第三十四話― 阿修羅工業高校編⑤ バトルロードの勝負の行方(1)
ここは阿修羅工業高校から数百メートルほどの距離にあるテナントビル。
このビルの四階にあるのが、老若男女問わず遊技施設としてお馴染みのボウリング場だ。
休日と違って平日は閑散としており、繰り返し流れる有線放送とレーンの奥で動く機械音ばかりが場内に響き渡るはず。ところが、このボウリング場は少しばかり違う。
真っ黒い学生服を脱いで、ワイシャツの袖を腕まくりしている集団が複数のレーンを陣取っている。ここは阿修羅工業高校の不良の溜まり場であった。
「やったぜっ、スペア、スペア!」
「汚ねぇ、ボール二個投げんじゃねーよ!」
いろんな色のボールを使ってはほったらかし、おまけに専用のシューズも履かずに土足のままでレーンに足を踏み入れる失礼極まりない連中。お店側もすっかり困り果てて深い溜め息を零すしかない。
その粗暴な連中を取り仕切っている人物こそ、たった一人で一つのレーンを独占して踏ん反り返っている機械科四天王の極落締だった。
彼も球遊びに興じようと、一番重量のある十六ポンドのボールを抱えてレーンの前に仁王立ちした。すると、それを見届けるべく配下の面々は無駄話を止めて一斉に押し黙った。
(…………)
両足を小刻みに動かしている極落は、レーンを凝視しながら投球場所の位置を微調整する。その様相はまさにプロさながらである。
どうやら投球ポジションが決まったようだ。彼は右腕を思い切り振るって渾身の力でボールを放り投げようとした、が――。
『ガッコーン――!』
予想していなかった唐突な出来事が起こり、極落の動きがピタッと止まった。
彼が投げるはずのレーンの上に、まったく関係のないボールが放り投げられて転がっているではないか。これはいったい誰の仕業だろうか?
「お楽しみのところ邪魔して悪いな」
「キサマか……」
極落の細めた視線の先に映っている人物、それはミラーグラスをいつになく照明に反射させている派茶目茶高校の特攻隊長とも言うべき勝であった。
即座に臨戦態勢を敷く阿修羅工業高校の連中。部外者、いや敵対している他校の来訪にボウリング場内がピリピリとした緊張感に支配される。
「ここまでやってきてどういうつもりだ? わざわざ殺されに来たのか」
挑発めいた脅しを仕掛けられても勝はまったく身じろぎしたりしない。むしろ、闘争心に火が付いてしまうほど心が大きく高ぶっていた。
「どうもこうもねーよ。俺の目的はたった一つ。いい気になってるおまえらを叩き潰すことさ」
「ほう。生意気な口叩くじゃないか。つまり、俺たちと真正面からやり合うってことか?」
「そういうことだな。こうなったらとことん遠慮なくやらせてもらうぜ」
この一言で、遊技場であるボウリング場が両校の生死をかけた戦場と変わった。
勝が率いる派茶目茶高校のメンバー数名は、先制攻撃とばかりに色とりどりのボールを爆弾のごとく投げ付けた。これには阿修羅工業高校の連中もびっくりして逃げ惑うしかない。
「危ねぇじゃねぇか、このやろ~!」
「やかましい! 雑魚はとっととくたばりやがれ~」
勝は手に持っていたボウリングのピンで、襲ってくる敵をことごとくなぎ倒していった。
彼と行動をともにした同志たちも必死になって立ち向かった。その甲斐もあって、阿修羅工業高校の軍勢は衰退の一途を辿っていった。
いよいよ乱闘戦も大詰め、それぞれの軍隊を指揮するリーダー同士が火花を散らして睨み合う。
「おまえの相手はこの俺だ。覚悟するんだな」
「フッ、いい度胸じゃねーか」
デンジャラスカラーズと巷から呼ばれている以上、恐れをなして後退したり無様に負けるわけにはいかない。
