一口魔法使いその1
いつも読んでくださってありがとうございます。
完結後の番外の一つとして一話でまとめるには短い場面を切り取ったようなお話をお届けします。
『からかい方はご計画的に』
「ミスティってやっぱりボク達の前以外だとアルムくんといちゃいちゃしてるの?」
「んん!?」
「うぐっ……!」
「何でラナさんがダメージ受けてるの……?」
アルムとベネッタが旅から帰ってきて少し落ち着いた時の事……スノラの絶景を眺めながらミスティとベネッタ二人のお茶会の最中にそんな問いかけは突如投下された。
正面に座るベネッタからの唐突な問いにミスティは吹き出しそうになるのを耐え、控えているラナは自らの想像で足をがくがくと震えさせる。
ミスティは胸をとんとんと叩き、ティーカップを置くとわざとらしい咳払いをした。
「きゅ、急に何です?」
「いや別に……せっかくアルムくんが旅から帰ってきた割には意外にいちゃいちゃしてないなーって……だから二人きりの時にいちゃいちゃしてるのかもって思っただけー」
「す、ストレートな疑問ですわね……ま、まぁ二人でいる時は……それなりに……」
「ちゅーとかするの?」
「し、し、しますけど!?」
「どんな感じー?」
「ど、ど、どんな!? そ、そんなはしたない……うう……。と、とても……優しくて……こう、体がふわっとするといいますか……つい甘えたくなる気持ちにさせられると言いますか……」
にやにやしながら問うベネッタを見てからかってきているのだと気付くミスティ。
ミスティはからかってくるベネッタに屈しないように負けじと答えるものの、性根が真面目なせいか正直に答えてしまう。耳まで真っ赤になっているのでその反応だけでベネッタは満足だった。ラナは後ろで崩れ落ちていた。
……満足したからこそ、ベネッタは油断してしまったのだろう。
「うひゃあ……ラブラブだねー! よかったねー!」
「う、うう……恥ずかしくて死にそうですわ……」
「ちゅーだけでそんなかー……へぇー……ボクがした時は覚えてないからなー……」
何気なくそんな特大の地雷をぽろっと漏らしてしまった。
「……ボクが……した時?」
「あ」
「ボクが? した時? 今……そう仰いましたか? ベネッタ?」
ベネッタの体中から冷や汗がだらだらと流れ始め、思わず顔を逸らす。
恥ずかしさから赤くなっていたミスティの顔からは一気に熱が引いていて、凍るような視線でベネッタの言葉を待っていた。
ただの人工呼吸だったという言い訳が果たして通用するのか。いざとなれば常世ノ国で教えて貰った土下座を炸裂させるか。
そんな事を考えながら生唾を飲み込み、凍る覚悟を決めて……ベネッタは一世一代の弁明を叫び始めた。果たしてベネッタの未来はいかに。
『食糧事情』
「アルムさんあなた……四年も旅をしていたんですわよね?」
「ああ」
「道中の資金はどうしてましたの? 食事やら宿泊施設やら……王城からの支援があったといってもそんな大金を送れるわけじゃありませんわよね?」
アルムが南部に立ち寄った際、サンベリーナはラヴァーフル家に招待して食事を振舞った。
南部の料理に舌鼓を打つ中、サンベリーナはアルムがしていた四年間の旅についてを興味本位で聞いてみる。
四年の旅ともなれば食事や宿の問題に当然ぶつかってしまう。マナリルではない場所ならばさらにだ。頼れる場所は基本的に無い中、アルムがどうやって旅を続けていたのかが気になったのだ。
「ああ、だから自分で魔獣やら動物を狩っていたし、野宿をしたりもしたぞ」
「そういえばあなたは山の出身でしたものね? サバイバルはお手の物と言うわけでしょうか?」
