エピローグ -思い出に変えて-
「ネロエラ・タンズーク。此度の功績見事であった……その功績を称え、カルセシス・アンブロシア・アルベールの名の下に、龍魔章を授与する」
「ありがとう、ございます」
ネロエラの体が回復し、歩けるようになった頃。季節は完全に春となった。
王城の謁見の間ではネロエラが今回の事件を解決した功労者として勲章を国王カルセシスから受け取っている。
ネロエラは勲章と勲記を受け取ると先に勲章を叙勲されていたジェイフの隣まで下がる。
その後ろには治療を終えて無事に部隊に復帰したカーラ含め四体のエリュテマが行儀よく座っていた。
周囲にはこの場に出席したアルム達や宮廷魔法使い達と上級貴族達。
おめでたい場だというのにその一部は祝福とは少し違う表情を浮かべている。
ネロエラの口元にフェイスベールは無く、カルセシスに受け答えする度に牙が周囲に丸見えとなっていたからだった。
タンズーク家が魔獣と共存する変わった家系である事は有名であり、さらに現当主ネロエラの歯が魔獣のようになっているのを見て一部の貴族達が蔑むかのような笑みを浮かべる。
「隊長、大丈夫ですか?」
そんな周囲の嫌な雰囲気を受け取って、ジェイフが小声でそっと心配の声を掛けた。
「なにがだ?」
しかしネロエラは背筋を伸ばし、軍服のマントをはためかせながら堂々と立つ。
周囲から向けられる視線など、もはやこの"魔法使い"には関係ない。
小柄なはずのその姿がジェイフにはより大きく、そして眩しく映った。
白を基調とした軍服はまるでその心を映すかのよう。
ジェイフは自分が心配する必要など無かったと思い直して、同じように背筋を伸ばす。
「この国の危機を未然に防いだ我が国が誇る魔法使いに惜しみない拍手を送るがいい」
カルセシスの一声によって謁見の間には拍手の嵐が舞い降りる。
新たな英雄の誕生、マナリルの明るい未来を示す光。
魔法大国マナリルが誇る魔法使いがまた一人ここに誕生した。
拍手を浴びるネロエラは過度に恐縮する様子もなく、ただその拍手に向かって見事な一礼で返していた。
「ネロエラ」
「アルム」
マナリルを悩ませていたカンパトーレの動きも収まり、叙勲式の後はネロエラ達を祝う祝賀パーティが行われた。
ホールに並ぶテーブルの上には豪華な料理の数々、運ばれる酒はどれも高級品、呼ばれた合奏団が奏でる音楽はそんなパーティを更に彩っていた。
ここ最近のカンパトーレの動きに悩まされていた国王の鬱憤を晴らすかのような豪華さに数多のパーティを知る出席者すらも驚いていたくらいである。
「改めておめでとう」
「ああ、ありがとう」
黒のドレスに艶やかな口紅。大人びた雰囲気はどこか今までとは違う。
それでもアルムが接し方を変える事はなく、微笑みながら祝福する。
「悪かった、な。カルセシス様から聞いた。私が入院している間に、後処理のほとんどを、アルムがやってくれたって」
「ああ、そんな事気にするな。むしろ、ネロエラにほとんど任せてしまった形だったからな……後処理くらいは手伝わないとな」
「本当に限界だったから、助かった。本当にハードだな……魔法生命を相手する、というのは」
「学生の時、俺が事件があるごとにぶっ倒れてたのも納得だろう?」
「ははは、身をもって味わった、な」
当時は支援しか出来なかった。手伝う事しか出来なかった。
ネロエラ自身、力不足を感じていた昔とは違う。
本当の意味で肩を並び、経験を共有する感覚にネロエラは少し自分が誇らしくなる。
アルムが成し得た偉業の十分の一程度かもしれないが、少なくとも背中が見えるくらいには自分は走って来れたのだろうか。
「今日は着けてないんだな」
「む?」
「ほら、口のやつ。何とかベールだったか? フロリアのプレゼントとかで気に入っていただろ?」
「ああ、フェイスベール、か」
アルムに指摘されて、ネロエラは口元に触れる。
