12クラッシュ 「王国建立対決」
準決勝第一試合は、住吉美卯が人間の尊厳を魅せつける結果となった。
では、準決勝第二試合。
それは藤井ヒナ対白鳥椿の勝負だ。
華美な衣装に身を包んだそのふたりは、向かい合う。
その頃になると暗黒幕張メッセに詰めかけたオタクのも相当な数であった。
当然だ。プロ野球だって二軍の試合よりも日本シリーズのほうが客が入るに決まっているだろう。
今から始まるのは、その準決勝。
誰もが目を離せずにいた。
椿は軽やかな足取りで、藤井ヒナを恐れずに近づく。
「藤井ヒナちゃんだー、わー、ついに直接対決だねー」
「はい」
「ツバキちゃん、ずっとあなたとふたりでこうしてお話をしたいと思っていたんだあ」
ヒナは足を肩幅に開き、腹式呼吸を続けていた。
藤井ヒナの気合いの現れであろう。
なんだか黄金のオーラが立ち上っているようにすら見える。
そんなヒナに、白鳥椿は話を持ち掛ける。
「ねえねえ、ヒナちゃんってあのアベンジャーズに誘われたって本当?」
「そういうこともありましたね」
さらりと語るヒナの言葉に、会場がざわめく。
真偽はともかくとして、椿は物怖じせずに笑う。
「そんなヒナちゃんとさ、もし体力系の勝負になっちゃったら、ツバキちゃんって絶対に負けちゃうじゃん? それってすっごくつまんないなーって思わない?」
「そうですか?」
それを言うなら、さっきのミオンと美卯のボディタッチ対決も相当なものだったが。
椿はキラキラとした視線をヒナにそそぐ。
「だからさ、勝負の内容を選択制にさせてほしいんだよねー」
「選択制、ですか?」
「そうそう、ツバキちゃんがこれって言ったのを、問題なければオッケーにしていただけたらなーって」
それはそれで、逆に椿に有利すぎる条件なのではないだろうか。
眉をひそめるヒナに、椿は首を振る。
「ううん、大丈夫だよ。ダメだったらノーって言ってくれればいいだけだし。ね? ね? ヒナちゃん」
「でも……」
ヒナは渋っていた。
だが、あの予選第一回戦でのTwitterの勝負が脳裏をよぎる。
ああいったものを椿が引いたら、自分はなにもせずに敗北だ。
ならば、ここで多少不利でも戦える内容を選ぶべきかもしれない。
ぱちぱちと上目遣いの椿に、ヒナは目を逸らしつつ。
「……わかりました。わたしはどんな挑戦でも受け付けます」
「やっりぃ、ありがとうね、ヒーナちゃんっ」
椿の小悪魔的視線も、しかし目を合わせようとはしないヒナには通用しない。
そう、恋愛禁止令を自らに発している藤井ヒナは今、無敵なのだから。
指をぱちんと鳴らし、椿は告げる。
「それじゃあツバキちゃんが第一回戦でやったのと同じ、五人のエキストラを集めて、プレハブから相手を出した方が勝ち。そんなのはどう?」
「構いませんよ」
あくまでもヒナは堂々としている。
前年準優勝者の椿が、まるで挑戦者のようだ。
椿の目が妖しい光を発した。
「……後悔しないでねー」
かくして、再びプレハブが設置された。
その中に緊張した面持ちのエキストラが五人、配置される。
ヒナと椿は向かい合わせに座っていた。
長机の正面に、椿の妖しい笑顔がある。
エキストラ五人は、熱に浮かされたような顔をしていた。
こんな美少女ふたりがそばにいるのだから、気持ちは天にも昇る様だろう。
ヒナは無我の境地であった。
相手、椿は男を転がす能力が高い。
それはヒナにはないものだ。
ヒナは純情可憐、ここしばらく恋愛をしないことを再び己に課していたという娘である。
男と手を繋げばすぐに顔が真っ赤になる。
それなのに、小悪魔然とした椿に対抗しようとしているのだ。
これは一筋縄ではゆかないだろう。
だが、ヒナには必勝法があった。
この戦いは「相手をプレハブから出せば勝利」だ。
ということは、だ。
開幕の合図があったその瞬間に、椿の首根っこを掴んで、外に叩き出せばいいのだ。
迷いなく遂行すればいい。
ロボだ。ミオンではないが、あのようになればいいのだ。
それだけで勝利を掴むことができる。
単純な話だ。
「ねえねえ、ヒナちゃん」
「……はい?」
が、力をため続けていたヒナは、ふと顔をあげる。
ヒナは律儀だ。話しかけられたことに無視などはできない性格なのである。
椿は両手を組み、その上に顎を乗せて楽しそうだ。
「このあとさ、ヒナちゃんに、トクベツな話があるんだけど」
「えっ?」
「……ゲームが始まったら、ね」
椿のウィンクに、ヒナは思わず硬直してしまった。
トクベツな、話……?
