5クラッシュ 「オタサーの姫どもが夢の跡」
第173回プリンセスオブオタサー全日本地下トーナメントの開催のセレモニーが始まる。
立ち並んでいるのは、全国各地津々浦々から呼び寄せられた、オタサーの姫たち。
余談だが、『プリオタ』自体は名を変え形を変え、江戸時代の中期より続く伝統的なお祭り行事である。
古来より、男子の輪の中に女子が混じって、その関係性を乱すことは多々あった。
蹴鞠サークルの姫などは有名だ。
巴御前のように本物の姫が武士サーの姫をしていた例もある。
かつて古代中国でも、蛍雪の功で名高い『菅使サーの姫』なる言葉が散見されていると一部ではささやかれている。
そういった伝統的なお祭りであるからして、決して表には出ないアンダーグラウンドな大会であるにもかかわらず、開会セレモニーは盛大に行なわれた。
「……」
「わーわー、かわいい! すごいかわいいですね!」
隣できゃいきゃいとはしゃぐヒナはともかく。
美卯は思わず真顔になってしまう。
招待状を係員に見せ、美卯とヒナは会場内に足を踏み入れた。
だだっ広い会場にはステージが作られている。セレモニーが行われているのは、そこだ。
大量にお金をかけて、最高の設備を整えて、一流の機材を集めて……、そこまではいい。
ここで上質のパフォーマーが現れるのなら、それはそれは素晴らしいものになるだろう。
だがプリオタは、あくまでもオタサーの姫のためのもの。オタサーの姫のための祭典である。
ならば壇上にあがるのはオタサーの姫でなくてはならない――という趣旨であるため、ダンスを踊っているのは、オタサーの姫たちであった。
見栄えも対して優れているとは言いかねる、幼い頃からバレエをやっていたわけでもない、きゃあきゃあ言われたいがために『踊ってみた』動画を投稿しているような、そんな姫たちがお遊戯のような振り付けで踊っているのだ。
短い手足をぶんぶんと回し、ぽっちゃり気味の体を汗だくにしながら、踊っているのだ。
「うわあ……」
最高の素材を集めて作られた最上の料理を、水で洗ってハチミツまみれにしたかのような思いを突きつけられ、美卯はうめいた。
辺りは熱狂の渦である。二階のアリーナ席にいる団体のオタクがサイリウムを振り乱しながら「世界一可愛いよ!!」と絶叫じみた声援を送っている。
彼らはプリンセスオブオタサーの立ち見チケットに応募し、そして当選した幸運なオタクたちだ。アンダーグラウンドな大会であるにもかかわらず(そしてチケットが一枚五万円という法外な値段なのに)、プリオタには毎年世界全国から200万人を超える応募が殺到する。
それも含めてわけがわからない。美卯にはまるでまったくわからない。あれのなにがいいの? 学芸会のほうがまだマシなんじゃないの?
