822.変化のために
「あー! アルムくん怪我させてるー!」
決着がついた丁度のタイミングでベネッタが実技棟へと帰ってきた。
膝を折って固まっているハルベルトの状態を感知したようだ。
「ベネッタ、あの子は?」
「寝かしつけてきたから大丈夫! それより駄目だよいじめちゃー!」
「いじめてない。教えただけだ」
「じゃあ怪我させないの!」
「ヴァン先生に本気でやれと言われていたし……ベネッタが帰ってくるだろうと思ったからな」
「もうー……」
ベネッタは呆れたように嘆息し、ついている杖をヴァンへと向ける。
「ヴァン先生もちゃんと止めてよー! そりゃアルムくんと模擬戦は勉強になるだろうけどやりすぎ!」
「す、すまん……」
(学院長が謝ってる……)
怒られているヴァンの姿からは普段一年生達が感じていた威厳もなにもない。
見た目はただの可愛らしい女性といった感じのベネッタから普通に怒られて普通に反省しているヴァンの姿があまりに意外で、少し笑いそうになる者もいた。
「まったく……この子はボクが治癒しておくからもう二人は用件すませてきて!」
「はいはい……」
「はいは一回!」
「はい! ベネッタ殿!」
ヴァンはわざとらしく敬礼しながら立ち上がり、アルムを連れて実技棟を後にする。
ベネッタがぺたぺたとハルベルトに触れて状態を確認している所を肩越しに見ながらヴァンがぼやく。
「あいつ逞しくなったなぁ……」
「ベネッタは元から逞しいですよ」
「確かにそうだった。さて……どうせ通信だけだから早めにすますか」
今日ここに来たのはただここを懐かしむためではない、一応用事があるのだ。
ベラルタ魔法学院の学院長室。
アルムは四年前とほとんど変わっていない部屋を見てまた懐かしさがこみ上げる。
同時に、ヴァンが何故内装を変えないのかも少し想像がついた。
「……面倒臭かったんですか?」
「ああ、どうせここじゃ書類仕事か通信しかしないからな」
ヴァンはてきとうに答えながらベラルタに配備されている通信用魔石を取り出す。
持ち運べるような小さなサイズではなく、一つのインテリアのようなサイズだ。
ヴァンはその通信用魔石に手を当てて魔力を流す。個人としてではなくベラルタ魔法学院代表としての通信だ。
「こちらベラルタ魔法学院学院長ヴァン・アルベールです」
『ヴァンか。ベラルタの魔石からの通信という事は……帰ってきたのか?』
「はいカルセシス陛下。代わります」
ヴァンがそう言うと、アルムが前に出る。
相手はマナリル国王カルセシス……アルムの帰還を学院から伝えるのがベラルタでの用件だった。
「お久しぶりです。カルセシス様」
『おお、よく戻ったなアルム。マナリルは四年ぶりか?』
「はい、放浪中の支援ありがとうございました」
『すまんな、本当なら王都で盛大にお前の帰還を祝いたかったが……まだそうもいかん。だがお前のおかげでかなりの数のゴミを炙り出せた』
「最初の二年は特に暗殺が多かったですからね」
アルムは卒業後、秘密裏に王都に呼ばれてカルセシスからとある事を"魔法使い"として依頼されていた。
カルセシス含めアルムの周囲はアルムがカエシウス家に婿入りする事を認めているが……長い事平民から魔法使いが現れていない現代の貴族が歓迎するはずがない。
特に権威主義を悪意で煮詰めたような貴族達が面白く思わないのは間違いなく、血統魔法が無いアルムは暗殺しやすいという事実から刺客が仕向けられるのは目に見えていた。
そこで周囲に被害や不穏な動きを悟られずにそういった刺客を送られやすいよう、各地を周りながら囮になってくれという依頼だった。
卒業後すぐにマナリルから放り出すという形になってしまう事をカルセシスは申し訳なく思っていたが、丁度アルムも旅に出る事を決めていたので利害が一致したのである。
アルムが滞在している場所の情報をわざと流せば出てくる出てくる刺客達。
襲撃されるとわかっていればアルムが遅れを取ることも無い。
アルムが捕らえた刺客から情報を吐かせる事でカルセシスはこの四年マナリルの変化を邪魔し、いきすぎた権威主義を望んでいる貴族達を特定して制裁を加え続けていたのである。
『平民であるお前が魔法使いになった今こそが時代の変わり目……オウグスと約束した貴族も平民もその働きが正しく報われる国へと変える時なのだと俺は確信している。そのためにも、膿はしっかり出しておかんと思ってな』
