしに作らせてください!」と言い張ってきたものだ。
中身はなんかもう、色とりどりである。
満漢全席インお弁当箱! という勢いである。
半分以上は名前の知らない料理で、絶対にこんなに食べられないと思いつつも、美卯はありがたく頂戴していた。
それはともかく。
「ヒナちゃんって友達いないよね」
「ぶっ」
頬張りかけたカワ・マンタ(ウィグル料理である)をむせて、重箱の蓋に慌てて乗せるヒナ。
彼女はちょっぴり頬を膨らませ、赤い顔で美卯を見返す。
「い、いるよ! み、美卯ちゃんとか……!」
「そうだね、語弊があったね。ヒナちゃんって友達が少ないよね」
「はい、まあ、はい……はい」
本人の中で納得ができなかった部分があったのだろう。
なんとかうなずくヒナに、美卯はけだるそうな目を向けた。
基本、美卯はヒナに対して一切の遠慮というものがない。
「ヒナちゃんは周りのみんなに嫉妬されたり、しないの?」
「……嫉妬?」
「うん」
甘味噌を大葉のしそで巻いた、焼きしそ巻きをかじりながら。
美卯はウサギのような顔で、小首を傾げる。
「美卯は別に、拳でトラックを破壊したり、跳躍で数十メートル跳んだり、声でガラスを割ったりしたいと思ったことは人生で一度もないから、大丈夫なんだけど」
「はあ、でも訓練次第で誰でもできるようになると思うよ」
「うん、一億パーセントならないと思うよ」
むー、と唇を尖らせるヒナを見やり、さらに美卯は問う。
「なんかこう、人から嫉妬されて、嫌な気持ちにさせられたり、ヒナちゃんはしないの?」
ヒナはいつだって嫉妬の対象だったとも言えるし、そうではないとも言える。
彼女に嫉妬できる距離というのは極めて微妙だ。ヒナに近すぎたら彼女が化け物だというのがよくわかるし、遠すぎたらそんな人物がいるはずがないと笑い飛ばす。
とにかく話題の中心ではあった。
「よくわかんないけど……」
ヒナはぼけーっとした顔で、ぼけーっとした回答をする。
「でも、もし嫉妬されたとしても嫌な気持ちになるかなあ?」
「え?」
「だってその人ってわたしのことを見てくれているってことでしょ? わたしになんらかの感情を抱いてくれているんでしょ? わたしのことを考えてくれているんでしょ? わたしに執着してくれているんでしょ? だったらそれはもう、恋みたいなもので……」
「まちがっている」
美卯は無表情でつぶやいた。
まったく共感できない。
しかし、そうか、この精神か。
この気持ちで生きてゆかなければならないのか。
べろーんと両手を伸ばし、美卯は横に倒れた。
「美卯にはやっぱムリー!」
藤井ヒナという存在が美卯の幼馴染であったのは、確かにすばらしい出来事だった。
彼女がいてくれたおかげで、自分は才能に夢見ることが一切なかったのだから。
人は人、自分は自分。
そう思うようになったのは、いつの頃からか。
美卯はもともとマイペースでのんびりとした性格をしていたし、母親からも「美卯ちゃんは可愛いわねー、美卯ちゃんはそれでいいのよー」なんて言われて、育てられた。
人生において、特に大きな挫折もなく、美卯はのびのびと幼少期を過ごす
両親に恵まれたのか、あるいは友達に恵まれたのか、環境に恵まれたのか、そのすべてかはわからないが。
いや、少なくとも友達には恵まれていた。振り回されるばかりだったが、おかげで美卯にはいつでも居場所があった。
友達のエキセントリックな行動の数々は、美卯の中の小さな常識を破壊し続けたし、ある種の達観した精神を育んだともいえるだろう。
そんなこんなで美卯はかなりの初期段階において、「人生って結構自由に生きてもいいんだ!」と思うようになったのである。
可愛い格好を好き好んで着るようになったのもこの頃だ。
徐々に女社会が形成されてゆく中で、特に非凡な才能を持っているわけでもない美卯は、「なんかあいつってちょっと生意気じゃないー?」みたいな陰口をはかれることは少なからずあったものの。
生意気とかそういう次元を超越した人類には早すぎた系の幼馴染がいたため、美卯が実害を受けることはほとんどなかった。
そんな美卯だからこそ、ヒナと友達を続けられてきた、というのもあるし。
ヒナの正体を知りながらも、決して彼女が邪悪な存在ではないというので、仲良くしてきた。
まあ、もし美卯が将来的に息子などを産んだら、絶対にヒナには会わせないつもりだが。
人は人、自分は自分。
冷めているわけではないが、年の割には達観している。それが住吉美卯という人物だった。
だからこそ、自らプリオタという舞台にあがった美卯は、決意をした。
他人と争うことがあまり好きではない美卯だからこそ、その決意は固い。
やると決めたらやるのだ。
――やる以上、絶対に白鳥椿の優勝は阻止してやるのだ。