去年も体験したが、地獄はまだまだこれからだ。
この後もオタサーの姫――もちろんド素人だ――による『歌ってみた』
オタサーの姫による、萌え声の公開生ラジオショー。
オタサーの姫による演劇『不思議の国のアリス』は、登場人物であるオタサーの姫がほぼ全員アリス役ということで、それなりに面白みがあったのだが。
「く、苦痛だよお……」
一応これらの行事は、オタサーの姫が予選開始前に自らの魅力をアピールするための応募受付制となっている。
しかし、美卯的にはまったくもって彼女たちのアピールになっていないと思わずにはいられない。
むしろ、なんというか。
一言でいってしまえば、ひどく痛々しい。
「きゃあーきゃあー、かわいいよおー、世界一かわいいよおー!」
隣で一緒になってサイリウムを振っている黒髪の乙女、藤井ヒナのミーハーさが今だけはひどく羨ましかった。
やがて、ステージの照明が落ちる。
パンフレットは受け取らずに突き返したので内容はわからないが、いよいよクライマックスか。
この辛い時間からようやく解放されるのか。
ステージ上に出てきたのは、たったひとりだけだ。
黒のゴシックドレスに身を包んだ彼女は、スタンドにマイクを預け、両手を伸ばしながら歌声を発する。
のびやかで綺麗な美声であった。美卯はホッとする。ようやくプロの歌手が出てきてくれたのか、あるいはそれに類する才能の持ち主か。
しっかりとボイストレーニングを受けたと思われるその喉から紡がれるメロディは、聞くものの心を強く揺さぶるようなものであって――。
だが、美卯はようやく気づく。
長いウィッグをつけている彼女は、こちらを見据えている。カラーコンタクトの入った赤い瞳が強い視線を送ってきていた。
長身でモデル顔負けのスタイルの良さを誇る、美しき姫。
――彼女こそが、白鳥椿。
歌い終わったその姫は見惚れてしまうような所作とともに、一礼をし、はにかんだ笑顔を浮かべた。
「聞いてくれて、どうもありがとうございます。本日は最後までツバキちゃんを応援してくれると嬉しいです」
山のような声援が轟いた。まるでアイドル並の人気だ。
しかしわかる気がする。謙虚ながらその笑顔の裏には小悪魔のような魅力があった。
優しそうで、人懐っこい微笑みなのに、しかしどこか危険な危うい美しさがあるのだ。
まるで少年のようにスレンダーな身体はどちらかというと親しみやすく、それに男たちの庇護欲をそそらせるだろう。
すべてのパーツが計算し尽くされたかのように、整っていた。
だが、椿の正体は小悪魔程度では済まされない。
つけられた異名が『楽園簒奪者』。彼女は真の悪魔だ。
壇上から降りてくる際、彼女は美卯に目をやった。
ふたりの視線は交錯し、弾け飛ぶ。それは彼女の宣戦布告のようなものだった。
椿もしっかりと覚えているのだ。美卯のことを。
去年味わった屈辱を叩き返そうと、その機会を窺っているのだ。
美卯は思わず爪を噛みながら、うめく。
「まったくもう、なにが『ツバキちゃん』なの……。自分の名前が一人称だなんて、これだからオタサーの姫はあざといんだから……。美卯絶対に許せない……っ」
「う、うん。美卯ちゃんその発言完璧にブーメランになっているよ」
横からヒナが控えめに指摘してきた。
住吉美卯は、オタサーの姫ではない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
会場のステージが片づけられるとともに、間もなく予選が行なわれる。
参加者は総勢2342名。日本全国から集められた選りすぐりのオタサーの姫たちである。
むせかえるようなオタサーの姫の香水と化粧の香りが漂っている。甘ったるくて、気持ち悪くなりそうだ。
暗黒幕張メッセにて、美卯たちはそのときを待っていた。
だが美卯はなにも心配していなかった。
自分ひとりで挑んだ去年はほとんど破れかぶれだった。
とにかくそのときそのときで、できることを続けてきた。
美卯程度の凡人にできることは、それぐらいだったからだ。
しかし、今回は違う。
今回は美卯の親友であり、世界でもっとも頼りになるひとりといっても差し支えのない娘が、隣にいる。
「わー、みんなキラキラしてて、とってもかわいいですねえ」
