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第三話― サッカーという名の格闘技(2)

 前半戦が終了し、七組と八組の得点差はあっという間の三点差。この点差に危機感を募らせて、観客の一人である由美の表情も心なしか険しくなっていた。

「これが、七組と八組の実力の差ということなんですね」

 焦燥感をそのまま口にする由美。その一方で、一緒に観戦していた拳悟は心配御無用と言わんばかりに、余裕すら感じさせるさわやかなスマイルをお披露目する。

「ユミちゃん、試合はまだこれからさ。まだ後半戦があるんだ。諦めないで、この後も応援よろしくね」

「あ。……はい」

 拳悟は入念なストレッチ体操を済ませると、後半戦に臨む同士たちを従えて前半戦を終えた戦士たちを暖かく出迎える。

「まぁ、結果はいいとして、ご苦労さん。後半戦は俺たちに任せておけ」

 せめてもの慰めなのだろう、前半戦の努力を労う拳悟だったが、勝と拓郎は余程悔しいのか口惜しさを絵に描いたような怒り顔を突き出してくる。

「バッキャロー、てめぇ一人で勝てるわけねーだろ? この後半戦、俺も引き続き出させてもらうぜ」

「ああ、こんなんじゃ納まりがつかねーよ。俺も出させてもらうぜ。ただ、キーパーは降りさせてもらうがな」

 拳悟はフーッと大きく溜め息を零す。この二人の聞かん坊ぶりを承知しているだけに、彼は苛立つ二人の無茶を止めようとはしなかった。

「好きにしろよ。そういうことならキーパーは俺がやる。おまえら二人は攻撃に回ってくれ」

 前半戦と後半戦のメンバーが入れ替わった。ゴール前に構えるキーパーを買って出た拳悟、そして、センターサークルでボールを取り囲む勝と拓郎。それぞれが指示されたポジションへと散っていった。

「ケッ、七組のアホども。ケンゴも加えて、ベストメンバーで来るようだぜ。これは要注意だな」

 七組の選りすぐりの面子に警戒を強める地苦夫。彼の傍にいる須太郎と中羅欧も三点という得点差に余裕を持ちつつも、七組の侮れない底力をわずかながらに不安視していた。

 フィールドにこの三人がそのまま残っているところを見ると、どうやら八組もベストメンバーのまま後半戦に臨むつもりのようだ。

 やる気のない教師のホイッスル……のような口笛を待つばかりの戦士たち。前半戦以上に、彼らの闘争心は激しさを増していた。それこそが、勝利にこだわる男としてのプライドなのかも知れない。

「そんじゃあ、後半戦始めちゃっていいよ」

 審判役の体育教師のやる気のない口笛で、いよいよ七組対八組のサッカーという名の格闘技の後半戦が開始された。

 ボールを蹴り出したリーダーの勝は、パスを受けた拓郎とともに七組最強のコンビプレイを発動する。

「よっしゃあ、一気に攻め込むぜー。言っておくが、俺たちの邪魔をするヤツは誰であろうと血祭りに上げてやる!」

 敵がそのつもりならこちらもそれに対抗すべし。須太郎は眉毛をピクリと吊り上げて部下である兵士一同に迎撃命令を下す。

「……それなら我々も容赦しない。おまえら、敵を半殺しにしてでも侵入を阻止しろ」

 勝と拓郎の二人は血気盛んに敵陣へと攻め込んでいく。一方の八組の守備陣も行かせてなるものかと、牙を剥き出して迫り来る宿敵を迎え撃つ。

 そんな迎撃など意味なしと、八組の兵士たちをことごとく粉砕しボールをキープし続ける七組の最強コンビ。八組の雑魚の中には、彼らの破竹の勢いを止める者など誰もいなかった。

