アルムvsエルミラ3 -魔法創世暦1719年-
一階で繰り広げられる戦いを見てルクスは顎に手を当てながら身を乗り出す。
(アルムはそう出たか……手堅いな……)
ルクスにとってはもはや珍しい自分達クラスの魔法使いの本気の戦闘……アルムとエルミラの手腕に心の中で唸っていると、横から愛娘のエミリーが控えめに袖を引っ張っているのに気付く。
「パパ……一人でわかってないで解説して貰っていい……?」
「え? あ、ああ……悪いねエミリー」
才能があり実力がついてきたとはいえエミリーはまだまだ経験の少ない魔法使いの卵。
二人の戦闘速度は学院で見る魔法儀式より速く、一手一手に込められた意図に追い付けない。彼女からすると目の前で行われている二人の戦いはこれ以上無い教材であり、隣に理解できるルクスがいるのはあまりに幸運な勉強の機会だった。
「まずママは……エルミラは流石だね。アルムからすると先手を取ったのは自分だったはずだ。接近戦に持ち込んできたエルミラに対して接近戦に強い獣化を先に唱えて流れを作ろうとした。
けど、そんな隙とも言えない一瞬にエルミラは躊躇無く血統魔法を叩きこむ選択で上回った。切り札とも言われてる血統魔法の使いどころのセンスはやっぱりずば抜けてる。汎用性に富んでる無属性魔法を独自に強化して立ち回るアルム相手にああも簡単に決定打を撃ち込める魔法使いはそういない」
まず見るべきはやはりエルミラの初撃。
探り探りの攻防を一気に持って行こうとしたアルムをエルミラは上回った。それもアルムが油断していたわけではない、唱えた瞬間にエルミラが懐に入って結果的に隙になっただけだのこと。
『幻獣刻印』を見て実際にあのような行動に出れる魔法使いはそういない。
「一方、手痛いダメージを負ったアルムは……まずさっきの鏡の魔法は防御魔法としての側面が強い。血統魔法での一撃を入れられて切り返すんじゃなく、落ち着いて攻撃を耐えるための魔法を選んだ。この事からアルムはエルミラの魔力切れも視野に入れ始めたって事が読み取れるだろう?
エルミラが魔力消費の多い血統魔法を早めに使ってきたのを見て戦い方を切り替えたんだろうね」
「な、なるほど……! アルムおじさんは魔力量が多いから……!」
「そういう事だね。でもアルムもエルミラ相手に耐えるのが難しいのもわかってる。実際、エルミラの攻撃能力が高すぎて鏡は後二枚だ。だから反撃の手数と防御を両立できる召喚の魔法でアルムが対応し始めた……直前に攻撃魔法でエルミラと自分の距離を離すためにやった小技もうまい。とりあえず今はこういう状況だけど、わかったかな?」
細かく丁寧に戦況を説明するルクスを見てエミリーは目を輝かせる。
その目には今まで以上に父を尊敬する眼差しがあった。
「パパかっこいい……! やっぱりパパも凄いんだ……」
「え? そ、そうかい? あはは、エミリーの前ではあんまり見せた事無いけどパパも一応ママくらい強いからね」
どちらかといえば母親好きのエミリーからの眩しい眼差しについ頬が緩む。
娘が健やかに育つなら父としての威厳など無くてもいいと思っているが、それでも魔法使いとしての側面を娘に敬われるのは嬉しかった。
(ありがとう二人共……)
心の中で二人に感謝しつつもアルムとエルミラの戦いを注視する。ルクスはこの場における自分の役目をわかっているのもあってその表情すら見逃さない。
――さて、どこまでヒートアップするだろうか?
すでに壁や床がボロボロになり始めている実技棟に不安を覚えるルクスなのであった。
実技棟に現れた乙女の顔をした翼を持つ獅子。
実技棟の床を砕き、大地を踏みしめるような音がその怪物が幻想である事を否定する。
"キュオオオオオオオオオオ!!"