そんな感じで、四分の三以上のお弁当を残しておなかいっぱいになったふたりは、食事の片付けに入る。
もう少し経てば、二回戦が始まるのだ。
と、そんなときに――。
「あっ」
美卯は思わず声をあげた。
目が合ったのだ。
黒のゴシックドレスをまとい、少年のように細い躰を持つ長身美女。
ウィッグを外したため、黒のショートカットを整え直し、だが赤のカラーコンタクトはそのままだ。
妖しくも美しい毒蛾のような印象を持つ彼女は、オタサーの男たちを引き連れていた。
通りがかったのは、他ならぬ白鳥椿である。
普段なら素通りするのだろうが、このときばかりは違った。
彼女はオタクたちに別れを告げると、たったひとり、小走りで近寄ってくる。
きょとんとするヒナの隣、美卯は思わずファイティングポーズを取ってしまっていた。警戒丸出しである。
白鳥椿は目の前までやってくると、無邪気に話しかけてきた。
「ねえねえ、ミウちゃんとー、そっちの君は、藤井ヒナちゃんだよねー」
「え? わたしのことを知ってらっしゃるんですか?」
わずかに嬉しそうな顔をするヒナに、美卯は無意識に半眼を向けてしまう。
にやにやと笑う椿も、なんだか楽しそうだ。
「そりゃあもお。知る人ぞ知る有名人だもんねー。一度話してみたかったんだー」
だが美卯はその笑みに、なんだか嫌な気分を覚えてしまった。
餌をもてあそぶ猫のような残虐性を見て取ったのだ。
椿はリズムを取るように頭を左右に揺らし、唇を開く。
「だってさぁ、藤井ヒナちゃんって、すっごくたくさんの男の子をぱっくんこしちゃっているんでしょ? すごいよねー、ツバキちゃんには真似できないなー」
ぱっくんこ、の場面で両手でカスタネットを鳴らすように重ねる。
明らかにバカにしている言葉である。
だがしかし、ヒナはやはり嬉しそうだった。
「ねえねえ、美卯ちゃん美卯ちゃん、聞きました!? この子、わたしのことを知ってらっしゃいますよ! これってもしかしてお友達になれるかも! ねえ、お友達から始めませんか!」
「え、いやかな」
「ガーン」
その場で頭を抱えるヒナ。
とりつくしまもなく断られた彼女は、しかしさらにすり寄る。
「で、では知り合いから! いえ、同じ地球に生きる者同士ということでひとつ!」
「それどういうことなの……?」
美卯が控えめに突っ込むと、椿はさらにキラキラとした笑顔を浮かべている。
口元に手を当てながら(あざとい!)、こちらを覗き込むようにして。
「さっすがメンタルつよーい。でもでも、いいのミウちゃん?」
「なにがー?」
椿は内緒話をするかのように声をひそめ、だがしっかりとヒナにも聞こえるような声でささやいてくる。
「ヒナちゃんってクレイジーサイコビッチっていうんでしょ? その子とお友達なんてことが知れ渡ったら、ミウちゃんにも変な噂が立っちゃうんじゃない?」
「はあ!?」
思わず汚い言葉が出た。
ヒナは美卯の大切な幼馴染だ。
とっても大好きな友達なのだ。
美卯は白鳥椿を睨みつける。
人は人、自分は自分の精神を持つ美卯だ。
だが友達をバカにされたときだけは許せない。
その瞬間、おなかまんぷくで満ち足りていたウサギは首刎ね兎へと変身するのだ!
「こおらあー! 白鳥椿! 横から聞いていればねえ!」
「でもでも、確かに事実ですからねえ」
「納得しているんじゃないの! ヒナちゃん!」
腕まくりして歩き出そうとした寸前、美卯はヒナにがつんとツッコミを入れた。
その後、つかつかと椿の真正面に立つ。
カモシカとウサギのような身長差があるふたりだ。美卯は見上げる形になる。
「確かにヒナちゃんは数々の男を騙し、ちょろまかし、あまつさえ女も騙し、家庭も壊し、ちぎっては投げちぎっては投げ、様々な伝説を残したけれど、根はいい子なんだからね! それもわからないくせに、ヒナちゃんの批判しないでよね!」
一息に言い切った。
自分がヒナに悪口を言うのは構わないが、人がヒナに悪口を言うのは気に入らないのである。
それでも普段は隠している。ちょっと内心面白くないぐらいで、顔に出したりはしないのだ。
だが――相手が宿敵、『白鳥椿』ならば、話は違う。
「あんたとヒナちゃんは全然違うし、全然全然違うし! 人を自分の思い通りに動かしたり、自分の愉悦のために人を傷つけたりしないし! いつだって恋に真剣だし、二股をしても絶対に最後には相手を幸せにするし! 一緒にしないでよね! ばーかばーか!」
「うっ、うっ」
美卯が叫ぶごとにヒナはなぜか青い顔で胸を押さえているが、それはともかくとして。
椿は先ほどとは一転し、冷たい瞳でこちらを見つめていた。
怯んでいる様子もまるでない。そのまな板のような胸に手を当てて、つぶやく。
「ふうん、まあどうでもいいけどー、準決勝で当たったらよろしくねー、藤井ヒナさーん」
