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10クラッシュ 「ピュアヶ原ピュア太郎の敗北」

 三回戦もまた、住吉美卯と藤井ヒナ、白鳥椿はそれぞれ危なげなく通過した。


 この辺りに来ると、プリオタに参加者する姫たちはずいぶんと人数が減っている。

 姫は自らの出番が終わると、終わった順に帰ってゆくからだ。

 尊い姫に協調性など求めてはいけない。姫は天真爛漫で天衣無縫だからこそ姫なのだ。



 そして早くも準々決勝である。



 選ばれたベスト8たちが、決戦の火花を切って落とす。

 ここに残ったのは、いずれも名高き姫たちである。


 地下幕張メッセの会場にて、スポットライトが当たった。

 ここから先は、ひとりひとり戦いが行なわれる。

 大スクリーンで実況されるわけだ。


 いやだなあ! と思いながら、住吉美卯は壇上にあがる。

 よく言えばパンク風というか、クオリティが低いから中二病と呼ぶべきか、そんな感じのパンツスタイルの女性が腕組みをして待っていた。


 今回の相手は、舞風まいかぜつるぎ。

 れっきとした本名である。


「オレの出番が来ちまったな、美卯ちゃん」

「あ、は、はい。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる美卯。


 舞風つるぎは、すらっとしたビジュアルであった。

 どくろのアクセサリーを身に着けていたり、前髪で片目を隠していたり、一見近寄りがたいような雰囲気を漂わせているが、しかしその笑みは優しい。


「じゅるり、しっかしかわいい子だね、まったく。オレのヨメにならねー?」

「い、いえ、ご遠慮いたします」

「っへん、つれないねえー」


 わざとらしく前髪をかきあげる舞風つるぎを前に、美卯は思う。


 ――どうしよう、すごい痛々しい。


 思わず寒気を感じてしまうほどだ。


 つるぎは女子たちのグループにたまに存在している、女の子を狙っている態度をした女性である。

 なぜか男口調で、わざとらしく「オレ」などと言い、すぐに女の子を抱き締めて「オレのヨメー」などと言う。


 ろくにメイクなどもせず、自分を磨くこともなく。

 そのくせに女の腐った部分を持ち合わせ、女を捨てているんだか捨てていないんだかわからない、わけのわからない生命体である。


 現在進行形で黒歴史を量産している人物だ。

 美卯はこういった手合いが非常に苦手であった。


「ま、いいさ、さっさとやっちまおうぜ。オレ、早く帰って金良魂きんらだまみねーと」

「は、はい」


 だったら負けてしまえばすぐに帰れるよ、などと美卯は言わない。

 身内をバカにされない限り、美卯は基本的に失礼なことはしないのだ。


 といってもまあ、ここまで勝ち残ってきただけあって、つるぎの外見レベルは結構なものであった。

 今すぐにその言葉遣いをやめれば、どこにいってもおかしくはない平均的な女性として男の子からチヤホヤされるに違いないだろうに。


 ものすごい余計なことを思いつつ、さて、対決内容が発表される。



『それではお待たせしました、Aブロックの代表者を決める準々決勝を開始いたします!』


 アナウンサー席から弾け飛ぶ実況が、幕張メッセをビリビリと揺らす。

 準々決勝であるからして、部費谷レオンの実況もノリにのっていた。


『今回の対決は、喉乾いちゃったな対決です!』


 これで対決内容も30個目ぐらいだ。

 よくこんなに様々な種目が思いつくものだ、と美卯は感心しつつ。


 スクリーンに表示されたのは『喉乾いちゃったな対決』と書いてあった。

 首をひねる。タイトルから内容がまったく想像つかない。


『こちらのルールは単純明快! 事前に伏せたカードに飲み物の名前を書いておき、なんの面識もない男の子に、自分がなにを飲みたかったのかを当てさせ、その数を競うという競技です!』


「うわあ」


 美卯のもう何度目かの「うわあ」かもわからない。

 ここに到着して以来、延々とうめき続けているような気もする。


 そうしている間に、男の子たちはゾロゾロとやってきた。

 皆、エキストラだ。

 普段どこかのオタサーに所属しているものたちだろう。

 美卯とつるぎを交互に眺め、「ああ、女、女だあ、ああ……」と亡者のような声をあげている。


『彼らはオタサーにいながら、姫を持たない男たち! 彼らにとってオタサーの姫とは誇り高く、得がたい存在なのです! さあ彼らに女体という名の恵みの雨を降らせてあげようじゃありませんか!』


