8クラッシュ 「超越者と平凡の差」
Aブロック初戦は、住吉美卯vs平凡子を含めた、四つの戦いが同時に行なわれるようだ。
四つのブロックに分かれた戦いは、それぞれ四分割したモニターによって放映される。
この四組は皆、同じ勝負内容のようだ。
というわけで、AからDブロックまでの八名はそれぞれ、会場に設置されたプレハブの中に閉じ込められた。
壁を透明なプラスチックにしたような感じで、外から丸見えの状態である。
中にもいくつかカメラが仕掛けられているようだ。
なんだか動物園のようで、居心地はすこぶる悪い。
「え、えと、なんだろうね、これ」
「な、なんでしょうね……」
曖昧に笑う美卯と凡子。
部屋の中には長テーブルがあり、そこには八脚のパイプ椅子が設置されていた。
透明な壁越しにスクリーンを見れば、どこも似たような状況のようだ。
始まりの合図は、まだない。
少し離れた位置。斜め向かいに美卯と凡子は座った。
「……」
「……」
気まずい。
開始前のこの時間は、いったいなんなんだろう。
目が合ってはにかみ笑いをするのが、精いっぱいである。
思わずごめんなさいと謝ってしまいそうだ。
これから競い合う相手と仲良くするのもなんだかなあ、という気がして、美卯は小さくなっていた
こういうときヒナならば、凡子ともすぐに打ち解けてさらに、敗北した相手へのフォローも万全なのだろう。
しかし美卯はヒナのようにはできないし。
ヒナのようになりたいと思うことも、もうとっくに諦めたからいいのだけど。
それはそうとして。
試合開始直前に、どたどたとなにやら急に人が入ってきた。
それらは五人の男性だ。皆、いかにもなオタクっぽい格好をしている。
いまどきバンダナに指空きグローブに、リュックにポスターを差していた。
コッテコテである。
「やー、久しぶりー、凡子たんー」
「え? あ、えと、はい……」
馴れ馴れしく声をかけられた凡子は、さらに肩を竦めながらこくこくとうなずく。
圧迫感がすごいし、誰だお前感も計り知れない。
一方、
「美卯たんはきょうもかわいいねー、デュフフ」
「えーそんなことないよおー、でもありがとー、うぇーい」
美卯はしっかりとピースサインを返していた。
これがなにかはわからないが、こう見えて美卯はなかなかノリの良い娘なのだ。
うぇーい、うぇーいとか言い合っているうちに。
――と、そこでようやく、アナウンスが鳴った。
『それでは大変お待たせしました! これよりプリンセスオブオタサー地下トーナメント本選を開始いたします!』
その瞬間、辺りは静まり返る。
凡子がごくりと生唾を飲み込む音が、プレハブの中に響いた。
美卯はというと、さほど緊張をしていなかった。
最悪自分が敗退してもヒナちゃんがいるしー、ふっふーんって感じだ。
楽観的に待つ。
『第一回戦! オタサーに姫はふたりもいらない! 相手を追放せよ、地の果てまでも! 対決を始めたいと思います!!』
だが。
その言葉を聞いて、さすがの美卯も眉根を寄せた。
なんかもうすごい、こう、毒がすごい。のっけからすごい。
……やっぱりか、今年もこういう感じなのか。
恐らく本選初参加の凡子はおろおろしている。
美卯は目の間を指で揉みほぐし、ため息をついた。
「……今年も美卯、自分の嫌なとこをすっごい突きつけられちゃいそう……」
この放送は、ニコ生とツイキャスで全国放送されているのだという。
しかし、いったい誰がこれを見ていい気分になるというのか……。
美卯の浅い人生経験では、その歪んだ性癖の正体は、とてもわかりそうになかった。
第一回戦。
『オタサーに姫はふたりもいらない! 相手を追放せよ、地の果てまでも!』対決の内容を説明しよう。
それは姫ふたりで口論をし、相手をプレハブ――部室を模しているのだろう――から追い出した方が勝ち、というシンプルな競技である。
そのためにはなにを使っても構わない。
王道としては、相手に「とてもわたしはこんな部屋にはいられないわ!」と思わせて、追い出せばいいのだ。
オタサーの姫とはガラスのメンタルの持ち主である。ぶっちゃけて言えばメンがヘラっている者ばかりなのだ。
少し突けば、すぐにパリーンと割れるに決まっている。
まあ手段は問わないようで。
極端な話、パイプ椅子でぶん殴って、気絶させた後にプレハブから叩き出しても構わないのだが。
しかし、物理的な行為はあまり好まれるものではない。
なぜなら、人々はガラスのメンタルが割れるところが見たいからだ。
ハートのメンタルガラスが割れたときの輝きは、まさしく教会のステンドグラスがバラバラになって降り注ぐように、とてつもなく美しいものなのである。
それが一般論とはかけ離れているとしても、オタサー運営委員たちは間違いなくそう信じているのだから、そうなのだ!
