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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ

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773.雨音の中

「あ、雨降ってきた」

「ほんとだー……出発する時はあんなに晴れてたのにねー」


 王都へと向かう馬車の中、外を眺めていたエルミラは窓を閉めた。

 雨は降ってきたがもう王都アンブロシアは見えている。

 薄暗い空であっても王城は輝いて見えるように荘厳だ。


「ミスティ雨止ませてー?」

「無茶言わないでくださいまし……」

「ふわぁ……ほら、あんたなら雲をばーんってできんじゃない?」

「眠いからっててきとう言わないでくださいな……」


 窓を閉じたかと思うとエルミラはミスティの肩に寄っかかり、ベネッタも真似するように寄り掛かる。

 この中で一番小柄なミスティの両肩に二人の体重が乗っているものの、ミスティはどけようとはしない。むしろあくびするエルミラの頭を器用に撫でていた。


「アルムは大丈夫かい?」

「ああ、仮眠もとったしな」


 その向かいの席では眠たげなエルミラに配慮してか小声で話すアルムとルクス。

 今日はアルムが拘束したカンパトーレの捕虜カヤ・クダラノを悪ければ尋問、良くて情報提供を促す日だ。

 無論アルム達に悪かった場合のことをするつもりはないが、マナリルは喉から手が出るほど情報が欲しいためそうなるケースもなくはない。

 事実、マナリルは情報の擦り合わせを行うべく二年前から常世ノ国(とこよ)から来た者は危険な魔法使いであっても生かし続けている。

 ガザスの使者を騙っていたシラツユ・コクナ。大百足に協力していたマキビ・カモノ。南部で四大貴族ディーマ・ダンロードを半殺しにし、ローチェント魔法学院を半壊させたトヨヒメ・ハルソノ。

 シラツユ以外の二人は即処刑されてもおかしくないくらいだが、情報のために王都の地下牢獄で生かされ続けている。それもこれもマナリルが常世ノ国(とこよ)の情報を求めているからこそだ。


「シラツユ殿みたいに協力的な人だと早く終わるし、精神的にも楽だからありがたいんだけど……」

「俺がいないと話さないと言っているから微妙な所だな……正直意味が分からなくて困惑している所はある」

「執着されている理由がわからないもんね」

「ああ……普通に会ったことないはずなんだが……。いや、俺が忘れてるだけの可能性もあるが……」


 アルムは道中何度か思い出そうと頭をひねるが、やはりカヤ・クダラノの姿は覚えが無かった。むしろ魔法生命からたまに話が出る常世ノ国(とこよ)の巫女という呼称のほうがまだ思い出せるくらいだ。