「こうなったら、アタシが止めてやる、アル!」

 素早い動作で駆け込んでくる中羅欧。彼は通信教育で学んだ拳法を駆使して、ボールをキープしていた勝に蹴り一閃を浴びせた。

「おわっ!」

「ハッハッハ! ボール、いただく、アルよ」

 中羅欧はボールを奪い取るなり、七組のゴール目掛けて突き進もうとする。ところが、それを阻もうとする拓郎の不意を突くパンチに彼は突き飛ばされてすっ転んでしまった。

「そう簡単に行かせるかよ。今度はこっちが一点いただくぜ」

 ボールを奪い返した拓郎は、華麗なドリブルを披露しながら敵陣へと突入していく。七組のスピードスターの異名を持つ彼の俊足を止められる輩など八組にいるはずもない。

「タクロウの得意の弾丸ドリブルだぜ! よし、そのままゴールまで突き進めぇ~!」

 勝の気合を込めた声援を背に受けて、拓郎は弾丸ドリブルで敵の守備陣をごぼう抜きしていった。ただ一人を除いては――。

「来たな、チクオ」

「タクロウ、勝負だっ!」

 運動神経抜群の二人が今ここに対峙する。攻守に別れて、まさに雌雄を決する時が訪れた。

 果敢に攻め込む拓郎、それを迎え撃つ地苦夫。その男同士の雄々しい勝負の行方を固唾を飲んで見守る他の生徒たち。

 拓郎はボールをキープしたまま、両足を素早く動かして反復横跳びを繰り出した。負けてなるものかと、地苦夫の方も歯を食いしばって反復横跳びで応戦している。

「……チクオのヤツ、タクロウと張り合ってるみたいだけどよ、あれ、意味あんのか?」

「まー、チクオ、ハッキリ言って、ただのバカ、アルね」

「おまえさ、せめて、仲間のことかばってやれよ」

 勝と中羅欧が呆気に取られる中、拓郎と地苦夫の意地を賭けた横跳び対決はなおも続いていた。

 時間を追うごとに、横跳びをますますスピードアップさせていく二人。ボールの奪い合いなどこの二人にとってはもうどうでもよくなっていた。

 両チームの生徒から、いい加減にしろという怒鳴り声が出始めた頃、この勝負はとうとう決着がついた。過度な往復運動を繰り返し、気分を害して吐き気を催した地苦夫の敗北という形で。

