第三十七話― 春のキャンプは危険がいっぱい!?【前編】(1)
三月下旬。派茶目茶高校に短い春休みがやってきた。
桜の蕾がピンク色に染まり、心地の良い春風が舞う穏やかな季節。今回のストーリーは、この春休みを利用して一泊二日のキャンプ旅行に行った時のお話だ。
参加者は二年七組のハチャメチャトリオの三人とその仲間たち。メンバーがメンバーだけに慌しくて賑やかなドタバタ劇になったのは言うまでもない。
さて、どうしてキャンプ旅行に出掛けることになったのかというと?それは少しばかり過去に遡ってお伝えしよう。
* ◇ *
春休み前日、ここは終業式が終わったばかりの二年七組の教室内。
「キャンプだと?」
「矢釜渓谷キャンプ場にか?」
ハチャメチャトリオの勝と拓郎は呆気に取られていた。それはなぜかというと、ハチャメチャトリオのもう一人の拳悟からいきなりキャンプに誘われたからである。
「せっかくの休みだしよ。みんなで行こうぜ」
キャンプの楽しさを拳悟は身振り手振りで力説する。
自然豊かな遊歩道を散歩するのもよし、お肉や野菜を焼いたバーベキューを楽しむのもよし、釣りやボール遊びなどアウトドアを満喫するのもよし。
矢釜渓谷キャンプ場は矢釜川の上流にあり、矢釜市の市街地より十数キロほど離れた山間に位置する。
渓谷とはいってもそこまで険しい道のりではなく、キャンプ場は遊戯設備やなだらかな草原が広がっており、矢釜市民のみならず他県からも来訪者が多い観光スポットであった。
拳悟が一人盛り上がって素晴らしさを説明しても、勝と拓郎は乗る気ではない様子で表情も冴えなかった。どうやら、彼らなりに春休みの計画があるようだ。
溜まっているゲームをクリアしたい、限定グッズを買い漁りたい。そんな声が出てきそうだが、それよりも彼ら二人が乗る気でない理由はいたってシンプルなものだった。
「そもそもさ、野郎三人が集まって何がおもしろいんだ?」
男子学生が揃いも揃ってワイワイしながらお散歩にバーベキュー、さらにボール遊びに耽って何が楽しいのか。どちらかといえばインドア派の二人がそう口にするのも頷けなくはない。
それは拳悟だって十二分に承知している。彼はうんうん頷きながらハッキリと伝える。男子ばかりでは盛り上がらないからこそ、クラスメイトの女子にも声を掛けているのだと。
「ユミちゃんやアサミ、あとおじょうも行くってさ」
「おいおい、そういうことなら話は別だっ」
女の子が同行するとなった途端、手のひらを返したかのように乗る気になる勝と拓郎の二人。インドア派がアウトドア派になる理由など本当に単純なものだ。
――こんな感じで、キャンプ旅行計画がトントン拍子に進んでいったのである。
* ◇ *
今日のお天気は晴れ時々曇り。最高気温が十五度と、頬にほのかな暖かさを感じる皐月らしい一日を迎えた。
ここは矢釜渓谷キャンプ場の入口へと続く上り坂。くねくねと伸びる勾配のカーブを上っていくのは、男子三人、そして女子四人の高校生たちだった。
「ほら、あんたたち、早く歩きなさいよ」
「そうですわ。のんびりしてたら日が暮れますわよ」
「皆さん、がんばってくださいね」
女子チームには派茶目茶高校二年七組のお馴染みのメンバーがいた。
先頭を歩いているのは、リボンで結った茶髪をポニーテール調にしている麻未。その後ろにはスラックス姿でお嬢様スタイルの舞香と、動きやすそうなおしゃれなスウェットを着た由美が続く。
「おい、上のほうから残虐めいた声がチラッと聞こえたぞ」
「ちくしょう! 人の気も知らないで好き勝手いいやがって」
「まったくだよな。足は痛いわ、手は痛いわで散々だぜ」
一方の男子チーム、二年七組のハチャメチャトリオの拳悟と勝、それに拓郎の三人は眉を吊り上げてぶつくさと不平不満を口にしていた。それはどうしてかというと――?
