632.演じる期待
グレースの決めた劇のタイトルは『呪われた魔法使いとお姫様』。
元となった伝承の原題は"ラフマーヌと放浪の英雄"という北部に伝わる民間伝承だ。
かつてマナリル北部がラフマーヌという国だった時から存在している伝承であり、北部の人間なら子供から大人まで幅広く知っている伝承である。
フィクションだともノンフィクションだとも言われて意見が分かれ、未だ物議を醸しだしている歴史学者にとっても人気の物語であり、ラフマーヌの歴史研究の重要資料の一つという側面も持っている作品だ。現代に至るまで伝わってくる登場人物の名前がまちまちであり、今のところはフィクション派が優勢である。
物語は今ではよくある英雄譚である。
太古の王国ラフマーヌは呪いに満ち、病で国全体が活気を無くしていた。
当時の国王と魔法使い達は民を安心させるべく、国に広がる呪いの原因はとある村に暮らす一人の少年であると突き止めたと嘘の発表をする。
せめてもの慈悲だったのだろうか、少年に呪いをかけている意思は無く、殺せば呪いが強くなるとして少年は生まれ故郷から追放された。
以来、少年は国を転々と放浪しながら学び続け……故郷にかけられた呪いがとある魔法使いによる仕業だと知る。
追放された少年だけが呪いから解放されており、かくして少年は故郷を救うために自分を追放したラフマーヌへと戻り、悪い魔法使いを打倒して英雄として崇められるようになった。
というのが"ラフマーヌと放浪の英雄"の大まかな内容である。
無論、古い伝承ゆえ細かい描写などがあるはずもなく……後世で名前がまちまちになっているのも読んだ者がこの伝承に何かを感じ、手を加えた結果であろう。
グレースもそんな昔の人々と同じようにこの伝承を自分なりに解釈し、この台本を完成させた。
登場人物の名前が年代によってまちまちなのも今回に限っては都合がいい。物語に与える違和感は他に比べて少ないに違いない。
「主人公の名前は"リベルタ"……アルムって呼ばないように気を付けないとね」
「ベネッタが一番危なそう」
「し、失礼なー!」
「うふふ、練習していればそんな事も無くなりますわ」
三年生全員に台本が配られた後、グレースは少し説明をしてすぐに帰った。
オウグスやヴァンの許可はとっているらしく、明日まで起きる気はないらしい。
台本を配られただけという状態でグレース不在のまま進められるわけもなく今日は各自で台本を読み、自分の役を把握する事に集中する事にした。
アルム達はミスティ達の家で集まり、それぞれ台本を見ながらあれこれ雑談に興じている。
「演出は場面に出ていないやつが魔法で行うのか……」
「劇には出ないグレースさんと協力してという形になりそうですね」
「フロリアとかも活躍しそうだな。得意分野だ」
アルムは話しながらも台本のページをめくって内容を頭に入れていく。
当然ながら主人公役なので登場する場面も一番多い。
しかし意外にも主人公の台詞の中にそう長いものは無かった。
台詞が飛んでもアドリブで何とか繋げられそうな箇所が多く、グレースの配慮が内容の端々から光っている。
「流石に魔法だけでってわけにはいかないと思うんだけど……そこら辺はどうするんだろうね。この森の場面とかは流石に魔法でどうこうできない」
ルクスが言うとエルミラは眉間に皺を寄せて台本を睨むようにしながら答えた。
「明日グレースに聞いたら? そういうのも詳しいだろうし、ちゃんと考えてるでしょ」
「森の風景にする世界改変魔法くらい使える奴いるでしょ、とかグレースさんは言ってきたら面白いかもー」
「確かに。魔法使いの卵がそんな馬鹿みたいな事言ってきたら私も笑うわ」
世界改変魔法は魔法の中で最も難易度が高く、血統魔法ですら容易に到達できない大規模魔法だ。
完全な改変に至らない不完全なものですら魔法使いとして一流とされるいわば魔法の頂点。
そんな魔法を魔法使いの卵であるグレースが全ての場面で頼りにするようであれば確かに笑い話である。
「てか、三年生の中で世界改変使えるのってミスティ以外でいるの? 私は火属性だからそもそも世界改変使えないし」
「俺のは真っ当な世界改変というと怪しいからな」
「あの鏡の剣のやつでしょ? あんな自爆魔法カウントするわけないでしょ」
「ああ、俺もそう思う」
もっともだとアルムは頷いた。
【一振りの鏡】は分類上は世界改変魔法にあたるだろうが……周囲には一切干渉せず、自身の存在だけを改変するという魔法なので真っ当な世界改変魔法とは言えないだろう。