空気を震わす咆哮。無属性魔法とは思えない"現実への影響力"。
事情を知らなければアルムが無属性魔法しか使えないなど嘘だと否定する者もいるに違いない。
異端の魔法を支えるのはアルム自身が討伐した魔法生命達との記憶と、かつて霊脈と繋がった事で得た怪物達の持つ異界の記録。
アルムだけが具現化できる、魔法生命達をモチーフにした魔法である。
「!!」
エルミラは自分の上に影が落ちてすぐに横に跳ぶ。
上から降るは謎の文字が刻まれた石板。文字ではなく絵に近い。
「ちっ!」
回避した先にもまた巨大な影。
降り注ぐ石板を右に左に、前に回避しながらエルミラはアルムの召喚した怪物へと突っ込む。
「あああああああああああ!!」
その速度のまま怪物の顔を目掛けて飛び蹴り。
背後で爆発させ、速度を上げたその一撃が怪物の乙女の顔に突き刺さり、爆発する。
質量差をものともしない爆風に乙女の顔が砕け、怪物はよろける。
しかし止まる事はない。顔がえぐられて咆哮も出来なくなってなおその前足はエルミラに目掛けて振り下ろされる。
「ぐっ! 覚醒前じゃ破壊しきれないか――!」
その前足を受け止めて、爆発で迎撃する瞬間――エルミラの耳に届く声は。
「"放出領域固定"」
「――!!」
アルムは魔力切れの時間稼ぎのためだけにスピンクスの魔法を唱えたわけではない。
魔力を潤沢につぎ込んだこの怪物すらも布石。エルミラの血統魔法と撃ち合えるのはあれしかないとアルムは唱える。
「【一振りの鏡】」
エルミラの纏っていた灰全ての爆発で怪物は砕け散る。
舞い上がるような爆風の裂いて、空から一つの武器が落ちてきた。
刀のような形をしたかと思えば、次の瞬間には割れた鏡のように不格好に。
しかしそれでいて存在感を放つ鏡の剣はアルムの目の前に落ちて、アルムはその武器を手に取る。
現存する無属性魔法で唯一の世界改変魔法――【一振りの鏡】。
自身を一つの世界と定めて使い手本人を魔法と化し、際限なく魔力を注ぎ込む事で他の"現実への影響力"を弾くアルムが生み出した魔法である。
「魔力切れ狙いはやめたのかしら!?」
「魔力切れ狙いだよ」
瞬間、ひび割れた床を砕きながらアルムが駆ける。
爆炎を切り裂きながら体勢の整っていていないエルミラ向けて。
エルミラが破壊した怪物が魔力となって霧散する頃には二人の距離は無くなった。
「『灰煙の女主人』!」
エルミラの背後から放たれる十個の炎の塊。
それはアルムに向かっていくわけではなく、エルミラの足下に着弾してそのまま爆発した。
黒煙と灰の混じった砂埃が舞って、体勢の崩れたエルミラの姿を隠す。
「無駄だよ」
だがアルムはその黒煙に向かって鏡の剣を一振り。
その"現実への影響力"がエルミラを隠していた黒煙を切り裂く。
薄っすらと舞う砂埃だけが残って、エルミラの姿が露わとなった。
「この、反則魔法め――! 『火蜥蜴の剣』!!」
「血統魔法を覚醒させてるお前らが言うのか」
エルミラは即座に炎の剣を手に握り、アルムの一撃を受け止める。
駆けた勢いのまま斬り付けた勢いは止まらず、アルムは鏡の剣を振るう。
(剣だけじゃ分が悪い……!)