そう、出場者やプリオタ運営委員が見たいのは――。
『みんな、きょうはツバキちゃんのために集まってくれてありがとうねー』
Dブロックの一回戦は、白鳥椿vs斎藤エリザベス美奈子の勝負であった。
スクリーンの映像で見ても、花のあるふたりである。
斎藤エリザベス美奈子は、イギリス人とのハーフの娘というわけではなく、単なるキラキラネームの保持者だ。ちなみに『エリザベス美奈子』が下の名前である。
はっきりとした目鼻立ちに、染めた金色の髪が美しい。本選出場者の中でも目立った姫だった。
スペックも高い。
大学三年生のエリザベス美奈子は、漢字検定三級に、英検三級を併せ持つ高学歴な姫だ。
さらに今年は新たに秘書検定三級を取得して『プリオタ』に殴りこんできた才媛でもある。
あの椿といえども対決内容によっては大番狂わせもあり得るのではないか。
そんな一勝負であった。
様々な人が注目し、スクリーンやプレハブの前に集まってくる中――。
――早くも行動を開始したのは椿であった。
映し出されているフルスクリーンに、椿の小悪魔的な笑みが浮かぶ。
綺麗な金髪を持つエリザベス美奈子に、椿は口を開いた。
『ねえねえ、美奈子ちゃん、美奈子ちゃんってこの中に好きな人とかいるのー?』
この中、というのは、一郎から五郎まで名前を振られた男たちである。
当然ながら、今初めて会ったエキストラだ。
好きな人がいるはずがない。
エリザベス美奈子は噴き出した。
『ぶっ、な、なにを言い出しているんですわ!? 』
やや強引な「ですわ」口調だが、それは仕方ない。
エリザベス美奈子はオタサーの姫なのだ。オタサーの姫とは独特の口調を用いるものである。古事記にもそう書いてある。
ともあれ、椿は楽しそうに問いつめる。
『えー、いないのー? ここでこっそり教えてよー。このかわいいツバキちゃんにー、ねーねー?』
『じょ、冗談はやめてくださいまし!』
エリザベス美奈子は椿を警戒し、拒絶の意思を示す。
うぶな彼女に、椿は目を細めながら笑った。
『えーだったら、ツバキちゃんが告白しちゃうよ?』
『こ、告白!? だってここにいる人たちはみんな、運営委員のエキストラさんじゃありませんこと!?』
『美奈子ちゃんは夢のない言い方しちゃうねー。うふふー、ねーねーみんなー』
椿はそのセミロングの髪をなびかせ、立ち上がる。
そうして蠱惑的に唇をなぞり、座っていた五人のオタクたちを見下ろす。
『ツバキちゃんね、実は……この中に、好きな人がいるんだぁ』
『えっ!?』
全員の声が重なった。
美奈子も男も含めて、全員である。
男どもは全員ぽっと顔を赤らめる。
あの白鳥椿が艶麗な笑みを浮かべながら、こちらをじっと見つめているのだ。
エキストラたちはこの日のために集められたオタサーの一員である。当然、女性への免疫力などゼロだ。
そんな彼らが白鳥椿に見つめられたのだから、これはもう一大事だ。
視線だけで達してしまいそうな勢いである。なにがとは言わないが。
だが、問題がある。
その視線は、誰に向けられているのか、だ。
誰に。
誰に……。
――ま、まさか、俺――!?