「違う意味で世界改変と同じくらい難しいですけどねあれ……自分の存在を改変するなんて普通は無理ですから」
「何が難しいのー?」
首を傾げてベネッタが問う。
台本から視線を外したルクスが答えた。
「自分を改変するって事は今いる自分を一時的に捨てるみたいなものだからね。エルミラやネロエラくんの血統魔法の変化とはまた難易度の方向が違うよ」
「へー……普通の世界改変より難しいの?」
「どうだろう……僕は世界改変魔法を使えないから実感はないけど、少なくとも嫌ではあるかな」
「ルクスくんがそう言うって事は相当だー」
「まぁ、劇の細かい部分については明日グレースに聞こう。今俺達にできるのは自分達の役を知る事だけだ」
若干話が逸れたのを珍しくアルムが修正する。
出る場面が多いからか少し頭を抱えながら。
「アルムくんは"ラフマーヌと放浪の英雄"読んだ事無いー?」
「無いな。有名な話なんだろう?」
アルムが聞くとベネッタとミスティは顔を見合わせた。
「北部ではメジャーだよねー?」
「はい、ほとんどの方が知っていると思います」
「そうか……なるほど……」
「何かわからないかい?」
ルクスが聞くと、アルムは台本を見ながら頷いた。
「いや、大まかな内容はわかったし、それをベースに作ったこのお話も好きなんだが……やっぱり感覚がよくわからなくてな。一応台詞は頑張って覚えようとは思う」
「まだ読んだばっかなんだから最初はそれでいいでしょ。本職の役者みたいに段取りよくやるのなんてグレースも求めてないんだからとりあえずはそれでいいでしょ」
「エルミラは俺と道中に出会う女旅人の役だったな」
「そうそう。ま、私としてはもっと派手な役がよかったけどね」
言葉は不満そうながらも楽しそうに笑うエルミラ。
何だかんだと期待が勝っているのだろう。
「ルクスは王様役になると思ってたが意外だったな」
「役でもアルムを追放なんてしたくないからむしろよかったよ。それに、呪われながらも国を守る騎士役だなんてかっこいいじゃないか」
「確かに。ルクスにはこっちのが合ってるな」
「せっかくの舞台だからね。恥ずかしがるよりも存分にかっこつけてみるさ」
ルクスも普段とは違うイベントに子供のようにな無邪気さが隠しきれていない。
台本のページの所々にはすでに折り目が付けられていて重要そうな場面にあたりをつけているようだ。
「ベネッタは大丈夫か? 台本読めてるか?」
「うん、長い時間は難しいからゆっくり読んでくよー」
「ベネッタの役は……えっと……?」
「アルムくんの役をお姫様と一緒に庇ってた盲目の魔法使い役だって……えへへ……何かかっこいい役貰っちゃったー」
「いいわよね、私もそっちがよかったわ」
「でも出番はエルミラと一緒くらいだよー?」
「どれどれ……」
自分の貰った役に照れるベネッタ。
エルミラと一緒に同じ台本を覗き込み、互いの役の良さをあーだこーだと言い合っている様子は微笑ましい。
そして何ページかめくると同じ場所に目が留まったのか二人は顔を見合わせてミスティのほうににやにやとした視線を送る。
「でも一番ぴったりなのはミスティだよねー」
「そうね。王城に囚われるお姫様の役なんてこの子以外やれそうにないし?」
「か、からかっていませんか……?」
「別にぃ? あんたも楽しみでしょ? なんせ最後にはアルムの役とのラブ――」
「エルミラ!! もう! もう!!」
ミスティは顔を真っ赤にしてエルミラを台本でべしべしと叩き始める。
しかしその表情は恥ずかしさの中の嬉しさが隠しきれておらず、口元がによによとにやけていて、こうしてからかわれるのが満更でもないようだった。
「……そうか」
アルムは小さく呟いて、もう一度台本に目を落とす。
文字だけにしか見えなかったのが、みんなの反応を見た後だと妙にはっきりと見えてきた。
「エルミラったらもう……」
「ごめんごめん」
あらかたエルミラに感情をぶつけ終わったのかミスティが戻ってくる。
アルムは台本に書かれている文字をなぞるように読んでいた。
「アルムは主人公の役ですわね」
「ああ、どうやら追放される所から始まるらしい」
「私も囚われている所からですわ」
追放された少年と囚われたお姫様。
お互いに大変だ、とアルムは台本から顔を上げた。
「ミスティに会えるのは終盤だな」
「ええ。うふふ……待っていますね?」
「ああ、すぐに行くよ」
二人は顔を見合わせて……気付けば互いに、自然と笑みを浮かべていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
みんなテンション上がってます。




