第三十三話― 阿修羅工業高校編④ 集いし誇り高き勇者たちよ(2)
警察署を後にしてから一時間ほど過ぎた頃。拳悟たち四人の男子生徒は派茶目茶高校を目指してのんびり歩いていた。
のんびり……というよりは、肩を窄めてとぼとぼとと歩いていたと言った方が正解であろうか。阿修羅工業高校の脅威をより実感して、彼らの足取りはいつになく重かった。
機械科四天王はデンジャラスカラーズの一員であった。警察機関でも手を焼く相手とまともにやり合うなんてそれこそ無謀極まりない。
拳悟と勝も同じくデンジャラスカラーズであるが、喧嘩の回数も修羅場を潜り抜けてきた回数も桁違いだ。臆病と思われたくなくても、そういう現実が闘争心に歯止めを掛けてしまっていた。
「参ったな。どう考えても俺たちの方が不利だよなぁ」
真実を知ればそれだけ弱気になってしまうもの。地苦夫は大きな溜め息を漏らしておもむろに上空を仰いだ。すぐ横にいる中羅欧も同じような表情をしている。
「……ホントに悪かったな、後先考えずに手を出しちまってよ」
このたびの一連の騒動の発端、きっかけを作った勝は俯き加減で謝罪の弁を口にした。責任感が強い性格だけに、学校全体を混乱に招いてしまったことを猛省していたようだ。
とはいえ、ここまで来てから後悔しても無意味であろう。拳悟はどう対処すべきか仲間を収集して打ち合わせることが最優先と提言する。これには他の三人もうんうんと頷いて同意見だった。
――ただ、いくら集まったところで対処方法など思い付かないのではないか。前向きに考えたくても、なかなか気持ちを切り替えることができない彼らであった。
「……はぁ、このままエスケープしたいな」
「それができればとっくに帰ってるって。俺は出席日数がヤバいから、行かないわけにもいかないんだよな」
髪の毛を掻きむしって沈んだ声を漏らした拳悟。遅刻組の彼にしたら、一つの授業でも多く出席することが留年を回避する方策の一つであろう。
そうこうしているうちに、彼ら四人は派茶目茶高校が視界に入る距離までやってきていた。ここまでやってきたらもう開き直って潔く登校するしかないわけだが。
『ピーポー、ピーポー、ピーポー』
拳悟たち四人が歩く道路を一台の救急車が通り過ぎていった。
サイレンを鳴らして走行する救急車。重病人による急患、もしくは事故による救急搬送の要請があったのだろう、救急車はただただ人命救助のために目的地へと急いだ。
「あらら」
「おいおい」
「何だ何だ、学校かよっ」
驚いたことに、救急車が向かった先は派茶目茶高校であった。校門をゆっくり折り曲がると学生専用の玄関の前でサイレンを止めて停車した。
いくら他人事とはいっても急病人ともなれば気になってしまうもの。拳悟たちは歩くスピードを速めて校門を潜り抜ける。
校舎施設内に入るなり、救急隊員数名が担架を持って救急車から飛び出してきた姿を目撃した。拳悟が彼らを呼び止めて何があったのか尋ねてみると。
「詳しくは聞いてないが、どうも退院したばかりの男子生徒が大怪我したって」
「何? 退院したばかりって、まさか――!」
真っ先に拳悟の頭に浮かんだ人物、それは親友の拓郎であった。
大怪我とはいったいどういうことだ!?拳悟は内履きに履き替えもせず校舎の中へと駆け出していった。他の三人も慌てて彼の背中を追い掛けていく。
一方その頃、嵐が去った後の二年七組の教室は悲嘆と消沈の空気に埋め尽くされていた。
完治していなかった腕を再度痛めてしまい悲痛の表情を浮かべる拓郎。そんな彼の傍に寄り添うのは、教え子を守れなかったことを悔しがる担任の静加だ。
「タクロウくん、大丈夫? もうすぐ救急隊が来るから我慢して」
「……心配ないよ。それよりもさ、ユミちゃんの具合はどうかな?」
拓郎と静加は視線を移す。そこには、舞香を始めとしたクラスメイトに囲まれている由美の姿があった。
まだ由美の意識は戻ってはいなかった。仲間たちの涙ながらの呼び掛けも、遠くにある彼女の意識まで届くことはなかったようだ。
「ユミちゃん、しっかりなさって!」
舞香は由美の両手を強く握って懸命に介抱していた。目を覚ましてほしいとひたすら心の中で祈りを込める。
勘造に志奈竹といった他のクラスメイトたちも不安げな顔をしたままその場から離れることができない。今はただ、由美が目を開いてくれるその瞬間を待つしかなかった。
『――ガララッ!』
壊れんばかりに乱暴に開け放たれた教室のドア。それこそ、二年七組の窮地を救うヒーローの登場を告げるものだった。
「ケンゴくん!!」
「ケンゴ!!」
「ケンゴさん……!」