「おえぇぇぇ~、気持ちわりぃぃ~」

「フン、軟弱者め。これで俺に勝つなんて一億光年早いぜ」

 勝利した拓郎は気合を入れ直してペナルティーエリアにたった一人進軍し、キーパーがただ一人守るゴール目掛けて右足を振り抜いた。

 サッカーにおいて一対一の場合は攻撃側に分があるもの。拓郎の切れのあるシュートは、八組のキーパーに邪魔されることなくゴールの左隅にしっかりと突き刺さった。

 貴重な一点、巻き返しの狼煙となるこの一点に七組のボルテージはこの上なく高まった。サイドラインの外側で見守る由美も、これからの反撃に期待して胸を躍らせていた。

「拓郎くん、すごーい。これで三対一。あと二点差だわ」

 盛り上がる七組の生徒たちをよそに、苦々しい表情をしている八組の生徒たち。まだ二点差もあると思いながらも気持ちは決して穏やかではなかった。

 悔しさと気持ち悪さからか、地苦夫は苦虫を噛み潰したような顔で苛立ちを露にしている。

「ちくしょ~、ヤツら、いい気になりやがって。この俺がいる限りもう失点は許さねーぞ」

「……この失点、おまえのせいだろう」

 冷静なまでに冷たいツッコミを入れる須太郎。地苦夫や中羅欧の不甲斐なさに苦言を零しつつ、彼は持ち前のサバイバルな感性を生かし兵士たち一同に戦闘の極意を注入した。

「……いいか。やるなら徹底的にやれ。これからおまえらにサバイバルナイフを配る」

「いやいや、スタロウ。それはマズイって」

 地苦夫に咎められてナイフこそ持ち出さなかったものの、八組全員の戦闘力はさらなる向上を遂げた。

 それをいち早く察知したのは、敵チームの動きを常に注視していたゴールキーパーの拳悟であった。

「おーい、スグルとタクロウ。八組の連中、マジに襲い掛かってくるぞ。油断しないようにな」

 拳悟の注意喚起の声に反応する勝と拓郎。二人は周囲にいる生徒たちに根性を据えて構えるよう奮起を促した。

 ボールを転がして、八組は怒りに満ちた表情で攻撃を開始する。先頭を切ったのは、暴れる気満々の地苦夫と中羅欧の二人だった。

「おりゃああ! 七組のゲスども、俺たちの恐ろしさを思い知らせてやる!」

 地苦夫の前に立ちはだかったのは先程からやられっ放しの勝だ。

「こっちこそ、てめーらみたいなクズ野郎に本当の恐怖を教えてやる!」

 ――ここからはもうサッカーという球技とは呼べない展開が待っていた。

 地苦夫はボールなどほったらかして、勝の顔面に拳の一撃をお見舞いする。すると勝の方も負けてはおらず、その倒れざまに地苦夫の後頭部に捨て身の延髄蹴りを繰り出した。

 一進一退の乱闘の末、力尽きて地面にひれ伏したのは先程に続いてまたまた鼻血を噴き出してしまった勝であった。

「ち、ちきしょぉ。俺はまたしても、やられちまうのかぁ……」

「ケッ、恐れ入ったか。てめーは、そこで一生くたばってな」

 敗者に捨て台詞を吐きながら、地苦夫はボールを足にしてから敵ゴールを目指して攻め込もうとする。

『ズカッ!』

 地苦夫が七組のゴール方面へ振り向いた瞬間だった。彼の顔面に、拓郎の飛び横蹴りが鈍い音とともにめり込んでいた。

 顔に真っ黒な靴の痕を付けたまま、フィールドにひざから崩れ落ちてしまう地苦夫。その哀れさを嘲笑いながら拓郎はボールをちゃっかりと奪い取っていた。

「よし、攻め込むぜっ!」

 勇ましく気合を込めて、今まさに敵陣に攻撃を仕掛けようとしたその直後、拓郎の後頭部にとんでもない鈍痛が襲い掛かった。

「ぐえぇぇ!?」

 その鈍痛の正体とは何と、キックを喰らった地苦夫が投げ付けた、彼が密かに隠し持っていた石ころであった。

 拓郎は苦痛の叫びとともに、たんこぶができた後頭部を抑えながらしゃがみ込んでしまった。倒れた状態からの投石だったとはいえ、もろに直撃した痛さは半端ではなかったであろう。

 というわけで、彼の足元から転がったボールはどのチームにも属さないフリーとなった。それに真っ先に目を付けたのは、ここまでほとんど目立った活躍のない七組の志奈竹だ。

(チャンスだっ!)

 少しでも目立って名前を売ろうと、そんな邪な思いつきで志奈竹は転がっているボールへ歩み寄っていく。背後から迫り来る怪しい影に気付くこともなく……。

「いただき、アルね♪」

「うわあぁ!?」

 志奈竹の命の次に大切なもの“カツラ”を奪って、スキップしながら去っていく中羅欧。それぐらい大切なものだけに、志奈竹はボールなどほったらかして意地悪な中国人を血眼になって追い掛けていくのだった。

 七組のリーダーである勝は、メンバーたちの不甲斐なさを嘆くばかりであった。そんな彼の悔しさを増長させるように、ボールはついに八組の要注意人物の足に奪われてしまった。

「……スグル。この一点で、我が軍の勝利が決まる」

「ゲッ! スタロウ――!」

 ゴールからはまだ遠い距離ではあるが、須太郎はマッチョな右足を振り上げて、まさに爆弾投下と言わんばかりにとんでもない直接シュートを蹴り飛ばした。

『バシュッ――』

 須太郎のシュートは弾丸のごとく空気を切り裂き、七組のゴール目掛けて突き進んでいく。ところが、肝心のキーパーの拳悟はどういうわけかゴールポストの端っこでボーっと突っ立ったままだった。