派茶目茶高校の任対勝、そして阿修羅工業高校の極落締の一騎打ちが今まさに始まろうとしていた。
* ◇ *
ショベルカーやブルトーザーといった重機が騒音を立てて、ヘルメットを被った工事員が慌ただしく動き回っている。それが工事現場の一般的な印象であろう。
ここは阿修羅工業高校からさほど遠くない工事現場だ。しかし、重機は朽ち果てたかのごとく動いておらず工事員の姿もまったく見当たらない。
だからといってもぬけの殻というわけでもなく、そこにいるのは学生服を着ている場違いな連中だけ。
「おい、コーラはまだか~?」
「もうすぐ戻ってくると思います。お待ちください」
薄汚れた土砂があちらこちらに点在する中、積み重なった土管の上に座っている一人の男、彼の名は機械科四天王の天上光次郎である。
配下の生徒が数人、彼の命令により買い出しに出掛けていた。表情こそ笑っているものの、内心苛立っていることが怒気をはらんだその声色でわかる。
数秒経過するたびに貧乏揺すりの度合いが濃くなっていく。どうやら彼は辛抱強い性格でなないようだ。
「うわぁっ!」
突如、工事現場の出入口付近から男子生徒の叫び声が聞こえてきた。よく見てみると、思いがけない来訪者がやってきたようだ。
「誰だ? やかましいぞ!」
天上の視点に映っているのは派茶目茶高校の勇姿たちであった。先頭に立つのは、不慮の災難で病床に伏せっている須太郎の悔しさを背負った地苦夫と中羅夫の二人だ。
「よう、ハゲ。コーラはいつまで待っても来ないぞ」
「そうアル。俺たちが、代わりに飲んでやったアル」
「きさまら、ふざけやがって~!」
阿修羅工業高校の買い出し隊はすでに地苦夫たちの手により粉砕された後だった。さらに、門番の生徒数名もすでに工事現場の砂地にひれ伏している。
「ヤツらをぶっ殺せっ!」
「はい!」
怒鳴り声が四方八方に飛び交い、静かだった工事現場が騒がしいコロシアムと化した。
両校の生徒は闘志を剥き出しにして争い合う。一人、また一人と倒れていく中、天上と地苦夫の二人も一騎打ちのため睨みを利かせて対峙する。
「スタロウの仇を取らせてもらうぜ」
「誰だそりゃ? もしかして、あのドカジャン着たデクノボーのことか」
天上の記憶に蘇るたった一つの記憶。
派茶目茶高校の生徒を地獄送りにするため、待ち伏せをして罠を仕掛けたのもこんな工事現場だった。
口角を吊り上げて含み笑いを浮かべる天上。須太郎を潰したことなど、彼にしたら忘れたとしてもどれほどの思い入れもない些細な出来事だ。
「アイツよ、図体はでかいけど、ちょっと脳は弱かったようだな」
陳腐とも言うべき罠である落とし穴。それにあっさり引っ掛かってしまったことを天上はこれ見よがしに嘲笑した。
怒りが増して顔色がみるみる紅潮していく地苦夫。大切なクラスメイトである無二の親友をバカにされたら誰だってこうなるのは当然だ。
「てめぇ、殺してやる!」
地苦夫は血気盛んに先制攻撃を試みる。スピードスターと異名を取るだけに、その素早さは凄まじいものがあった。
「へっへっへ、あまり焦るといいことねーぞ?」
このフレーズは須太郎がやられた時と同じ。――まさか、何かしらの罠が?
『ガッ』
「な、何ぃ!?」
そのまさかであった。
天上は足元に集めていた砂を蹴り上げてそれを舞い散らしたのだ。
飛散した砂が目に入ってしまい、地苦夫は視界を遮られて攻撃中止を余儀なくされた。そればかりではない、敵の射程距離に入ったまま立ち止まってしまい反撃の格好の的であった。
「はっはっは、バカなヤツめ。きさまはここでおしまいだ!」
意地汚さなら天下一品。天上は高笑いしながら拳を振るい上げる。地苦夫の命運ここで尽き果ててしまうのだろうか?