彼らは自分たちのリュックサックを背負っているばかりか、女子たちの手提げカバンなども両手にたくさん抱えている。こんな状況となっているのはそれなりのわけがあるのだ。
矢釜渓谷キャンプ場の最寄りのバス停まで到着した時、麻未から一つの提案があった。キャンプ場までの道のり、みんなの荷物を男子と女子どちらが持つかじゃんけん勝負しようと。
じゃんけんは三回勝負。ただし、女子はハンデとして二勝で男子は三勝という特殊なルールで。
よし、やってやろう!鼻息を荒くしてそう容認したのは拳悟であった。勝と拓郎が不安視する中、彼のたった一言でじゃんけん勝負が決まったわけだが結果はもうご承知の通りで……。
「これもどれもみんなおまえのせいだぞ、ケンゴ!」
「そうだ、そうだ。責任を取っておまえが全部持てよ」
「冗談言うなっ。だいたい、じゃんけん負けたの、おまえら二人だろーが」
足よりも口が先に出てしまう哀れな男子三人。女子たちから黄色い(?)エールに引っ張られながら、長くて遠いキャンプ場までの道のりをひたすら突き進んでいくしかなかった。
「でも、ちょっとかわいそう……。スグルくんのだけ、あたしが持とうかなぁ」
本日のキャンプだが、一人だけ他校のゲストが参加していた。それは何を隠そう、勝のことを心から慕う高校一年生、聖ソマラタ女子学院に通っている錦野さやかであった。
彼女が参加するに至った経緯を説明すると、これもまたいつもと同じで拳悟が自分の判断で勝手に呼び寄せたようだ。もちろん、勝から大目玉を食らってしまったのは言うまでもない。
「ダメよ、同情なんてしたら。あの連中は甘やかすとどんどん付け上がるんだから」
「おっしゃる通りですわ。あの人たちには勝負の厳しさをしっかり知ってもらわないと」
表情も言動もいつにも増して厳しい麻未と舞香。それを解釈してみると、日頃から彼ら三人に迷惑を被られているお返しと言わんばかりの態度だったりする。
そんな厳しさいっぱいの彼女たちを見て、さやかと由美の二人はコクリと首を捻って小声で囁き合った。
「う~ん、これって甘やかしになるのかな?」
「ここは怖~いお姉さんたちに従っておこうか、さやかちゃん」
* ◇ *
時刻は午前九時を過ぎた頃、男女七人は待望の矢釜渓谷キャンプ場へ辿り着いた。
遠くに望める山の稜線。緑が生い茂るなだらかな草原。静かに耳を打つ川のせせらぎ。ここには、市街地では感じることのできない大自然の営みが広がっていた。
まずは受付手続きを済ませる。今回のキャンプは、テントやバーベキュー用具一式をレンタルすることになっていた。多少の出費ではあるが、自宅から重たい荷物を持参しなくてもいい点では便利と言えよう。
必要な道具を受け取ると、男女七人はもうひと踏ん張りと疲れた足にムチを入れてテント設営施設まで向かった。
春休み時期ということもあり、施設内には家族連れや男女のグループがあちらこちらで見られた。午前中からバーベキューで盛り上がっており、大自然の中のアウトドアを満喫しているようだ。
「ねぇ、この付近でどうかな」
「いいですわね。炊事場も近いですから」
すっかり仕切り役を買って出ている麻未と舞香の二人。由美とさやかは見晴らしの良さに満足したようで反論は一切ない。
本来であればハチャメチャトリオの三人だって意見やら提案をしたいところだが、長時間の過重負荷のせいかすっかり疲労困憊で言葉すら発せない様子であった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「もう……、どこでもいいわ」
「……や、休ませてくれぇ」