「ケンゴ! 何しとんじゃ、おのれは!? ちゃんとゴールを守らんか、おいコラっ!」

 勝の怒号が響き渡る中、拳悟はシュートの軌道をじっと見据えながらディフェンダーの一人を手招きで呼び寄せた。

「そう、そこだ。そこで馬になってくれ」

 ディフェンダーはすぐさま、拳悟に命令されるがままに馬とびの馬の体勢となった。すると何を思ったのか、拳悟はダッシュで走り出しその馬を踏み台にして高々と空中ジャンプしたのだ。

 ゴールの上部に迫る弾丸シュートに焦点を合わせて、彼は宙に舞ったまま跳び蹴りを放ち、ボールをクリアするという離れ業をやってのけたのである。

 なぜこんな面倒なことをしたのかといえば、須太郎の弾丸シュートを真に受けたら吹き飛ばされてしまうのは明らかだ。だからボールを正面ではなく横から弾くという拳悟なりのアイデアだったのである。

 その奇想天外な神業を見せ付けられて、敵軍の須太郎と地苦夫はただ呆然とするばかりであった。

「……さすがにやるな、ケンゴ。七組のミラクルマンの異名は伊達ではないようだ」

「あのヤロー。俺よりカッコいい技を披露しやがって。これじゃあ俺の空中技が台無しじゃねーか」

 拳悟がクリアしたボールはラインを割ることなく宙を彷徨っていた。このロストボールをゲットするため両陣営が鼻息を荒くして慌しく動き出す。

「よっしゃ、そのボールは俺がいただくぜ!」

 鼻にティッシュを詰め込んだ勝は、空中浮遊しているボールの流れを目で追っていった。

「おい、チュン、おまえのダッシュでボールを奪え! あの暴れザルにボールを渡すんじゃねぇ!」

 地苦夫の命令を受けて、中羅欧が弁髪を振り乱しながら全速力で駆け出していく。

 ボールの落下地点を見極めながら、次第にお互いの間合いを詰めていく勝と中羅欧。そんな二人のうちボールの落下地点に先に到達したのは、人並み以上のダッシュ力を持ち合わせる中羅欧の方だった。

「チクオ、今パスする、アルね」

 中羅欧はヘディングでパスをしようと、右足を蹴り上げてジャンプしようとした、まさにその次の瞬間――。

『グキッ』

「グエェェェ!?」

 苦悶の表情を晒して、中国人は雄たけびのような悲鳴を上げた。それもそのはずで、彼は長ったらしい弁髪を勝に引っ張られて首を思いっきり捻ってしまったのだ。

 首を押さえてうずくまる中羅欧を尻目に、勝は勝ち誇ったようなしたり顔でボールを奪い取った。

「はっはっは。長い髪の毛が災いしたな、バカめ」

 勝は手薄になった敵陣の隙を突き、ゴールに走り込んでいる拓郎へロングフィードのパスを送った。

 放物線を描いたロングパスは、八組の守備陣の頭上を飛び越えて拓郎の胸にピッタリと吸い込まれた。彼は親指を突き出して勝にナイスパスのサインを送る。

「おし、タクロウ、一気にゴールまで突っ走れ~!」

 残り少ないディフェンダーをことごとくかわし、拓郎はいよいよキーパーと一対一の勝負に躍り出る。

 ゴールの真ん前で両手を広げて身構えるキーパー。ゴールを見据えながら、どこで決定打を放つか思案している拓郎。ペナルティーエリア内で二人きり、腹を探り合うような駆け引きが展開された。

 睨み合うように対峙していた二人、先に仕掛けたのは攻撃側の拓郎だった。ドリブルを始めた彼は、ゴールポストから少し離れた鋭利な角度のある位置で渾身の右足を振り抜こうとする。