静加が、拓郎が、そして勘造に志奈竹といったクラスメイト全員が拳悟の名を叫んだ。
緊迫感を打ち消す安堵感が教室内に飽和する。ホッとするあまり誰の表情も気持ちもにわかに綻んだ。
「いったい、何があったんだ――!?」
乱雑に散らかっている机や椅子。授業の時間にも関わらず、誰一人として着席していない。
拳悟は事態が把握できず呆然と立ち尽くすしかなかった。それでも、尋常な事態ではないことはおおよそ察しが付いた。
その直後、わなわなと震えながら立ち上がる一人の女子生徒。彼女こと舞香は拳悟の方へ振り向くなり大声で叱り飛ばした。
「ケンゴくん、どこに行ってましたのっ!」
舞香は走り出したと思ったら、拳悟の胸元へと飛び込んでドカドカと痛いぐらいに拳を叩き続ける。悔し涙をボロボロと零しながら。
「もっと早く来てくれたら――! 来てくれたら、ユミちゃんがあんな目に遭わずに済んだのに」
「おい、おじょう、ユミちゃんがどうかしたのか!?」
ここで拳悟はすべての真相を知るに至った。
阿修羅工業高校の連中が乱入してきたこと、有無を言わさず大暴れしたこと、そして、怪我人である拓郎にひどい追い討ちを掛けてきたことも。
由美がもしかばってくれなかったらどうなっていたであろう。拓郎は感謝の思いを抱きつつも、その表情はやり切れない苦渋に満ちていた。
「そうだったのか。相変わらず優しいな」
拳悟はゆっくりと歩き出し、教室の床で横たわっている由美の傍に寄り添った。
乱れてしまった黒髪、汚れてしまった制服、顔中に汗をびっしょりかいて苦しそうな顔のまま目を閉じている少女。二年七組のマドンナは、想いを寄せる王子様の手厚い看病の中にあった。
それから数十秒後であろうか、王子様の熱意が彼女の奥底で眠っていた意識を呼び起こしてくれた。
「う……、うう……」
「ユミちゃん!」
二年七組の教室内にホッとした吐息が充満した。舞香の涙も嬉し涙に変わり、拓郎と静加は笑顔を向け合った。
由美の意識が回復したと同時に、勝たち三人も遅れて教室内へと飛び込んだ。
「こ、これはどうなってるんだ……?」
キョロキョロと頭を左右に振って動揺を隠し切れない勝。地苦夫と中羅欧も黙り込んだまま様子を窺うしかない。
つい先程まで発生していた事件の顛末を聞かされると、勝の表情が憤怒に移り変わった。
「ヤツらめ、どこまでやれば気が済むんだっ!」
勝は怒りの握り拳をロッカーに叩き付ける。何度も何度も叩き付けて、ロッカーにいくつもへこみを作ってしまうほどに。
感情的になって怒鳴り散らすクラス委員長を尻目に、拳悟は正反対に柔和な笑みを浮かべていた。さまざまな葛藤があっただろうが、今は何よりも由美の回復が嬉しかったに違いない。
「ケ、ケンゴ……さん。遅かったですね……」
「ごめんな。朝から野暮用があってさ」
「良かった、こうして会えることができて本当に良かった……」
親身になって心の支えになってくれる人がここにいる。由美は安心感から感涙を零し始めた。どんなに我慢しても止めることができない胸の奥が熱くなる嬉し涙だ。
――次の瞬間だった。彼女は涙が止まってしまうほどびっくりした。
暖かくて心地のよい感覚が全身を伝った。気付いた時には、拳悟の男らしくてたくましい胸の中に抱き寄せられていたからだ。
鼓動が早くなる――。脈動も早くなる――。このまま呼吸が止まってしまうのではないか、彼女はそんな錯覚すら覚えた。
「俺はキミを守れなかった。約束したはずなのに、本当に申し訳ない」
拳悟の胸の中にいる由美は小さく首を横に振って心の中で呟く。謝るなんてとんでもない、こうして支えてくれたことが何よりも喜びであったことを。
感傷的なシーンとは裏腹に、感情を抑え切れない勝はまだ学校の設備に当り散らしていた。だがさすがに息切れしたようで、中腰の姿勢になって激しい息継ぎを繰り返していた。
「……はぁ、はぁ。ちくしょう!」
このまま何もしないで泣き寝入りなんてできるか!勝は疲労感たっぷりながらも途切れのない大声を上げる。
「ケンゴ、おまえはこれでいいのかよ!?」
どうやら勝の意志は固まったようだ。阿修羅工業高校、さらに頂点に君臨する機械科四天王に喧嘩を売るということはそれ相応の覚悟を決める行為だ。
これには地苦夫と中羅欧も同意見であった。クラスメイトである須太郎の敵討ちという大義名分もあるが、それよりも派茶目茶高校が舐められたままでは納得がいかない様子だった。
いよいよハチャメチャトリオの実質的なリーダー、この学校の総大将が決心を告白する時がやってきた。戦うのか、逃げるのか、その答えはいかに――?