「もう、いいんだ。逃げるのも、一方的に支えて貰うのも、やめにしたから」
「何かから逃げてたのか?」
「うん、ずっと、ね」
ネロエラの心の内をアルムがわかるはずはない。
元々、そういう事が不得手な人だというのはネロエラだって知っている。
だからこそ彼はありのままを受け止めてくれる人だという事も。
「お洒落はよくわからないが、今のが馴染み深くはあるな」
「ん?」
「ほら、お前は筆談だったけど……会ったばかりの時はこうして素顔で話してただろ? 何か懐かしいと思ってさ」
「――っ」
自分は本当に馬鹿だったんだなとネロエラはぐっと泣きそうになるのを抑える。
そう、思い出は燦然と輝くあの言葉だけじゃなかった。
いつも見続けていた一等星。その周りにも小さくも輝く大切な星々が多くあるのだと何故気付く事が出来なかったのか。
こんな風だからずっと、自分は囚われ続けていたのだろう。
幼い頃に言われた辛い言葉にも、アルムに言われた嬉しい言葉のどちらにも。
「知っているか、アルム?」
「なんだ?」
ネロエラはアルムに向き直って、頬を少し染めて微笑む。
中々口から出てこない。そんな黙ったままのネロエラだったが、アルムはただ待っていた。
「学生時代、私はアルムが好きだったんだぞ?」
少し声が震えていただろうか? 上擦ってはいなかったか?
けど……ああ、言えた。ようやく。
しっかりと昔のままではなくて、今言うべき形にして。
「――――」
ネロエラの言葉を聞いてアルムは目を見開いたままぽかんと固まっている。
その様子に思わずネロエラは吹き出しそうになった。
あのアルムのこんな姿を見られただけでもきっと、言う意味はあった。あったよ。
「ふふ、気付かなかっただろう?」
「き、気付かなかった……」
「アルムは、鈍感だからな」
そんなアルムの驚いた様子を見たからかネロエラは平静を装えた。
まだ胸の鼓動は大きく、少し油断すると声が裏返ってしまいそうだったけれど。
思ったよりもショックではない自分がいた事にも気付く事が出来た。
「ありがとうネロエラ、嬉しかったよ」
「どういたしまして……ああそうだ。言っていなかった。二人目の出産おめでとう、アルム」
「ああ、そうだ。これを報告しようと思ってたんだ。ありがとうネロエラ」
「出産祝いは、後日ちゃんと、贈るからな。ミスティ様にも、会いに行きたい」
「そんなに気を遣わなくてもいいんだぞ」
「そんなんじゃない。私が、したいんだ。友達のために」
アルムとそんな話を終えて、ネロエラはテラスのほうへと出た。
誰もいない。窓を隔てた向こう側のパーティ会場ではまだまだ煌びやかな時間が続いている。
その主役たるネロエラはそんな光景を一瞥すると背を向けて、
「はっー! すっきりしたぁ……!」
両手を大きく広げながら夜空を仰ぐ。
一片の陰りも無い笑顔はずっと縋り続けてきた初恋との決別。
忘れる事無き初恋と隠す必要無き友との誇り。
その二つを宿した牙を星々は照らし祝福する。
立ち止まっていた少女はもうおらず、ここにいるのは未来へと疾走する強き女性。
その声は吹く風よりも爽やかで、どんな演奏よりも遠くへと。
――この二年後、ネロエラは結婚する。
彼女の隣に立ったのは声が大きくて馬鹿正直で、エリュテマにいじられている若手魔法使い。
友人達に祝福されながら行われた式中ずっと、彼女は歯を見せながら笑っていた。
お読み頂きありがとうございます。番外長編『その咆哮は誰が為に』これにて完結となります。
更新ペースがゆっくりだったのもあって少し長く感じたかもしれません、お付き合い頂いた読者の方々に改めて感謝を。ありがとうございました。
次で人物紹介を更新した後この番外長編は終わりです。
その後の更新は基本的に短編、短話の更新となります。更新通知が来た際には是非読みに来てやってください。




