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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ

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829.慌ただしい集合

 パーティと銘打っていても今回アルム達が参加するのは貴族達の権謀術数の渦巻く社交界とはまるで違う。

 見栄も必要無ければ、ねちねちとした口撃も必要無く、相手の家についてを事前に調べる必要すら無い。

 そもそも参加者は十一人。普通のパーティではまず有り得ない人数だ。

 トラペル邸の広間は上級貴族の屋敷に比べれば小さいが、十一人をもてなすには十分すぎる。


「お、来た来た」

「やあ三人共」

「ルクス、エルミラ」


 案内された広間ではすでに到着していたルクスとエルミラがいた。

 広間にはサンベリーナが呼んだであろう音楽団が落ち着いた音楽を奏でており、配膳などに動く者や控えている者にかかわらず使用人達の顔にはほんの少し緊張の色がある。

 何せ企画者であるサンベリーナは勿論、広間で談笑しているルクスとエルミラも高名な貴族。さらにはカエシウス家当主のミスティと聖女と名高いベネッタまで現れたとなればその緊張はさらに加速する。数年前の事件の詳細を知らない者は何故トラペル家に四大貴族が来ているのかと困惑している者もいるだろう。

 自分達に何か不手際があればクビは間違いない、とでも思っていそうだが……この中に使用人のミスをぐちぐちと責めるような人間はいない。トラペル家の使用人はパーティが終わる頃には達成感で満たされているに違いない。


「お二人共お早いですわね」

「僕達はミスティ殿達と違ってトラペル領に比較的近いですからね、懐かしむかたちで学生の時に寄ったニヴァレ村に一泊してから来たんだよ」

「まぁ、本当に懐かしいですわね……」


 雑談しながら差し出されたミスティの手にルクスが自然と口づけする。

 パーティの場での紳士淑女の挨拶として慣れているのか、あまりにも動きが淀みない。

 特にミスティはアルムにされた時は顔を真っ赤にしていたが、ルクス相手では顔色一つ変えなかった。ただただルクスが口にしたニヴァレ村の名前を懐かしんでいる。


「今日エミリーちゃんはー?」

「家で留守番。ターニャってうちの専属治癒魔導士に預けてる」

「やっぱりエルミラの家にもいるんだな……治癒魔導士」

「……アルム、言っておくけどあんた顔合わせた事あるからね?」

「え? どこで?」

「南部」

「南……部……」


 アルムの使用人が運んできた飲み物のグラスを手に取って、アルムはそのまま固まってしまった。

 記憶をたどっても何の心当たりもない。


「心当たりがないって。どうよベネッタ裁判官」

「うーん、女の子の顔忘れるのは死刑だー」

「そこを何とか……え……誰だ……?」

「ローチェント魔法学院にいた子よ。まじで覚えてないわけ?」


 アルムは頭を抱えて何とか思い出そうとするが出てこない。

 顔と名前が一致しないとなんとなくでも人を覚えられないのは相変わらずだった。


「サンベリーナとフラフィネは? まだ来ないん?」

「まだ来てないネロエラとフロリア、グレースが来てないから残るって言っていたぞ」

「ヴァルフトは……?」

「え、来てないのー?」


 ミスティと話しながらもアルム達の話を聞いていたルクスがひょいと顔を出す。


「あ、ヴァルフトはもう来てるよ。サンベリーナ殿が足にしてきたって言ってたから」

「あいつあの二人に足にされてんの……?」


 エルミラはヴァルフトに若干憐みを抱く。

 今やランドレイト家の汚名を濯ぐ活躍を見せる魔法使いがまさか足にされているとは思うまい。それもこれもヴァルフトの魔法が便利だからというのもあるだろうが。


「おいおいおいおい」


 そんな五人の談笑と広間で奏でる音楽に、怒気の籠った声が加わる。

 噂をすればだ。


「そこにいるのは俺達に何の連絡もせずに四年も消息不明だったアルム様じゃあねえの?」

「ヴァルフト、久しぶりだな」


 ワインの瓶を持って広間に入ってきたのはヴァルフト。

 貴族にしては粗野な口調と態度だが、今日はパーティというのもあって燕尾服で決めている。

 しかし輩のようにワイン瓶を持ちながらずかずかとアルムに詰め寄ってきた。


「久しぶりだな……じゃねえよ。俺がグレースちゃんのインタビューでお前と再会したら何したいかって聞かれた時なんて答えたと思う? 一発ぶん殴りてえって答えたよ……俺ですらキレる年月だぞこら。ああん?」