「きっと俺はユミちゃんに叱られてしまうかも知れないな。でもさ、今回ばかりは許してくれないか」
「……え?」
拳悟も揺るぎない決心を固めたようだ。キョトンとした由美のことをそっと解き放つと、彼はゆっくりと立ち上がる。
吊り上がった眉、鋭くなった目つき。仁王立ちしている彼の表情は本物の仁王様と呼んでもおかしくはないほど気迫に溢れていた。彼女が声を掛けるのも躊躇ってしまうほどに。
(ケンゴさん……。さっきまであんなに優しかったのに。本当に怒ってるんだ)
由美も悟っていたようだ。拳悟も勝も、戦闘というフィールドに向かって突き進んでいくことを。
派茶目茶高校という看板はそれほど高貴な看板ではない。それでも、他校からバカにされるほど汚れたり腐ったりはしていない。ここにいる勇者たちは、自らの身を犠牲にしてでもその看板を守ることを選択した。
「聞くまでもねぇだろ? あのクソ野郎どもをぶっ潰してやろうぜ」
「よし! おまえならそう言ってくれると思ったぜ」
拳悟と勝、さらに地苦夫と中羅欧の計四人は意を決したように真剣な表情で歩き出す。ところが、そこへ一人の女性教師が制止の声を轟かせた。
「あなたたち、待ちなさい! たかが四人で何十人相手に勝てるとでも思ってるの? 返り討ちに遭うのは目に見えているわ」
鬼教師の言葉は生徒たちの背中を通り抜けて虚空へと飛んでいった。彼らは立ち止まることなく誰にも邪魔されることなく教室から出ていってしまった。
「こらーっ、先生の言うことを聞きなさい!」
「シズカちゃん、もう無駄だって」
教職者として一人いきり立っている静加を宥めるのは、勇者たちの気持ちを誰よりも理解している拓郎だ。
燃え上がった闘争本能はそう簡単に消したりはできない。今はただ、やれるだけのことをやらせてみよう、ヤツらならのたれ死んだりはしないだろうと彼はクスリとはにかんだ。
手が掛かる悪ガキだと割り切ったのだろうか、静加はもう勝手にしなさいとばかりに深い溜め息を漏らした。しかしながら、これが大事件となって教育委員会のやり玉に挙げられるのだけはご免被りたいと願う彼女であった。
「あら、ユミちゃん、どこへ行くんですの?」
「うん、ちょっとね」
舞香の心配する声をよそに、由美はたった一人で教室から出ていった。意識がまだハッキリしない中、廊下を歩いていく勇者たちの後ろ姿を目で追った。
横一列になって闊歩している男子生徒四人。その後ろ姿はあまりにも大きくて、派茶目茶高校の全校生徒の運命を背負った使命感すら抱かせるぐらい勇ましくてたくましかった。
足元がふらついて、途中でつまずきそうになりながら前に向かって進んでいく彼女、彼らが廊下を曲がって階段を降り始めた頃、何とか叫び声が届くぐらいのところまで追い付くことができた。
「みなさん――!」
拳悟も、勝も、地苦夫も、中羅欧も、全員がピタリと両足を止めて後方へと振り返った。
はぁ、はぁと息を切らして苦しそうな表情の由美。大きく深呼吸を一つしてから、思いの丈をメッセージとして震える声に伝える。
「い、いつものわたしなら止めるけど……。でも、今日だけは、今日だけはお見送りします」
男子四人は呆気に取られた顔を見合わしている。優等生らしからぬ思いも寄らぬ発言だけに一瞬驚いてしまったようだ。
その直後、由美はニコッと明るく笑ってみせた。応援を意味するガッツポーズのおまけ付きで。
「だから……絶対に負けないでくださいね!」
戦いの地へ赴く兵士の表情は複雑で険しいものだが、拳悟たちの表情は不思議と潔くて晴れやかだった。
彼らも力を込めたガッツポーズで応える。派茶目茶高校の代表として、勝利という錦を掲げることを誓いながら。
「ありがとう。これで安心して喧嘩ができるよ」