誰よりも美しく清潔感のあるヒナがそんなことを言う。
辺りからは舌打ちが漏れたが、ヒナは決して皮肉で言っているわけではない。心からそう思っているのだ。
しかし友達に連れられた合コン並みのお祭り気分のヒナに、美卯は釘を刺す。
「ほわわんとしている場合じゃないんだからね、ヒナちゃん。さっきも言った通り、美卯たちはさっきの白鳥椿の優勝を阻止しにきたんだから」
「はぁーい、あのかっこいい子ですよね。でも、優勝されちゃうとまずいんですか?」
「まずいっていうか」
美卯は自らのウサギ耳をぴこぴこといじりながら。
「優勝者は、オタサー界でできることなら、なんでもひとつだけ願いを叶えることができるんだよ」
「オタサー界でできることって……?」
きょとんとするヒナに、指を振る。
「たとえば、全オタクは毎日自分にじゃがりこを貢ぎなさいとか。例えば全オタクは自分に毎月1000円払うこと、とか。『プリオタ』の影響力はすごいんだからね。オタサーの姫全員に『もう二度と姫を名乗るな』って命令することもできるの。自分こそが唯一無二のオタサーの姫になることだってできるんだよ」
「オタサーの姫って自分で姫って名乗っているんですか?」
「いやそれはわかんないけど」
それはともかく、だ。
「もし白鳥椿が優勝したら、『ツバキちゃん以外の女子は、オタサーに入部しちゃだめです☆ キャハ☆』とか言うことだってできるんだよ」
「あ、美卯ちゃん今のかわいい!」
「……と、とにかく、そんな危険な考えを持った人を優勝させちゃ、だめなの!」
「――危険とは心外だねえ」
聞こえてきた声に、美卯とヒナは慌てて振り返った。
そこにいたのは白鳥椿――ではなかった。
「誰」
「おやおや、アタシの名前を知らないのかい?」
やたらと濃いメイクをしたそのゴスロリ姿の女性は、ハスキーな声をあげた。
「『永遠淑女』こと、このアタシ、黒金礼子の名を聞いたことがないとは言わせないよ?」
「え、ごめん、わかんないです」
素直に頭を下げる美卯の隣、「あっ」とヒナが手を打った。
「この人、確かあれです。大学を六回留年している人です。こないだNHKで取材されていました!」
「うわぁ……」
うわぁ、である。
だって六回留年ってことは、つまり、え? 三十路手前? それでオタサーの姫?
うわあ、だ。
だが礼子は頬に手を当て、笑みを深くした。
「ふふ、有名人は辛いわねえ……。ま、アタシほどのオタサーの姫は、そうそういないからね」
「そりゃそうだと思います……」
昨年の優勝者、美卯はもうなんだか慈しむような視線であった。
視線の意味も美卯の偉業にも気づかず、礼子は言う。
「アタシは今度こそ優勝して、全国のオタクどもに毎日一日一回、アタシが投稿した『踊ってみた』動画183本のPV数に貢献させるのさ!」
「わー」
先ほど壇上で踊っていたうちに、礼子もいたのか。
礼子はさらに高らかな笑い声をあげる。
「クックック、どうだい、毎日183クリックだなんて、少なくとも10分はかかるわ! それを何万人が毎日続けるのよ! どうだい! アタシを悪魔のようだと罵るかい!? でもね、これがこの大会の恐ろしさなのよ! 小娘は尻尾を巻いて今すぐおうちに帰るがいいさ! アーッハッハッハ!」
するといつの間にか取り出した扇を口元に当てながら、彼女は去ってゆく。
他のオタサーの姫たちも、彼女の進路をさっと避けていたようだった。
姫というよりも、完全にシンデレラを虐げる姉である。
マレフィセントとはよく言ったものだ。
美卯はなんだか頭痛を覚えながら、こめかみに手を当てた。
かたやヒナは遠足で動物園にやってきた小学生のように言う。
「なんだかいろんな人がいっぱいいて、楽しいね! 美卯ちゃん!」
「そうだね」
もう帰りたかった。
そしていよいよ予選が開始された。
プリオタ運営委員である黒服がマイクを握って、高らかに叫ぶ。
『それでは予選第一回戦、始めたいと思います! 姫さま方、お手数ですが壇上のスクリーンをご覧ください!』
するとバァンという効果音とともに、発表された。
そこには参加者2342人のツイッターアカウントが記載されている――。
ルール説明だ。