彼らは草むらの上で大の字になって寝転がってしまった。もうてこでも動かんと言わんばかりに。
いくらキャンプ用具がレンタルとはいえ、各自が持参した荷物が軽いわけではない。さらに、女子四人分のカバンまで運んだのだからぐったりしてしまうのも頷けるだろう。
激しい息継ぎを繰り返している男子たちの傍に、ニコニコと愛想笑いを浮かべた麻未が忍び寄ってくる。
「ご苦労さま。テント張りやる約束だったよね。ほら、立って、立って」
「こ、この女、ホンマの鬼やわ……」
のんびり休む暇も与えてもらえない不憫な男子たち三人。半ばキレ気味ながらも、彼らは次なる作業とも言うべきテント張りに精を出す羽目になった。
その一方、女子たちは女子たちでやることがある。バーベキュー道具を準備したり食事の材料の下ごしらえだ。食事の材料はここへ向かう途中のスーパーマーケットで購入したものだ。
バーベキューコンロを組み立てて設置し、着火剤に火を点けてから木炭と一緒にくべる。木炭が赤くなるまでゆっくり様子を見ながら、時折扇いだりして火の勢いを調節する。
さてさて、その頃テント設営中のハチャメチャトリオはどうしているかというと?
『トントン、トントン、トントン』
彼らは三方向に分かれて、トンカチを使って地面にペグを打ち込んでいた。ちょっとぐらいの風で倒れないよう、張り網の張力を調節しながらしっかりと打ち込んでいく。一本、また一本と。
ちなみに、レンタルしたテントはオーソドックスなドーム型のテントだ。初心者向けの構造ということもあって、不慣れな彼らでも容易に設営することができた。
「どうだ、こんなもんかな?」
「いや、もうちょっと強くした方がいいんじゃないか」
「そうだな、まだぐらついてる感じがするしな」
テントを隈なくチェックして強度を確認する拳悟と勝、そして拓郎。
自分たちのならまだしも女子たちのテントともあって、安全面を重要視して慎重にかつ丁寧にテント設営に従事した。
『トントン、トントン、トントン』
彼らは全体的なバランスを見ながら、トンカチを使って地面にペグを打ち込んでいく。一本、また一本と、打ち込まれたペグは十本以上はあるだろうか。
そこへやってきたのは、バーベキューの支度が順調に進んでいる料理班の女子たちだ。ここで労いの言葉を投げ掛けるべきはずなのだが、彼女たちの表情がどういうわけか一様に険しい。
そんなこと気にも留めずに、拳悟は耐久性バッチリのテントの出来栄えを鼻高々に自慢する。
「よう、見てくれよ。これだけペグ打っておけば頑丈で安心だろ」
無数に張り巡らされた張り網、特に入口付近に所狭しとペグが何本も打ち込まれている。これなら確かにちょっとやそっとの風雨で飛ばされることはないが。
安全面重要視とはいえ、利便性をまるで度外視したこのドーム型のテントに対し、
麻未は眉をしかめて冷ややかな口調で苦言を呈してしまう。
「これ何かのワナ? あらしら、中に入るの大変じゃなくね?」
「何言ってんだよ。これだけ頑丈ならクマが襲ってきても大丈夫だろ」
「クマが来ちゃったら、大きな手で一振りされた時点で破壊されるって」
やり直し――。麻未からそう烙印を押されてしまったハチャメチャトリオの三人。せっかくの努力を感謝もなくただ否認されてしまっては、彼らだって気持ちは穏やかではいられないだろう。
やってられるかよ!彼らは感情的になって手に持っていたトンカチを放り投げてしまった。
「ここまでやったんだ。あとはおまえらで張り直せよ」
「俺たちだってテント張らなくちゃいけないんだからな」
「ということで、あとはよろしくなっ」