その一言は、ヒナの頭脳を高速で回転させる。
優れた知能を持つヒナは、自らの想像力にがんじがらめにされてゆく。
これでは試合開始直後に動けるはずもない。
いや、それよりもなによりも、
――やばい、ドキドキが、ドキドキが止まらない!
そして、試合が始まる。
エキストラたちが次々と口火を切る。
「えっあ、あの……」
「デュフフ」
「アノアノアノ」
それらを横目に、椿が立ち上がった。
座るヒナの細い肩に、彼女は手を置く。
瞬間、ヒナはびくりと震えた。
「ヒナちゃん」
「ふぁ、ふぁい」
ヒナは涙目だった。
椿は艶やかに微笑み、その耳に唇を近づける。
「お昼ごはんのときは、そっけない態度を取ってごめんね。でも、ミウちゃんの前だったから、恥ずかしくて……さ」
「な、な、な、ななななんですかそれ! わわわたしはそんな言葉に惑わされたりしませんよ、一途のしっかり者ですからー!」
ヒナの叫びは無駄であった。
「ツバキちゃん、実はヒナちゃんのことを、ずっとずっと想い続けていたんだよね……」
「ひい、う、嘘ですよ! 会ったの初めてじゃないですかー!」
「ヒナちゃんのこと、ずっと知っていたんだもの……。ねえ、大好きだよ、ヒナちゃん。こんなこと、誰にでも言わないよ。ヒナちゃんだけだからだよお。ねえ、ヒナちゃん、ねえ?」
「ふぁああああああー!」
ヒナは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
その二分後、すっかりと椿に懐柔されたヒナは「ごろにゃぁ~ん♡」と喉を鳴らしながら自らの足でプレハブ小屋を出た。
決勝戦に足を進めるのは、白鳥椿。
いや、わかっていた。
藤井ヒナはプラスにもマイナスにも全力で振り切る娘だということは、とうに。
だがそれにしたって。
幼馴染のあまりにもアレな負けっぷりに、住吉美卯は頭を抱えたのだった。
そしてついに、決勝戦。
だがその前に、パフォーマンスが行なわれるようだ。
住吉美卯と白鳥椿が、壇上にあがる。
いよいよ会場には山ほど男たちが詰め込んだ。
夕方十六時。夕日も届かぬ地の底にて、ふたりの姫が火花を散らすのだ。
美卯と椿。去年とまったく同じ構図。
椿はリベンジを誓い、美卯は連覇を目指す。
そんな中、しんと静まりかえったステージに現れたのは、オタサーの長老、小田桐伝蔵であった。
折れた腰をぷるぷると震わせながら、白杖をついて、マイクの前に立つ。
そして口を開いた。
「ついにこの日が来たか……。古事記にも書いてある椿と兎の決戦である。この戦いに勝ったものが、今年のプリンセスオブオタサーの勝者じゃ……。あらゆる姫の頂点に立つ、姫オブザ姫となる」
薄く開いた瞼から覗くその瞳は、あらゆるものを見通すようだった。
だが、彼もまたオタサーの姫に恋い焦がれた人なのだ。
「わしらの青春は、オタサーの姫とともにあった。男だけの世界に潤いをくれたのが、姫じゃった。サークルクラッシャ―などと呼ばれることもあるが、しかしそれも青春じゃ。わしら二次元の住民を生々しい魅力で三次元に引き戻す、オタサーの姫にこの上ない感謝を」
長老は両手を広げる。
喝采を求めるように。
「そして決勝戦にあがったこのふたりに、この上ない感謝を!」
わーっと叫び声があがった。
そして洪水のような拍手が流れ出す。
美卯は居心地悪そうに、そして椿は恍惚の笑みを浮かべていた。
いったん壇上から降りて控え室に移動する。まずは決勝戦の舞台を整えなければならないのだ。
「……」
「……」
椿と美卯、ふたりはなんの会話もなく、控え室で並んで座っていた。
熱心にメイクを整えているのは椿。
かたや美卯は、ぼーっと鏡を眺めている。
これから決勝戦だというのに気が抜けてしまったのだ。
このままじゃいけないとはわかっているけれど、でもどうにも考えがまとまらない。
そのときだ。
控え室のドアが控えめにノックされた。
待機していたアシスタントが開くと、そこにいたのは藤井ヒナであった。
「あのー……こんにちはぁ……」
ヒナは責任を感じている顔をして現れたのだが。
美卯的には別に気にする必要はないと思っていた。まあさすがに予選の一回目で敗退したときには、うわあ、とうめいてしまったが。
でも今まで健闘したのだ。
あのヒナが自分のためにがんばってくれただけで、十分だった。
だから、美卯はヒナを慰めようと思ったのだが。
しかし――。
「あっ、ヒナちゃん、どうしたの? ツバキちゃんに会いに来てくれたの?」