拳悟は白い歯を見せて優しい微笑を零した。そんな彼の背中を由美は揺れ惑う気持ちを抑えながら見つめていた。
(どうか、無事に帰ってきて……)
* ◇ *
玄関から前庭へと躍り出た四人の男子生徒。多勢に無勢ではあるが、ここまで来たらとことんやってやると気合は十分だ。
「よっしゃー! 阿修羅をぶっ潰そうぜっ」
「おう! ヤツらの学校まで攻め込んでやるかー」
やたらハイテンションで勝ち気な彼ら、それでも不安と恐怖が頭から離れることはない。これだという作戦もなく勝算すらあるわけではないから。
威勢よく飛び出した手前もう後戻りなんてできっこないわけで。萎えそうになる心を奮い起こしていざ出発しようとした矢先、彼らを呼び止める者がいた。
「待ってくれ」
玄関から数人の男子生徒が姿を現した。その顔ぶれは、拳悟たちには馴染みのある仲間たちであった。
「ざっと八名ほどだが、学校を守るために助太刀いたす!」
「おまえら……」
先輩ではあるが同級生でもある三年生が数名、そして丹三郎を筆頭とした一年生が数名、合計八名の同志たちだった。
微力ながらも少しでも役立ちたい。彼らだって派茶目茶高校の看板を背負った誇り高き勇者なのだ。
「ご立派じゃねーか、ビビらずによく出てこれたな」
「スグル、そりゃねぇだろ。せっかく手伝ってやるって言ってんのによ」
嫌味を漏らす勝とそれに苦言を呈する三年生の男子生徒。それでも、そこには険悪なムードなどなくお互いの気持ちはどこか嬉しそうだった。
いくら関係がこじれたとしてもそれは一時的であって、またこうして手を取り合って協力できることこそが彼らの友情の証と言えよう。
「おまえらだけじゃ負ける。あたしが手を貸してやろう」
「なぬ!?」
どこからともなく聞こえてきた女性の声。落ち着いたトーンだが芯の据わった力強い声だ。
拳悟と勝がキョロキョロと周囲を見回すと、何と頭上から一人の女子生徒が飛び降りてきた。
「うおっ、リュウコじゃねーかっ」
「おまえはどこからやってきたんだ!?」
腕組みしながら不敵に笑っているのは、カンフースーツを着こなしたおさげ髪の少女、腕っぷしでは男子にも引けを取らない風雲賀流子であった。
実は彼女、ここ一週間ほど修行と称して中国へ渡航していたのだ。帰国して早々に学校の危機を知ってこの場に参上したというわけだ。
彼女の実力を誰よりもよく知っている拳悟。いつもはいがみ合うライバル同士だが、今日ばかりは頼りにできるありがたい存在であろう。
「悪いな、リュウコ。恩に切るぜ」
「フン、勘違いするな。おまえらを助けるつもりはない」
流子はムスッとした顔で断言する。これはクラスメイトであるサン坊の仇討ち、弔い合戦なのだと。ちなみにサン坊は怪我も良くなってすでに登校できるぐらい元気だったりする。
まだまだ人数的に不利だがやってやれないことはない。仕切り直していざ出発しようとすると、またまた新たなる来客がやってきた。
「ん、向こうからやってくるのは?」
「どうしたんだ、わざわざこんなところまで」
拳悟と勝の視界に飛び込んだのは、派茶目茶高校の学生ではないまったくの部外者、とはいえまったく関係がないとは言えない人物であった。
肩で風を切って威風堂々と歩いてくる二人の男性。一人は冷静沈着でクールな表情をしており、もう一人は少しばかり怒りを露にしているようだ。
口を閉ざしたまま拳悟と勝の正面で立ち止まった彼ら二人。来訪した目的は定かではないが、男性四人がピリピリとした不穏な雰囲気の中で向き合う。
「ハンダさんとオニタロウ――。どうかしたの?」
「よう、いきなり押しかけて済まないな」
その正体とは、夜叉実業高校の実質的な番長とも言うべき半田強と福谷鬼太郎の二人組だった。派茶目茶高校から数十キロ離れたところからはるばる足を運んできた理由とは……?