そんな衝撃が走り、プレハブ小屋は異様な雰囲気に包まれた。
――それを操るのは、白鳥椿。
椿はウィンクをしつつ、口の端を吊り上げた。
『でもでもぉ、他の人がいると恥ずかしいから、言えないかなぁ……。美奈子ちゃんがいるしなぁ……。ちらっ、ちらちらっ』
ひとりの男が手を挙げた。
蛮勇であった。
『も、もしかして俺っすか!?』
だが、彼はその勇気で突破口という名の風穴をあけた。
――その穴は、あとから続く者の道となる。
『いやいや俺でしょ!』
『ツバキたん、僕だよね!?』
『オレに決まっているやろが!』
『オデ、ツバキタン、マジモエ』
椿はにんまり笑う。
すべての事象は彼女の思うがままに――。
人差し指を躍らせながら、椿はウィンクをした。
『美奈子ちゃんを放り出してくれたら、教えてあ・げ・る』
あーれー、
そんな叫び声とともに、斎藤エリザベス美奈子がプレハブ小屋から叩き出されたのは、直後のことであった。
ぼけーっとスクリーンを眺めていた美卯は、思わずうなった。
「うーん、さすが」
あそこまではできない。
ていうかなんであんなことをネット中継されているのにできてしまうのか。
どんな胆力なのか。あるいは頭がおかしいのか。
いやきっと頭はおかしいのだろうけれど……。
いや、でもまあ。
あれがこの戦いの最適解なのだろう。
白鳥椿が実践しているのだから、お墨付きだ。
さて、部屋に目を向けてみると。
「あ、あの……ご、ご趣味はなんですか?」
打ち解けようとして、凡子ががんばっているようだ。
姫からの栄えある質問に、一郎から五郎までの名札をつけられた男が、次々と答える。
「アニメ鑑賞、ですかね……」
「アニメを少々」
「アニメを見るのが好きですね」
「休みの日は、主にアニメを見ています」
「オデ、アニメ、スキ」
ひきつりながら笑う凡子。
「皆さま、アニメが好きなんですね……」
そう言うしかないような回答であった。
まるで五つ子のような男たちだが、この日のために志願したオタサーの一般人である。
オタサーの姫にちやほやしてもらえると聞いてやってきたエキストラであり、ボランティアだ。
彼らのサークルには姫はいない。
男だけの環境で生き続けてきた男たちだ。
むしろ、姫にかかわらずに生きていけるのなら、それがなによりという意見もあるだろうが。
しかしそれでも彼らは姫を求めた。求めてしまったのだ!
凡子の質問に平然と答えたように見えたが、とんでもない。
ここは姫様の御前なのである。
男たちが内心、32ビートの心臓の鼓動を奏でてしまっているそのとき。
――住吉美卯がなにげなく手を挙げた。
「あ、美卯、今期は『お前物語!!』が好きー。原作漫画も好きで集めていたんだけど、やっぱり出来がいいよねー」
「いいよね!」
「わかる!」
「少女漫画はあなどれませんね!」
「グッド!」
「オデ、お前物語、スキ」
美卯の言葉に全力で飛びつく男たち。
それはまるで決壊したダムから流れ落ちる水のごとき勢いであった。
すぐに美卯を囲んで、男たちはちやほやちやほやとアニメの話を始める。
『閃け! トランペット』の八美子ちゃんがいかに可愛らしい子であるか。それにちょっと昔の漫画のアニメ化である『俊夫と裏』の話題なんかは、彼らの心を鷲掴みにした。
あとは今期は触手に転生した主人公が俺TUEEEをする『ローパーロード』や、日常系まったりアニメの『ぞんぞんびより』の話で盛り上がった。
滔々と語られる中――。
美卯はその中心で皆に微笑みを向けていた。
「わかるわかるー、一郎くんー」などとことあるごとに名前を呼びつつ、だ。
凡子は話に混じろうとタイミングを窺ってはいるが、しかしなかなか難しいらしく。
グループの輪は、美卯を中心として形成されつつあった。
次の瞬間であった。
「――ああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおお!」
平凡子が絶叫しながら長机をちゃぶ台返しすると、プレハブ内の空気が凍りついた。
ぽかーんと皆で凡子を見つめている。
凡子はさっぱりと切り揃えた髪をぐしゃぐしゃにかき乱しながら、美卯を睨みつける。
すごい形相であった。
「なんなのよォオオオオオオオオオオオオオ! あああああもう! なんなのよあんた! なんであんたがこんなところにいンのよ! 住吉美卯! 卑怯じゃないの!」
「えっ、ええっ……?」
売られた喧嘩は買う主義の美卯だが、その剣幕にはさすがに引いてしまう。
パイプ椅子を蹴り飛ばす凡子は、鬼気迫る目をしていた。
「『四つ耳の兎姫』! 前年の優勝者! 一回戦で当たるなんて思わなかったわよ! ちくしょうが!」
「え、あの、はい、すみません」
男たちは皆、部屋の隅に逃げてガタガタと震えている。
