146.北部のいざこざ
「悪いなベネッタ」
「お世話になるわ」
「ううん、どうせボクは当日までに着けばいいんだし、気にしないでー」
ミスティから当主継承式について知らされてから一月半ほど経った頃、アルムとエルミラ、そしてベネッタの三人はベラルタの門近くにある馬車の待合所にいた。
当主継承式まであと二週間。ベラルタからカエシウスの居城であるトランス城までは一週間以上かかる。
すでにカエシウス領の山々では雪が降っている場所もあり、ベラルタの馬車を引く馬は雪で極度にスピードを落とす事も無い優秀な品種とはいえ出立には少し遅い。
「じゃあボク、手配してた馬車回してもらってくるねー」
「お願いね」
「うん! まっかせてー!」
そう言って手を振りながら待合所の外へとベネッタは走っていく。
すみませーん、という声が待合所の中にまで聞こえてきた。
ベネッタが出ていったのを確認してアルムはエルミラを横目で見ながら呟く。
「ミスティは大丈夫だろうか」
「ルクスとルクスの父親がついてるんだから大丈夫でしょ。補佐貴族ごときがいくら頑張った所でミスティ本人とオルリック家の二人をどうこうなんてできないわ。馬車の御者を買収して事故らせたって無理よ」
「ならいいんだが……」
「それこそルクスがミスティを狙うくらいの有り得ない事態が起こらないとまず不可能ね」
「なんてこと言うんだエルミラ……」
「だから有り得ない事態だってば」
待合所には他に誰もいないが、二人は念の為、隣で座る互いに顔を少し寄せて小声で話す。
二人が危惧しているミスティの身の安全。それは一月ほど前にアルムとエルミラにルクスからとある話があったからだった。
「は? ミスティが補佐貴族の誰かに狙われてる?」
エルミラは魔獣に止めを刺しながら聞き返す。
実地によって訪れた山の中でルクスは話を切り出した。
「そうだ。情報をリークしてくれた人がいる」
「誰よ?」
「それは言えないが……カエシウス家の補佐貴族の誰かとは言っておくよ」
「そう言うって事はそいつも信じるべきじゃないって事ね」
「話が早くて助かるよ」
察するエルミラにルクスは感心する。
「教えてくれたんなら味方じゃないのか?」
しかし、エルミラのように察しのいい者だけがこの話を聞いているわけじゃない。
世の中が単純な回り方しかしていなかったカレッラの少年アルムは自身の疑問をそのまま口にする。
「そいつ本人がやろうとしてる可能性もあるでしょうが。ミスティを狙ってるなんて情報をどこから手に入れたのか確認しようがないんだから」
「おお……なるほど、エルミラ頭いいな」
「あんたが何も知らないだけよ。それで、情報元は?」
エルミラは感心するアルムにため息をつきながらルクスに確認する。
ルクスは辺りを確認し、なだらかな坂を滑ってアルムとエルミラがいる所まで下りてきた。
「濁していたが、カエシウス家からと言いたげだったね」
「ん……? 当主からって事?」
「多分ね」
「本当だったら理屈は通ってるけど……なんともいえないわね」
「ああ、補佐貴族全てに情報を渡せば狙ってくる家を特定できずとも牽制になる。犯人が北部に留まってる家だったらほとんど動けないだろうしね。逆に……特定の家だけに伝えていたとすれば何故この情報を持っている家は違うと思われたのかと情報そのものが少し疑わしくなる」
「ベネッタは知ってる様子無かったわよね?」
ミスティとベネッタは別行動。
山で増えた魔獣を狩る依頼で、二人は山の麓にある村を守る為に待機している。
北部と一切関係ないアルムとエルミラにこの話を伝える為にルクスがこう分かれようと提案したものだった。
「ミスティはともかくベネッタは知っていたら俺達に相談するだろう」
アルムが言うとエルミラは頷く。
「そうよね。ミスティは心配かけないように話さない可能性はあるけどベネッタは話すでしょうね」
「ベネッタは自分の父親と仲が悪いと言ってたから話が伝わってないだけの可能性もあるね」
ベネッタは基本自分の能力に自信が無い。ミスティに危機が迫ってるとあらば真っ先に相談してくるだろう。ここ最近ベネッタの様子が特に変わっている様子も無かった。
「その可能性のほうが高そう。狙ってる家の候補は?」
「僕も少し調べたが……ベラルタに生徒が在籍してない家は除外していいと思うんだ」
「何でだ?」
「正確に言えば実行犯じゃないと思う、が正しいかな。裏で糸を引いてるかもしれないけど、ミスティ殿を狙うならそれなりの魔法使いじゃないと戦力の無駄だ。でも当主の動きは流石にカエシウス家に把握されてるだろうし、北部にいない北部出身の魔法使いが急に休暇をとったり姿を消せば、その魔法使いの家名が答えを言ってるようなものだからこれも無い。
だから、実行犯がいるとすればミスティ殿に近づいても自然なベラルタにいる補佐貴族の家のどれかだと思う」
「北部の家以外が雇われて、とかは無いのか?」
アルムの疑問にルクスは横に首を振る。
「絶対にない。北部のいざこざに巻き込まれるメリットが無さすぎる。北部の補佐貴族がどうなろうかなんて他の貴族からしたら知った事じゃないしね」
「何か……それはそれで寂しいな」
「こういう場合に限らず、他の貴族がどうなろうが関係ないって思うのが普通なんだよ。カエシウス家と友好がある僕のオルリック家だってカエシウス家から直接の支援要請が無ければ自発的には動かないさ。静観してカエシウス家も衰えたな、って感想を抱いて終わり。その家の問題に巻き込まれるほうが面倒だからね」