――いや、今日の地苦夫には鉄壁とも言うべき頑丈な後方支援が存在したのだ。
『ガツッ!』
「ぐえぇっ!」
後頭部に激しい痛打を受けて天上は地べたを転げ回って悶絶した。
窮地を救ったこの後方支援こそ、派茶目茶高校とともに征伐隊に飛び入り参加していた夜叉実業高校の二人であった。
「一対一のタイマンなら、正々堂々と勝負したらどうだ?」
「まったくどこまで腐ってやがる、阿修羅のゲス野郎がっ」
半田強と福谷鬼太郎の表情は憤怒に染まっている。こんな卑劣なやり方を黙って見過ごすわけにはいかなかったのだろう。
目の汚れを涙と一緒に洗い流した地苦夫。頼れる他校の二人の手助けを受けて、今一度戦闘態勢を整えた。
「ここからは俺一人でやる!」
「おう、しっかり見届けてやる。ぶっ潰しな」
地苦夫は力強く頷き、己の誇りを胸に掲げて戦い抜くことを誓った。
一方の天上は頭を振ってゆっくりと起き上がる。丸坊主の頭が真っ赤に染まるほど激怒しているのが明白だ。
「おのれきさまら、一匹残らず地獄送りだ~!」
目つきを野獣のごとく鋭くして睨み合う両者。このタイマン勝負の行方、果たしてどんな決着が待っているのか?
「おらぁ、これでくたばっちまえ!」
先制攻撃を仕掛けてきたのは天上だった。勢いよく振り放った鉄拳が地苦夫の顔面にヒットした。
『バキッ――!』
『ドカッ――!』
『バキッ――!』
天上は追い討ちを掛けるように手足を使って多段ヒットを繰り出していく。
地苦夫は防御の姿勢でその猛攻を必死に堪えていた。しかし、あまりの手数の多さに、ついにはひざを落としてノックダウンに近い姿勢になってしまった。
これがトドメだ!天上が渾身の力を振り絞って拳を持ち上げる。そこに、大きな隙が生まれるとも知らずに……。
そのわずかな隙を突き、地苦夫はハイスピードな動きで天上の背後へと回り込んだ。これこそが、スピードスターと呼ばれる所以と言わんばかりに。
「くたばるのはてめぇの方だ!」
「な、何だとぉぉ――!」
地苦夫が振り放った復讐のパンチは天上の鼻っ面を完璧なまでに捉えた。
鼻血を噴出しながら砂地にぶっ倒れてしまった天上。血走った目で地苦夫のことをしばらく睨んでいたが、それから数秒後、立ち上がることもできずにそのまま気を失った。
「……やったぜ、スタロウ」
右手を高々と突き上げて勝利を宣言した地苦夫は、入院している須太郎を思って天を仰いだ。
半田強に鬼太郎、そして阿修羅工業高校の軍勢を叩き潰した仲間たちが地苦夫の功績に大きな拍手を送った。
四天王の一人、背中に鯱の刺繍を持つ天上光次郎は戦線離脱となった。ここでは勝利を収めることができたが、他の仲間たちはどうだろうか?今頃どうしているか動きを追ってみよう。
* ◇ *
「……はぁ、はぁ、はぁ」
「……はぁ、はぁ、はぁ」
まったく同じリズムの息遣い。痛みと苦しさ、疲労困憊が全身を覆い尽くしている。
戦いのフィールドはボウリング場。ここでは、デンジャラスカラーズの赤色と緑色の二人が雌雄を決すべく激しい死闘を繰り広げていた。
一人は”赤猛猿”の勝、そしてもう一人が”緑鬼”の極落である。
「それにしても、タフな野郎だな……」
「フッ……。お、おまえこそ、なかなか踏ん張るじゃねぇか」
勝と極落は強がりなのかクスリと微笑を零した。とはいえ、顔中が痣だらけであり鼻や口元から血が滴り落ちてとても痛々しい。
ここまで肉体が崩壊するぐらいの戦闘であった。重たいパンチがお互いの体力を奪い合い、精神力すらも削ぎ落としていった。それでも、この二人は一度たりともひざを地に着けてはいない。
長らく続く決闘を固唾を飲んで見守る両校の生徒たち。ボウリングのボールとピンが至るところに散乱する環境の中、勝と極落は一歩たりとも退かずに前へ前へと突き進む。
「死ねや、こらぁ!」
「てめぇこそ、くたばれ!」
残り少ない体力と精神力で拳を振るう男子二人。どちらが優勢かといえば、若干ながらも身軽な動きを維持している極落だった。