『今からツイッターで「○○(自分の一人称をあてはめてください)ってオタサーの姫なのかなあ?」と発言していただきます! その結果、五人以上から「そんなことないよ!」というリプライが来た方から順に1024名! 第二回戦へと進出していただきます!』
なるほど。
単純明快である。
美卯はスムーズな手つきでバックからスマートフォンを取り出した。
開始前に必ず携帯電話を持ってきてくださいと書いてあったのは、こういうことか。
ツイッターとオタサーの姫は切っても切れない関係にある。
本質的にオタサーの姫とはツイッターであり、ツイッターとはオタサーの姫なのだ。
オタサーの姫の格はフォロワー数に比例し、そしてより多くの牡を引き寄せた花こそが優秀なオタサーの姫であるという側面は、決して見過ごせるものではない。
リツイート、ファボ、リプライにダイレクトメール、そしてフォローにブロック。オタサーの姫とは、ツイッターを使いこなしてこそである。
そもそもサンフランシスコに本社を置くTwitter社のTwitterアプリこそが、日本の『Princess of otaku』のために作られた。それはもはや疑いようもない事実なのだ。
さすがによく考えられている。予選にはふさわしい内容だ。
『――それでは、スタートぉっ!』
周りの女子たちがロボコップのように正確な動きで携帯を取り出す中。
美卯も同じようにツイッターを起動し、そうして瞬時にフリック入力で文章を打ち込む。
『美卯ってオタサーの姫なのかなあ?(*´ω`)?』
送信ボタンを押し、待つ。
ちなみに余談ではあるが、美卯のアカウントはフォロー数2827人の、フォロワー数23958人である。
当然タイムラインなど追い切れないが、そんなものは関係ない。実のある話なら鍵付きのサブアカウントでやればいいのだ。
美卯はオタサーの姫ではないが、その辺りの条理はわきまえている。オタサーの姫ではないが。
瞬時に返信があった。
『@miumiupyonpyon そんなことないよ!』
『@miumiupyonpyon みうみうは天使だよ!』
『@miumiupyonpyon オタサーの姫なわけないじゃんw』
『@miumiupyonpyon みうみうはどっちかというとマスコット枠』
『@miumiupyonpyon 少なくとも俺は違うと思う』
『@miumiupyonpyon 誰かになんか言われた? 大丈夫? 悩んでいるなら相談に乗るよ?』
リプライ数は27件。待っていれば増えるだろうが、まあまずまずの結果だ。
壇上のスクリーンを見上げれば、毎秒ごとに通過者が増えている。現在50人を突破したところだ。
一位通過は――やはり、白鳥椿。
彼女がつぶやくやいなや、それは誘蛾灯のようにリプライを吸い寄せた。
早くも139リツイートに、ファボ数は1000件に到達しそうなほどである。
なにげない、なんの面白みもない、ユーモアの欠片もない、そんな発言であるのに。
これが、日本最強のオタサーの姫力――。
と、ふと美卯は隣を見た。
藤井ヒナだ。
彼女はスマートフォンを握り締めながら、固まっていた。
ヒナはケータイを持っていなかったため、この日のために彼女が契約してきたものだが。
「え、えと、ヒナちゃん? どうかした?」
「……」
ヒナは食い入るようにツイッターの画面を見つめている。
次の瞬間、リプライが来た。
彼女は獲物に食らいつくライオンのように画面をタッチし、それを表示する。
すると。
『@hina_fujii 少なくともオタサーの姫ではないかにゃあ』
一件きた。
だが、それだけであった。
まさか。
ヒナは恋愛禁止中で、友達も少なくて。
だから、だから……。
美卯は声を震わせながら、問いかける。
「ひ、ヒナちゃん、ツイッターやってたよね?」
ヒナはじっとスマートフォンを見つめている。
「あ、あれ、でも前のアカウントが凍結されて、削除されて……で、でももう一度始めたんだよね……?」
「……はい」
ヒナは重々しくうなずいた。
そして祈るように両手でスマートフォンを握りながら、つぶやく。
「フォロー数1件、フォロワー数1件です」
藤井ヒナは予選敗退した。