「あ、はーい、よろしくお願いしますー」
潔い去り姿ではあった。
ぷらぷらと手を振りながら、椿は去ってゆく。
拍子抜けである。
振り上げた拳の落としどころが見つからず、美卯はヒナをじろりと半眼で見つめる。
「……どうして敬語使っているのよ、ヒナちゃん」
もはやほとんどイチャモンである。
だが相変わらずというかなんというか、ヒナはぽわわんとしていた。
「え、だって先輩ですし……」
「先輩とかそういうのどうだっていいの! お願いだから勝ってよ、ヒナちゃん! あんなのに負けないでよ! 全裸に剥いて動画に撮ってYouTubeにアップロードして好きなことで生きていくんだからね!」
「さ、さすがにそんなかわいそうなことできないよ!?」
「いいの! やるの! ヒナちゃん美卯のこと好きじゃないの!? 友達でしょ!? どうなの!?」
がるるると牙を剥く子ウサギの勢いに、ヒナは冷や汗を流す。
「す、好きだけど、美卯ちゃんつれないし……」
「美卯、ヒナちゃんのこと大好きだからね!」
「ファ――!?」
一瞬で真っ赤な顔になったヒナは、両手で口を押さえる。
その目が急激に潤み出してきた。
「い、いま、美卯ちゃ、なん、なんて、ふぁ」
「美卯……ヒナちゃんのこと、大好きだから、……ね?」
「――――ッ」
頭の上から蒸気を噴いてしまいそうなヒナの耳元に、美卯は一言一句をささやく。
それはまるで愛の告白のようだった。
でも実際はただの籠絡である。
愛どころか、打算しかなかった。
そんな夢見心地のヒナを置いて、美卯はばっと離れる。
「だから、ヒナちゃん勝ってね、絶対!」
「わかりました! 勝ったら美卯ちゃん一年分くれる!?」
「いやさすがにそれは」
反射的に否定しかけたところで。
ふと気づく。あれ、なんか体がすごい熱い。
空調が止まったのだろうかと天井を見上げ、いや、と思い直した。
ヒナもそういえば先ほどから、荒い息をついていて……。
あれ、待てよ、どうしてヒナのことをバカにされたからって、自分はあんなに怒ってしまったんだ。
さっきは急にカーッと頭に血が上って……。
美卯は口元に手を当てて黙考し、食べかけのお弁当箱を見下ろした。
「ねえ、ヒナちゃん」
「じゃあ勝ったら美卯ちゃん360日分!」
「ヒナちゃんまさかとは思うけど」
重箱を指差し、美卯はジト目で問う。
「お弁当になにか混ぜた?」
「――さーって、午後の第二回戦もがんばりましょうね! お弁当片づけなくっちゃー! あーいそがしいいそがしいー!」
「ヒーナーちゃーんー」
肩を掴むと、びくっと震える藤井ヒナ。
彼女は視線を逸らしながら口笛を吹く。
「べ、べべべつに、わたし媚薬とか入れてませんし大丈夫ですよ、大丈夫ですよ美卯ちゃん、うん、へいきへいき! 美卯ちゃんがわたしのことをもっともっと好きになればいいのになーって思っていたら手がかってに台所の小瓶に伸びてしまったとかじゃないですから! 大丈夫です! はい、第二回戦がんばりましょ!」
「美卯に媚薬飲ませてなにする気だったの!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!?」
なんという油断も隙もない……。
美卯は幼馴染だというのに……。
果たして彼女が白鳥椿よりも善良であるかどうかは、かなり判断が分かれることになってしまうだろう――。
第二回戦、午後一番の勝負は一対一のアニメクイズ問題であった。
さすがに一発目から走らせるほどに鬼畜な運営というわけではないようだ。
「媚薬とか創作物の中でしか聞いたことないよお……」
火照る体を必死に抑え、もじもじとスカートの下の内股をこすり合わせながら、美卯は早押しボタンを連打する。
しかし、なぜか頭はとてつもなく冴えていた。なんらかの薬物の効果だろうか。プリオタに尿検査がなくてよかった。
幸いにも対戦相手は「えー、あたしぃー、アニメとかあんまり見ないんですよねぇー」と体をくねらせながら言うような子だったし、事実そのようであったから美卯はポンポンと正解をしていった。
得意ジャンルだ。アニメは電子映像研究部でめっちゃ見ているのだ。
アニメ金良魂の問題を圧倒的な速さで取られた以外は、他のすべてを美卯が正答することができた。
対戦相手が良かったと言わざるを得ないだろう。
一方、藤井ヒナは効き声優対決において、パーフェクトを叩き出して三回戦へ向かった。
しゃべる前に0・2秒で早押しし、「あ、この息遣いと間の取り方は、乙女ゲーの『天高く乙女燃ゆる秋』にて、主人公のお師匠様役を演じられた『北條真二郎』さんですね!」などと言い出すヒナの貫禄を見せつけた形になり、再び周囲をドン引きさせたのだった。