「びくっ」
ヒナの顔がわずかに赤く染まった。
それを見た瞬間、美卯は思わず眉根を寄せる。
「……えっ、ヒナちゃん、美卯に会いに来てくれたんじゃないの?」
「エ、エト、アノ、ソノ……」
「ヒナちゃんはツバキちゃんのものだよ? 横から勝手に口出さないでくれない?」
「はああ!? ヒナちゃんと美卯は幼馴染なの! なにも知らないのにそういうこと言わないで!」
「知らないんだったらこれから知っていけばいいだけだよ? 美卯ちゃんってひょっとして恋愛とかしたことない人?」
「ア、アノアノアノ」
美少女二人に挟まれて、ぐるぐる目の状態でヒナが両手を伸ばす。
「ふ、ふたりとも、わ、わたしのために争わないでください!」
「……なんでヒナちゃん笑っているの?」
「えっ!?」
美卯に突っ込まれ、ヒナは思わず口元を押さえた。
ヨダレまで垂れていた。
ヒナは必死に否定する。
「こ、これは! わかりません! 体が、本能が! 命が勝手に! だって美卯ちゃんは超可愛いですし! ツバキさんはかっこいいですし! もうわたし頭がフットーしちゃいそうで!」
「ね、ヒナちゃんはツバキちゃんのものだよね?」
「違うよ! ヒナちゃんは美卯の大親友なんだし!」
「あうあうあうあうあうあ」
ヒナはその場にひっくり返った。
突発性わたしのために争わないで症候群によって、気を失ったのだ。
だがその顔は、とても安らいだものであった……。
かくして、美卯と椿は決勝戦に向かう。
再びステージにあがると、そこには巨大な山が築かれていた。
平べったいパネルが大量に積まれているようだ。
美卯はいったいなんだろうと見つめていると。
最終決戦の試合内容が説明された。
『決勝戦はおふたり、姫らしき方々に姫としての責務を全うしていただきましょう!』
いったいなんだそれは。徴税とか政略結婚とかすればいいのだろうか。
違うようだ。
『――王国建立対決です!』
ついに姫として来るところまで来てしまった。
このゲームは、パネルを配置してゆき、自分の領土を広げてゆくというものだ。
陣取り合戦のボードゲームに似たようなものがあった気がする。それを非常にダイナミックにしたようなものだろう。
美卯はこういったボードゲームはあまり得意ではない。
だがもう決勝戦だ。やるしかないだろう。
椿はもう取り繕う必要を感じないのか、美卯の横で傲慢に笑っていた。
「いやあ、チョロかったよね、あの子。藤井ヒナちゃん」
「……」
「あんな口八丁で引っかかるなんて、天下のクレイジーサイコビッチも楽勝だよね。ま、それもこれもすべて、ツバキちゃんが可愛いからなんだけど。可愛いからハニートラップが大成功するんだけどね」
実況者はルールの説明をしている。
椿の声は、周囲には聞こえないだろう。
もちろん彼女がそんなへまをするはずがない。
「結局、ここまで勝ち上がるのだって、可愛いツバキちゃんと、ツバキちゃんほどじゃないけど結構可愛い美卯ちゃんじゃん? ただしイケメンに限るって言葉があるけど、やっぱり顔がすべてなんだよね。他の子たちはだめ、全然わかってないよね。可愛いければなにをしても許される世界なのに、まず可愛くなろうとしないんだもん」
なんだかすごくイライラする。
椿は完全に調子に乗っている。
すごく慢心している。
その鼻っ柱をへし折ってやりたくて仕方ない。
美卯は拳を握った。
ここで思いっきり椿の顔面をブン殴ったらさぞかし気持ちいいだろうが、それは決勝戦のあとだ。
だから、美卯は椿を睨みつけた。
「可愛さの順番で言ったらね、あなたなんてヒナちゃんの足元にも及ばないんだからね! ヒナちゃんはほんっとにほんっとにほんっとに可愛くて、美卯の数百倍可愛いんだから!」
「ええー?」
それはないよお、と笑う椿に、美卯は指を突きつける。
「あなたなんてたまたま運が良かっただけ! そのことを美卯が証明して見せるよ!」
そうだ。
ヒナのためにも、負けるわけにはいかない。
人は人、自分は自分の精神を持つ美卯だ。
だが友達をバカにされたときだけは許せない。
その瞬間、決勝戦目前でぼけっとしていたウサギは、首刎ね兎へと変身するのだ!
こうして、燃える美卯の決勝戦が始まる。
藤井ヒナは医務室で毛布を抱き枕のように抱き締め、「うぇへへ……わたしのために、あらそわないでぇ……」と幸せな夢を見ながらよだれを垂らしていたのだったが、それを美卯は知る由もなかった。




