未来への頁8 -魔法創世暦1718年-
発端は寝ぼけたフラフィネの一言から始まった。
「ベリナっちの髪っていいよね……」
「はい?」
「昔から朝日みたいにきらきらしてさ。綺麗で羨ましいし」
南部ラヴァーフル領ラヴァーフル邸。
目覚めたフラフィネは鏡台で髪を梳いているサンベリーナの姿を見て、半分寝ぼけた頭で何も考えずにそう言った。
学生時代から成長してますます磨きのかかった流れるような金の髪。幼さの無くなったサンベリーナの姿に似合っている。
普段絶対に言うことの無い無意識の本音。サンベリーナはぽかんとベッドの上でまだ寝転がっているフラフィネのほうを見つめ、やがて笑顔になっていった。
「まあ……まあまあ……! まあまあまあ!!」
「うわ、うっさ……何……? おはようベリナっち……」
「おはようございます! フィーネったらそんな風に思ってくれましたのね!?」
フラフィネの意識が目覚め、先程自分が言った事を思い出して辟易した。
寝ぼけていたとはいえ自分はなんて面倒な事を言ったのだろう。目覚めの頭にサンベリーナのハイテンションな声量が響く。
「確かに私の髪は世界が生んだ奇跡! 神秘ですら容易に生み出せない世界の宝! 星の川のごとき美しさの結晶とでももうしましょうか! フィーネが見惚れるのも無理はありません!」
「うざ」
「照れ隠しと受け取っておきましょう! ですがフィーネの髪も私に及ばないまでも素敵ですわよ? 昔のお団子もとても可愛らしかったですわ」
「はいはい、どうもだし」
「あら、本音ですのに。いえ、これも照れ隠しですわね? お見通しですわぁ!」
サンベリーナはわざわざ櫛を置いてお気に入りの扇を勢いよく開く。
よほど気分がいいのだろう。早朝だというのにあまりに元気がいい。
「こんだけ付き合い長ければそりゃわかるし」
「否定しませんのね? 素直でよろしいですわ」
「ベリナっちって何か付き合い長くなるにつれてうざさが増してないし? あー、駄目だ。ポジティブすぎて朝から浴びるもんじゃないし……」
「申し訳ありません。私が太陽のように眩しいせいで……」
「ほんと勘弁して」
フラフィネは嫌そうな表情をしながら起き上がる。
鏡台の前に座っているサンベリーナを椅子から剥がし、自分で座った。
「ベリナっちうちの髪やって」
「うふふ、いいですわよ。どんな髪型にします?」
「……まぁ、今日は休みだし? 久しぶりに? そ、その、お団子にしてもいいし」
「任せてくださいな」
「あ、でも流石にこの歳で二つやるのは恥ずかしいから……後ろに纏める感じでお願いするし……」
「うふふ、わかりましたわ」
サンベリーナは鼻歌まじりにフラフィネの髪を櫛で梳く。
しばらく髪をいじっているとふと呟いた。
「あまり髪のお手入れを意識していないフィーネですらそう思うという事は……これ、売れますわね……」
「は? 何の話だし?」
ラヴァーフル家当主として様々な事業に手を出してきた商才がきらりと輝く。
鏡に映るサンベリーナの笑顔は未来を見据えていた。
「フィーネ! 共同開発致しましょう! アイデアがあなたフラフィネ・クラフタ! 出資ラヴァーフル家で!」
「だから何の話だし?」
「髪ですわ! 髪型や髪色を自由にその人の気分で変えられるような……そう! 人工の髪を作るのです!」
「ええ……? う、うちの思い付きで……? てか、これうちのアイデアじゃなくない? ベリナっちの髪見ていいなー、って思っただけだし」
「フィーネがそう思った事に感動して思い付いたのですからアイデアはあなたのようなものですわ! こうしてはいられません! 早速宣伝のために私自身がパーティに乗り込んで……それと商品のモデルはフロリアさんにやってもらいましょう! 画家を招いてすぐに! あ、フロリアさん? お久しぶりですわね!」
「もう通信してるし……」
フラフィネが見ている鏡の中ではすでに通信用魔石を取り出しているサンベリーナの姿があった。
あまりの行動力にフラフィネは呆れるように笑うが、すぐに通信が切れてしまったのかサンベリーナの魔石の光は消えた。
「あれ? どうしたし?」
「それが……はむぁ……さんべ、さん……にゃにぃ……? と言いながら切ってしまわれましたわ……ご病気なのでしょうか? 心配ですわね……」
「いや完全に寝起きだし!」
窓の外を見ればまだ朝日は昇ったばかり。
起きるには辛い人も多々いる時間である。