「それが日常だったからな。とはいっても料理はシスター……母親がやってくれていたからサバイバルってほどじゃなかったがな。解体は得意だったがな」
言いながらアルムはナイフで肉を切り、フォークで口に運ぶ。
少しのぎこちなさはあるものの練習しているのがわかる動きだった。
「お肉を自分で狩って料理までするなんて私には想像もできませんわね……」
「まぁ、料理はほとんどしなかったがな。そのまま食べてたから」
「え?」
「ん?」
アルムとサンベリーナの間に少し間が出来る。
サンベリーナが訝しんでいる様子にアルムが先に口を開いた。
「あ、ちゃんと血抜きはしたぞ?」
「いやそこじゃありませんわよ。そのままって……」
想像してサンベリーナの食欲が少しなくなるがすぐに思い直した。
自分に馴染みが無いだけで肉を生で食べる事もあると聞いたことはある。ただの文化の違いだと自分を納得させた。
「そ、それは……食事にはそれなりに困ったでしょうね?」
「いや、魔獣の肉もそうだが……幸い自然さえあればどこでも手に入る栄養源もあるし、そこまでは困らなかったな」
「栄養源?」
「ああ、地面に埋まっていたり木の中にいたりするんだが、これが栄養源として優秀で――」
アルムがそこまで言ってサンベリーナは急いで両耳を自分の手で塞いだ。
軽い気持ちで聞いてしまった自分とさらっと答えてしまうアルムの両方を呪う。アルムの言っているものが何か想像しただけでサンベリーナの全身に鳥肌が立っていた。
「ひいいい!! もう何も! もう何も言わないでくださいまし!!」
「お前が聞いたんだろ……」
アルムは両耳を塞いで縮こまるサンベリーナに呆れたような視線を送る。
食欲が完全に失せてしまったサンベリーナとは裏腹に、アルムは用意された料理をしっかりとたいらげていた。
『おめでたい買い物』
「あれ? ネロエラくん? ネロエラくんじゃないかい?」
「る、ルクスさん……?」
王都で買い物をしていたルクスはばったりと同期のネロエラと出会った。
どうやらネロエラはオフのようで、ベージュのカーディガンにチェックのフレアスカートと軍服とは違ったカジュアルな服装をしている。
いくらネロエラの勤務地が王都だからといって道端にばったり会う偶然は珍しい。
「久しぶりだね。休日かい? いつもフロリアくんと一緒にいるから一瞬気付かなかったよ」
「は、はい……フロリアも休みなんですけど、今日は一人で買いたいものがありまして……」
「へぇ? なんでまた? 買い物ならフロリアくんが得意そうだけど……?」
ルクスが聞くと、ネロエラは嬉しそうに答える。
「実は……休んでいる間にわかったんですけど……妊娠、したかもしれなくて……」
「え!? おめでとう! まさかお相手がいたとは……っと失礼。そういう意味じゃないんだ。気にしないでくれ。とにかくおめでとう!」
ルクスはつい自分の事のようにネロエラの手を取る。
アルム達ほど関わりがないとはいえ、学院を一緒に卒業した同期であり、仕事でも関わる機会が多い友人だ。嬉しくないはずがない。
ネロエラは一瞬驚いてはいるものの、ルクスからの混じりけの無い祝福の言葉に顔を綻ばせた。
「あ、ありがとうございます……」
「そういう事なら、邪魔じゃなければ僕も買い物に付き合うよ。安心してくれ。エルミラがエミリーを妊娠している時にある程度注意しなきゃいけない事はわかっているつもりだ。買い物の手伝いくらいはできるはずだ」
「ほ、本当ですか? それなら、予定よりいっぱい買える、かも……」
「いっぱい? 何を買う予定だったんだい? 今日限定になってしまうけど荷物持ちとしてこき使ってくれていいよ」
妊娠したからいっぱい買うものとはなんだろうか?