それを証明するかのように、勝は極落の豪腕が振り放ったパンチをまともに食らってしまった。大きく仰け反ったものの、どうにかノックダウンだけは回避することができた。
(……それにしてもすごいパンチだな。タクロウが言っていた通りだぜ)
あらゆる力が限界に達し、勝は呼吸を乱しながら肩で息をしている。ガクガクと両足が震え出して立っていることが精一杯の状況だ。
「これでどうだー!」
さらに畳み掛ける攻撃、極落の前蹴りが勝の胸元に炸裂した。
勝は後方に滑っていくも、ここでもひざを曲げて踏み止まった。しかし、もう反撃できるほどの闘志は残ってはいない様相だった。
「どうやら勝負あったな。おまえの負けだ」
「……そ、そいつがどうかな? この俺が本気出したら怖いぜ」
それはやせ我慢であろうか?それとも精神が狂ってしまっているのか?満身創痍ながらも、勝は白い歯を見せて余裕の台詞を呟いた。
その直後、彼はおもむろにトレードマークのミラーグラスを外して床の上に落とした。
これで視界は良好になり敵の動きを的確に捉えることも可能になるわけだが、トラウマだった鋭い目を晒してまでその行為に至った理由はどうも他にあるようだ。
「言っておくが、グラサンを外した俺は怖いぜ~」
「ケッ、ふざけるな! 次こそ息の根を止めてやる!」
威勢よく振る舞っていても、極落だって限界寸前であった。いくら四天王として頂点に君臨していても、機械仕掛けのサイボーグではなく一人の人間であることに違いはないからだ。
彼は怒声を上げながら荒い息遣いで走り出した。ナパーム弾とも言うべき鉄拳を振り上げながら。
同じく息を切らして俯き加減の勝。ウルフカットの前髪に隠された瞳から怪しい眼光が解き放たれる。
「ウガ~~!!」
勝は人間とは思えないような奇声を放った。まさに狂った野猿のごとく。
言うなれば、ミラーグラスは人間から猛獣へ変身するためのスイッチだった。
理性を失ったモンスターは極落のナパーム弾すらも跳ね返して深い懐へと飛び込んだ。――そして、一撃必殺の頭突きを繰り出した。
『ガツッ!』
頭突きという名のアッパーカットをカウンターで食らった極落は、折れた数本の歯を口から吐き出しつつ後方へと吹き飛んだ。
(バ、バカな――! この俺が、は、派茶高なんかに)
両足を浮かせて宙を舞うこと数秒ほど。極落はボウリング場のツルツルの床の上に大きな打撃音を響かせながら落下した。意識を失っていたのだろう、彼はピクピクと痙攣はしたものの二度と立ち上がることはなかった。
これにより、四天王の一人、背中に鬼の刺繍を持つ極落締も戦線離脱となった。
「……タクロウ、おまえの仇は取ったぞ」
ここまで精神力と忍耐力だけで戦い続けてきた勝。勝利を確信した安堵感からか、魂が抜けてしまったかのごとくひざから崩れ落ちてしまった。
「スグル、おい、しっかりしろ!」
派茶目茶高校の仲間たちの手により、勝はどうにか起き上がることができた。とはいえ、全身に激痛が走るほどの大怪我を負っておりこのまま救急車で病院へ直行することになった。
いよいよ機械科四天王も残るはあと二人。バトルシーンの舞台は阿修羅工業高校の校舎へと移る。
* ◇ *
商店街のゲームセンターを後にすること三十分ほど。拳悟率いる派茶目茶高校の生徒たちは阿修羅工業高校の校門を越えて校舎の前まで辿り着いていた。
築何十年と経過しているであろう校舎は灰色に染まっていた。時計塔の針も停止しており、校庭の花壇には綺麗な花などなく薄汚いゴミしか落ちていない。
校則と秩序が事実上崩壊している悪の巣窟を目の当たりにし、拳悟たち一同はゴクッと緊張の生唾を呑み込んだ。
「おいこら、何だおまえらは?」
部外者の侵入に敏感なのは教職員ではなかった。派茶目茶高校の生徒たちに突っ掛かってきたのは阿修羅工業高校の不良学生の連中だった。
授業もろくすっぽ受けもせずに日夜惰性に生きている彼ら。身なりや表情から礼儀正しさや健全さを微塵にも感じられない。
機械科四天王の所在を知るのなら教職員よりも生徒の方が都合がいい。拳悟は毅然とした姿勢のままその辺りを問いただしてみると……?