「自分がトランス城にいてはミスティやカエシウス家の方々が強すぎて暗殺されようがないですからね。貴族達が結託して反魔法組織のように大掛かりな組織となっても困りますし……公の場で無差別に毒を盛られたりされるよりは遥かにましです」
『アルムには負担を強いてしまってすまないな……』
「貴族社会に足を踏み入れた平民は自分一人……その分大変なのは仕方ありません。それに旅費の心配もしなくてすみましたし、なにより旅の期間はこちらで自由にさせて貰いましたから。それに二年前からはベネッタもついていたのでかなり楽でした」
アルムの旅にベネッタが加わったのは二年前の事だった。
アルムとミスティは時折連絡を取っていたのだが……通信中は会話に意識を割いているのもあって隙となる。その通信中の隙を狙った暗殺者達の襲撃にあったことが魔石越しにミスティにばれ、アルムの身を案じてすぐにベネッタを送り込んだ。
おおまかな場所さえわかってしまえばベネッタの眼から逃げられるはずもなく、後半の二年間はベネッタも同行することになったのである。
「ベネッタがいると暗殺者がどこにいるとか丸わかりですからね、正直殺される気がしませんでした」
『なあアルム……そろそろベネッタに宮廷魔法使いの打診を受けるようにお前から言ってくれないか?』
「本人に言ってください。多分命令でも断ると思いますが……」
『ぐぅ……あまりに惜しい……。ファニア以来の逸材だというのに……』
心の底からベネッタを迎え入れられない事を惜しむカルセシス。
宮廷魔法使いはこの数年補充されているが、この四年席が一つだけ空いている。カルセシスがどれだけ惜しんでいるかがわかるだろう。
『ともかく、アルム達のおかげで色々調べはついた。カンパトーレ……というより、蛇神信仰の残党と繋がりを持った連中もいくつか叩けている。
普通に調べてもボロを出さない連中が何匹も釣れて本当に助かったぞ』
「いえ、ですが……まだ王都には寄らないほうがいいでしょうね」
『ああ、俺とお前がこうして繋がっている事を悟られないためにもお前の四年間の旅はあくまで個人的なものだったと思わせなくてはな』
「わかりました。では手筈通り王都には寄りません。直接ご挨拶できない無礼はご容赦ください」
『よせよせ、そんなもの気にしない……っと、こんな話ばかりではいかんな。常世ノ国はどうだった?』
暗い話題についてが終わるとカルセシスはアルムが帰国前に滞在していた場所について問う。
マナリルと常世ノ国は友好関係にあるが、魔法生命によって霊脈を荒らしつくされた危険な国でもある。旅の最後に常世ノ国に滞在していたアルムに国内の様子を聞きたかったようだ。
「魔法生命は良くも悪くも欲望のまま動くので、人間や霊脈しか狙っていなかったようです。自然の景観はほぼそのままですし、常世ノ国特有の文化を再現できる人材は健在で建て直しも始まっていて観光資源としての価値は高いと思います。
モルドレットとカヤさんのおかげで治安も安定していますし……カルセシス様が直接常世ノ国に出向かれれば旅先にと後に続く貴族も出てくるかもしれません」
『そうなればマナリルと常世ノ国の関係は深まり、他国の一歩先を行ける……アルムもわかってきたな』
「あ、いえ、自分の考えではなく……すでにラーニャ様が常世ノ国にいらっしゃっていてガザスの貴族が常世ノ国に観光に来てまして……」
『なに? ラーニャ殿が? ……あの歳で女王になっただけあって行動力が凄まじいな、出遅れたか』
カルセシスの口からついラーニャを賞賛する言葉が零れる。ガザスは小国だが、常世ノ国の自然資源が手付かずなのであれば何が眠っているかは誰にもわからない。先んじて常世ノ国との関係を密接に出来ればこれからの貿易でガザスが成長する可能性も高まるというわけだ。
ラーニャがそのために常世ノ国に出向いたというのなら流石の才覚。
……なのだが、実際はアルムに会いに行ったのが七割の理由を占めていたのをアルムもカルセシスも知らない。
「では自分の報告も終わりましたので、そろそろ……」
『ああ、助かった。帰国したばかりだが、すでに予定があるのか?』
「はい、恋人に会いに北部に行かないといけませんから」
『なるほど、それは何よりも大切な予定だな』
いつも読んでくださってありがとうございます。
『ちょっとした小ネタ』
あんまり本編に出てこないがマナリルにも普通に過激派貴族はいたりする。
今まで学院の話題性を作るためだとアルムを放置してた連中が動いたが時すでに遅し……アルムが強くなりすぎて暗殺できなくなってしまったとさ。




