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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第九部:呪われた魔法使いとお姫様

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676.君はそこにいる

"今のままではなれないね"



 最近見る夢と同じように、真っ暗だった。

 しかし記憶から湧き上がってくるその声に足元に光が灯る。

 耳障りなずるずる、という音は今日は聞こえてこない。

 白い光が足元に灯って、見覚えのありすぎる花が俺の周りに咲いている。

 あの花畑だ。

 故郷の山の中に咲き誇る白い花園。

 そこだけが切り取られたように目の前に広がっている。

 この花の輝きが魔力によるもので、ここが霊脈と呼ばれる場所だと知ったのは学院に入ってからの事だった。

 そんな光景が、今俺の目の前には広がっている。

 声は聞こえるのに、師匠の姿は見えない。

 夢の中でくらい、顔を見せてくれてもいいのに。


「あ」


 そこで、俺がこの光景が夢だとわかっている事に気付いた。

 最近では悪夢が続いて真っ暗だったけれど、今日は足元に咲く白い花の輝きでとても明るい。

 見上げて見える星空が、そのまま落ちてきたみたいなこの場所が好きだ。

 夢の中でもここに帰ってこられたのがとても嬉しい。


「あれ……?」


 照らされる自分の体が、子供の頃の体だという事に今気付く。

 今より視線は低くて、見える小さな手はいつも以上に頼りない。

 これはつまり、子供の頃の事を夢見ているのだろうか。



"何故なろうとしないんだい?"



 また師匠の声が耳に届いた。

 だが周囲をいくら見渡しても、師匠の姿は見えなかった。

 声だけが。

 そう、声だけが聞こえてくる。

 まるで記憶を再生しているだけのように。

 この頃の泣き虫だった自分には物足りなくて、けれど膝を抱えてぐずるには心地よすぎる声だった。



"君だよ少年。全ては君がどうしたいかなんだ"



 過去を懐かしんだ夢にしては、切り取られる声が断片的だった。

 当時の師匠との会話を俺が忘れるはずがない。

 今でも昨日の事のように思い出せる過去。

 忘却していいはずのない分岐点。

 目の前に師匠がいなくても、あの時の会話だけは絶対に忘れていないはずなのに。



"どんな魔法使いになりたいんだい?"



 視線の高さが急に上がった。

 俺は今よりしっくり来ない制服を着て、白い花畑の真ん中に立っていた。

 白い花の光は子供の頃から変わることなく、ただこの場所を見守るように灯り続けている。

 学院に行く前の俺だ。

 ベラルタ魔法学院へと旅立つ前の夜、最後に師匠と交わした言葉。

 当時はその問いに答えることができなかった。


「俺を救ってくれた、優しくしてくれた人のように」


 凍結したトランス城。

 ミスティを助けに走った先で出した答えを言葉にする。


「俺の知っている優しい世界を守るために。誰かがずっと、誰かを助けたいと思える心を繋げられる世界のために」


 俺の純粋な欲望が生んだ夢のカタチ。

 あの日、答えられなかった答えを幻想に向かって、俺は口にした。

 誰かが、にこっと笑ったような声がした。



"何故なろうとしないんだい?"

「……え?」



 子供の時に投げかけられた問いがもう一度投げかけられた。

 学院に旅立つ前の夜には、問われなかった問いだった。

 その問いの意味がわからなくて、俺は答えられなかった。

 まだ俺は、魔法使いになろうとしていないのだろうか?



"さあ、小さな箱庭から出る時だ"



 俺を送り出す時に師匠が言った言葉が再生される。

 風が吹いて、足元の白い花が揺れる。

 足元はとても綺麗に光っているけれど、周りは暗闇で何も見えない。

 師匠の声が吹く風のように俺の耳を通り過ぎていく。



"アルム、君はもうただの田舎の少年じゃない"



 最初に聞いた時と同じように、言葉の意味はわからなかった。

 けれどその声を聞いて、当時と同じような感覚が蘇ってくる。

 もう後戻りできないような。

 してはいけないような。

 ……いや、するべきではないような。



"アルム……君をずっと愛してる"



 別れの時の言葉が再生される。

 夢の終わりを予感させるには十分すぎる優しい声を最後に、声も風景も無くなって……俺は目を覚ました。




「……久しぶりに悪夢を見なかったな」


 もう何度も見た見覚えのある天井。

 耳に残る朝露のように澄んだ師匠の声と朝の空気がはっきりと俺を目覚めさせる。

 体を起こすととても軽くて、まだ目を覚ましきっていないベラルタの街の静けさが何故かいつもより心地よかった。


「なんだったんだろ……」


 鮮明に覚えている夢の光景。再生された師匠の声。

 俺は昨日からの緊張をその夢に上書きされながら、顔を洗う。

 制服に袖を通して、いつもより早い時間に部屋を出る。


 今日はベラルタ魔法学院祭の当日。

 三年生でやる演劇の本番だ。

 ラーニャ様に見せるためのものだが……今日見た夢のせいだろうか、師匠も見られればいいのにと思った。

いつも読んでくださってありがとうございます。

来週の更新から本番になりそうです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 師匠が変な干渉から守ってくれてる…んだろうか
[一言] 白い花はミスティなのかと思ったら違ってました。同じ夢を見ていたりしないかな
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