「そんなもんか……」
「そんなもんだよ」
アルムは少し思う所があるようで顔を俯かせる。
自分は色々な人に助けてもらってここにいる。アルムはそう自覚しているゆえに、貴族同士のシビアな実情が妙に心をざらつかせていた。
エルミラはそんなアルムの様子に気付きながらもルクスを促した。
「で、候補は?」
「ああ、ごめん。実行犯がいるとすればクトラメル家、マーマシー家、タンズーク家、ペントラ家のどれか……本来ならニードロス家も候補だろうけど、ベネッタくんにその意思があるとは思えないから除外だね」
「そりゃそうね……二年の"トラスメギア家"と"チンオン家"は?」
「多分無い。二年のスケジュールをヴァン先生に見させてもらったけど、二年はこの時期王都に出向するみたいで、その二家は当主継承式も王都から直接出向くそうだ。
カエシウス領に向かう馬車も王都のものだから実質動きを王都に見張られてると言っていい。実行犯としてはあまりに動きにくすぎる」
なるほどね、とエルミラは呟く。
確かに王都から何らかの動きを起こすのはリスクが高すぎる。王都は魔法大国マナリルの中枢であり、感知系の魔法を持つ魔法使いがごまんといる。転移魔法の使い手でも無ければ王都から自然と抜け出すのは難しい。
「ああ……それを聞くと……フロリアが図書館で俺に言った気を付けて、って忠告はミスティに対してのものだったのか?」
「マーマシー家が味方かどうかはともかく、忠告の意味はそうじゃないかな」
「なるほどな……ルクスにこの話をされてなければ絶対気付かなかったな」
「とはいえ……私達がそれを知って動けるわけでもないわよね」
そう、アルムとエルミラはそれを知っても特に何かできる事が無い。ベラルタにいる間ミスティの安全を気に掛けるくらいだろう。
「うん、だけどこの情報を知ってる僕が万が一死んだ場合、絶対にミスティ殿の味方だと言える人間がいなくなってしまう。保険として二人には知ってもらいたかった」
「そんな――」
縁起でもない、そう言おうとしたエルミラの声をルクスは遮るように続きを話す。
「いや、可能性はあるんだ。僕はミスティ殿がカエシウス領に戻る際、父上と一緒に偶然を装って合流する予定だ。もう父上には伝令を送ってある」
「え? 父上って……オルリック家当主?」
「うん。だから万が一そこを襲われてミスティ殿だけが生き残る事態になったらミスティ殿に味方はいなくなってしまう。その時は二人にミスティ殿は任せたよ」
「任せたよって……ミスティにオルリック家親子が揃ってる所を襲う馬鹿がどこにいるのよ……」
エルミラの浮かべる苦笑いも当然。オルリック家の現当主"クオルカ・オルリック"は魔法の実力を王家からお墨付きを貰っている正真正銘の一流。全盛期は雷属性最強とも名高い魔法使いである。
数十年前、敵の魔法使い十数名をたった一人で食い止めた武勇は未だ王都で語られる。そんな化け物に誰が攻撃を仕掛けるというのか。
「だから万が一って言っただろう?」
「万が一すぎるわよ……」
「ルクスのお父さんってあれか。ガザスの魔法使いを止めた人」
ぎょっ、ルクスとエルミラの首が同時にアルムのほうに勢いよく向く。
おかしい。普段のアルムなら、
「ルクスのお父さんって凄いのか?」
と質問してエルミラを更に呆れさせる所だというのに。エルミラだけでなく、ルクスすら驚きを隠せなかった。
「あ、アルム……父上の事知ってるのかい?」
「ああ、最近ミスティの家について調べるついでに……友人の家くらいは知っておこうかと思って」
そんなアルムを見てエルミラは流してもいない涙を拭くふりをして感動を表す。
「成長したのね……! お母さん嬉しいわ……!」
「だから友達だろ」
「そんなんわかってるわよ!」
世間知らずが少しましになってもアルム自身が変わるわけではない。
いつかやったようなやり取りにエルミラは自然とツッコみを入れた。
「ロードピス家も調べたぞ」
「何て書いてあった?」
「最初は褒められてて、後は祖先がどうしようもないって書かれてた」
「はは、笑える」
「いや、エルミラ……目が笑ってないよ……」
いつも読んでくださってありがとうございます。
今どういう状況?という方の為に名前が出てる補佐貴族の現在の動きを簡単に書いておきます。
あくまで作中での動きなので実際に彼らが何を考えているのかはわかりません。
‣ベネッタ・ニードロス
特になし。強いて言えば常にミスティの近くにいる補佐貴族。
‣フロリア・マーマシー
アルムに接触して忠告を残す。ミスティを狙う補佐貴族を探しており、ネロエラ・タンズークと共同歩調をとってベネッタを狙う。
‣コリン・クトラメル
ルクスに接触して情報をリーク。同じくミスティを狙う補佐貴族を探しており、ベネッタは白と判断しているが、犯人がどの家かの目星はつけていない。
‣ネロエラ・タンズーク
同じくミスティを狙う補佐貴族を探しており、フロリアに共同歩調を持ち掛ける。ミスティと常に近い距離にいるベネッタを犯人と断定し、フロリアと共にベネッタを狙う。
‣ドース・ペントラ
フルネームは作中では出ていない。
学院での動きは無く、各地で酒を買って何処かへ送っていた。
関わっていそうな補佐貴族の動きはこんな感じになります。
これからも是非お付き合いください。