「はぁ、おまえら何者だ?」
「派茶目茶高校から遠いところはるばるやってきた。無駄に時間を使いたくないから、早く質問に答えろ」
それを聞いた直後、阿修羅工業高校の連中は腹を抱えて笑い出した。派茶目茶高校なんて彼らにしたら格下の中の格下、つまり赤子の手を捻るのも同然だからだ。
品格の違いを知らしめようと、胸をドンと叩いて阿修羅工業高校の強大さを誇らしげに語り始めようとした瞬間だった。
『バキッ!』
「うぎゃぁ~!」
拳悟の研ぎ澄まされたストレートパンチが阿修羅工業高校の一人の顔面にヒットした。
鼻血を噴き出して吹っ飛んでいく仲間の姿に阿修羅工業高校の連中が騒然とする。逆襲しようと思い立ったものの、拳悟が放出する身の毛がよだつほどの威圧感により両足が固まってしまった。
「もう一度聞く。四天王は今どこにいる? 正直に答えないと……」
ガッチリと握り締めた拳をブルブルと震わせている拳悟。苛立ちの表情から伝わってくるもの、それはたった一つ”殺してやる”といった物騒な一言だ。
両校の生徒が視線を逸らさず睨み合い、まさに一触即発の雰囲気に包まれた。だが、迫力の強さで派茶目茶高校の方が勝っていた。
拳悟たちから気圧された連中はピシッと姿勢を正して素直に応じた。機械科四天王なら今頃、体育館の裏側にある昔の応援団室にいるだろうと。
「よし、そこまで案内してもらおうか」
派茶目茶高校の生徒たちが案内された場所、そこは広いグラウンドを横断し体育館の裏に隠れてひっそりと佇んでいるプレハブ風の部室であった。
野球部やサッカー部、さらにテニス部やバレーボール部といったプレートが貼り付けてあるが、実際のところ部活動が機能しているはずもなく見掛けだけの部室というわけだ。
部室が横一列に並ぶ中、四天王が陣取っているという昔の応援団室が一番奥にあった。拳悟たちが無言のまま近づいていくと、部室内から男女の囁き声が漏れてきた。
『ドカーッ』
拳悟は躊躇うこともなく、かつ遠慮することもなく部室のドアを蹴破った。
そこにいたのは機械科四天王の毒架津勇次、そして、タバコやら意味不明のビニール袋を口に宛がっている血色のない女性が数名。
よく見てみると、女性たちは決まりきった衣装や制服を着ていない。工業高校に女子がいない点からも、ここはさまざまな学校の不良がここぞとばかりに集まってくる溜まり場のようだ。
「やかましいな、何してやがるんだっ!」
「お楽しみのところ悪かったな」
突然の来訪者――。生気を失っているとはいえ、女性たちは身の危険を察知したのだろう、足元をよろめかせながら部室から一心不乱に逃げ出していく。
ドタバタと慌しい足音が響く中、昔の応援団室にただ一人踏ん反り返っているのは、すこぶる機嫌が悪そうな顔つきをぶつけてくる毒架津のみだ。
「おまえら、派茶高もんか! ここまでやってきたってことは死ぬ覚悟はできてるんだろうな?」
「当たり前だろ? 言っておくが、おまえだって生かすつもりはないからそのつもりでいろよな」
