第四十三話― これぞ青春 派茶目茶高校よ永遠なれ!【後編】(3)
それから三ヶ月が経過した。
七月の初旬、入道雲と晴天とヒマワリが似合う初夏を感じさせる季節の到来だ。
ここは派茶目茶高校の校門の前。白の半袖シャツに紺色のスカート、胸元に薄青色のリボンをあしらった女子生徒が一人いる。
「三ヶ月ぶりの学校。短いようで長かったな」
校門の前で感慨深そうにポツリと言葉を呟いた女子生徒、彼女こそ夢野由美。
矢釜市から離れて実家へ引っ越してからの三ヶ月間、彼女は実家で家族四人との生活を過ごした。
転校そのものの手続きはしていなかったため、彼女はこの三ヶ月間は欠席という扱いとなった。ただそれでは出席日数の関係で卒業できなくなるので、自宅での在宅学習による補償を受ける形となった。
一方で、姉の理恵も会社を退職していなかったため三ヶ月間は休職という扱いだった。由美と一緒に矢釜市へ戻ってきて職場復帰が叶ったところだ。なお、住まいも以前住んでいたアパートへ戻ることができた。
何もかもが三ヶ月前と変わらない環境となり、由美は今こうして派茶目茶高校の生徒の一人として登校となったのである。
校門を通り抜けて、いざ校庭内へ足を踏み入れてみると。
「あれ?」
由美の視界に入ったのは、二十人近くであろうか生徒の集団だった。遠目でよく見てみると、三年七組のクラスメイトたちだとわかった。
今日、由美が久しぶりに登校するというニュースを担任の斎条寺静加から聞かされていたクラスメイトたち。待ち切れなくて誰もが校庭まで躍り出てきたというわけだ。
「お~い、ユミちゃ~ん!!」
クラス委員長の任対勝、そして副委員長の和泉麻未、さらに関全拓郎に伊集院舞香、それに桃比勘造や大松陰志奈竹といったお馴染みのメンバーも顔を揃えている。しかし、肝心の彼の姿が見えないようだが……。
それを確かめるためにも、みんなのところへ合流しよう。由美は逸る思いで小走り気味に足を動かした。
「おーい、ユミ! 待ってたよっ」
またしても由美の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声はクラスメイトがいる方角からではなく校舎のある方角からだった。
彼女は両足を止めて校舎の方へ目を向けてみる。すると、彼女に向かって大きく手を振っている女子生徒がいた。
「あっ、リュウコさん!」
校舎から手を振る女子生徒の正体こそ、由美にとって数少ない他のクラスの親友である風雲賀流子であった。彼女の隣には腰巾着のサン坊の姿もある。
「ちょっと痛いよ、リュウコ。はしゃぎ過ぎだって!」
「うるさい! ユミが久しぶりに来たんだ。あんたも心から喜べ」
流子の声はそれはもう教室中に響かんばかりの大きさだ。三ヶ月ぶりの親友の登校を心待ちにしていたのだろう。
「ユミ、おいしいパフェの店を見つけたよ。学校帰りに行こう!」
「うん! 都合のいい時に誘ってね」
満面の笑顔で手を振り返した由美。パフェを食べられる楽しみができたものの、パフェの食べ過ぎで太ってしまうのではないかという不安が脳裏を過ぎってしまう彼女であった。
さて、クラスメイトのところへ急ごう。彼女がまた歩き始めた矢先、またしても彼女に声を掛けてくる生徒がいた。
「おー、カワイコちゃん。ついに戻ってきたんだね」
また校舎の方角から聞こえてきた。一瞬誰だろうと思ったが、自分のことを”カワイコちゃん”と呼ぶのはきっとあの人しかいないはず。
「チクオさん! それにスタロウさんとチュンさんも」
三年八組の窓から顔を覗かせていたのは、ハチャメチャトリオとはライバル関係であって良き仲間たちとも言うべき三人組、馬栗地苦夫と知部須太郎、それに中羅欧であった。
「キミがいないとさ、七組の連中もやる気がなくてね。これでまたバトルが楽しめそうだよ」
「ははは、どうかお手柔らかにお願いします」
由美は戸惑い気味に苦笑いしながらお辞儀で挨拶をした。ただ、どんなバトルが展開されるのだろうと少しばかりワクワクと胸が躍る自分もいた。
「へへへ、こりゃ七組との合同体育が楽しみだな」
「そうアルね。久しぶりに、暴れられるアル」
不敵な笑みを浮かべている地苦夫と中羅欧。そのすぐ横で、校庭を歩いている由美の姿を見つめている須太郎。
「……どんなところにも、綺麗な花が必要だ」
三年七組にとって由美という存在は一輪の綺麗な花ではないだろうか。クラスメイトの心を潤すべく必要な人物ではないだろうか。これには、地苦夫と中羅欧も納得したのかうんうんと頷いていた。
「それはいいとしてさ、あの子のことを綺麗な花に例えるなんて、おまえにしてはロマンチックだな」
「スタロウには、似合わないアルね」
「…………」
地苦夫と中羅欧からのツッコミに、須太郎は咳払いをして照れ隠しをしながらそこからそそくさと去っていった。筋肉トレーニングばかりで女性に関心のなかった須太郎だが、これはもしかして――?
