アルムの旅5 -四年目-
自分が何を探しているのかはわかっている。
だから迷いなく故郷を復興しようと生きる人々は今の自分にとって眩しかった。
旅を出てもうすぐ四年になるが、結局答えは見つからなかった。
「一度滅んだとは思えない賑わいぶりだ」
「コノエの研究所跡に金になりそうな物がいくつかあったからな、売っぱらって復興に使わせてもらって何とかなってるってわけだ……後はアルム、お前を通じてマナリルに観光地としての価値をアピールして貰えばさらに発展できる」
"最初の四柱"でありながら常世ノ国を統治している魔法生命――モルドレッドの案内で常世ノ国の復興都市ヤマシロを案内して貰っている。
ネレイアの支配と魔法生命の事件が終息し、各地で息を潜めていた常世ノ国の住人達はこの三年でモルドレッドの下に集まったらしく……常世ノ国の首都は急速に復興の道を辿っている。
尤も、チヅルの話によれば王族の血も途絶え、常世ノ国の栄華を表す城も完全に燃えているため当時を取り戻すにはまだ数十年かかるらしいが、それでも全員で前を向いているようで幸せだそうだ。
「ふー……あんだ? マナリルの英雄がつまんねえ顔をしてるな」
「……そうか?」
煙管を吸いながらモルドレッドが怪訝な目でこちらを見てくる。
揺れる煙の向こうには揺るぎない赤い瞳。心の中を見抜かれているようだ。
……思えば、大蛇以外の魔法生命は心の機微に敏感だったような気がする。良くも悪くも。
「自分の体の事が心配か? 安心しろ、半分霊脈化しちゃいるがちゃんとお前は人間だ……ギリギリな」
「はは、ギリギリか」
「ああ、そこは正直に言う。ギリギリだ。だが安心しろ、人間じゃなくなってるならお前は自分がアルムだって認識できるわけねえからな」
「……それは安心、なのか?」
「まぁ、俺様達みたいなもんだ、魔法生命は魔法であり生命でもある。お前は人間であり星でもあるが、お前がアルムである事に変わりはない」
常世ノ国に来たのは霊脈接続の影響を元常世ノ国の巫女であるカヤに調べてもらうためでもあった。
霊脈接続の影響は魔法を一つ忘れるだけだと思っていたが、しっかりと調べたわけでもない。三年以上経った今マナリルに帰る前に一度調べて貰おうと思って来たわけだが……やはり異変は起きていたらしい。
ただ異変と言ってもアルムという人間が変わるわけではないというカヤの説明と今のモルドレッドの不器用な説明で一先ずは安心する事ができていた。
……けれど旅の目的を解決できたわけじゃない。
自分は自分が憧れる魔法使いになれたのか。
ここまで色々な人と出会い、別れながら旅を続けてきたがその"答え"は結局出なかった。
「俺様の言ってる意味がわかるか?」
「とりあえず大丈夫だって事は……」
モルドレッドが首を振る。わかってねえなあ、と呆れた様子だった。
俺が人を呆れさせてしまう時は大抵は何かがずれている時だと学んだのだが、見当がつかなかった。
「お前はアルムだ。わかるか? お前はアルムなんだ」
「……? そりゃそうでしょう」
「ほら、わかってねえ」
モルドレッドが諦めたような笑いを零す。
どういう意味かと聞こうとしたが、モルドレッドが町民から話しかけられたのもあって話は一旦途切れてしまった。
「丁度いい、お前何してる?」
モルドレッドは座って何かを食べている町民に問う。
マナリルでいうカフェのような場所だった。売っているのはどうやら常世ノ国の菓子らしい。昨日ベネッタがもちゃもちゃ頬張ってた気がする。確か名前は団子といったか。
「こ、これはこれは王様!」
「おう。で? お前は何をしている?」
「見ての通り団子を食ってまさあ……ここの団子は絶品ですよ。復興して間もないってのにこのうまさ……。自分は団子が好きなのもあって最高です」
「そうか、それはよかった。これを作った者は?」
「は、はい王様!」
店の中から団小屋の女性が出てきた。
自分と同じくらいの女性だった。
「評判がいいようだな」
「はい! 私は元々団子屋の娘でして……自分の店を出す前は不安でしたが、こうしてお客さんに来て頂けて、おいしいと言って貰えるのが本当に嬉しくて……!」
「ああ、まったくだ。お前が驕らない限りは長く団子屋をやれるだろうさ」
「はい! 肝に銘じます!」
「期待してるぞ。じゃあな……っと、王が店に寄って何も買わないではな。俺様達にも団子をくれ。チヅルとベネッタの土産にもしたいから十本くらい貰おうか」
「はい、ただいま!!」
団子屋の女性は店の中に引っ込み、しばらくすると団子の入った袋を持って出てきた。
モルドレッドは金を渡して袋を受け取る。
「ありがとう団子屋の娘」
「いえいえ王様! どうかまたのお越しを!」
モルドレッドが団子を受け取ると、団子屋の女性は花が咲くような笑顔を見せた。
団子屋にいた町民達にも別れを告げて、モルドレッドは歩き出す。
「わかったか?」
「え?」
モルドレッドは串に刺さっている団子を一本取ってこちらに手渡してくる。
団子はありがたく受け取るものの、モルドレッドの言葉の意味は分からない。
「わからなかったか? こういう事なんだよ」
「こういう、事……?」
「お前が探しているものはお前の中で答えとして現れることはない」
まるで俺の事を見透かしているような口ぶりだった。
カルセシス様といい、王様になるような人はどうしてこうも鋭いのだろうか。
いや、鋭いからこそ人の心に寄り添い、王様として慕われる事ができるのだろうか。
「俺様は生前、王の中に夢を見た」
モルドレッドが遠くを見る。
王とはきっとモルドレッドが異界で生きていた頃に仕えていた王の事だろう。
「美しく咲く花でありながら雑草を見捨てぬその在り方の中に夢を見て、そして目指した……が、生前その"答え"はついにでなかった。迷い続けた。騎士として腕を鍛え続け、滅びゆく国を憂い、王の名を凌辱させぬようにと反逆までして王権を簒奪したが無駄だった。
だが……俺様は二度目の生であっけなく"答え"を見つけた」
モルドレッドは大きく手を広げる。
何を示しているのかはわかったが、俺に何を伝えたいのかはわからなかった。
「考え過ぎだ魔法使い。団子屋が客の中に生きがいを見つけるように、王になれなかった男が異界で王の道を見つけるように。迷った人間の"答え"ってのは自分の中にはない」
「……」
「遠回りは悪いことじゃないが……お前はもうとっくに素晴らしい道を歩んでいるとそろそろ気付け。自分と憧れだけを見なきゃいけなかった時間はもう終わったのさ」
モルドレッドの話は半分わからなかったが、励ましてくれているのだろう。
これは大蛇を倒した事に対するモルドレッドなりの褒美なのか。
考えながら、手に持った草色の団子を口に運んだ。
「うまい……」
「ああ、なにせ俺様の民が作った団子だからな」
賑わう町の中で、不意に喧騒が遠く思えて……故郷が懐かしくなる。
寂しさを感じる事はあっても帰ろうとは一度も思わなかった四年の旅……初めて、マナリルに帰りたいと強く思った。
帰ってみんなに、ミスティに会いたい。
俺はアルム。マナリルのアルム。
いつも読んでくださってありがとうございます。
これにてアルムの旅は終わりとなります。
次の更新はアルムの旅中のミスティ、ルクス、エルミラ、ベネッタのお話を一話ずつお送りします。短くはありますが是非読んでやってください。