 そも十六までカレッラにいたアルムには知り合いも多くない。何度思い出そうとしても結果は同じだった。


「美人って話だけど、アルム的には嬉しくないかい?」

「うーん、初対面の人間に嫁と言われても正直な……好きと言われるならまだありがとうですむが、結婚する前提みたいで話されてると恐怖が勝たないか?」

「おお……アルムくんが常識的だー……」


 心からのベネッタの感嘆の声。

 まるで親のような視線で小さく拍手する。


「何故そこで感動するベネッタ。俺は基本、常識的なほうだろう」

「え」

「んー……」

「ええと……」

「め、目が覚めちゃったわ……」


 馬車内に流れる微妙な空気。

 アルム以外の四人はあまりに反応に困り過ぎたからか誰もフォローの言葉すら言うことは出来なかった。

 アルム達らしからぬ沈黙が少し過ぎた頃、


「まもなく王都アンブロシアに到着となります」


 御者の声が雨音に混じって客車のほうへと響く。


「は、はい。ご苦労様ですー」

「とんでもございません。それでは手続きが終わるまでしばしお待ちください」


 アルム以外の四人は何故か助かったような安堵を覚える。

 特に何かが起きたわけではないが、あまりにアルムの言葉が衝撃的で動揺していたのだろう。


「雨でも王都は賑わってるなぁ。終わったらどこか食べに行こうか」


 いつも通りなのはいつの間にか窓を開けて外を見ていたアルムだけだった。





 王都に入り、しばらく馬車を進ませると速度が上がる。

 馬車道に入ったようだ。数分も進めば王城に到着する。王城の周りは流石に賑わうほどの人はいない。

 馬車が王城に入ると衛兵や王城勤務の魔法使いなどがアルム達を出迎えてくれた。

 案内のために出迎えてくれた女性にアルム達は着いていくと客室まで案内される。


「道中お疲れ様です。こちらでお待ちください。ご友人の方々も同室になりますが、カルセシス陛下のご命令なのでご理解ください」

「え? 私達の?」

「はい、先週から王都に滞在されていらっしゃいますよ? それでは失礼します」


 丁寧に客室まで案内してくれた女性はアルム達に一礼するとそのまま下がる。

 アルム達は顔を見合わて、案内された客室へと入った。

 何度か来たこともある王城らしい豪奢でありながら落ち着く色合いの空間だが……アルム達の目に入ったのは案内の女性に言われた通り、自分達の友人達の姿だった。


「あれ!? サンベリーナとフラフィネ? それにヴァルフトとグレースまで? あんたら何やって――」


 エルミラが驚きのまま声を上げるもすぐにその言葉は別の気付きで止まった。

 サンベリーナは両腕に包帯を巻き、こちらを振り返ったフラフィネも顔が腫れている。

 ……休暇が明けたというのに自分達五人以外の三年生を学院で見かけなかった。

 その理由が二人の怪我を見て何となくわかった気がした。領地のトラブルだと思ったが、もっと別の何かだったのだろう。


「あらあら皆様! お久しぶりですわ! どうしましたの? 久しぶりに見る私の美しさに固まる気持ちはわかりますが、お座りになってよくてよ? このサンベリーナ・ラヴァーフルと同席する喜びを噛み締めるとよろしいですわ!」


 だが、アルム達の心配とは裏腹にサンベリーナは相変わらずの様子でアルム達を出迎えた。

 いつものようにお気に入りの(おうぎ)を勢いよく開き、優雅に振舞う。


「あ、サンベリっち! 治りきるまでそれ無しって言ったし!」

「あ、ご、ごめんなさい……ですがこれは癖みたいなものでして……。それとベリナっちと呼んでくださいな」

「うるさいし! 次やったらその扇取り上げるし!」

「そ、それはご勘弁を! これはお気に入りなんですのよ!?」


 優雅かと思ったが、その優雅さもフラフィネに怒られて欠片もなくなってしまう。

 素直に怒られている辺り、自分でも治りきるまで自重すべきとわかっているのだろう。


「あー……うるせえうるせえ。な? グレースちゃん?」

「あなたのほうが五月蠅いわ。黙っていて」

「おー、こわ……」


 サンベリーナ達とはわざわざ離れた場所に座るグレースとソファに寝そべっているヴァルフトには特に怪我のようなものはない。

 一先ずは安心し、怪我が目立つサンベリーナにエルミラとベネッタは駆け寄った。


「ちょ……ほ、本当にどうしたのあんたら!?」

「治癒はしてありますかー?」

「事情がありまして治癒魔法はかけておりませんの」

「事情? 何が――」


 ベネッタがサンベリーナの手に触れると気付く。

 サンベリーナの怪我から感じるのは鬼胎属性の魔力。傷に植え付けられているのは呪詛だ。

 慣れていないものが治癒魔法をかければその瞬間、治癒魔法の使い手に呪詛が流れ込むだろう。これでは王都の治癒魔導士では治癒できまい。王のためにいる治癒魔導士が呪われては責務が果たせない。


「――『治癒の加護(ヒール)』」

「べ、ベネッタさん!? いけませんわ!?」


 治癒魔法を通じてベネッタに鬼胎属性の魔力が流れ込む。

 しかしアポピスの呪詛を全身に受け切り、メドゥーサの血によって加護を受けているベネッタ相手では傷に残る魔力程度では呪えない。

 治癒を阻害する呪詛も跳ねのけて、ベネッタはサンベリーナの傷を治癒しきった。


「ふー……骨はちょっと無理ですけど、これで楽になるはずですよ」

「まぁ……! 流石ベネッタさん! あなた本当に凄いですのね!」


 サンベリーナはもう一度扇を勢いよく開く。

 痛まない右手が嬉しいのか、もう一度扇を閉じてもう一度開いた。

 これなら文句ないでしょう? とフラフィネに見せつけるように。


「何があったんだ? サンベリーナ?」

「ええ、お聞かせくださいな」


 アルムとミスティもサンベリーナ達の向かいの椅子に座る。

 ルクスはサンベリーナが自分を嫌っている事を知っているので、少し離れたヴァルフトのいるほうへと歩いていった。


「聞いてらっしゃいませんの?」

「聞いてないわよ。フラフィネも顔腫れてるし、何があったわけ?」

「うちはどうでもいいし」

「よくないー! ほら治癒しますよー!」

「いや、治りかけてるし別に……」

「はいはい、いいからー!」


 サンベリーナの隣にエルミラが、フラフィネの隣にベネッタが座る。

 フラフィネの顔の腫れをベネッタが無理矢理治し始める中、サンベリーナは軽い出来事のように語り始める。


「何も大したことはありませんわ。私共も帰郷期間の際に大蛇(おろち)とかいう魔法生命と戦っただけのことです」


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