「なんかちょっと卑猥だなあ!」


 叫ぶ美卯に、男たちが「卑猥? 今卑猥って言った? あの可愛いお口が卑猥って叫んだの?」と目を向けてくる。


 うっ、とわずかに後ずさりする美卯。


 下ネタ自体は苦手ではないし、むしろ女同士だったらドンと来いなのだが。

 今回ばかりは少し身の危険を感じてしまいそうだ。


 対して、つるぎはノリノリである。


「へっへっへー、オレこういうのけっこー得意よー。お前らー、オレの気持ち汲み取ってくれよおー?」


 つるぎが手を挙げると、『ウオー!』と雄叫びがあがった。

 彼ら男たちを従えたつるぎは、オタサーの姫というか、まるでオタサーの姫騎士である。


 会場は男たちの熱気であふれかえる。

 美卯は若干引きつつ、彼らに手を振った。「おお、美卯さまが手を振ってくださったぞ!」なんて叫ばれるから、卑弥呼にでもなった気分である。


 というわけで、それぞれ100人ずつのエキストラを従え――『喉乾いちゃったな対決』が始まるのである。





 ふたりはコミケのときのような長テーブルの前の椅子に座る。

 先手を取ったのは、つるぎであった。


「あー喉乾いちゃったなー」


 それがまるで突撃の合図であったかのように、オタクたちは次々と幕張メッセの自動販売機コーナーへと猛進してゆく。

 百人のオタクの進撃だ。うかうかしていたら、四台しかない自動販売機コーナーはまるで戦場のようになってしまうに違いない。


 しまった。美卯は己が出遅れたことを認識しつつも、後攻を開始する。

 両手を胸の前に組み合わせて、彼らへと訴えかけた。


「あー、美卯、喉乾いちゃったなあ……。誰か、飲み物買ってくれないかなあ?」


 上目遣いでぱちぱち。

 その子ウサギのような目配せを前にした男たちは、吼えた。


『ウオオオオオオオオオ! 美卯チャアアアアアアアアアアアアアン!』


「えっ、な、なんだよおい!」


 机に頬杖をついていたつるぎも飛び起きるほどの士気だった。


 百人のオタクどもは猛然と駆け出し、先に並んでいたつるぎ軍と衝突し、自動販売機コーナーのイニシアティブを奪い合う。

 たった四台の自動販売機コーナーだ。水を求め合う野蛮人のように今、オタクどもは狂戦士と化した。


 ――いや、そうではない。


 彼らは騎士になったのだ。姫に飲み物を届けるための騎士だ。

 憧れたオタサーの姫。いつか自分たちの元に来るかもしれないと思っていたのに、ついぞ来なかった。


 男同士のサークルは楽しかったのだが、もっと他にもなにかなかったのか。

 違う青春も体験したかった。したかったのだ!


 だからこそ、数年間ためにためた情熱を、今解き放つ。

 姫のために、ジュースを届けるというその想いを――!


 なお、男たちのルールは、姫の元にジュースを届けるというたったひとつだけである。

 必ずしもジュースを購入する必要はない。姫のために奪い取っても構わないのだ。

 姫を守る騎士は、なんでもあり(バーリトゥード)なのである!


 ひとりの男がスクリーンに映った。(姫たちは待機していて、完全に手持無沙汰のため)

 その男は、オタサー界きっての武闘派として知られていた。

 身長212センチ、体重162キロ。アニメ研究会に入らなければ、日本のモンゴル相撲界を大きく牽引していたであろう人物だ。

 だが心はピュアだった。そしてアニメが大好きなオタクだった。


 その名もピュアヶ原ピュア太郎である。


 ピュアヶ原ピュア太郎は、自動販売機に一番乗りして「うっひょー! 姫さまの労いのお言葉は俺っちのもんだぜー!」と叫びながら折り返してきた男の腕から、ポカリスウェットを強奪した。

 彼は舞風つるぎの大ファンであった。だからこそピュア太郎には、つるぎが発した言葉のニュアンスが完全にわかった。


 つるぎはポカリスウェットを求めている。それも、キンキンに冷えたポカリだ。

 誰よりも早くこれを届けるのだ。すべてはつるぎのために。

 今この瞬間、ピュア太郎は騎士だった。親衛騎士団長ピュア太郎だ。

 

 身にまとった筋肉を甲冑とみなし、彼は全速力で駆けた。

 幕張メッセの床を踏み破りかねないほどの勢いだ。

 ゆけ、ピュア太郎、姫の元へ。

 姫がお前のポカリを待っている。


 ピュア太郎もまた魂で叫ぶ。


 ――さあ姫、今、今お届けします。

 ――この親衛騎士団長・ピュア太郎が、姫の元へポカリを!