ふて腐れてしまった彼らは、自分たちのテント道具を担ぐなり草むらから歩き去っていった。どうやら、自分たちの好みの設営場所を探す気らしい。
麻未は頭にカチンと来て小言を零していた。とはいうものの、小言だけでテントが完成するわけでもなく、彼女たちは四人力を合わせて張り網を手際よく張り直していくのだった。
それからというもの、ハチャメチャトリオの三人はキャンプ場内の遊歩道を歩きながらテントの設置場所を探索していた。
希望としては周辺がガヤガヤしていなくて見晴らしも良く、あと共同トイレが近いところ。もちろん、女子たちのテントからさほど遠くないという条件も必要だ。
いざ探してみると、条件に合致する場所なんてそうあるものではない。十数分ほど歩き回ってようやく、それらしい場所が一箇所だけ見つかった。
――ただ見つかったのはいいが、彼らにとって一つだけ許せない点があった。
「この枯れ木がなければ良かったんだけど」
「ホントだな。この枯れ木邪魔くさいな~」
拳悟と拓郎が口にするその枯れ木。高さ四メートルぐらいはあろうか、葉っぱはすっかり枯れ落ちており、幹も至るところで穴が空いていていずれは切り落とされる宿命を背負った大木のようだ。
この枯れ木のすぐ脇だと足場がでこぼこしており、テントの設置場所としては適切とはいえない。だから何とか撤去したいが、幹の太さが直径五十センチぐらいある枯れ木をいとも簡単にどかすことなど到底不可能だ。
ペタペタと枯れ木を触ってみる。太い幹から冷たい感触が手のひらを通して伝わってきた。それと同時に、押しても引いても折れない頑丈さも伝わってきた。
「どけどけ。こんなもん、俺の一撃必殺の蹴りでへし折ってやる」
ここは任せろと豪語するのは、後先を考えずに感情で行動してしまいがちの勝だ。血気盛んに拳悟と拓郎を払い除けると大木の前に仁王立ちする。
どう考えても無理だろう……。拳悟と拓郎はそう思わずにはいられなかったが、いざという時に発動する勝の潜在能力に一縷の望みを託してみることにした。
戦闘ポーズだろうか、勝は両拳を強く握って中腰の姿勢となった。ゆっくりと深呼吸して気合を溜める。その数秒後、ミラーグラスで隠した目が光り渾身のキックを発射した。
「おりゃ~っ!」
『ドカッ!』
キャンプ場の草原に響き渡る雄たけびと轟音――。
枯れ木の枝で休んでいた野鳥も、草むらに隠れていた小さな虫もクモの子を散らすように逃げていった。さて、枯れ木はどうなったであろうか。
高さ四メートルほどある大木は、存在感を示したまままだそこに居座っていた。折れるどころか傾斜角度すらまったく変わっていない、まさに直立不動というやつだ。
――ただ一つ変わっていたのは、激痛に苦悶する勝の表情だけであった。
「ぎゃあ~、いったぁぁ~!」
勝は右足を押さえながらぴょんぴょんと飛び跳ねている。無謀な挑戦だったと後悔してももう遅い。
「コイツ、やっぱりアホだろ」
「まぁ、予想通りだったけどな」
苦しんでいる友人に冷ややかな視線を送る拳悟と拓郎の二人。枯れ木の撤去は諦めるしかなさそうだ。
彼らは溜め息交じりでテントの設営に取り掛かろうとする。だがしかし、勝一人だけは納得が行かない様子だ。怒りと悔しさのせいか声を荒げて、微塵にも動じない枯れ木に向かって罵声を浴びせる。
「このヤロー! キサマなんぞくたばれっ」
それどころか、右足の痛みも忘れて太い幹を足蹴にする始末だ。勝の憤怒はまさに頂点に達していたようだ。
当然ながら、枯れ木は大地に根を張ったまま動くことはない。負けた腹いせとはいえ、無駄な足掻きを延々と繰り広げる彼の姿は何とも不憫である。