 シュートを真正面から止めてやろうと、キーパーは決死の覚悟で飛び出した。そのタイミングと瞬発力が功を奏し、拓郎のシュートコースを完全に塞ぐことに成功した。

「はは、そう来ると思ったぜ」

「な、何ぃ――!?」

 ところがどっこい、拓郎はシュートを放つマネをするだけですぐさま身を翻し、迫り来るキーパーをドリブルで抜き去ってしまったのだ。

 拓郎のフェイントに、ものの見事に騙されてしまったキーパー。茫然自失となり、彼はもうゴールを死守する役目から離脱してしまっていた。

「おっしゃあ! これで一点差だぞ」

 二点目のゴールを決めた拓郎は、勝や志奈竹、そして他の七組のメンバーたちに労いの言葉で迎えられた。もちろん、ゴールの守護神である拳悟もナイスプレーと手を叩いて喜んでいた。


* ◇ *

 七組と八組の因縁のサッカー対決、その行方は両軍の健全なるラフプレー(?)による混戦が続く中、七組の特攻隊長である勝のゴールが決まり、何とか同点に追い付き、彼もどうにか主役級という面目だけは守ることができた。

 試合は三対三の同点のまま、残り時間もあとわずかとなっていた。

 激しい乱闘戦を繰り広げた両陣営の戦士たちは皆、顔中アザだらけで着衣も砂まみれ。気力も体力も底を突くほどに吐く息も絶え絶えであった。

 白熱する試合展開を見守るすっかりサッカー観戦モードの麻未と由美の二人。彼女たちは声こそ上げないものの、心の奥底から七組の精鋭たちに黄色いエールを送っていた。

「アサミさん。七組のみんな、勝てるかな?」

「ここまで来たら是が非でも勝ってほしいところね。時間も少ないし、次がラストチャンスかもね」

 麻未の言う通り、ゲームセットの笛の音は刻一刻と迫っていた。大きなあくびをかく審判の気まぐれで終わりそうなこの試合。いずれにせよ、両チームにとって次の攻撃が最後となるだろう。

 女子二人が戦況を見つめていた矢先、背後にある校舎の方からガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。

『キャー、がんばってぇー、ケンゴさーん!』

 それは黄色い声援となって、サッカーフィールドにいる拳悟へと贈られていた。その声の大きさにびっくりして、由美は慌てふためき校舎の方へ顔を振り向かせる。

 彼女の視界に入ってきたものとは、校舎の窓から顔を出して拳悟に手を振っている女子生徒であった。ざっと数えてみても、十人は下らない団体さんである。

 その光景をただ呆然と眺めている由美に、麻未が疎ましそうな顔で彼女たちの正体を明かしてくれた。

「あの子たちね、ケンちゃんの親衛隊みたいなものよ。いわゆるファンクラブってヤツかな」

「ケンゴさんの……ファンクラブですか?」

 由美は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。

 頭脳はおマヌケでも、スポーツはそつなくこなし顔もそこそこイケメン。しかも口説き上手ときたものだから、拳悟は校内の女子たちに人気があるのだという。

 そんなモテモテの彼の方はというと、固定のガールフレンドにあまり関心がないらしく女子に追い掛けられることこそが好漢なのだと、彼はそんな武勇伝を熱っぽく語っていたそうだ。