そうこうしているうちに、由美はようやく三年七組のクラスメイトたちの傍まで辿り着いた。温かい歓迎の声援に包まれる彼女、再会できた嬉しさと喜びで胸がいっぱいだった。
「みんな、久しぶり。元気でした?」
その質問に答えるまでもないほど、クラスメイトの面々は明るくて元気いっぱいだ。
「ユミちゃん、戻ってきてくれて良かったぜ」
「そうだな、みんなで卒業したかったもんな」
由美との再会を心から祝福している勝と拓郎の二人。
彼らは三年生だから卒業年次生。ここにいる仲間たちと一緒に卒業したいと思うのが当然と言えるだろう。
そんな二人の中に割り込んできたのは、ちょっぴり口角を上げてにやけている麻未と舞香の二人であった。
「一緒に卒業できるかどうかはさ、あんたたちの成績次第じゃないのー?」
「三年生の科目は、二年生とは比べ物にならないほど難しいですわよ」
卒業できるかどうかは成績次第――。三年生の科目は二年生より難しい――。
改めてその厳しい現実を突き付けられて、勝と拓郎は背筋がピシッと凍り付いてしまった。
「やかましい! 絶対に卒業してやる」
「当然よ。もう留年なんてこりごりだ」
卒業を目標に奮起を誓う男子二人などそっちのけで、麻未と舞香は由美との三ヶ月ぶりの再会を喜び合った。
「ユミちゃん、久しぶり! もうどこにも行っちゃやーよ」
「本当ですわ。でもこうしてお会いできて大変嬉しいですわ」
由美にとって麻未と舞香は三年七組の中でも無二の親友だ。大げさにも感じるこの温かい歓迎が心から嬉しかった。
「二人とも元気そうで良かった。わたしも会えて嬉しいよ」
そんな女子三人のところに、勘造と志奈竹の二人もやってきた。
「ユミちゃん、お帰り!」
「お帰りなさ~い」
「モヒくんとシナチクくん。ただいま」
こうして、由美はクラスメイト一人一人から熱烈な歓迎を受けたわけだが、一つだけ気掛かりなことが……。
(おかしい、彼がいない)
そうなのだ。彼がここにいないのだ。ここにいる誰よりも会いたかった彼がなぜかどこにも見当たらないのだ。
「ねぇ、みんな」
由美はクラスのみんなに呼び掛けた。そして彼について問い掛けてみる。
「ケンゴさんは?」
心配そうな顔をする由美の質問に答えたのは、頭をポリポリと搔いて困った顔をしている勝だった。
「あの野郎さ、まだ学校に来てねーんだわ」
それに続けて、拓郎と麻未と舞香も不安そうな声を漏らす。
「今日のこと、昨日のうちに知ってるはずなんだけどね」
「そうそう。ユミちゃんが来るって浮かれまくってたもんね」
「ええ。ケンゴくんのあんな喜んだ顔、久しぶりに見ましたわ」
由美が引っ越してからというもの、拳悟はやる気も根気も失ってすっかり元気がなくなってしまったという。愛すべき恋人が遠くへ行ってしまったのだから、彼の心情も理解できなくもない。
そんな彼だったが、彼女が戻ってくると聞かされるや否やそれこそ狂喜乱舞。今日という日を待ち焦がれていたはずだから忘れるわけがないのだが。クラスメイトたちは一様にそんな感想を零していた。
(……ケンゴさん、どうしちゃったんだろう)
浮かれ過ぎてどこかでケガでもしたのではないか、急病で寝込んだりしているのではないだろうか。頭の中でさまざまな憶測が飛び交い、心配性の由美は居ても立っても居られなくなってしまう。
それから数分間、拳悟がやってくるまで校庭で待機していたクラスメイトたち。だが本人はまったく姿を見せてくれず。
このままでは授業に支障が出るということで、教室へ戻るために校舎へ向かおうとした、その直後だった。
「ねぇ、みんな。あれを見て!」
クラスメイトの一人が校門の方角を指差しながら大声を上げた。それに釣られて他の誰もが一斉にその方角へ視線を向けてみると。
足音を響かせながら校庭まで猛スピードで走ってくる一人の男子生徒。ウルフカットの髪の毛を振り乱し、青いワイシャツの首に巻いたネクタイを風になびかせてやってくるのは――。
(――ケンゴさん!!)
