2.緩む口元
「本当に今更だな……何が狙いか全く読めん。復讐か?」
「それにしては、偵察の人間を、自害させたりと、計画的な匂いを感じます」
任務を終えて王城の執務室に呼ばれたネロエラは北部で起きた出来事についてを改めてマナリル国王カルセシスへと報告した。
ネロエラが回収した資料の中で特筆すべきはミスティとエルミラのここ一か月のスケジュール……それに付随するようにアルムとルクス、ベネッタについても事細かく行動が記録されている。
カルセシスがこつ、こつ、こつと机を指で叩く。
神経質になっているのか普段よりも表情が険しかった。
資料を机に置いて、カルセシスは視線をネロエラの横にやった。
「どう見る? アルム?」
「ばれていると考えるのが妥当でしょう」
同じように王城に呼ばれ、ネロエラの横に立っていたアルムがきっぱりと答える。
ネロエラはちらっとアルムのほうを見た。アルムと同意見だったのもあって小さく頷く。
「ミスティとエルミラのどちらもが妊娠している間に何かをしでかす気かと」
「ミスティは第二子を、エルミラは第三子を妊娠中……何かを企むには最適なタイミングだ。不愉快過ぎて吐き気がする」
現在ミスティとエルミラは共に妊娠中。
そんな二人のスケジュールをカンパトーレが調べていたとあらば、何かを企んでいないと考えるほうがおかしな話だ。
特に北部はカンパトーレと距離も近い。アルムがこの場に改めて呼ばれた理由でもあった。
「二人共、血統魔法の特性からして妊娠中は使えない……カンパトーレからすればこれ以上の機会は無いと思います」
「だがアルムとベネッタをどう御する?」
「狙いがトランス城ではないんでしょう。ネロエラが回収したこの資料を見た今、わかっていても俺とベネッタはトランス城からは離れられなくなります。
自分達を北部に釘付けにして他で何かをしでかすと考えたほうが自然です。たとえば自分が不在の間にベラルタを狙う、といったような」
カエシウス家の子が襲撃をきっかけに、ともなればその影響は計り知れない。
カンパトーレからすれば四大貴族の未来を一つ奪ったというだけで士気は上がり、マナリルではたちまち暗雲がたちこめるだろう。
本来ならミスティが戦力にならずとも北部の戦力は万全だ。アルムとベネッタがいなくともミスティの両親に隣領を収めている弟のアスタ、ベネッタの夫であるセーバに要請すれば王都からクエンティも駆け付ける。
あまりの戦力に過剰さすら感じるが、それでも万が一を考えればアルムもベネッタも北部を離れる事は出来ない。
「気になるのは自分達五人の所在を調べ直している所ですね。ここ最近自分は魔法使いとして目立った功績を残しているわけではないのにわざわざという事は……やはり思い浮かぶのは魔法生命関係なんですが……」
「今、残ってる、のは……二体だけのはず、だよね?」
念のためとネロエラが問うとアルムは頷く。
「ああ、ネロエラの言う通り常世ノ国のモルドレットと今も空にいるケトゥスだけのはず……どちらもマナリルと敵対の意思はないはずだ」
「魔力残滓とやらはどうだ? 大蛇の出現の際各地で魔法生命が一時的に復活した事があっただろう」
「仰る通り魔法生命はその強い"存在証明"ゆえに魔力残滓として現れる事がありますが……魔力残滓として現れる可能性があるのはダブラマくらいにしか……。
それに魔力残滓として現れる魔法生命は宿主がいないので"現実への影響力"もひどく落ちますし……生命としての活動を終えている分、好きに動きますしね」
アルムは自分の胸に手を当てながら可能性が低い事を説明する。
魔法生命について恐らくは一番よく知っており、今なお影響を受けている男だからこそ説得力があった。
「……そうか。よし、何かわかれば連絡する。北部については任せていいな?」
「勿論です」
「では二人共下がってよい。ご苦労だった」
未だ目的は絞れないが、呼んだ甲斐はあったとカルセシスは再び資料に目を落とす。
カルセシスの言葉通り、アルムとネロエラは執務室を後にした。
「蛇神信仰の残党を追ってたんだって?」
「あ、ああ……北部の色々な所に潜伏していて、今回ので三件目だ」
広々とした王城の廊下を歩きながらネロエラは最近の任務についてをアルムに話す。
しばらく活動が見られなくなったカンパトーレが動きを見せたのは半年ほど前……野盗を装って北部のとある村を襲っていた集団全員が蛇を模した装身具を身に着けていた事から発覚した。
蛇神信仰の残党が活動を再開していると判断したカルセシスは機動力があり、北部にも慣れているネロエラに今回の件の捜査を命じたのだった。
北部以外ではヴァルフトやフロリアも捜査したが、発見したのはやはり北部だけだったという。
「よほど俺達を北部に釘付けにしたいらしい。そのせいで本当の狙いが巧妙に隠されてるな。何をする気なのか見当がつかない」
「今回の、残党の中には、魔法使いがいたから……当たりかと思ったんだが、アルム達を調べている以上の、情報は、無かった」
「偵察隊に目的は知らされてない可能性が高いか」
廊下ですれ違う兵士達や魔法使いが二人に礼をする。
王城に頻繁に来るアルムとネロエラを知らぬ者はほとんどいない。
「魔法使いの中に鬼胎属性はいなかったか?」
「どちも火属性、だった」
「北部で潜伏するからか、それとも魔法使いの数に余裕が無いのか……いや数を気にするような国じゃないか」
カンパトーレは複数の貴族が統治する共同君主制である。
事実上のトップはいるものの、表舞台に出る事はほとんど無く……大蛇がカンパトーレが支配してからというものの、その表舞台に出ていなかった家も無茶苦茶にされたため、今はどの家が主導になっているのかもわからない。
クエンティに話を聞けば、クエンティが住んでいた頃よりも大分状況は変わっているようであり、方針もわからないという。
「とにかく、手当たり次第に探ってみる、予定だ」
「大丈夫か? フロリアは確か今常世ノ国だろ?」
「ロータとヘリヤがついてる、から、フロリアは大丈夫だ」
フロリアは蛇神信仰の残党の捜索任務が始まってからしばらくして常世ノ国へと発った。
唯一、所在がわかっている魔法生命であるモルドレットと魔法生命を召喚できるカヤの周辺を護衛するためである。
「違う。ネロエラは大丈夫なのかって聞いてるんだ」
アルムが言うと、ネロエラは目をぱちぱちとさせる。
「え? あ、だ、大丈夫だ。今回までの任務までは、私とエリュテマ達だけでやらざるを、得なかったが……フロリアが別任務に駆り出された、から人員の補充がある。
フロリアほどの強さは無いだろうが、私の、サポートをしてくれるらしい」
「そうか……ネロエラなら問題は無いと思うが、相手の狙いがわからない以上無理はするなよ」
「あ、ああ……ありがとう」
王城まで一緒に歩くとアルムはベラルタへと帰り、ネロエラは補充隊員との合流地域に赴くために王都を出発した。
(……久しぶりに、心配されてしまった)
四体のエリュテマが引っ張る客車の中でネロエラは嬉しそうに微笑む。
魔物特有の身体能力がなせるスピードで外の景色はぐんぐんと変わっていく。
「ふふふ、ふふふふ」
対して、ネロエラの表情はしばらく変わらない。
フェイスベールの下の口元はによによとだらしないほど緩んだままだった。