「阿修羅の連中の立ち振る舞い、さすがに堪忍袋の緒が切れてな。いろいろ考えた挙句、俺たちも動くことにした」
「アイツら、調子に乗って俺らの学区内にも侵入してきて好き放題やりやがった。絶対に許すわけにはいかねぇ!」
派茶目茶高校との抗争の最中、関係のない夜叉実業高校の縄張りまでも手を出した。少数ながらも被害者が出たことに、鬼太郎はこの上ないぐらいの憤りを爆発させていた。
ただ、彼らも闇雲に戦争を始めるつもりはない。あくまでも派茶目茶高校の後方支援、兵長というよりは兵隊の一員として協力してくれることを約束した。
半田強と鬼太郎はご承知の通りデンジャラスカラーズの一員だ。バトルにかけては拳悟や勝と同等、いやそれ以上の実力を発揮する猛者である。これほど頼りがいのあるメンバーは他にはいないだろう。
「よっしゃあ、これだけ揃えば百人力だ。打倒阿修羅工業高校、いざ出陣だっ!」
役者も揃って、派茶目茶高校の軍勢もより士気が上がってきた。
目指すは阿修羅工業高校が鎮座する矢釜海岸方面。拳悟率いる兵士たちは午前中という時間ながらも血気盛んに走り出していった。――ところが、またしても彼らの足を止める者がいた。
「ケンゴ! 待たんかぁ~!」
「――この声はまさか!?」
そこは職員玄関の真上、コンクリート張りの屋根の上に三人の男子生徒が立っていた。
渋い革ジャンを羽織った茶髪の男子生徒。二人の部下を従えて威張っている姿は、派茶目茶高校ではすっかり名物とも言うべき光景であった。
「おおお~、ダン先輩じゃないですかっ!」
「俺たち番長組を忘れてもらっては困るぜ!」
そうである。派茶目茶高校の生徒なら彼らを無視してはいけない。
泣く子も黙ると言われる伝説の番長組。疎ましがられる……いや、尊敬されるその番長組のリーダーである碇屋弾、ならびに部下のノルオとコウタのことを。
番長としてこの窮地に立ち上がらないわけにはいかない。弾は体育館裏の部室で埃を被っていた学校旗を引っ提げてカッコよくご登場というわけだ。
「ダン先輩! いいっすね、最高っすよっ!」
「ハッハッハ、当然だろ。俺はこういう登場の仕方が大好きなんだ」
個性的な面はさておき、これでついに役者が出揃った。これだけの豪傑が集まればまさに鬼に金棒である。
拳悟は改めて出陣の狼煙を声に乗せる。威張り腐っている阿修羅工業高校を粉砕し、派茶目茶高校並びに矢釜中央駅周辺の地位と平和を取り戻そうと。
「よし、みんな覚悟はいいか? やるからには絶対に逃げるなよ。派茶高の逆襲を思い知らせてやれ!」
「おう!」
拳悟を先頭にして、派茶目茶高校の生徒十数名と助っ人二名は勢いよく校門を飛び出していった。その先に待っているのは勝利か敗北か、物語はいよいよ佳境へと入っていく。
* ◇ *
矢釜市の中心地から遠く離れた郊外、矢釜海岸周辺には精密機器の工場が密集している。
平日は就労者で賑わうが、休日ともなれば水を打ったように静まり返るこのエリアにあの恐るべき阿修羅工業高校は存在する。
ただいま平日の真っ只中、学生にとって始業時間中にも関わらず校舎内では生徒の数はまばらであった。それはなぜか?