 あらゆる光景がスローモーションとなってゆく。

 全速力だ。思考は光のように引き伸ばされ、ピュア太郎は音の壁を超えた(ような気分になった)。


 姫、姫、姫。

 ピュア太郎が求めるのは、姫の笑顔ただひとつ――。



 見事、ピュア太郎は一番に戻ってきた。

 膝をつき、頭を垂れ、舞風つるぎにポカリスウェットを献上する。


 するとそれを見たつるぎは、顔を歪めてこう言った。


「ポカリじゃねーっつーの! んだよデカブツ! つっかえねーな!」


 ピュア太郎は泣いた。

 もはや彼はモンゴル相撲界に戻ることは、永遠にないだろう。ピュア太郎は一生癒えることのない心の傷を負ったのだから……。




 横から見ていた美卯はそのつるぎの言い草に、おずおずとつぶやく。


「……えーっと、つるぎさん、そういう言い方はないんじゃないですか?」

「あー?」


 つるぎは不満そうにこちらを向いてきた。


「っつーか、持ってきたものが違ったんだからしょーがなくねー?」


 美卯にそう言うと、心から汚いものを見るような目でピュア太郎を睨みつける。

 ピュア太郎は泣いていた。


 美卯は眉根を寄せ、さらに告げる。


「でも、美卯たちのためにがんばってきてくれたわけじゃん」

「それってオレに媚びろってこと? オレそういうんじゃねーしー」


 イラッ。

 美卯はこめかみをひくつかせながら、笑顔で言う。


「そ、そういうんじゃなくてさ。持ってきてくれたんだから、ありがとう、とか、違ったけどまたがんばってね、とか、もっと言いようがあるんじゃないかなあってさ」

「あーはいはい、そういうのね、そういうのね。美卯ちゃんの言っていることわっかりますよー。でもさー、オレってドSだからさー。ワラ」


 イライライラ。

 美卯はすーはーと深呼吸をする。


「ど、ドSっていうのは、性格が悪いこととは違うんだけど……。それってただの嫌な奴なんじゃないかなーって」

「えー? 男なんてみんな、オレらの奴隷っしょー。オレがイジめてやったら喜ぶじゃん? 美卯ちゃんってなに? イイコちゃん系ってやつー? ああ、なるほど、だから去年のプリオタ勝ち抜けたわけねー」

「………………」


 美卯はガンガンガンと机に頭をぶつける。

 そうしてなんとか自分を律しようと、踏みとどまっていたのだが。


「美卯ちゃんなにやってんの? もしかしてドMってやつ? じゃあオレがかわいがってやるよー、仔猫ちゃんー」

「うーあー! 寄るなばかー!」


 美卯はつるぎの机の上にあったポカリスウェット(未開封)を掴むと、その顔面に投げつけた。

 スコーンという音がして、つるぎが後ろに倒れてゆく。


『おおっ、これはキャットファイトが勃発か!』


 アナウンサーがひときわ嬉しそうに叫ぶ中。

 つるぎは鼻を押さえながら、ガバッと起き上がる。


「はあ!? 信じられないし! なにやってんの! オレの顔面にいきなりジュースぶつけんなし!」


 その瞬間、沸点の限界に達したウサギは特に理由もないが首刎ね兎(ボーパルバニー)へと変身するのだ!