「お久しぶりですエミリーさん、我が家からの打診……考えて頂けましたか?」
「え?」
今年ベラルタ魔法学院に入学したエミリー・ロードピスが中庭で友人達と雑談していると、同期生の少年に話しかけられた。
エミリーはまず同期生の名前を思い出す。西部の上級貴族ディオルティ家のウォーレルという名前だったか。だがウォーレルの言う打診とは一体何の事なのか全く思い出せなかった。
エミリーが思い出そうとしていると、ウォーレルも予想外の反応だったのか慌てる。
「に、二年前のパーティの後、我が家から婚約の打診をお出ししたのですが……」
「こ、婚約!?」
「エミリーさんそうなの!?」
エミリーよりも両脇の友人達のほうが顔を赤くして驚きの声を上げる。
当のエミリーは婚約の話があったと言う事を聞いても特に驚いた様子はない。
「ごめんなさいウォーレルくん、私の家そういうの全部お断りしているからとっくに無くなっていると思うの」
「ええ!?」
「私のパパとママ、恋愛結婚だったのもあってそういうのは自由にしなさいって言ってくれてるから」
「そ、それならそれで……どうでしょう? 僕にあなたをエスコートできる幸運な男に選んでいただくというのは?」
二年前のパーティで初めてエミリーと挨拶したウォーレルは一目惚れをした。
ふわりとした髪と合う可愛らしい顔立ち、それでいてかよわいだけではない強い瞳。
皮肉や陰口の飛び交うのが当たり前の社交界の集まりにおいて家の権力を振りかざすことなく、自分自身の雰囲気でその場を柔らかくする姿にウォーレルは一気に惹かれ、父に頼んで婚約相手としての打診を出し続けていた。
最初に見せていた余裕のある姿などかなぐり捨ててエミリーに直接ぶつかってみるが、
「ごめんなさい。私アルムおじ……先生みたいな人がタイプだから。ウォーレルくんは恋愛対象には見れないや」
「え……」
「でもお友達として仲良くするなら大歓迎! せっかく同じ学年で入学できたんだもん……学院の仲間としてこれからも頑張ろうね!」
やんわりとそしてしっかり断られた。
拒絶したのか接近したのか……恐らくは玉砕と言うべきだろう。
ウォーレルをきっちり振って線引きまでしたエミリーの手慣れた様子に友人達は可哀想な目でウォーレルを見る。ウォーレルは固まっていた。
「エミリー……魔性の女……」
「エミリーさんは殿方の心を丁寧に砕きすぎです……手慣れてますわ……」
「え!? そ、そんな事ないよ! 私だってこういうの初めて……あ! アルムおじさーん!」
話の途中、実技棟に向かうアルムを見つけたエミリーは満面の笑顔で手を振る。
その笑顔はウォーレルに向けられたものとは違い、生き生きとしたものだった。
「先生と呼べと言ってる」
「ごめんなさーい! 今日も放課後よろしくお願いします!」
「ああ、待ってるぞ」
そんな短い会話ですらエミリーは幸せそうだった。恋愛対象というよりもまるで家族と会話しているような。
ウォーレルはそんなエミリーの姿を見て頭を抱えた。
「え、エミリーさんは……アルム先生のどんなところが……」
「え? えー? えへへ……恥ずかしいけど、まずは見た目……かな? 昔からアルムおじさんの髪好きだったし……」
「髪か……! そうだ、髪を黒くすればいいのか……!」
「え? ど、どうだろう……?」
ウォーレルは意を決した様子で拳を作る。
「最近、南部でウィッグという違う髪を被る商品が出たと聞いたことがある……待っていてくださいエミリーさん! 僕は君の理想になってみせますよ!」
そう言い残してウォーレルは中庭から去っていった。
エミリーはまたねー、と手を振る。
「……本当に次黒い髪で来たらどうするの?」
「うーん……? 私はママ譲りの髪が気に入ってるけど、他の髪色だと印象も違うだろうし……本当に髪の色を変えられるなら色々お洒落出来そうで嬉しいかもしれないね!」
「確かに素敵ですが……果たしてそういうお話だったんでしょうか?」
こうして南部以外の上級貴族も徐々に使うようになり、貴族社会の一部ではお洒落の一環としてウィッグが流行ったのであった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
フラフィネがあだ名で呼ばれているのは、いつまでフラフィネさんだし? とフラフィネが不満そうに言ったのをきっかけにサンベリーナが呼び方変えました。