「くそーっ、またゲームオーバーかよ!」
「番長、今日は運が悪いですね」
「胸糞悪いぜ、どこかで憂さ晴らしでもするか」
ここは小規模な商店街の一角、薄暗い明かりに照らされたこじんまりとしたゲームセンターだ。
騒いでいるのは当然ながら就労者などではなく、勉学もそっちのけで人生を無駄にダラダラと過ごしている不良学生しかいない。そう、阿修羅工業高校の生徒たちだ。
シューティングゲームと格闘していたのは、番長とその配下のタカシとジロー、そしてスエキチの四人。機械科四天王の登場により鳴りを潜めていた彼らだが、地元ではこんな感じで自分勝手に遊び放題であった。
「これから派茶高の連中をいたぶりにでも行くか」
「それいいですね!行きましょう」
「ヤツら、四天王の恐ろしさを知ってビビってますしね」
虎の威を借る狐とはまさにこのことで、番長たちはすっかり天下人のごとく強気になって虚勢を張っていた。
いい暇潰しができると支配者気取りで高笑いしている彼らだったが、知らず知らずのうちにゲームセンターに入店していた他校の男子生徒に気付かなかった。
「ほう、おもしろそうだな。俺らも参加させてくれよ」
「ん? 誰だ、生意気な野郎だな」
クルリと振り振り返ってみる番長、するとそこに立っていたのは顔に見覚えのある男たちだった。
彼は目を見開いて唖然とした。なぜなら、拳悟と勝を先頭にして、凛々しく口元を引き締めた十数人の派茶目茶高校の生徒たちが背後にいたからだ。
「き、きさまら――!」
「四天王の居場所知りたけりゃ番長に聞けって言われてな」
ここに辿り着くまでの途中、拳悟たちは阿修羅工業高校の生徒一人ひとりをとっ捕まえては居場所に関する情報を片っ端から自白させていた。
苦労の末に番長というキーワードをもとにここまで到着したわけだが、同校の生徒が居場所を知らないぐらい機械科四天王は特別視されており謎めいた存在なのであろう。
「おまえらみたいな雑魚に用はない。機械科四天王が今どこにいるか教えてもらろうか」
「ふざけるなっ! まだ俺たち阿修羅の恐ろしさをわかってないようだな」
「何度も言わせるな。四天王はどこにいる? おとなしく教えろ」
拳悟の台詞はそれほど熱を帯びてはいないが、表情は若干ながらも紅潮している。心理的な苛立ちの表れだろうか。
一方の、機械科四天王という後ろ盾を得た番長は余裕たっぷりだ。それもそのはずで、自分自身に危害が加われば間違いなく奇襲のきっかけとなることが目に見えているからだ。
「はっはっは、おまえら死にたいのか? 死にたいなら相手してやるよ。丁度退屈してたところだしな」
『ガツッ――!』
「ぐはぁっ!」
それは瞬時の出来事だった。勝が放った怒りの拳が番長の顔面を捉えていた。
番長は後方に吹っ飛ばされて、椅子をなぎ倒しながらゲーム機の筺体に背中をぶつけてようやく止まった。
「いつまでも調子に乗ってんじゃねぇよ! もう戦争は始ってんだ。死ぬのが怖くて男やってられるかっ」
番長だけではなく、配下である他の三人も派茶目茶高校の生徒に拘束されて身動きが取れなくなっていた。ただ一つの忠告、機械科四天王の居場所を答えなければ解放されないと。
番長たちにしたら人数的に圧倒的に不利だ。仲間を呼びたくても手段がない彼らは、蛇に睨まれたカエルのようにガタガタと全身を震わせていた。
どんなに脅迫されても断固として回答を拒否するつもりだったが、勝の荒れ狂う猛獣のような迫力に気圧されてしまったのか、番長は鼻血を手で拭いながら知り得る情報を告白し始めた。
「わ、わかった。しゃべるから勘弁してくれ……」
機械科四天王は集会と称して午後には登校するが、基本的に午前中は単独で行動しているらしい。
デンジャラスカラーズの“緑鬼”(グリーンオーガ)こと極落締は、今頃学校近くのボウリング場にいる。
デンジャラスカラーズの“白色の鯱”(ホワイトオルカ)こと天上光次郎は、今頃学校付近の工事現場にいる。
デンジャラスカラーズの“黄色い火炎”(イエローフレイム)こと毒架津勇次、ならびに“黒猛虎”(ブラックタイガー)こと決斗大期は、今頃ならもう学校の中にいる、とのことだ。
「よし、俺はボウリング場へ行く。タクロウの仇を取らないとな」
「それなら俺は工事現場だ。スタロウの分までやってやるぜ」
「俺は学校へ行くよ。総大将とやり合うのは、やっぱり俺の務めだろうしな」
勝も地苦夫も大怪我をしたクラスメイトのために気合を込める。拳悟も派茶目茶高校の総大将としての責務を果たそうとここに誓った。
向かうべき目的地は決まった。彼ら精鋭たちはそれぞれ三手に分かれて行動を開始することになった。
――派茶目茶高校と阿修羅工業高校の覇権をかけたストーリーは、いよいよ最終章へと突入する。