「まー、あんなの日常茶飯事だから。放っておきゃいいよ」

「は、はぁ、そうですか……」

 拳悟の人気ぶりに正直戸惑いを隠し切れなかった由美。だがそれ以上に、授業そっちのけで平然と騒がしくする女子たちに彼女は不安な表情で頭を傾げるしかなかった。


* ◇ *

 いよいよ最後のチャンスにすべてを賭けるべく、八組の攻撃陣はセンターサークルに集い何やら緊急ミーティングを始めていた。

「こうなったら、スタロウの一撃で決めるしかない。俺とチュンで七組のハチャメチャコンビを封じ込める。その隙にぶちかましてくれ」

 地苦夫の安直な作戦に須太郎と中羅欧は渋々同意する。彼らも激しいバトルを繰り返した疲労のせいで、それ以外の作戦が思いつかなかったのである。

 一方、七組の生徒たちの疲れ具合も半端ではなく、とかく勝と拓郎の体力消耗レベルはまさに頂点を極めていた。

 逆転の一点が欲しくても、攻め込む余力もあったものではない二人。敗戦という苦杯を舐めたくない、ただそれだけのためにとにかく守りに徹するしかなかった。

「おい、タクロウ。チクオたち、何か仕掛けてくるぞ。ここは下がって様子を見た方がいいな」

「わかってる。しかし、ヤツらの体力も限界のはずだから面倒くさい作戦じゃないだろう」

 勝と拓郎の二人は険しい顔を見合わせて、相手チームの脅威に警戒心を強める。彼らのピリピリした雰囲気を感じた志奈竹や他のメンバーたちも、それぞれのポジションを守ろうと自らを鼓舞した。

「行くぜ、七組のクソども!」

 小さくボールを蹴り出した地苦夫はそばにいる須太郎にパスを送った途端、残った体力を振り絞り中羅欧を引き連れて七組の守備陣に向かって突進を開始した。

 ボールを簡単に回させまいと、勝と拓郎も残り少ない気力を奮い起こし八組の二人にアタックを仕掛けようとする。

 秘策を確かめ合うように頷く地苦夫と中羅欧。彼ら二人はいきなり二手に分かれて七組のディフェンスを誘い込もうとした。

 この時、勝と拓郎の二人は気付くのが遅かった。両サイドに守備陣が誘い出されてしまったことにより、ボールを持った須太郎が堂々と真ん中から攻め込んでいたことを。

「し、しまった! スタロウがフリーになってやがる!」

 時すでに遅し。慌てふためく兵士たちが守備に戻るよりも早く、ゴールで一人構える拳悟目掛けて須太郎は最強最悪の超弾道ミサイルをぶちかました。

『バシュッ――』

「……これで俺たち八組は、勝利をこの手に掴む」

 勝ち誇ったような顔でほくそ笑む須太郎。彼の放ったシュートは、速度をぐんぐん上げて七組のゴールに向かって直進していく。

 八組の生徒たちの歓喜の声、七組の生徒たちの悲観の声、それぞれが交錯する中、ゴールを守るべくキーパーの拳悟はというと、とんでもないディフェンスプレイを披露する。

「甘いぜっ!」

『カキーン――』

 拳悟は何と、グラウンドの片隅に放置されていた野球バットで迫り来るサッカーボールを打ち返してしまったのだ。これにはさすがのハチャメチャな生徒たちもびっくり仰天である。

「おいおい、そんなのありかよ! いくらなんでもムチャクチャ過ぎじゃねーか!?」

 唖然というよりも完全に呆れた顔をしている地苦夫をはじめ、八組の連中は驚愕のあまりポカンと口を開けてしばらくその場に立ち尽くしていた。

「はっはっは。ケンゴ、おめーならやってくれると思ってたぜ!」

 打ち返されたボールはまだ生きていた。これが七組にとって最後のチャンスとばかりに、そのボールを追い掛けるリーダーの勝。

「スグル、ボールをこっちに寄こしてくれ!」

 ゴールに背を向けて駆けてくるのは守備をかなぐり捨てた拳悟であった。彼はディフェンダーに後を任せて、この最後の望みをかけてたった一人で敵陣へと攻め込もうとしていた。

 勝は落ちてきたボールを胸でしっかりと受け止める。そして拳悟の走る方角を計算して、残った力で期待を込めたロングパスを放った。

「おまえに花を持たせてやる。最後のシュートを決めてくれ!」

 七組に勝利を呼び込むロングパスは、正確に、かつ精密に拳悟の走る方向を捉えていた。しかし球威に勢いがなかったせいか、球速がじわりじわりと落ちてしまいボールは彼の足元まで届きそうにない。