弱い。
「白鳥椿もそうよ! なんであんたたちがオタサーの姫やってンの! ひどいじゃない! あたしたちみたいな平々凡々な女どもを見くだしてさぞかし楽しいでしょうね!」
「ええー……?」
「オタサーの姫なんて、あたしたち平凡な女に残された最後の砦みたいなもんでしょーが! だからこんなキモくてクサくてダッサいオタクどもに媚び売りながら、必死で今の地位を維持してんのよ! あんたにはわかんないでしょーね! どこからどう見ても美少女! 恵まれているあんたみたいなのには、あたしたちみたいな凡人な気持ちなんてさあ!」
ずばずばと指差してゆく凡子。
平々凡々の影も形もない、悪魔のような顔である。
身を寄せ合う男たちはもう泣きそうだ。
だが、美卯は思わずムッとして、立ち上がる。
「……あなたの気持ちはともかく、どうして自分をちやほやしてくれる人たちをそんな風に言えるの? やりたくなければやらなければいいだけでしょ。負けるのが嫌なら、大会にだって出なければよかったんだよ」
「あんたはいいわね! どこでも勝てるから! 勝てるから、そうやって自信たっぷりで人に意見することができるんでしょ!」
平凡子は「どこが平凡なんだ……」というレベルの血走った目をしていた。
その暴れっぷりに、自分たちの姿がフルスクリーンに投影される。
夜叉のような凡子を会場の全員が見守る中――。
美卯は目を吊り上げて、凡子を指差す。
「言っておくけどね、あなたがどんな人生を送ってきたかは知らないけど、美卯だってまともに勝てたことなんて一度もないんだからね」
声を張りながらも美卯は、「ああ、このままだと余計なことを言っちゃいそうだなあ……」と、熱くなりつつある自分を冷静に見つめていた。
しかし、美卯がそう言ったことも、対戦相手である平凡子は気に入らないようだった。
ばん!と机を手で叩く。
「だったらあたしに負けなさいよ! ここで! 今! さあ!」
「あのね、凡子ちゃん」
「あたしは年上よ! 三年生! あんた一年生でしょ! だったら先輩って言いなさい!」
「凡子ちゃん」
言い直さず、美卯は彼女をじっと見つめる。
その無言の圧力に押されて凡子は一歩下がった。
「な、なによ!」
「凡子ちゃんの努力次第で、美卯なんていちころだよ、余裕で勝てるようになるよ。美卯程度、へろへろぷーだよ」
「そんなわけないでしょ! なに言ってんのよ! そんなに美少女ぶっているくせに! どうせずっとクラスの人気者で、男子にもチヤホヤされてきたんでしょ! だったらあたしたちの場所まで奪わなくってもいいじゃない!」
別に美卯は、ちやほやされるために今のサークルにいるわけではない。
だが恐らく、それを言っても凡子にはわからないだろうな、という気持ちがあった。
だから、代わりにつぶやく。
「美卯は別に人気者なんかじゃなかったよ。人気者になれればいいなって思ったことはあったけど、でも……うん。あのね凡子ちゃん」
「先輩だってば!」
「凡子ちゃん……、世の中には、人の理解が及ばない『上位種』がいるんだよ。それは一切の才能も努力も凌駕した、怪物なんだからね」
美卯の語り口が、神妙さを帯びてゆく。
「そういう存在と友達なんて続けていたら、凡子ちゃんにそんなことを言われても、全然気にならないし、むしろちょっと困っちゃうよ。美卯は他の人ができるようなことはなにもできないし、美卯にできるのは美卯ができることだけだよ」
それは同情を誘うのではなく、嫉妬から発せられるものではなく。
ただ単に、事実を喋っているにすぎなかった。
「だからね、美卯にできるようなことは、他の人にもできるよ。本気になれば、絶対に。だって美卯、結構普通だし。うん、というわけでファイトだよ、凡子ちゃん」
シュッシュッと拳を突き出す美卯。
その言葉に凡子は、呆気に取られたような顔をしていた。
「な、なんなのよ……。あたしは努力もせずに楽してありのままのあたしをチヤホヤしてほしいのよ……! あんたたちみたいに、そんな必死になんて、なりたくないわ!」
「そうなんだ」
美卯は頬に手を当てながら、にっこりと笑った。
そのこめかみには怒筋が浮かび上がっている。
「だったら大会になんて出てくんなー!」
美卯は凡子の腕を引っ張って、そのままげしっと外に蹴り出した。
そんなやつに負けてやる道理は、ないのである。
こうして、住吉美卯は第一回戦を突破した。
一方、別会場で行なわれていた第一回戦「媚びよう! 高い声で男に! 選手権」において。
さまざまな女の子がぶりっ子じみたアニメ声を出している中。
Cブロック参加者であるヒナが超高周波音からの共振周波を使用し、
ワイングラスを割ることによって第一回戦を最速突破していたことをここに記す。