拳悟から諭される格好でようやく乱暴を止めた勝だったが、それからしばらく枯れ木の悪口を言い続けていた。こういうタイプを敵に回すと手に負えないからさぞ厄介であろう。
――この時、彼ら三人は気付いてはいなかった。枯れ木の傍に注意喚起として立て掛けられた看板が、風雨によって朽ち果てて倒れてしまっていたことに。その看板には、次のような文言が書かれていた。
(この木は幹の一部が脆くなっております。強い刺激を与えないでください)
それから一時間ほど経ち、男子専用のテントがようやく完成した。
足場が若干でこぼこしているものの、条件であった静けさや見晴らしの良さは決して悪くはない。枯れ木のマイナス面を考慮しても申し分ない設置場所と言えるだろう。
彼らはテントに入るなり両手足を伸ばして寝転がってみる。自宅と違って自然に囲まれている独特の雰囲気から心地良さを感じた。
「お祝いだ。これでカンパイしよーぜっ」
「おっ、サンキュー!」
祝杯は何と缶ビールだった。未成年者の飲酒は本来いけないことだが、アウトドア特有の解放感がそういう行動に走らせているということで、ここはどうか目を瞑ってあげてほしい。
プルトップを空けると炭酸がプシュッと噴き出した。ゴクッと一口ビールを喉に注ぎ入れる。スッキリとしたコクと苦味が喉の奥から全身へと浸透していった。
労働の後の缶ビールは格別だ。汗をかいていたせいもあって、彼らの飲む勢いはハイペースであった。ものの十分もしないうちに缶一本空いてしまうほどに。
「ちぇっ、もうなくなっちまったぜ」
アルコールは気分を高揚させてくれるせいか、喜怒哀楽といった感情や興奮も高めてしまう。勝はこの時、先ほど苦杯を舐めさせられたあの大木のことが脳裏を過ぎった。いわゆる怒りの感情である。
彼はゆっくりと立ち上がると一人テントから出ていく。向かう先は、堂々と大地に居座っている枯れ木の真ん前だ。
手にあるのは一本の空き缶。それをギュッと握り潰した彼は、憎き大木の太い幹目掛けてまるで野球の投手のごとく大きく振りかぶった。
「おら~! これでも食らいやがれっ」
『カコ~ン――!』
勝の投球はものの見事にストライク、空き缶は枯れ木の幹に直撃した。
この一球では満足できなかったのだろう。彼はスクラップ化した空き缶を拾ってはまた放り投げ、拾ってはまた放り投げるを何回も繰り返した。これではただの酔っ払いである。
「は~、スッキリしたぜ!」
気が済むまでピッチャーを演じた勝は、赤らんだ頬をさらに紅潮させてテントへと戻っていった。
――無論、彼は気付いてはいなかった。脆くなっていた枯れ木の幹に亀裂が生じており、さらに今のショックでかなりの致命傷を負っていることを。
* ◇ *
「どう? 見つかった?」
「ううん、どこにも見当たらない」
ハチャメチャトリオはいずこへ?女子チームの麻未と由美の二人は、キャンプ場内の遊歩道周辺を捜索していた。迷子や行方不明であれば受付で呼び出すのだが、さすがにそれは大げさであろう。
ただでさえ、破天荒で非常識な三人だけに保護者役として心配するのも無理はない。問題行動を起こす前に発見しなければと逸る気持ちが表情に表れていた。
彼女たちも歩き続けたら疲れもする。諦めも肝心な時もある。最悪の場合は警察に捜索願を出せばよいと冗談半分にそう決めると、いったん自分たちのテントへ戻ろうとした。
「ん、この声は……」
由美の耳にそっと届いた誰かの声。よく耳を澄ませてみると、聞き覚えのある複数の男性の声が離れたところから聞こえてくる。
