アルムvsエルミラ2 -魔法創世暦1719年-
――エルミラ・ロードピス。通称『灰姫』。
南部以外の貴族を冷遇する四大貴族ダンロード家が唯一、無条件で南部に迎え入れる貴族であり、南部の貴族全体からも支持の厚い事で有名な魔法使い。
他国においてはその実績からマナリルで最も危険な魔法使いの一人として名を馳せており、マナリルの火属性の使い手で三本の指に入ると評されるほどである。
「ええ、所詮は彼女も一世代前の魔法使い。今の私は彼女を超えています……なんて、言うとでも思います?」
元から有名だったその名はある一件でさらに広まる事となる。
それはダンロード家の息女であり、エルミラと共に三本の指に入ると評される事も多いシュニーカ・ダンロードという若き魔法使いのインタビューがきっかけだった。
四大貴族ダンロード家の息女、ベラルタ魔法学院をトップで駆け抜けた彼女はプライドが高く物怖じしない性格なのもあり、記者から強気な受け答えを望まれる事も多い。
しかし、よく名前を比肩されるエルミラという魔法使いについてを問われて……シュニーカは記者の想像した答えとは全く違う答えを口にしたのである。
「私は何かとエルミラさんやファニアさんと名前を並べられますが……それは私だけが彼女達の足下にいる事が出来ているというだけで、実力は相当離れております。
特にエルミラさんは魔法を私に指南してくださった敬愛する師匠、まだまだ敵いませんわ」
普段とは違うあまりに慎ましい答えに当時のインタビューは呆然としたという。
しかし、さらに驚愕したのはこの後……何か重圧のようなものに耐え切れなくなった彼女はその不満をそこで爆発させてしまった。
「ほんっと……いい加減、三本の指って書くの本当にやめてくださらない!? 畏れ多くてエルミラさんに会いずらいのよ! 私がほんのちょっと火属性の扱いが上手いからといって勝手に持ち上げて! みんなよく見なさないよ節穴共! 私は確かに天才だけどあの人は怪物に片足どころか腰まで浸かっている女傑でしょう!?
あの人と互角に戦えるレベルというのはあの人の親友の方々とかダブラマの王家直属とかガザスのハミリア家みたいな同じ怪物なの! 私みたいなただの天才を巻き込まないで!
うええええん! 恐いよおお! 私を嫌わないでください師匠~!! シュニーカは今でもあなたを尊敬してますのよ~!!」
この自慢なのか謙遜なのかもよくわからないインタビュー内容はシュニーカの人気を高め、さらに知名度を飛躍させた。
そしてエルミラの名もまた同じように、彼女の実績を知らない世代も出てきた現代に改めて周知される事になる。
四大貴族に生まれ、その中でもさらに天才と評され、本人も自負しているシュニーカをして怪物と言わしめるエルミラ・ロードピスとは一体――。
「私が負けず嫌いだから獣化には獣化で応戦してくるとでも思った?」
――爆炎の中から支配者が現れる。
灰のドレスを揺らして、かつん、かつん、と鳴るヒールの音は凶器の音色。
どんな者にも分け隔てなく接し、初対面でも話しやすく、貴族の集まりを無条件で明るくする笑顔を振りまく貴族の姿はそこにはない。
赤い瞳は肉食獣、見せる八重歯は猛獣の牙に錯覚する冷静さと狂暴さが共存した笑み。
手を抜けぬ敵に対して見せる魔法使いとしての姿がそこにはある。
観客席そんな初めての母親の姿を見たエミリーは身震いするしかない。
「す……ご……」
幼い頃からの憧れ。娘離れしていないのが嬉しいと感じているくらい仲のいい自慢の母親。
そんな母親が、自分が逆立ちしても勝てないアルムに決定的な一打を叩きこんだ。
差があるのはわかっていた……だがどれだけ遠いのか。エミリーにとって今のエルミラの姿はあまりに大きすぎた。
「ぶっ……!」
実技棟の壁に叩きつけられたアルムが壁の瓦礫をどけながら立ち上がる。
口から鬱陶しそうに血を吐き捨てて、エルミラを見据えながらダメージを確認する。
(骨はひびだけだが……内臓が少し傷ついてるな。呼吸が辛い……)
肋骨の何本かにひび、恐らく肺に傷。
事前に唱えた強化と獣化の上からたった一撃で叩きこまれたダメージにアルムは感心すら覚える。
「覚醒前の血統魔法でこれとは参るな……」
「あんたの魔法の弱点くらいわかってんのよ。その魔法……あんたと魔法式が繋がってるとこ破壊すれば再生できないでしょ?」
「っ……話した事無いってのに……」
「白旗振るなら待ってあげてもよくてよ紳士?」
「ドレス着させてさよならはちょっとな」
「あら、お気遣いありがとう――"炸裂"」
エルミラの文言と共にアルムの近くの瓦礫が爆発する。
爆発の正体はすでに紛れさせていた血統魔法の灰。
アルムに気付かれない程度に仕込んだ小規模のものだが、巻き上がる砂埃と爆炎だけで目くらましとしてはお釣りがくる。
「『永久魔鏡』!」
一瞬気を取らされたアルムは五枚の魔鏡を展開する。
エルミラの動きを目で追えてないのは致命的。五枚の魔鏡はアルムのそんな隙を守る盾だ。
「らあああああああ!!」
「ぐっ……!」
煙をかき分け、正面から飛んできたエルミラが魔鏡を一枚拳で叩き割る。
女性の細腕による拳と侮るなかれ。鍛え上げた魔法使いの強化に加えて、手には血統魔法によって装着された灰の長手袋。
一撃一撃が爆発を伴った破壊。アルムを守る鏡を紙のように破壊している。
まだ魔力が十分ではない魔鏡ではエルミラの血統魔法は防ぎきれない。
「『魔弾』」
残る魔鏡は三枚。そう思った次の瞬間には飛び蹴りによって砕かれて残り二枚。
その二枚を操り、五つの魔力の弾丸を反射させながら強化してエルミラの背後を狙う。
「甘い」
エルミラは魔鏡を破壊しようと突っ込んだかと思えば、灰を爆発させず突っ込んだ勢いのまま魔鏡を蹴って方向転換。
アルムから一旦距離をとり、『魔弾』の弾丸全てを視界に収めてから改めて突っ込む。
エルミラの強さは紛れもない経験値。
学生時代から格上と戦い続け、正攻法では敵わない相手でも乗り越え続け来た万能の使い手。アルムの不意打ち染みた攻撃も難なく対応する。
……だがアルムが欲しかったのは回避のために距離を取ったその一瞬――!
「【異界伝承】」
「――!!」
異界の力を繋げる文言と同時にアルムの黒い瞳が輝く。
今見せた隙とすら言えない絶妙なタイミングでの"放出"にエルミラも息を呑んだ。
「――『幻問異聞・隣人の守護者』」
残った二枚の魔鏡のコントロールを放棄し、魔法生命の力を模した魔法が顕現する。
アルムの横に現れたのは五メートルはあろうかという乙女の顔をした翼のある獅子。
意思の無い人造人形ですら怯むであろう威容と咆哮で実技棟の床がひび割れる。
咆哮の風圧は観客席まで届き、エミリーは初めて味わうその迫力についルクスの腕に抱き着いていた。
「スピンクス……ちっ、面倒ね……」
「そんなに急ぐなよエルミラ、まだ始まったばかりだろ」
口の端の血を拭いながら言い放つアルム。
エルミラは舌打ちしながらも、無意識にその口角は上がっていた。