「あんたみたいなのがー! あんたみたいなのがいるから不幸になる男の子がいっぱい生まれるんだよー! 謝れー! けんじくんに謝れー!」

「オレがなにしたし! 誰だよけんじって! 意味わっかんねー! あんた頭おかしいんじゃねーの! あ、もしかしてあんたもドSで――」

「SとかMとかLとかホンっトどうっでもいいー!」

「こっこのおおおおお! がきんちょがあああああ!」


 つるぎが猫のようなへなへなのテレフォンパンチを繰り出してくる。

 一方、美卯はサッと身をかわすと、その腕を逆ひしぎの要領で固めた。


『おおっ、あれは美卯ちゃんが唯一できる護身術!』

『ご存じなんですか、ヒナさん!』


 なぜそこにいる、藤井ヒナ。


『はい、昔わたしが教えたものです! 美卯ちゃんは可愛いから暴漢に会ったとき対策にって! 美卯ちゃんはあれだけは完璧にできるんですよ!』

『なるほど! しかし完全にキマっている、あれは抜け出せないぞお!』


 格闘実況のような叫び声が幕張メッセに響き渡る中。


「いてえ、いてえって! ギブ! ギブギブ!」

「だったらその言葉遣いをまず直して! ジュース買ってきてくれた人に謝って! 美卯は甘くないんだからね! あなたの性根を叩き直してあげるからね!」

「やめて! やめてやめてー! ギブアップー! あたしが悪かったからー! 普段はオレなんて言いません! キャラ作っててごめんなさい! だから離して、離してくださいー!」


 悲痛に叫ぶつるぎ。

 美卯のお叱りはそれからも延々と続いた。


 調子に乗っていた己を叩き潰されたつるぎは悔い改め、翌日から普通の女の子として生きることになる。

 そして、普通の格好をして、普通に大学に通い、普通に知り合った男性と結婚、普通の幸せを手にするのだった……。



 そして言うまではないことであるが。

 ――この場で一番不幸だったのは、美卯とつるぎのためにジュースを買ってきた200人のエキストラたちだったであろう。

 多くの犠牲を出しながらも自動販売機の奪い合いに勝利し、仲間の死体を踏み越えて戻ってきたら、自分たちの姫は、姫同士で戦い、決着をつけていたのだから――。


 騎士たちは自らの剣を捨て、幕張メッセの二階席へと戻る。

 ピュアヶ原ピュア太郎もまた、泣きながら戻ってゆく。


 ――彼らの戦いは終わったのだ。





 一方、実況席から戻ってきた藤井ヒナは『地雷男は誰だ! 彼女がいる男を見つけ出せ!』選手権という勝負を行なう。

 200人集められたエキストラのうち、彼女がいる男をひとり見つけ出した方が勝ち。間違えるごとにひとつずつ質問ができる、というルールなのだが。


 先手のヒナは一発でその人物を当て、後攻になにもさせずに準々決勝を突破していた。







 というわけで、四回戦。

 ――ついに準決勝が始まる。


 ようやくここまで来たか、という達成感が美卯の胸中に、わずかに芽生えては消えてゆく。


 まだだ、まだこれからだ。

 本当の戦いはこれからなのだ。



 勝ち残ったのは下馬評通りの住吉美卯と白鳥椿。

 そして古事記にも書いてあったらしき、藤井ヒナだ。敗者復活戦の惨状は、いまだ誰にも語られてはいない。



 そして、最後のひとり、

 Bブロックの最優秀姫。

 すなわち、美卯の対戦相手の娘が今、明らかになる――。


『初めまして、美卯サン。きょうはよろしくお願いします』


 恭しく腰を折るその娘。

 手足も細く、体も透けるように美しい肌。

 緑の長い髪を伸ばし、まるでそれはエルフのように儚くも理知的だ。


 実際耳も尖っているし、なんか背中に翼とかがうっすらと生えている。

 人間ではないのだ。


「――っていうかホログラフじゃん!?」


 美卯が勢い良く叫ぶ。

 そう、それはホログラフィー映像であった。


 360度、どの角度から見ても完璧な立体映像だ。

 数十台のプロジェクターを重ね合わせているわけでも、アクリルに二次元映像を投射しているわけでもない。

 いったいどういう技術が使われているのか、美卯には想像がつかなかった。


「すごい! かわいいですね!」


 ヒナはきゃいきゃいとはしゃいでいた。

 美卯はぽかーんと口を開けている。


 ていうか、姫なの? この子。

 何者。何者なの?


 そんな感じで会場がざわつく中。


 大スクリーンに立体映像の少女が映し出される。

 確かに可愛い。完璧に近い造形だ。オタクの夢をこれでもかと詰め込んだような、儚げで、華奢で、庇護欲をそそる美少女であった。


 幻想生物のような彼女は、まるで人間にしか見えないような顔ではにかむ。

 その口から、電子音交じりのような声が発せられた。


『――私はミオン・グランディア・リルム。オタサーの姫です』


 なんかすごいことになってきた。


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