来た、来てくれた。待ちに待った、待ち望んでいた彼がやっと来てくれた。最愛の人である勇希拳悟が。
校庭を疾走すること数秒間、彼はようやくクラスメイトの中に合流した。余程急いでいたのだろう、彼は激しい息継ぎをしながらうずくまってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「ケンゴさん、大丈夫!?」
「はぁ、はぁ……。ユ、ユミちゃん、申し訳ない!」
拳悟は登校が遅れてしまったことを詫びた。彼曰く、こうなってしまった顛末は次の通りとのこと。
昨晩から再会の喜びで気分が高揚していた彼、早く朝になれとばかりに早目に布団に潜り込んだのはいいが、目が冴えていたせいでまったく眠れず。
眠れるようにとアロマを焚いたり羊の数を数えたりしたが、それでも入眠できなかった。それならば朝まで起きてやれ。というわけで朝までテレビゲームで時間を潰したのはいいが……。
俗に言う寝落ち。彼は朝方に眠りこけてしまい、ハッと目覚めた時には朝九時を優に超えていた。慌てて着替えてようやくここまで辿り着いたというわけだ。
「おいおい、こんな日にも遅刻かよ」
「まぁ、それがおまえらしいんだけどな」
勝と拓郎はすっかり呆れ顔で口から出るのも皮肉ばかり。とはいえ、このハチャメチャトリオの三人はこうやってイジリ合いながら親交を深めてきた。これこそが友情の証とも言えるだろう。
理由はどうあれ、こうして拳悟と無事に再会することが叶った。由美はホッと胸を撫で下ろしていた。本音を言えば、もう少し感動的な再会をしたかったが。
そんな彼女の肩をツンツンと指で突いてくる麻未。
「ユミちゃん。ケンちゃんってこーんなにだらしないけどホントにいいの? 考え直すなら今だよ」
拳悟と付き合うと苦労すると言わんばかりのアドバイス。麻未は微笑を浮かべながら由美にそうただしてみたものの。――由美はそれを否定するかのように首を横に振った。
「わたしね、だらしないケンゴさんも大好きなの」
由美のその時の微笑みは、どんな災難があってもどんな試練があっても彼と一緒に乗り越えていけると信じてやまない自信に満ちており、美しくも晴れ晴れしく輝いていた。
しばらくして拳悟の疲労も回復してきた。ということで、彼と由美の二人は改めて再会の挨拶を交わす。
「お帰り、ユミちゃん」
「ただいま、ケンゴさん」
お互いの手を取り合い、お互いに見つめ合う拳悟と由美。それはもうラブラブなカップルそのもの。
この二人を見て、クラスメイトからの冷やかしの声、はやし立てる声が飛び交う。それでも、今のカップル二人には何も聞こえない。二人だけの愛の世界に陶酔中なのだから。
「よし、ユミちゃん、再会を祝してこれからデートだ!」
「えっ、デート!?」
これから授業があるというのにデートなんてどういうこと?由美は唖然としてしまった。無論、優等生の彼女は学校をサボってはいけないと思っている。
「大丈夫、シズカちゃんから許可をもらっているから」
拳悟はとある方向を指で指し示した。そこへ由美が視点を合わせてみると、一人の女性が大きく手を振っているのがわかった。
「あれ、先生だ」
教務室の窓から手を振っていたのは担任の静加だった。遠目だからよく見えなかったが、片目でウインクをして、今日のデートを楽しんでらっしゃいと伝えているようにも見えた。
「時間がもったいない、ほら、行くよ!」
「わー、そんなに慌てないでよ~!」
拳悟に強引に引っ張られて、由美は再会を祝したデートへと出掛けていく。クラスメイトたちの大きな歓声と拍手に見送られながら。
――こうして、派茶目茶高校を舞台にした彼ら二人の恋物語は完結する。それでも、彼ら二人の恋物語は新しい舞台となっても続いていくだろう。
――そして、ここ派茶目茶高校も「自主性の尊重」と「自由奔放」をモットーにしながら永遠に続いていくだろう。どんな時代になっても、若人にとって学び舎は青春を謳歌できる物語の舞台なのだから。
―― おわり ――