上から振り下ろされる鏡の剣を受け止め、弾く。
アルムは弾かれながらも体を回転させてその勢いのまま逆からもう一撃。
エルミラはその勢いすら見切って受け止め、刃を滑らせて力を受け流した。
次の来るのは勢いのまま腹を狙ったアルムの蹴り。鏡の剣を注視しながら肘で受ける。
肘で蹴りを受ければその威力が足に伝わり普通なら蹴りを放った側が痛みで悶絶するだろうが、今のアルムは顔を顰めるぐらいで止まる事はない。
何故なら今のアルムは暴力的な自分の魔力量で自分自身を傷付けている。外部からの痛みで攻撃の手は緩まない。
次に来るのは強化に任せた強引な跳躍。エルミラの正面に位置していたアルムは横へと。
エルミラもまた無理に後ろに跳んで距離を離すが、アルムは再び床を蹴ってエルミラに追い付く。
そのままエルミラの剣を狙った豪快な一振り。
受け止めざるを得ないエルミラはそのまま自分の炎の剣で受け止めるが、その瞬間自分の魔法がひび割れ、限界が来た事に気付いた。
「よくもったほうだ」
「そうね……! 流石、私の魔法……!」
エルミラがどれだけ魔法が上手くても『火蜥蜴の剣』は中位の攻撃魔法に過ぎない。
時間が経つごとに膨大な魔力が注ぎ込まれ、"星の魔力運用"によって"現実への影響力"が増すアルムの【一振りの鏡】と撃ち合い続けるのは難しい。
そんなアルムの魔法にも長く続けられないデメリットはある。エルミラの狙いはそれでもあったが……そのデメリットすらアルムは利用した。
「っ!?」
鏡の剣と炎の剣がぶつかり合い、そのままじりじりと力比べのような状態になっていた次の瞬間――アルムの右腕が内部から破裂したように血が噴き出す。
その白く光る魔力を含んだ血がエルミラの顔にもかかりそうになり、エルミラは咄嗟に目を閉じた。
【一振りの鏡】は自分自身を魔法に変える魔法。維持は勿論、"現実への影響力"を底上げするために常に膨大な魔力量がアルムの体内で荒れ狂っている。
魔法化したところで体が耐えられるはずもなく、いいタイミングで魔法を解除しなければそのまま自爆するような魔法だが……今回アルムはそのデメリットすら利用して血の目潰しを仕掛けた。
姑息と評されそうなやり方、正気とは思えない魔法を使っているからこそできる搦め手。
だが、エルミラ相手にアルムは油断などしない。やり方を選べる相手ではない事を知っている。
目を閉じたその瞬間を狙って炎の剣を叩き落とす。そして刃を向けずに剣の腹でエルミラを狙う――!
「【暴走舞踏灰姫】!!」
「!!」
エルミラが目を閉じた瞬間、唱えられたのは二度目の血統魔法。
だが先程とは様子が違う。爆炎が鏡の剣を弾いてアルムを後方に吹き飛ばす。
後退ったアルムの目の前には燃え上がる炎。灰を纏いながら人の形となって、エルミラの姿が炎の中に現れる。
目潰しに使われたアルムの血は燃やされて、全て灰へと変わっていた。
「なるほど……なりふり構わずこっちを使わせたかったって事ね」
先程のように灰を纏っていただけとは違う。
使い手そのものが灰を生み出す人型の炎に。揺らめく炎の中に赤い瞳が輝く。
ロードピス家が誇る血統魔法その覚醒――自身を炎に変えるエルミラの切り札である。
「ああ、使わせないと余裕があるままだろ!?」
「確かに魔力切れは近くなるけど……それまであんたのほうが立っていられるかしら!?」
その姿に観客席で見ていたエミリーが息を呑む。
先程までは怒涛のアルムの攻撃に、そして今は自分が受け継いだ血統魔法の歴史の一つに。
エミリーは二人の戦いを完全に理解できるレベルに自分はいないとわかっている。
それでも、決着が近い事だけは張り詰めた空気が教えてくれていた。
お読み頂きありがとうございます。次の更新で今回の短編は終わりです。
このような短編をたまに更新しますので、更新されたらまた読みに来てやってください。
『ちょっとした小ネタ』
・一振りの鏡がどんな魔法か知った一般魔法使いの反応
「何か無属性で世界改変してる……」
「馬鹿の考えた馬鹿強い馬鹿魔法」
「世界がアルムさんに才能を持たせなかった理由」
「持たせなかった結果がこれならミスだろ。何で自分の魔力で自爆するんだよ」
「魔法が自壊するんじゃなくて本人が自爆するの頭〇ってる」
「まとな部分が自分で止められる所しかない」
「才能さえあればもうちょっとまともだった」
「いいからもう一生カエシウス家に甘やかされながら隠居してほしい」
「魔法というより違法だろもう」