「いや本当にすまん。全員から色々言われてる……ミスティとは連絡を取っていたんだが他と連絡しにくい状況なのもあってな……」

「お前ほどの男が何の活躍も聞こえてこねえからまじで死んだと思っただろうがこら」

「悪かった……悪かったから……」


 アルムに詰め寄ってガンを飛ばしていたヴァルフトはけっ、とワイン瓶をアルムに押し付ける。

 空かと思えばコルクも空いておらず、よく見ればリボンも巻かれていた。


「まぁ、プレゼントでしょうか? ありがとうございますヴァルフトさん」

「改めての婚約祝いって所かな?」

「わー、ヴァルフトくんツンデレってやつだー。アルムくんお祝いしたかったんだー」

「めちゃくちゃ似合わないわね、素直に祝えばいいのに」

「全部説明すんじゃねえよ! そこは黙って知らない振りだろうが!」

「ありがとうヴァルフト」

「るせえよ! 俺は今日グレースちゃんに会いに来たんだ! てめえのはついでだついで!」


 ヴァルフトはずかずかと早足でグラスを運んでいる使用人のほうへと歩いていき、恥ずかしさを誤魔化すようにグラスを一杯とって一気に飲む。

 もうすぐフロリア達が到着するのもあって広間を出るわけにはいかないからか落ち着かない様子だった。


「さあ、揃いましたわよー!」


 しばらくして外が橙色に染まる頃、広間にサンベリーナが飛び込んでくる。

 まるで自分の屋敷のように自由に振舞っているが、パーティの間だけ貸し切りなのに加えて……久しぶりに集まってテンションが上がっているのだろう。

 お気に入りの扇を開くのも相変わらずの癖だ。


「ミスティ様! お久しぶりです!」

「こん、ばんは……」

「どうも」


 サンベリーナに続いて広間に入ってきたのはドレスと宝石で着飾っているフロリア、ネロエラ、グレースの三人だった。

 フロリアはミスティを見かけるなり早足で駆け寄ってくる。同級生だけの無礼講だからこその振る舞いといえよう。

 ネロエラは背と髪は伸びていて大人びた外見になっている上に学生の頃していたフェイスベールを着けておらず、グレースは髪型が変わったものの雰囲気は変わっておらず、無愛想に短く挨拶してきた。


「三人共お久しぶりです。……フロリアさん、ますますお綺麗になりましたね……」

「何言っているんですかミスティ様こそますます……! はわぁ……!」


 フロリアの口から声にならない声が零れる。

 久しぶりに会ったミスティが眩しいのか瞬きが多かった。


「アルム……久しぶりだな」

「ああ、久しぶりだなネロエラ」

「ふふ、今日の私はどうだ?」

「似合ってるよ、見違えた。それに筆談もしなくなったんだな」

「お陰様で、な」


 白い髪を揺らしながらアルムに向かってにっと笑うネロエラ。

 何か吹っ切れたような清々しい表情だった。


「三人共おひさ……って、私はそうでもないわよね。グレースに至ってはめちゃ最近だし、ネロエラとフロリアはたまに王都で会うし」

「そうだね、二か月ぶりくらいってとこかな?」

「そうね、取材の時間を作ってくれてありがとう」


 グレースはルクスとエルミラ向けて小さく頭を下げる。

 横で聞いていたアルムには何の話かはわからない。


「ベネッタとは流石に久しぶり、だな」

「そうだねー、ボクも二年マナリルから離れてたからなー……ネロエラ凄いかっこよくなったっていうかー……」

「そうだろう?」


 久しぶりに出会って変わった所もあれば変わっていない所もある事を喜ぶような会話だった。

 ミスティと幸せそうに会話していたフロリアは次にアルムのほうへと歩いてくる。


「アルム久しぶりね、四年も旅をしていたって……また無事に会えて嬉しいわ」

「ああ、久しぶりフロリア」

「もうカエシウスのお名前は継承したのでしょう? おめでとう、ミスティ様をちゃんと支えてあげるのよ」

「ああ、ありがとう。頑張ってみるよ」

「……」

「フロリア?」

「と、お祝いと挨拶はここまでで……次は私が一番言いたい事を言わせてもらうわね?」

「ん?」


 にこにこと笑っているフロリアの言っている事をアルムがわからずにいると、フロリアはミスティのほうに突然頭を下げた。


「ミスティ様、どうか無礼をお許しください」

「ああ、いえいえお好きにどうぞ」


 フロリアは何かを謝罪し、ミスティも理解しているのかあっさりと答える。

 するとフロリアは突然アルムのほうを向いたかと思えば、その胸倉を思い切り掴んだ。


「さあ覚悟しなさい! 私はあなたを殴るためにここに来たのよ! ミスティ様と四年も離れて寂しがらせて! 思い切り殴らせなさい! 主に痣ができても見えない部分を執拗に殴らせなさい!」

「あー……やっぱりみんな怒るもんなんだな……。理解した……本当にすまん……」

「わー! フロリアが怒ってるー! ヴァルフトくんでも殴らなかったのに! エルミラはしっかり殴ってたけどー!」

「余計な事言うんじゃねえわよ!」

「あて!」


 パーティという集まりを介して久しぶりの再会という空気が、一気に気が置けない友人同士が家で戯れているような空気へと変わる。

 さっきまで雰囲気に合っていた音楽団の音楽もいまや騒ぎを皮肉ったものにしか聞こえない。

 大人しく胸倉を掴まれているアルムと便乗して騒ぎ立てたり、止めようとしない周囲に笑いが起きる。


「止めなくていいんだよね? ミスティ殿?」

「はい、怒られて当然ではありますし……私は結構騒がしいのが好きなんですよ?」

「ははは、それはもうよく知ってるよ。じゃあアルムが大人しく殴られるのを見物しようか」

「いい見世物が出来たところで……さあ皆さん乾杯しますわよー!!」

「ベリナっち……企画者なんだから止めろし……」

「はぁ……こうなると思った……」

「あはははは!!」


 貴族の集まりを想像させる堅苦しい雰囲気もどろどろとした舌戦もどこにもない。

 ここに集まったのは当時目標を同じとしていた友人同士。あの日学院で一緒に過ごした生徒達がはしゃいでいるだけだった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

恐らく今週中に本編は完結となります。応援よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
ネロエラあんなにちいかわみたいだったのに立派になったな
[良い点] 皆がアルムの心配をしていたけど、無事だと思ってたのが伝わってきて良き(๑•̀ㅂ•́)و✧ [気になる点] この世代を超える世代はもう出てこないのでは……? 存在証明のレベルが桁違い過ぎて、…
[一言] 4年もたったのに子供できたのが1組なのは少ないような?
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