11.吹き飛ばす光
『イヒっ! ア! ア! ア! 死んだ! 殺ジた!! マナリルのえいゆう! 俺が! このシモン・ウェクマクが!! イリーナ! 見デルかイリーナ!! これで! ゴレデ!!』
霧状になったシモンの魔力が辺りに散り、空気が淀み植物の葉が少し枯れる。
何百と繰り返された魔力の破裂は確かにアルムを捉えており、シモンは掴んだ勝利に高笑いをあげた。
五本脚でステップを刻み、全身をくねらせて踊るように暴れている。
自分がカンパトーレに残る偉業を成し遂げた事がよほどの喜びだったのか……ステップを踏む脚が一本足りない事にも気付かずに。
「他の能力を使うと前の能力が解除されるみたいだな」
『あ? れ? エ? 脚……? おえの、あしが……? 五本だ。五本しか、なかったっけ?』
暴れるようなステップを躱しながら駆ける白い軌跡。
白い翼の羽ばたきは鬼胎属性の魔力を相殺し、握る白い剣はシモンの巨大な脚を一本ずつ両断していく。
人工魔法生命カトブレパスとなったシモンの六本脚は今すでに四本へ。
訳も分からず両断された脚を見てシモンが不思議がる時にはもうアルムは三本目の脚を両断していた。
『あ、れ!? 何でお前が、死ンだ……死んだハズだ、ろ!! 動き止めで! 魔力破裂じで! 逃げられナガっダ、だろ!?』
「魔法生命本体の人格が無いから自分の能力の把握すら出来ていないみたいだな」
三本の脚を切断されたシモンはバランスを崩して頭から山の斜面に叩きつけられる。
黒い血が辺りに飛び散り、更に周囲を黒い魔力で満たしていく。アルムでなければ精神的なダメージを負っていただろうがアルムには通用しない。
小さな川ほどの血を流しても痛みを感じていないのか、シモンは悶絶する様子もなく巨大な頭を暴れさせるだけだった。
「【異界伝承】」
その間に、アルムは新たな魔法を唱える。
シモンが先手をとれたのは能力を見せた最初のみ。一手、いや数手先まで見据えているアルムに
「『幻問異聞・隣人の守護者』」
『なんだ……!? ゴのデカぶつはぁあ!?』
現れたのは五メートルほどある乙女の顔をした翼のある獅子。
スピンクスをモチーフにした人造人形のような魔法は暴れているシモンをあっという間に斜面に叩きつける。
猫のような前足で巨大な頭を切り裂くように殴り飛ばし、シモンの残った脚を踏みつけて動きを止めた。
防御魔法とは思えない荒業だが……無属性魔法ならではの自由度とでもいうべきか。
「まさか外皮もないとは……やはり本物には及ばないな」
『死ねよ! じね! ジネ! 死ネ! 死ねよおおおおおおおお!! 俺はイリーナと! イリーナをおおお! デに入れるんだャアアアア!!』
シモンは魔力を込め、アルムを視界に捉えようと叩きつけられた頭を無理矢理動かす。
動きを緩慢にするカトブレバスの基礎能力。少なくともさっきは通用していた。もう一度見さえすればとシモンは形勢逆転を図る。
だが、その眼が捉えたのはアルムの投げた白い剣の切っ先だった。
『ア……!? あああぁアアあああアああ!?』
巨大な眼の中心に白い剣が突き刺さり、瞳がひび割れる。
眼では痛みを感じるのか、シモンはようやく苦しそうに悶え始めた。
ひび割れた瞳から涙のように落ちる黒い魔力。滲む視界の中いつの間にかアルムの位置を見失う。
「悪いが……この程度で死ぬようなら、俺は学生の頃とっくに死んでる」
『ひっ――!』
辺りを見渡していた中、突如頭に響く着地音。
その巨大な眼に見られさえしなければ動きも重くならない。シモンが痛みで悶えている間、すでに頭上に跳んでいたアルムは巨大な頭の上に着地する。
降りてくる天敵の声。
魔法生命のまがい物へと変貌し、束の間の全能感は一瞬で恐怖へ塗り替わった。
『まっでッ! まっでぐれええええええ!!』
怪物へと変貌したシモンが最後に叫ぶ人間らしい命乞いにアルムは目を閉じる。
シモンの叫びを憐れに思いながらも、アルムはそのまま右手を向けた。
「"魔力堆積"――『光芒魔砲』」
"放出"と共に右手から放たれるは容赦の無い魔力の砲撃。
"充填"と"変換"を膨大な魔力で繰り返し、その砲撃はカトブレバスの巨体となっているシモンを包み込む。