 まさにそのボールをインターセプトするため、息を切らせながらダッシュしてくる地苦夫の勇姿がそこにあった。

「残念だったな、このボールは俺がもらった!」

 地苦夫はとんがった頭でカットしようと、力任せに踏み切って大ジャンプを決め込もうとした。だが次の瞬間、彼は背後に迫る人影を察知した。

「バカ野郎、俺たちのパスワーク、そう簡単に邪魔させるかよ!」

 地苦夫の両肩に手を乗っけたその人物は、彼よりも素早く、しかも彼よりも高くジャンプして、ボールをローズさせることなく拳悟に繋ぐことに成功した。

「ゲッ、タクロウか!? てめぇ、いつの間に~!」

 ボールを奪えなかったばかりか、ジャンプ力まで負けてしまった地苦夫はあからさまに悔しい地団駄を踏むしかなかった。

 勝から拓郎、さらに拳悟へと繋がった砂だらけのボール。それはまさに、ハチャメチャトリオならではの友情のホットラインと言えるだろう。

「ナイス、タクロウ。あとは任せておけ!」

 みなぎる体力をフルに発揮して、拳悟は果敢にドリブルで突撃していく。疲労感著しい八組の守備陣には、彼のハイスピードな動きを止めることはできなかった。

 とはいえ、このままゴール前まで辿り着けないのが青春ドラマのおもしろいところ。拳悟の前に立ちはだかるバカでかくて大きな筋肉質の壁。

「……ケンゴ。全力をもってキサマを潰す。敵前逃亡は許さんぞ」

「おう、スタロウ。こっちも全力をもって、おまえと対決してやるよ」

 闘志を燃やして突撃する男二人。今ここに、七組と八組との白兵戦のピリオドを告げる時がやってきた。

 大きな両手を振りかざし、拳悟の行く手を阻もうとする須太郎。その巨大な牙を瞬時にかわした拳悟は、渾身の力を込めて跳び上がりながらエルボーバットを繰り出した。

「……ぐわは!」

 肘鉄が鍛えようのない顎に直撃し、須太郎は意識を失いそうになりながら後方へ崩れ落ちていく。これまた運がいいことに、彼の大きな図体が八組の残り少ないディフェンダーも巻き込んでくれたのだ。

 ゴールまでの障壁がキーパーのみとなった今、ボールキープする拳悟に向かって仲間たちの割れんばかりの激励がピッチ上から送られる。

「ケンゴ、もう時間がねぇ! シュートを決めろっ!」

「おまえなら、その位置からでも決められる!」

 勝と拓郎の絶叫だけではなく、サイドラインの外から応援する七組の生徒たちも高らかな声を上げて熱心な声援を送る。

「ケンゴさーん、俺たちみんなのためにも決めちゃってください!」

「ケンちゃーん! ここで決めなかったら、あんた男じゃないわよ」

 勘造と麻未の援護がピッチの上に立つ拳悟の躍動を駆り立てる。

 校舎の窓から顔を覗かせる親衛隊の女子が大盛り上がりするその下で、由美も手に汗を握って彼の勇ましい姿から視線を逸らすことができなかった。

(ケンゴさん、がんばって!)

 拳悟は生徒たちすべての目線を浴びて、これぞ必殺とも言える一蹴入魂のシュートをぶちかました。

 うねり曲がった必殺シュートは、ゴールの左隅に狙いを定めて切り込んでいく。その軌道にキーパーも素早く反応し、失点を食い止めようと横っ飛びで応戦した。

 死闘を交えた七組と八組の誰もが息を呑み込んだ。入ってくれ――!入らないでくれ――!それぞれの願いのままに、ボールはゴールの一点を目指して突き進んでいった。

(お願い、入って!)

 握り拳に力を込める由美。彼女は一秒たりとも目を離すことなく、拳悟のゴール、そして七組の勝利を心から祈った。

 彼の放ったシュートは、キーパーの伸ばした手をわずか数センチという隙間でかわしゴールネットの左隅を大きく揺らした。これこそ、三点差をひっくり返すという奇跡の逆転劇に幕を下ろした七組の勝利の瞬間でもあった。