あくまでも冷静沈着で、あえて挑発的な態度を取ってみせる拳悟。これも敵の心理を鈍らせる陽動作戦の一つなのであるが、四天王を名乗る男はそんな姑息な手など通じない。
毒架津はゆっくりと椅子から起き上がる。背中に刻まれている炎の刺繍のごとく、全身から真っ赤なオーラが立ち上っていた。どうやら怒りが頂点に達しているようだ。
「ここは狭過ぎる。おまえら全員、外に出ろ」
毒架津の指示のもと、派茶目茶高校一同は部室からいったん離れてグラウンドへと向かった。
乾いた風が休みなく縦横無尽に吹き荒ぶ。砂埃が舞い上がるグラウンド上、両校の生徒同士が激しく睨み合う。
ここで拳悟は一つだけ質問をする。もう一人の四天王、実質的なリーダーである決斗大期の姿がどこにも見当たらないからだ。
「アイツなら今頃、機械科の第二実習棟にいるはずだ」
第二実習棟は校舎から通路で繋がっておらず、このグラウンドから道路を一つ跨いだ先にあるという。
第一実習棟は主に化学薬品を取り扱い、第二実習棟は主に刃物や工具を取り扱っているそうだ。そこで、彼が何をしているのかまでは毒架津でも知るところではないとのことだ。
いずれにせよ四天王が目の前にいる以上、先へ進むわけにはいかない。拳悟がファイティングポーズを取ったその直後、背後から呼び掛ける声が聞こえてきた。
「おい、ケンゴ。ここは俺に任せておまえはその実習棟へ行け」
毒架津討伐に名乗りを上げたのは、派茶目茶高校の番長である碇屋弾と永遠のライバルとも言える風雲賀流子であった。
「ダン先輩にリュウコ……」
「おう、俺たちにも見せ場を作らせろよ」
「そういうことだ。おまえはリーダーを仕留めろ」
心強い仲間たちの粋な計らいにより、拳悟はたった一人で第二実習棟があるという方角へと駆け出していった。
「おまえらが俺の相手か。名前だけは聞いておいてやろう」
強さを誇示するかのように指の骨をポキポキと鳴らす毒架津。それに負けず劣らずオリジナルの戦闘ポーズを披露する弾と流子の二人。
「俺は派茶高の番長、碇屋弾。どうだカッコいいだろう?」
「あたしは風雲賀流子。華麗なる白鷺拳をお見舞いしてやる」
黄砂が風で舞うバトルフィールド上で、雌雄を決すべく男女三人が決戦の狼煙を上げた――。
「おりゃあ~!」
「あいやぁー!」
番長直伝の右ストレート、そしてカンフー少女の回し蹴り。息を合わせた先制攻撃が繰り出された。
二人の同時攻撃では避けることは難しいはず。しかし四天王の才能というやつか、毒架津はそれを両手であっさりとガードした。
「ハッハッハ、そんな生温い攻撃なんて俺には通用しないぜ」
ギロッと三白眼の目を見開き不気味に微笑する毒架津。お返しとばかりに彼の多段攻撃が火を噴いた。
『ガツッ、ドカッ――』
弾と流子は急所こそ持ち前の反射神経で防いだものの、攻撃の勢いに押されてグラウンドの地べたに尻餅を付いてしまった。
「……ほう、これはまたたいしたもんじゃねーか」
「フフフ、お、おもしろい戦いになりそうじゃない」
まさに火花を散らす激戦の予想。この三人の争いは長期戦の様相を呈していた。