『あ、があああああああ!? い、や……いやだああああああああああああ!!』
邪視を消し去る光の塔。
山に立ち昇ったその光は霧状になった周囲の黒い魔力も全て吹き飛ばしながら、ここに在るべきではない力を無に帰していく。
アルムの魔法に巨体は呑み込まれ、宿主だったシモンもまた禍々しい魔力と共に消えていった。
「……これだけ残ったか」
人工魔法生命となっていたシモンもアルムの出したスピンクスの魔法も消え、残されたのはアルムと足下に転がっていた真っ黒な二つの疑似核。
その疑似核も中心から砕けるように割れて、黒い魔力が流れ出ていく。
黒い魔力が流れ出た疑似核は透明な魔石のようなものになり……恐らくは機能を失っただろう。
「二体分入っていたんじゃなく、再現をするために二つ分の疑似核を使っていたのか……そこまでリソースを裂いて宿主一人の精神を犠牲にしても劣化版が限界だったみたいだな」
砕けた疑似核の欠片を手に取ると、ボロボロと崩れて砂のようになってしまう。
どうやら資料としては期待できないようだ。
「あの能力は明らかにベネッタの血統魔法をベースにしていた……ベネッタは大蛇に血統魔法を使ったらしいからそのせいか。まさかベースとなる魔法に異界の生命の名前を当てて無理矢理成立させているのか……?」
であれば、三年前以降全く音沙汰が無かったのも頷ける。
そもそも魔法生命クラスの素体となる魔法の"現実への影響力"を再現するのが難しいのだろう。
事実、ベネッタの血統魔法に似ているだけで遠く及ばない"現実への影響力"だった。
「だが、これでは……」
アルムは人工魔法生命と初めて戦ったが……この一回だけでもその底を見てしまった。
確かに一定の強さはある。戦闘経験の無い者では確かに対応は難しく、魔法兵器としては十分な性能をしているが……逆に言えばそれが限界のように感じる。
そう結論付けたアルムは今回のカンパトーレの目的を推測した。
「やはり、カンパトーレの狙いは本物の復活と見ていいか」
人工魔法生命が投入されたのは三年前。三年経ってもこの"現実への影響力"という事は恐らくこの研究はそこからほとんど進んでいない。少なくとも安定した疑似核は開発できていないのだろう。
一度戦っただけのアルムですらそう感じるという事は、開発しているカンパトーレでもすでに現状の限界を感じていると見て間違いない。
だからこそ、今回は本物の魔法生命の復活を画策しているのだと確信した。
「ただ……一体何を……?」
カンパトーレの蛇神信仰が祭り上げていた大蛇はすでに消滅している。
アルムは霊脈と繋がっていた時、確かに大蛇の消滅を感じ取っていたので間違いない。
しかし他にカンパトーレが復活を狙うほどの魔法生命は思い当たらなかった。
「うーん……ロベリアが倒した奴か……? どうにもピンと来ないな……」
アルムが悩んでいると、ゆっくりと地面が揺れる。
足元の石が揺れでコロコロと転がっていくのを悠長に眺めると、アルムは周りを見た。
すると、周りの山に残っていた雪が徐々に崩れ……そのまま一気に麓のほうへと流れて行った。どうやら地響きは周りの山で引きおこった雪崩の音だったらしい。
「しまった……暴れ過ぎたか……」
風に吹かれて舞い上がった白い雪が寒さと共にアルムの黒髪に付着する。
山の麓は無人なので被害の心配はないが、さっきの戦闘の光などもあって国境警備の部隊が何事かと調査に来るだろう。
アルムは今やただの平民ではなく、国所属の魔法使い……このまま何も言わずに帰宅というわけにもいかず、色々と報告してから帰らなければいけない。
アルムは泥塗れのフードロープを被って寒さをしのぎながら山の様子が落ち着くを待つ。
「……さむい」
山が落ち着くと、国境警備の部隊と入れ違いにならない事を祈りながらゆっくりと下山を始めた。
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ここで一区切りとなります。
『ちょっとした小ネタ』
アルムは気付いてませんが、魔力を破裂させる能力はエルミラの血統魔法モチーフ。
勿論威力は本物には遠く及びません。