「アサミさん、ケンゴさんたちの声じゃない?」
「……ん、そうだね。笑い声も混じってるみたい」
彼らの声の発生元を目で追ってみる。他のキャンパーから隔離されたなだらかな傾斜のある草原の上、一本の大きな枯れ木の傍に一戸のテントが設営されていた。
やっと見つかった!安心とちょっぴり腹立たしい気持ちを抱えながら、麻未と由美の二人はそのテントへ向かって歩き出した。
数百年という長い歴史の中で、度重なる自然の驚異と戦い続けてきた一本の大木。倒木となって朽ち果てる宿命が、今すぐそこにやってくるなど誰が想像できたであろうか。
異変に真っ先に気付いたのは、テントの中でバカ騒ぎしているハチャメチャトリオではなく女子たちの方であった。
「あれ、木がおかしいよ」
「ホント、あの人たち気がおかしいよね」
「そ、そうじゃなくて、ほらあれ!」
気がおかしいのではなく木がおかしいのだ!由美が人差し指で示した先で起こった異変、それは倒れるはずのない大木が傾く姿であった。
由美が悲鳴を上げる中、傾き出した大木はまるで狙いを定めたかのように一戸のテントを目指していた。
「きゃ~、木が倒れてる~!!」
その頃、ハチャメチャトリオはハイな気分になっていたせいかまだ異変に気付いていなかった。ただ、女の子の大声だけには敏感に反応する者もいるもので。
「今、女子の叫び声が聞こえなかったか?」
拳悟が真顔になって尋ねてみても、勝と拓郎の二人はゲラゲラ笑いながらそれを信じようとはしなかった。
「おいおい、おまえ酔っ払ってるみたいだな」
「そうそう、気のせいだろ?」
気のせいではなく木のせいだというツッコミは別として、倒木の襲来はすぐそこまで迫っておりテントにも一本の細長い影が入り込んでいた。
「確か、木が倒れているって聞こえたような気がしたんだが……」
――その一秒後、ついに復讐劇は起こった。
折れてしまった枯れ木は轟音とともに自らの長い生命を終えた。テントの中にいる少年三人を巻き添えにしながら。
「うぎゃあああ~!!」
押し潰されたテントから絶叫が鳴り響いた。ハチャメチャトリオの三人は当然ながら何が起きたのかさっぱりわからない。ただ一つわかったことは、生命の危機に直面しているということだ。
しばらくの間、麻未と由美の二人は呆然自失のまま立ち尽くしていた。とはいえ、彼らが仲間である以上放置したまま帰るわけにもいかないので。
「自分勝手な行動したからバチが当たったのね~」
「のんきなこと言ってる場合じゃないよ、助けないとっ!」
それから数十分後、付近にいるキャンパーやキャンプ場の関係者の助けを借りて何とか脱出することができたハチャメチャトリオの三人。それはもう、恥ずかしさいっぱいで反省しきりであった。
脆くなっていた木へ刺激を加えたこともそうだが、人様に迷惑を掛けたこと、さらに飲酒までしていたことを女子たちからこっぴどく叱られて、土下座しながら謝罪に追われてしまったのは言うまでもない。
「これもどれもあれもそれも、スグル、全部おまえのせいだぞ」
「悪かったよ、今回ばかりは俺も謝るしかねーよ」
拳悟から愚痴っぽく窘められて、勝はガックリと肩を落として後悔の念を口にした。直情型の性格が災いした結果と言えよう。
というわけで、男子チームはテントの張り直しを余儀なくされた。
由美たちからの薦めもあって、テントの設置場所は女子チームのすぐ隣にすることになった。その本音を覗いてみると、もう金輪際人様へ迷惑を掛けないよう監視下に置きたかったようだ。
こうして始まった一泊二日のキャンプ旅行。果たしてどんな展開が待っているのであろうか。