「諸君、これが青春ってヤツだろう?」

 ニカッとさわやかな笑みで、拳悟は気取った台詞を決めて見せた。似合ってしまうほどのあまりのカッコよさに、七組の生徒たちはやんややんやの歓喜の叫び声を上げた。

「勝っちゃった! ケンゴさん、決めてくれたね!」

「うんうん、ケンちゃんも、おいしいところ持っていくよねー」

 由美と麻未は手を叩き合って喜びを表現していた。彼女たちだけではなく、勘造の他前半戦のメンバーたち、そして拳悟の親衛隊も跳び上がらんばかりにはしゃいでいた。

「ははは、よくやったぞケンゴ! おめーは褒美として俺たちの蹴りをくらいやがれ」

 勝と拓郎にキックで暖かく迎えられた拳悟。大活躍した本日のヒーローは、七組の戦友たちに胴上げされるほど祝福されていた。

 踊りまくる七組と悔しがる八組、それぞれが立つグラウンドにこの試合の終了を告げる審判である教師の惰性な大声がこだまするのだった。

「……敗北、この百戦錬磨の俺たちが」

「チクショ~! 最後の最後で、ケンゴのヤローに見せ場を持っていかれちまったぜ」

 ガックリと肩を落として、須太郎と地苦夫は苛立たしさに唇を噛み締める。うだうだと言い訳を並べたところで、この敗戦という結末ではただの負け犬の遠吠えに過ぎなかった。

 うなだれる八組の敗者のもとに、勝利に酔いしれる七組の勇士たちがやってくる。

 この壮絶な闘いはあくまでも試合だけのこと。しこりやわだかまりを残さないよう、最後はスポーツマンシップに則って男らしく固い握手を交わす両チームの生徒たち。

「悪いな。いつも負けっ放しじゃ、このドラマで主役張れないからな」

「……フ。今日ばかりは負けを認めてやるが、次戦はそうはいかんぞ」

 拳悟と須太郎はニヤッと笑って、互いの握り拳をコツンとぶつけ合った。サッカーも格闘技もライバル同士であることをこの二人は拳を重ねて確かめ合ったのだろう。

 敗軍の輩たちのもとに勝がニヤけた顔をしながらやってきた。彼は馴れ馴れしく、須太郎の大きな怒り肩を手でポンポン叩き始める。

「スタロウよ。この試合の勝因は何といっても俺たちの格闘パワーの差だったな、おい。はっはっは」

 すっかり調子に乗っている勝に、神経を逆撫でられてカチンと青筋を立てる須太郎。彼の後ろに控える地苦夫と中羅欧も眉を吊り上げて苛立ちを露にしていた。

「……キサマ、いい気になるんじゃないぞ。俺たちが本気になったらキサマらなんぞ、とっくにあの世行きだ」

「はっはっは。負けたくせにいきがるんじゃねーよ。俺たちに勝てるわけねーだろぉが」

 勝のせせら笑う態度が余程癪に障ったのか、八組の猛者たちはもう完全に堪忍袋の尾が切れていた。全身をわなわなと震わせて怒髪天を衝くほど激高している。

 その鬼の形相に気付いた拳悟と拓郎。彼らは慌てて勝の服の袖を強く引っ張る。ただ一言“逃げるぞ、バカもん!”と叫びながら。

「……やってやる! キサマら、皆殺しにしてやる!」

「七組のゲスどもめ! 俺たちの恐ろしさを思い知らせてやるわ~!」

「絶対、許さない、アル! おまえたち、みんな血祭り、アル!」

 猛獣のごとく牙を剥き出して、勝たち一同に襲い掛かる須太郎たち一同。もうみんなヘトヘトの割には、グラウンドの外周で砂煙を上げて授業終了のチャイムが鳴っても追いかけっこしていた。

 ワーワーと喚き声が轟くグラウンドを二人の女子生徒が思い思いの眼差しで見つめていた。

「アサミさん。まだサッカー続けてるのかな?」

「もう放っておきなよ。あれがなかったら、さわやかな感動の幕切れで終わってたのにねー」

 それから十数分ほど、一人残らず息切れで倒れ込んでしまうまで七組と八組の走り競争は続いたそうな……。

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