ルクスがそんな事を思いながら何を買うのか聞くと、ネロエラは歯を見せて笑いながら答えた。
「ええと、いいお肉を……いっぱい買おうかな、と……」
「……にく?」
聞き間違いか、とルクスは首を傾げる。しかし聞き間違いはないようでネロエラは頷いた。
「うちのカーラ……あ、私が率いてるエリュテマの一番上の子が好きなお肉を買いに、いくんです……。いつもは大人しくて、しっかりした子、なんですけど……珍しく私に甘えてくるから、いい機会だから、甘やかそうかな、って……」
「あー……そういう……。あー……」
自分の勘違いに気付いてルクスは空を仰ぐ。
最近エルミラが二人目を妊娠したのもあって、すっかりネロエラが妊娠したものだと思い込んでいたが……確かにネロエラは自分がとは言っていなかった。
「とにかくおめでとう! 勿論付き合うよ」
「ありがとう、ございます……せっかく、なので甘えさせて貰います。馬車を使おうかなと思ったん、ですけど……お肉の匂いがついちゃう可能性もあるので……」
「なるほど、僕達なら強化使えば重くても運べるからね」
「はい。あ、こっち、です。いいお店、なんですよ」
勘違いはあったものの、めでたい事には変わらない。エリュテマはネロエラにとっては仕事を共にする仲間でもあるし、ルクス自身も世話になった事もある。
どれだけ大きい肉を運ぶのかはわからないが、そんな変な日があっても悪くないと……嬉しそうにしているネロエラの後ろをルクスは付いていく事にした。
『愚痴』
「あいつはこの心細さをわかってないと思うわけよ」
「そうね」
「そりゃ私だって悪い所はあるわよ? でも不安定な時期だから仕方ない……とまでは言わないけど、もう少しくらい一緒にいてくれてもいいと思わない?」
「……そうね」
「仕事が忙しいのもわかってるわよ。あっちは四大貴族だしね、夫婦だからって毎日過ごせるわけじゃないのも当然わかってるけどさ」
「……そうね」
「聞いてんの?」
「逆に私から聞きたいんだけど……」
「なに?」
「……これ相談相手、私であってるの?」
大きな眼鏡の奥にある瞳に心底からの疑問を湛えながらグレースが問う。
少し間をおいて、正面のソファに座るエルミラの瞳は突然潤み始めた。
「あんたが昨日喧嘩してへこんでた私の所に丁度来てくれたんじゃない! 愚痴くらい聞いてくれてもいいでしょ!?」
「私は仕事でロードピス領での講演許可を取りに来ただけなのよ! それに丁度良くって……事前にアポとっていたでしょう!?」
「グレースがいじめるぅ……! ちょっとくらい付き合いなさいよぉ!」
エルミラはぐすぐすと涙を少し零しながら身を乗り出してグレースの手をがっと掴む。
声には出さなかったが、しまった、とグレースの表情が変わった。
「素面でそんな面倒な絡み方してくる奴の相手なんて嫌よ! ベネッタ辺りを呼びなさいよ! あの子ならあんたの話を無条件で聞いてくれるでしょう!?」
「何言ってんの! ベネッタは忙しいのよ!」
「私だって忙しいですけど!? あなたが講演許可をくれたからすぐにこの話を持ち帰って劇団に通さなきゃいけないの!」
「じゃあもう少し渋るわ! どうしよっかなー!! 愚痴を聞いてくれたら許可しそうなんだけどなあ!!」
「そんな理由で渋らないでくれる!? さっき全然オッケー、やっちゃってー……って数秒で話終わらせてくれたじゃない!」
「いいじゃない! こんな事エミリーには話せないし、ターニャは今日お休みだしで話せる相手がいないのよ! 久しぶりに会ったんだから少しくらいいいでしょ……?」
「もう……」
グレースは逃れようとするのを諦めてソファに座り直す。
ずれた眼鏡を片手で直して、もう片方の手をぎゅっと掴んでいるエルミラの手を見ながらため息をついた。
「一時間だけよ? 確かに久しぶりだし、そのくらい付き合ってあげるわ……」
「さっすが! グレースって学生時代から人付き合い嫌いな癖になんだかんだ甘いわよねー……学生時代からもっと絡んどけばよかったわ」
「それは無理ね、三年になるまであなた達は特に避けてたもの」
「なんでよ!?」
それから一時間どころか二時間ほどグレースはエルミラの話に付き合う事となる。
呆れながら、仕方なく、そんなスタンスで話に付き合っている割には……話が終わって屋敷から出てきたグレースの表情は柔らかかった。
「またね、グレース。今日はありがと」
「はいはい、講演が始まったら招待するわ」
なんだかんだと言いつつも、同期の友人相手は特別なのだ。
当主だというのにわざわざ見送りにまで出てくるエルミラに手を振り返す。
「はー……疲れた」
エルミラが見えなくなった馬車の中、グレースは笑顔を浮かべながら呟いていた。
読んでくださってありがとうございました。
たまにこんな感じで更新しますので、その際は是非覗きにきてやってください。




